橘直人が前世の記憶を思い出したのは中学生に上がったばかりの頃だった。
清楚系の姉が恩人なのだと家に連れて来た金髪ギャルを見た瞬間、何重にも折り重なった記憶が直人を襲った。ソレは前世一回分では足りない、何度も何度もやり直させられた自分の未来とも言える人生の記憶。
姉が殺され、ソレを回避するためにタイムリープする男。ソイツが過去から帰ってくるたびに、上書きされた別の人生。
直人がソレを疎んだ事はなく、その試行回数の分だけ男が姉を助けるために必死に動いたのだと理解していた。
だからといって、前回は一回一回に時間を空け、過去の記憶を整理することができたソレを一度に脳みそに流し込まれても大丈夫であるという事は全くない。
「花垣、武道……?」
「あれ、ナオト、武道ちゃんのこと知ってるの? だとしても呼び捨てなんて生意気だゾ」
何度もやり直し、とうとう姉を死の運命から救った男。
そして、その果てに姉との結婚ではなく別の男との心中を選んだ男。
最終的に、自分とタイムリープした未来を諦め、その男と全く違う人生を歩み、姉と結婚しやがった男。
花垣武道。
ソレが、今、ミニスカートをはき、以前よりも高い位置にある腰に手を当て、豊かな乳房をたゆんと揺らし、以前と変わらない大きな瞳で、不思議そうに直人を見ていた。
「あー、ナオト? どうかしたのか?」
過去の膨大な記憶、そして目の前のギャルと記憶の男の差。
そして目の前のプルンとした唇から紡がれる記憶よりも少しだけ高い声に、直人の脳みそはショートした。
フワリ、と意識の遠退く感覚を視界の揺れと共に感じ、次の瞬間には何もかもがブラックアウトした。
卒倒するなんて経験は後にも先にも直人の人生ではコレだけであった。
・・・
女になった花垣武道との衝撃の再会から数年、直人は進路に悩みながらも大学生になっていた。
記憶の中の自分は、姉を守るために刑事になった人生と、自分の趣味を優先しオカルト記者になった人生がある。前者の自分は父への反発を抑え、武道に言われた通りに姉を守る自分。後者は武道に守られた世界で真っ当に父に反抗し、我を通せた自分。
どちらが正しいという事はないと、直人自身分かっていた。
後者の自分は、何となく守られていることを感じつつ、その妙な既視感の正体を知りたくてますますオカルトに傾倒していった気もする。明確な記憶は取り戻せないままだったが良い人生ではあった。それは間違いない。
昔の様に、父に反抗する気はないし、尊敬できる点も今ならば分かる。
しかし、この世界にも姉を脅かす巨悪はなく、前者の様に生きる必要は今世も無い。
「ナオト~、遊ぼ~」
ソレはインカレと称してしょっちゅう遊びに来るこの花垣武道というギャルのお陰だ。
進路に悩みつつも取り敢えず法学部のある大学に入った直人と、看護大学に入った武道及び姉の日向は大学が違うにも関わらず何故か直人に会いに来る。
この武道という女は中高と散々暴走族付近で取り巻きギャルをしつつ、結局、姉と共にヒーヒー言いながら受験勉強をして看護大学に入った。
武道が男だった前世の記憶があるのは自分だけではないらしく、彼女の周りには妙に大人びたクソガキヤンキーが多かった。
何度人生をやり直そうともヤンキーにはなるのか、と直人は呆れてものが言えなかった。
そんな周りの男どもも武道と日向が夫婦であった事を認識しているのか、彼女たち二人には手を出さなかった。ギャルだから性関係も爛れているかと思えば、日本最強の暴走族と言われた男どもは武道と日向という女二人を聖域の様に愛していた。
つまり、東京卍會の幹部の面々は武ヒナというカップリング推しの百合厨であった。
そんな男どもと別れ、何故か、武道は今、直人の元に足繫く通っている。
勿論、東卍の連中との関係を断ち切ったワケではない。しかし、学生食堂のテーブルに座る直人の背中に張り付き、その無駄に大きくなった胸で首を挟んでくる女は直人を何だと思っているのかぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。
