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寝るまで傍にいて、あと夢の中にも会いに来て

 

 多くの犠牲を出した天竺との抗争が終結し、ヒーローは未来へと帰った。らしい。

 そう、らしい、だ。何せ武道はそのヒーローとやらに出会った事がない。

 夢か幻の様な、少し遠くから俯瞰して見るような朧気なソレが皆のヒーロータケミっち、らしい。最初は自分にとんでもない才能が目覚めて、超すごい不良のマイキーくんに気に入られたのだと素直に喜んでいた。會に入って、怪我が増えて、手に穴が開いて、やっとこれは不味いんじゃないか、と思い始めた。

 いつの間にか友達になっていた千冬が相棒、と俺を呼ぶ。タケミっち、よりも頼りないらしい記憶のふわふわした俺を副隊長として支えてくれた。実際、いつの間にかなっていた隊長の地位は俺には嬉しくも重かった。

 そうこうしているうちにまたタケミっちが現れ、ボコボコにされたけど、八戒って友達が増えた。

 タケミっちの功績が俺の肩に降り積もるのは悪いことばかりじゃなかった。けれど、ナオトの顔を見て俺に戻ると何とも言えないやるせない気分になる事も多かった。

 そして、最後。再び現れたヒーローは最善とはけして言えない勝利をもぎ取って、また消えてしまった。

 埋めた記憶の無いタイムカプセルに何が入っているのかは分からない。けど、ソレを開けるのは5年後でも10年後でもなく、12年後だと言う。何でそんな中途半端な時間にしたのか、ワケ知り顔の千冬とドラケンくんは楽しみだと言って誤魔化した。

 手に空いた穴、足に出来た銃創。朧気な記憶で拳銃の重さを思い出した

 そして今回気付く、アイツが帰ってくるのが12年後なんだ、と。

 どういう条件でアイツが現れるのか俺は知らない。こちらの都合なんてお構いなしに、アイツは俺の時間を奪っていった。

 嫌だ。渡したくない。

 ふとそんな事を思ったのはどうしてだったか。

 何となく、マイキーくんにボコボコにされた辺りで、アイツがまた戻ってくるんだろうな、と分かってしまった。あのヒーローは人が死にそうになる前に出てくるらしい。結局、実際に助けられたのはドラケンくんと八戒の兄貴だけで、救えなかった命も多い。

 でも、最善ではなくともマシな結果を作り上げたのがあのヒーローなのだろう。

 高校に進学し、不良とは縁遠い環境に身を置いても、あの頃の仲間の情報は何処からか入ってきた。

 マイキーくんは新しいチームを作って悪さを始めたらしい。きっと近いうちにまた大きな抗争が起こる、そのために、俺の身体が使われるのだろう。

 諦めと恋しさと悲しみがない交ぜになったまま、マイキーくんにもらったバイクのメンテナンスをドラケンくんに頼んだ。高校には行かずに就職を選んだドラケンくんはワケ知り顔で、彼と一緒に働くイヌピーくんは恐らく何も知らずに、自分はタケミっちと同一人物であると認識されているらしい。

 オレはマイキーくんが好きだったけれど、マイキーくんが好きなのはオレじゃなくてタケミっちだった。オレとタケミっちが別人と分かると、彼の態度は一変した。

 バイクを預け、ぼんやりと間抜け面のまま帰り道を歩く。もういつ身体を奪われてもおかしくはないだろう。こっそりと調べた今の不良たちの勢力は三つ巴で拮抗しつつもマイキーくんのチームが少し優勢と言った所だった。彼が悪さをしたのならあのヒーローはきっと止めに来るのだろう。

 千冬やドラケンくんはオレとアイツを同一視している所がある。オレがアイツになるのを当然だと思っているし、12年経てばヒーローに成長するのであり、オレという人格が乗っ取られるだなんて意識はない。

 

「……」

 

 もうこのままバイクを取りには行かないで、どこかへ消えてしまおうかと考えてしまう。

 あのバイクは、マイキーくんがタケミっちにあげたものだ。オレが持つべきものじゃない。

 いっそ、ドラケンくんに12年後まで預かってほしいと言ったらどんな顔をするだろうか、と言えもしない事を妄想する。

 そんな事を考えながら下を向いていたからか、前方にあった大きな影に気付かなかった。

 

「お前が花垣武道か!」

 

 ぶつかる前に大きな声をかけられ、ビクリと顔を上げた。見上げる程大きな体躯がそこにあり、その上には輝く金髪を団子に纏めた彫りの深い外国人がいた。

 会ったことの無い人間だったけれど、ソレが誰なのかはすぐに分かった。

 寺野南。マイキーくんと敵対するチームのボスの一人だ。

 お礼参りなら何度か遭った。その度に千冬や八戒、ドラケンくんが助けてくれた。

 しかし、今は自分一人。

 寺野が何をしに来たのかは分からないが、自分に何ができるわけでもない。

 痛いのは嫌だなぁ、とマイキーくんにボコボコにされた事を思い出す。

 そんな間抜けな様子を寺野はどう思ったのか、ふむ、と武道の顔を眺めた。

 

「お前、本当に花垣武道か?」

「っ!」

 

 その言葉に武道はビクリと肩を震わせた。ソレはヒーローと比べられ失望される恐怖からなのか、期待からなのかは自分でも分からなかった。

 

「どうしてそう思うの?」

「聞いていた話と違いすぎる。かつての東京最強のチームの一番隊隊長という面構えじゃない」

 

 震える武道の声に対する寺野の言葉は的確だった。お礼参りに来てた雑魚とは違う観察眼を持っていると武道は笑った。

 

「うん、そう。オレはヒーローじゃないよ」

「?」

 

 武道の独りよがりの言葉に寺野は素直に不思議そうな顔をした。

 

「オレは花垣武道だけど、二年前にマイキーくんたちといたアイツとは別人だよ。アイツに会いたかったんでしょ。オレでごめんね」

「……」

 

 殴られても文句を言えない、他人からすれば支離滅裂な言葉だ。

 しかし、寺野は武道を探るように見つめるだけだった。

 

「つまり、お前はcivisという事か」

「しび……?」

「ならば、お前に用は無い」

「あ、うん」

 

 つまらなそうな、残念そうな顔を隠しもしない寺野に少しだけ笑ってしまう。ヒーローに会いたかったのに会えなかったのだから仕方が無い。

 ソレがなんだか面白くて、武道は寺野に声をかけた。

 

「もし、バイクに乗った、ギラギラした目のオレがいたら、そいつがアンタが探してたオレだよ。きっと、そう遠くない未来で会えるハズ」

「……。そうか、情報提供に感謝する」

 

 武道の言葉を寺野がどう受け取ったのかは分からない。しかし寺野は武道に興味を示さずに去ってしまった。

 それが今の武道には何だか嬉しくて、重かった足取りが軽くなる気分だった。ヒーローのタケミっちを知らない、という訳ではなく話に聞くだけでも知っていて、その上でヒーローは“武道”ではないと理解されたのが嬉しかった。

 それから、たまに街中で寺野を見かける事があった。

 大抵取り巻きをつけていたが、ソレでもちょっと嬉しくて、小さく手を振ったり、ニコリと笑い掛けた。寺野はソレを無視するが、それでも良かった。自分が一方的に好きになったのだから、報われる必要は無い。

 そして何より、今の自分にはもうすぐ来るだろうヒーローにヒロインを渡す役目がある

 彼女の事は好きだった。向こうから始めた関係だったけれど、可愛くて頭が良くて、“オレ”の事もちゃんと好きなんだって分かる様に愛情を示してくれる。それでも、彼女が“ヒーロー”を好いているのは明白だった。そして彼女も、“オレ”と“ヒーロー”を区別しない側だった。

 違いは分かっていても、12年後にアレに成るのだという認識は変わらない。オレは“オレ”の完成形である“ヒーロー”が同時に存在する事に堪えきれなかった。

 表面上は正しく可愛い高校生カップルだ。“今”はこれで良いんだと言い聞かせて、自分もヒーローの到着を待ち望んだ。

 彼女との思い出はヒーローが去った後にたくさん作ったつもりだったけれど、どこか虚無感が消えない。

 いっそ“オレ”と“ヒーロー”を明確に分けて、敵対したマイキーくんの態度の方がスッキリした。そして寺野くん。“ヒーロー”を知らないお陰か“オレ”にヒーローを求めないで、

 一般人(ALTの先生に聞いたらポルトガル語だったらしい)と言い切ってくれた姿に好感が持てた。

 道で見るとつい応援のつもりで小さく手を振ってしまうのは暢気すぎるだろうか。それでも、取り巻きにヒーローを知る誰かがいたら逃げてしまうけれど。

 カクちゃんとの再会が喜べないのが悲しかった。

 

卍卍卍

 

 そんな日々は突然終わりを告げた。

 ヒーローが戻ってきたワケではない。一人で歩いていた時に突然襲われただけだ。元東卍がこのご時世に一人で歩いているのがいけないと武道も分かっていた。

 しかし、今はかつての“ヒーロー”を知る者と一緒にいたくない気分だった。そんな周りからしたらどうでもいい意地を張っていたのがいけなかったのだろう。

 恐らく鉄パイプかバットかで頭を殴られて気絶した隙にどこかへと連れ攫われた。気絶で済んで良かった。自分じゃなかったら死んでいた、と武道は思う。

 目を覚ました武道は自分が縛られている事に気付く。傍には知らない特攻服の男たちがいた。

 

「お、起きたか。花垣」

「……おはよーございます」

 

 思ったよりも不貞腐れた様な声が出た。

 元東卍を倒したという拍付け以外に何を狙っているのか。わざわざ縛り上げて攫う理由が思いつかない。

 

「ハハッ、元東卍様はこんな状況でも余裕ってか?」

「いいえ。ただ、何でわざわざ攫ったのかなぁってって」

「人質だよ。人質」

「イテッ」

 

 芋虫の様に這いつくばる武道を男は蹴る。本気で痛めつけるというよりは小突くくらいの強さだった。

 

「人質、って。オレにそんな価値あります? てか、誰への人質ッスか」

 

 マイキーくん率いる関卍には元東卍の面子はいない。一人だけいるらしいが、他の東卍はオレと同じくボコボコにされて決別したのは有名な話だった。

 マイキーくんが何をしたいのかオレには分からなかった。オレが“ヒーロー”じゃないから捨てられたのか、それとも……。

 

「しらばっくれるなよ。噂になってんぜ? お前がサウスの野郎のイロだってな」

「は?」

 

 バッドモードに入りかけた思考を丁度良くジャマする声に、オレは顔を上げた。

 あまりにも突拍子も無い噂だ。

 

「健気だなぁ? チームに入って堂々と彼女面でもすりゃいいのに、こっそり二人だけの時に合図送ってよぉ?」

「えぇ……?」

 

 あの一方通行の応援をそんな受け取り方されるなど誰が思うのか。

 

「いや、寺野くんへのソレはオレの一方的な……」

「寺野くんだってよ。そんな呼び方してる奴他にいねぇぜ?」

 

 苗字にくん付けはオレ達不良の文化でしょうが!

 そう言ってやりたいのに呆れてものが言えない。アイドルにキャーキャー言う女子とか、怪獣にワーワー言う子供の様な気持ちだったのに何てことだ。

 

「いや、その、あの人カッコイイじゃないッスか。恐竜みたいで。でっかいし……」

「ハハッ、ナニがでかいのが好きなのかよ」

「……」

 

 もう何を言っても無駄だろう。武道は弁明を諦めた。

 

「とにかく、オレに人質としての価値は無いから。呼び出して来なくても恨まないでよ」

「ま、ソレはやってみてのお楽しみだ♡」

「……」

 

 武道の言葉を男がどう思ったかは分からない。どうやら寺野の呼び出しは既に行われている様だった。

 来るワケないだろ、と武道は呆れるがそのうち男達も理解するだろう。“オレ”に価値なんて無いという事に。

 

 

卍卍卍

 

 当然、誰も来るワケが無い。

 そう思っていたのに、事態は急変し、現場は地獄絵図と化していた。

 

「……」

 

 縛られたままのオレを放って、男たちは一匹の恐竜に蹂躙された。

 勿論比喩だ。

 本当に来ると思っていなかった。このまま、元東卍隊長をボコったという拍付けで逃がしてくれるかと思ったのに、何故か寺野はやってきた。

 殴られ、ふっ飛ばされる男たちはあまり強くは無く、人質の扱いも下手だった。せめてオレにナイフでも突き立てながら寺野くんに動くなとでも言えばいいのに、寺野くんを待つ数時間のお喋りで情でも湧いたのか、男たちは真正面から寺野くんと対峙して敗けていた。

 あーぁ、と呆れた目で武道がその様子を見ていると、寺野はひとしきり暴れて満足したのか転がされている武道を見た。

 

「無事か」

「はい。最初に頭を殴られただけでその後は何もされてないッス」

「そうか」

 

 武道を縛るロープを引きちぎり、寺野は武道の身体を確認する。頭はコブになっているらしいがその程度で済んだのならマシな方だ。もし頭痛がやまないなどあれば病院にでも行った方が良いだろうが、経験則として大丈夫だろうと武道も思う。

 

「……」

「どうかしたんスか?」

 

 そんなケロッとした様子の武道を、寺野はもの言いたげに見つめていた。

 

「東京の不良はcivisに手を出すのか?」

「まぁオレはちょっと特殊ですし。なんか、寺野くんのイロだと思われてたみたいッスよ?」

「?」

「あー、恋人? 愛人みたいな」

 

 キョトンとした顔が先ほどの大暴れとのギャップで異様に可愛らしく見えた。コレはかつての佐野にも言える事であるが、頼れる男の子どもっぽい一面が、武道は嫌いでは無かった。

 

「お前は俺のamanteではないだろう」

「何か手を振ってたのを勘違いされたみたいです。すみません」

 

 文脈から、恐らく恋人に相当する単語なのだろうと武道は読み取る。この人といるとポルトガル語の簡単な単語なら覚えられそうだな、と場違いな事を武道は考えた。

 

「恋人でもないのに助けてくださってありがとうございます」

「civisに直接手を出さないのはギャングスタの基本だ。そこからアシがつく」

「へー」

 

 武道を捕まえたのは本格的な反社会的組織でもないただの不良チームだ。本当に、寺野とは格が違ったのだとその言葉だけで分かる。

 ちょっと不良として名を上げてやろう程度の奴等が手を出すべき相手では無かった。

 自分を人質にした所で本当に来るとは思って無かったのに可哀相だな、と武道は男達に同情的な気分になる。どうして、寺野はここに来てしまったのか。

 

「お前が……」

「……?」

「お前に笑いかけられるのは悪い気分では無かった」

 

 自分でもよく分かっていない、という様子で、寺野は武道を睨みつける。照れというよりは困惑が強い表情だろうか、と武道は思う。

 

「そっか。じゃあこれからも応援してますね」

「応援……?」

「はい、寺野くんカッコイイので」

「……そうか」

 

 何と言って良いのか分からないという顔で寺野は武道から目を逸らした。ソレを武道は照れたのだと受け取った。

 自由になった手で携帯端末を見れば時刻は既に深夜で終電も終わっている。連れ去られた場所は自宅からはそれなりに遠い場所だった。

 あちゃー、と武道は帰る手段を考える。徒歩で帰れる距離ではない。幸い、財布の中身は無事だったので朝まで待てば電車で帰れるし、今日は、もう日付は変わってしまったが、金曜だった。明日の学校の心配をすることもない。

 

「送るか」

「大丈夫ですよ。ソレに、そんな事したらホントにオレと恋人だって思われちゃいますよ?」

「それは……」

 

 イタズラっぽくそう言えば寺野は口籠る。外国人だし、そういうのは嫌がるか、と武道は反省した。

 八戒の兄もそうだけど、何を信仰しているかは見た目じゃ分からない、と。

 

「確かに、今回の事は俺のせいもある。反省しよう」

「え、いや、そんな……」

「だが、これからも笑いかけてくれるのだろう?」

「は、い……」

 

 ジッと寺野は武道の目を見つめた。その瞳の強さに武道は気圧されてしまう。

 鷹の様な綺麗な金色の虹彩に、大きな瞳孔が印象的だった。野性味が強いのに、どこか神秘的にすら感じるソレから武道は目を離せなくなる。

 ソレをどう取ったのか、寺野はそのまま顔を近付けた。

 あ、キスされる。

 そう思った瞬間、武道は口を手で覆った。

 

「っ」

 

 まさか拒絶されるとは思っていないかったのか、寺野は少しだけ意外そうに武道を見た。

 顔を蒼褪めさせるどころか、まだされてもいないのに耳から首筋まで真っ赤になって瞳を潤ませている武道は本心から拒絶している様には見えなかった。

 

「por que?」

「ダメ。だめ、です。オレ、恋人がいるんです……」

「その割に、俺を見るお前の目は……」

「ダメなんです。オレは、ヒーローにあの子を引きつがなきゃ……んっ⁉」

 

 潤んだ瞳から零れ落ちる雫をベロリ、と肉厚の下で舐めとった。甘いかもしれないと思ったソレはちゃんと塩気があり、それでもやはり甘かった。

 

「その話は場所を変えよう」

「はい……」

 

 隠す様にフルフェイスのヘルメットを被せられる。導かれるままにバイクの後部座席に座らされる。背中に縋りたい気持ちをこらえて、タンデムベルトを掴む。

 暫く走った末に地下の駐車場へと辿り着く。バイクを降りてヘルメットを脱ごうとして、頭を押さえつけられた。そのまま来いという事だろう。エレベーターに乗って上階へと上がっていく。案内された部屋はコンクリート打ちっぱなしで目立つ物はピアノとベンチプレス、そしてソファが置いてあった。

 壁に欠けられた書額は随分と達筆で自分で書いたものか気になってしまった。

 キョロキョロと部屋を見回す武道からヘルメットを取って、ソファ近くのシェルフへと置く。そのまま、武道の手を引いてソファへと二人で座った。

 

「ここなら防音で、盗聴もされていない。オマエと、オマエの言うヒーローとやらの話を聞かせろ」

「……嘘だと思うかもしれませんよ?」

「ソレはオレが判断する」

 

 手を握られたまま、武道は今までの事を話した。

 東卍に入る前くらいから、何者かに時々身体を乗っ取られる様になったこと。その何者かは東卍で功績を上げて武道を東卍隊長にまでのし上げた事。大きな事件に関わっていたのは自分では無くその男で、当然、その男は自分よりも周りからの信頼を得ている事。恋人も、自分よりもその男に惹かれているだろう事。十二年後に完全に乗っ取られるかもしれない事。次に抗争が起きたら、十二年を待たずにまた身体を乗っ取られると自分が予想している事。その男を、恐ろしいと思っている事。

 話すうちにだんだんと嗚咽が混じり、慰める様に寺野は武道の背を摩り肩を抱いた。

 

「スピリチュアルな事は俺には分からない。だが、お前がそう言うのであればそうなのだろう」

「……はい」

「ソレが本当であれば、俺にどうする事もできないだろう。二重人格なのか、霊的なものに憑依されているのかも分からない」

 

 抱かれるままに、武道は寺野にしな垂れ掛かる。大きな体と熱い体温に何故か安心感を覚えた。

 

「もし次に会う時に、オマエの言うバイクに乗ったギラついた目のオマエになっていたら、他人として接してやろう。オマエとソイツは別人だ、と」

「はい」

「だから、今夜だけは、オマエをもらっても良いだろうか。その瞳で微笑み掛けてくれないか。ヒーローじゃない、オマエが、ほしいんだ」

 

 抱き込まれ、耳に吹きかけられる声が熱い。その熱に、理性や倫理観がドロドロと溶かされていく。いけない事だと、裏切りだと、理解している。

 けれど、彼だけが、今、“ヒーロー”でない自分をほしがってくれている唯一の人なのだと自分に甘い自分が囁いた。

 ゴクリ、と喉を鳴らして、武道は微笑んだ。微笑んでしまった。

 

「明日の朝、ちