「~~~♪」
最近の真一郎くんは機嫌が良い。
何でも、公民館でやってるお料理教室が楽しいという事らしい。週末にはエマと2人で出かけてニコニコしている。
しかし、武道は知っていた。真一郎の目的はお料理教室などではなく、その美人な先生であるという事を。エマからこっそりと教えられていた。どうして自分だけにこっそりと教えたのかは分からないけれど、叱ってやってよ、と言われても自分にそんな資格はない。
時間の旅の果ての世界では自分はまだ幼いエマと同い年のマイキーくんのお友達だ。
生きている真一郎くんと出会って、やっぱり初代はカッコイイなぁ、と思っても向こうからしたら自分はまだまだちびっ子。
真一郎くんがキラキラと輝いて見えるのはどうしてか。
きっとソレはこの身体の初恋だからなんだと思う。まさか同性にこんな風に惹かれる事があるだなんて思ってもいなかった。人生って分からないものだなぁ、としみじみと思ったりなんかする。
脈などあってもむしろ困る相手に嫉妬しても意味はない。
ただ、まだ誰のものにもなってほしくないなぁ、なんて考えてしまうのだけは許されたかった。
☆
バレンタインも近付くまだ寒い冬の日。
スーパーで売られている簡単お菓子作りキットなんて物を何となく眺めていたら、母さんがソレを手に取った。
「武くんお菓子作ってみる?」
そんなことを言う母さんは昔からオレに甘かった。自転車も野球も、ボウリングも興味を持った物にはすぐに道具を買ってくれて、触らせてくれた。人生二周目とも言える今となっては裕福で幸せな家庭に生まれたのだと分かる。
調子の良いオレはソレに甘えてそのキットを買ってもらった。
家に帰って、手を洗って、母さんと一緒にエプロンを付けて台所に立つ。キットの付属の粉に卵や牛乳を混ぜ合わせていけば生地は簡単に作れて、ソレを焼けば簡単にクッキーは作られた。
母さんも素直な子どもとお菓子作りをするのは楽しいのだろう。
湯せんで溶かしたチョコペンでフニャフニャの絵や文字を描いて、名前の分からないカラフルなチップや銀色の粒を付けてみたりする。
冷えて固めれば完成だ。
「武くんはコレ誰かにあげるの?」
「んー、母さんと父さん」
「えー? ほんとー? うれし~」
一瞬だけ頭に思い浮かんだ人の事は振り払って、家族サービスの返答をする。事実、あの人に手作りのお菓子なんてあげても仕方ない。本人は気が良いし、子どもが好きだから素直に喜んでくれるだろうが、傍から見て気持ちが悪いだろう。
そんなオレの考えを読んだ様に母さんが言う。
「でも、ホントにあげたい人がいるなら今日のは練習にしてもう一回作ってもいいのよ?」
「え⁉」
「本当はエマちゃんとかマイキーくんにもあげたいんでしょ?」
「あ、うん」
一瞬だけ焦ったのも馬鹿らしい。
母さんには何でも見透かされている様でちょっと怖いけれど、別にそんなことは無いはずだ。そのまま夕飯の支度も手伝って、帰ってきた父さんと三人でクッキーはデザートになった。ちょっと硬かった。
母さん曰く、生地の混ぜすぎらしい。
☆
もう一度買った別のキットで新しい、今度はそこそこ食べやすい硬さのクッキーにまたチョコで絵を描いていく。
簡単なラッピングで飾って、オレは休日の佐野家にお邪魔した。
バレンタインと言えばマイキーくん達は面白がってお菓子をもらってくれた。そこそこイケる味らしい。
そうして、帰ってきたエマと真一郎くんにも渡そうと待っていると、帰ってきた真一郎くんはかなり落ち込んでいた。
「え、どうしたの?」
「べっつに? 例の美人な先生が既婚者だっただけよ」
「あ~」
真一郎くんは不毛な恋をする天才だった。過去にもやはり年上の高嶺の花や、清楚系女子などに恋をして散々振られている。もう少し身近な所に行けばいいのに、と思わなくも無いがそんなことをしたら成就しちゃうのでやっぱり今のままでいてほしい。
エマにお菓子を渡せば素直に喜んでくれて、お料理教室で作ったというお菓子を一個くれた。
そして、その様子を囃し立てるマイキーくんや場地くん達を引き連れて別室へ行ってしまう。
その際にウィンクをされたのが気がかりだった。
母さんよりもエマにバレてそうな気がする。
ソファでめそめそする真一郎くんにこっそり寄って、チョコクッキーをプレゼントすればやはり普通に喜んでくれた。「オレの味方はお前だけだ!」「アイツらは薄情過ぎる!」などと言いながら抱きしめてくれる。
子ども扱いだなぁ、と思いつつ「開けて食べて良いか?」という問いに頷けばその場で雑にラッピングは開けられてクッキーが取り出される。
「あ?」
そしてそのクッキーを見て動きを止めた。
オレにも緊張が奔る。
「コレ、エマ用のじゃ……」
「ううん、真一郎くんので合ってるよ」
笑ってソレだけ言って、逃げる様に部屋を出る。
特別仕様のソレはチョコペンで『大好き』と書かれたものだ。そんなものこの歳の男子から女子に渡せるモンじゃない。
好きは勝手に受け取ってくれればいい。
そう思って廊下に出た所で、エマが待っていた。
「渡せたんだ?」
「なんか、ありがと」
「べっつに~?」
そのまま自然な感じで仲間に入れてくれるのだから頭が上がらない。
可愛い子どもの気の迷いとして真一郎くんも許してくれるだろう。
終