恐らくテディベアか、小学生の義弟かの二択だと直人は思っている。
「なぁなぁ、直人も午後の講義ねぇじゃん~? 直人の部屋で映画見ようぜ映画~」
大学における直人の立ち位置は物静かな青年だ。
けして、オンナにベタつかれ脂下がる軟派野郎ではない。
「ナオト、タケミチちゃんもこう言ってるんだし、一緒に行こうよ」
「姉さん……」
そして、武道の自由な行動を助長する様に、日向が直人の前に座り、直人に圧を掛ける。
姉という生き物は弟を意のままに操れると思っているとしか思えない。甘えてみせたり怒って見せたり、今までいろんな手法で姉の意見を通されてきた。
そんな姉が、武道とタッグを組んで直人をどうにかしようとしている。
具体的には、直人と武道をくっ付けようとしている様だった。
武道と直人の仲はけして悪いものではない。
初めて会った中学の頃から、武道は直人に優しかった。共に戦った日々を、彼女は覚えているし、直人も覚えていた。歳の近い友人であり、戦友。
そして姉の旦那だった人。
武道への感情は男だった頃から変わらない。
輝いていて、眩しくて、でもダメな所もたくさんある。放っておけない人。
一途に姉を想う所、自分が助かっても他の誰かが困っていれば妥協できない所、無鉄砲で危なっかしい所。
その全てが好きで、嫌いだった。
しかし、直人がどう思おうとも、武道は日向の恋人で、伴侶だった。
直人には武道の行動に口を出す権利が無い。ずっとそうだった。
ソレが、何故、急に、姉が武道を独占する権利を直人に渡そうとするのか。
武道が女になったからと言って、日向が武道を想う心も、武道が日向を想う心も何一つ変わらない様に見えた。だからこそ、東卍のメンバーも武道に手を出すことなく、武ヒナ推し百合厨と化したのだ。
今更、直人が二人を引き裂くなどあり得ない。
武道を想う心は永遠に蓋をすべきものだと、直人は理解していた。
「……映画なんて二人で見れば良いだろ」
何故、直人を誘惑しようとするのか。
姉に寝取らせ趣味があるとは思えない。あったとしたら前世の時点で使われているだろう。
「えー、直人の部屋のおっきなプロジェクターで見たーい」
「タケミチくん……」
ぽよぽよと胸を押し当ててくるこの元男のギャルも分からない。
女となった今も、武道は日向の事を愛している様に見える。きっとまた日向に危機が迫ったら他の何を置いてでも彼女を助けるだろうと直人にも分かった。
そうであるならば、今世も二人でくっつけばいいと直人は思う。
直人が持つ武道への恋情はもう何年も表に出してこなかったもので、この先も出すつもりの無かったものだ。
ソレを二人に気取られているのかは分からないが、どちらにせよ、想い合う二人がわざわざ直人を武道とくっ付けようとする理由が分からない。
「僕の部屋の鍵は姉さんも持ってるんだからプロジェクターくらい勝手に使えばいいじゃんか。こないだだって勝手に僕の部屋の漫画読んでたし……」
「んー、ソレはソレ。コレはコレ?」
「何だそれ……」
ニッコリと笑ってとぼける姉を、直人は睨めつける。
「それとも、直人はこの後なにか予定でもあるの?」
「いや、無いけど……」
「じゃあ良いじゃない」
「……」
笑う姉は美しい。
中学から大学まで、ずっとどの学校でもマドンナ的存在だ。弟の贔屓目ではなく、それが事実だった。
そして、その美貌の遣い方を、日向は理解している。
姉にそういった魅力を感じる事はないが、美人に凄まれるのは恐ろしい。そんな姉の様子を不思議そうに見ながら、武道は他意も無さそうにヘニャヘニャと笑う。飴と鞭の様だ。
そんな二人に流されて、今日も直人は姉とその親友の我儘を受け入れるのだった。
・・・
「じゃ、私先に帰るね」
「は?」
「またなー、ヒナ」
3人で映画を見て、直人に淹れさせたお茶を飲み、お菓子をつまみながら感想などをお喋りする。女が三人と書いて姦しいであるが、元男の武道と日向の二人だけでも十分に姦しい。
特に武道は前世で映画監督などをしていた程度には映画に拘りがあり、オタクっぽいと言うか、少々マニアックな話をしたがる。直人も日向もその話を分かるような分からないような、と聞き流し、最終的には各々ごろごろしながら漫画を読んだり携帯を見たりする。
そして最終的に日向と武道が連れ立って帰る。
そんないつもの流れではなく、今日は日向が武道を置いて帰ると言う。
日向を一人で帰したがらないのはいつも武道だった。夜道を女一人で歩かせたがらない。
元不良らしく、路地裏や暗がりの恐ろしさを武道はよく知っていた。今は自分も女の子になってしまったので抑止力や戦力としてはイマイチだが、それでも一人歩きよりはマシだとよく口にしていた。
しかし今日、日向が帰ると言ったのはまだ明るい陽の射す時間帯で、武道は止めない。
もしかしたら何か用事があると先に二人の間では話がされていたのかもしれない。直人は何も聞いていなかったが。
直人の棲むアパートは比較的治安が良く、自分の我儘で一人暮らしをしているが警察官の父も納得した場所だ。日向と武道は特に家を出る理由が無いとそのまま実家暮らしである。
昼間であれば一人で歩かせても問題はないと直人も思う。
問題は日向ではなく、直人の部屋に一人残る武道である。
「ちょっと、姉さんは良いとしてもタケミチくんはどうするんですか」
「えー、オレまだコレ読んでるし……」
直人の蔵書である超能力系漫画から目を離さないまま、武道はもごもごと返す。
そうこうしているうちに日向は支度をしてさっさと出て行ってしまった。何の用事かは分からないが、今世は女の子である武道を弟とはいえ男の部屋に置いていくなんて、と直人は眉間に皺を寄せた。
「そんなに心配なら泊めてくれよ」
「はぁ?」
心底嫌そうに応える直人に武道は苦笑いを返した。
「そんな嫌がる?」
「あなた、女の自覚無いんですか?」
「あるある。だから泊めてって言ってんじゃん?」
「……」
夜道の危険は分かっているのに、男の部屋の危険が分からないのかと直人は頭が痛くなる。
それとも、自分が意識されていないだけなのだろうか。昼の学食でも無駄にベタベタされ、おっぱいを押し付けられた。いい加減にしてほしい。
「タケミチくん、君は僕を何だと思ってるんですか?」
直人のベッドに寝転ぶ女。
ソイツから読んでた漫画を取り上げ、直人は体重を掛けない様に注意をしつつもその上に覆いかぶさった。
「いつまでも小学生なんです? それとも、義弟?」
「……ナオト?」
武道は少し驚いた様に目を開き、スゥと細める。
そして、クスクスとおかしそうに笑った。
「何です?」
「いや、ナオトこそオレの事何だと思ってんのかなって、思って」
「は?」
うつ伏せになっていたのをゴロリと寝返り、武道は直人と向き合う。
そして、直人の頬をスルリと撫でた。
「オレ、女の子だよ?」
「だから!」
まるで誘惑でもするかのような仕草に直人は頭に血が上るのを感じた。揶揄うのも大概にしろ、と。
男だろうと女だろうと武道は日向の恋人だ。
未だ、日向は武道を愛している様に見えるし、武道も日向を愛している様だった。
少なくとも、直人の目にはそう見えた。
恐らく、他の東卍メンバーの男達にもそう見えているだろう。
なのに、目の前の武道は直人を誘う様に、蠱惑的に微笑んでいる。
「タケミチくん」
「なぁに?」
「僕を揶揄ってるんですか?」
クシャリ、と直人の顔が泣きそうに歪む。
前世のとはいえ、一緒に日向を救った直人に対し、あんまりな仕打ちである、と。
武道への恋心が、武道にバレているかは分からない。姉にはバレている気がするが、日向がどうしたいのか、どうするつもりなのかは直人には分からなかった。
武道が直人の心を知っていようといまいと、女体をもって男の直人を弄ぼうとするのだから堪ったものではない。
武道は直人が武道に無体を働くことなど無いと思っているのだ。
そんな度胸は無いと舐められているのか、人の良さを買っているのか。自身が安全であると分かった上での行動に違いないと、直人は思っていた。
「酷い人ですね」
「……」
直人の言葉を、武道は不思議そうに聞く。
そして、直人の頬を撫でていた手を、肌に触れたままゆっくりと頭の後ろへとスライドさせる。直人の黒い髪を梳き、その感触を楽しむ様な手つきだった。
癇癪を起こした子どもを宥めているつもりなのかと、また怒りがこみ上げるのに、そうして優しく触れられると何もかもを許してしまいたくなる。惚れた弱みとでも言うのか、好きな相手に慰撫されれば、その手に懐いてしまいたくなる。
「ホントに、揶揄ってんだと思う?」
「他に何の理由が……」
「ハハ、ナオトの方がヒデェや」
武道は目を瞑り、ゆっくりと唇を直人に重ねる。
ソレを拒絶することは直人にはできなかった。
ふっくらとした唇が、食む様にちゅむりと触れた。しかし、ソレ以上の事はなく、またゆっくりと、満足そうに離れる。
驚いて、直人は目を見開く、その表情が妙に幼く見えて武道は破顔した。
「オレ、好きな人以外にこんな事しねぇよ?」
「でも、貴方は……」
「ヒナとは確かに夫婦だったよ。でも、ソレは前世のことじゃん。今は女同士だし、ずっと大好きだけど、そういうのじゃないよ」
「姉さんとキスはできない?」
「うーん、キスくらいならできるかも」
「……」
武道のあんまりな回答に直人の眉間に再び皺が寄る。
ならいったい、何が直人と日向への感情の違いなのか。どう考えても日向の方をより好いているだろう。
「ヒナの事は大好きだよ。ずっと一緒にいたいくらい。でも、別に親友だって一生一緒にいるくらいできるんだよね」
「恋人だって一生一緒にいれますよ。たとえ結婚できなかったとしても」
「ふふ、まぁそうだよな。現代的な価値観だ」
直人の怒りを、武道はクスクスと笑う。
直人はソレが腹立たしいが、武道からすると子どもが拗ねている様な表情にしか見えていなかった。何でここまでして信じてくれないんだ、と暴れてやろうかとも思ったが、直人が可愛くてやめた。
惚れた弱みというヤツだな、と武道は謎の納得を見せる。
「でもさ、オレ、今は結婚するならナオトがいいな」
「だから、何で……」
直人の顔が歪むたびに、武道は充足感を得る。
自分でも悪い趣味、ワルいオンナだと思ったが、コレはキュートアグレッションというヤツだと武道は内心言い訳をする。可愛い直人が悪い。
「何でだろ? ヒナとは親友だし、ソウルメイトっていうの? 愛してるよ」
「だったら……」
「でも、不思議だよね。オレが幸せにしなきゃ、幸せにしてやりたい、って感じじゃないんだ」
「……」
「女の子になったからかな? ヒナの幸せをオレが作るのって何だかしっくりこないんだ。オレじゃない素敵な旦那さん見つけて、結婚して、子どもができて、孫ができて。そんなヒナを、ヒナの幸せを、オレは認められるんだ」
ずっと、愛していた。今だって愛している。
「男だった頃は考えられなかったや。ヒナがオレ以外を選んだらきっと泣いちゃってた」
幸せになってほしい。幸せにしてやりたい。してやりたかった。
「そんな誰かに幸せにしてもらったヒナを、オレは祝福できる。そんで、たまにランチしたり、子育ての愚痴言ったり、そんな未来を想像して、受け入れられる」
誰とでも幸せになれるなんて、勝手な事は言わない。でも、日向が自分で選んで、掴み取る幸せを、武道は肯定できる。
自分の知らない所ででは流石に嫌だけれど、きっと日向は武道に教えてくれる。
日向の選ぶ未来が、幸せであるならば、武道はソレを自分が作らなくても笑う事が出来た。
「そこでさ、ナオトはどうかなって思って、他のオンナと結婚して幸せになるナオトを想像したら何だか腹が立っちゃって」
「勝手ですね」
「うん。勝手だよ。前の人生じゃオマエ、最期まで独身だったしな。なんか、オレの知らない女にデレデレするナオトはヤダなって思った」
「欲張りだ」
「あぁ。そうだ。オレは欲張りなんだ」
日向の幸せを友情で受け取れるから、次は直人だ、と。
このまま橘家コンプリートでもするつもりなのか。
「だから、ずっと誘惑してたんだ」
無垢な笑顔で、淫猥な手つきで、武道は直人の頬から首筋をなぞる。
男馴れしているのは間違いないだろう。もともと自分が男だったから。暴走族にだって属していた。
けれど、その身は清らかなものなのだろうと直人にも確信が持てた。
汚しなどしたら無敵の総長たちが黙っていないだろうし、その総長達は武道には日向と添い遂げる事を望んでいた。
そして何より、武道が日向以外に唇や身体を許すとは直人だって思えなかった。
「……」
ごくり、と直人は生唾を飲み込む。
「ナオト、オレの事嫌いじゃねぇだろ? どう? ソウイウ風には見れねぇ?」
少し不安そうにしつつも、武道はどこか確信を持った風に直人に擦り寄る。
きっと、自分がそうすれば直人は靡くと信じている。
艶めかしいオンナの肢体が、直人に絡む。
自信があるのだというその表情に何だか腹が立った。
武道自身が男だった頃の夢みたいなものだろう。女の身体にそうされればグラつくのが男だと、少なくとも自分なら邪な気分になる、と。
自分に惚れているとは思っていない癖に、女体には靡くと思ってはいるのだ。
「えぇ、タケミチくんの事は好きですし、勿論ソウイウ目で見てますよ」
「じゃあ……!」
一瞬だけ嬉しそうにした武道の頬を優しく撫で、覆いかぶさる様にしていた体勢から起き上がる。
「ナオト……?」
「でもセックスはしません」
「何で⁉」
直人の言に武道は抗議した。
女の子が勇気を出して誘惑したのに何故そんな冷たい返事をするのか、と。そも、武道が直人に甘え、すげなく返されてむくれるのは男だった頃からである。
「女子に誘惑されたからってホイホイ身体を重ねる様な男だと思われるのは癪ですからね」
「はー? じゃあナオトはいつ童貞卒業すんだよ」
ベットから降り、武道を見下ろす。
すると武道も寝転んで蠱惑的な表情を浮かべていたのをやめ、起き上がり、ベッドの上で胡坐をかいた。女の子ごっこはもういいらしい。
「さて、いつがいいでしょうね」
「……」
ふむ、と直人は顎に手を当ててわざとらしく考える素振りを見せた。
「愛の無いセックスをするつもりは無いんですよ」
「愛?」
「えぇ。身体で篭絡されたと思われたくないんですよ」
怪訝な顔をする武道に直人は呆れる。
何故この人は日向を愛する心を持っていて、女には優しくするという行動理念もあるのに、自分が愛されて、その結果、身体を重ねると言う流れを想像できないのか。
「どうしましょう? 結婚してからとかにします? 子どもは何人くらい欲しいです? タケミチくんそういう計画性ないですもんね」
「け、結婚⁉ 子ども⁉」
「あぁ。その前にお付き合いをしましょうか?」
自分が好かれている自信があって、直人への独占欲もある。
なのに、どうにも何かが上滑りしている。
「取り敢えず手を繋いでデートでもしましょう。駅前で待ち合わせして、映画でも見て、その後はカフェで感想戦でもしましょうか」
「それは……」
「僕は君が男でも女でもどうでも良いんですが、女体になったからって事にしたくないんですよね。君が僕の事を欲しくなったのも、僕がソレに応えるのも」
むくれて、女らしさも無い、ダラダラとした姿勢。ぶりっ子した表情も作っていない顔。
ずっと好きだった。男の武道。たとえ女になってもその気持ちは変わらない。
男の頃から好きだと言っても信じてもらえないのだから仕方が無い。自分の愛を信じてもらえるまでは意地でも絶対に手を出さないと直人は心に決める。
「ねぇタケミチくん、早く僕の気持ちを受け入れてくださいね」
愛を込めて優しく口づけをし、驚いて言葉も出せない武道に、直人はニヤリと笑った。
END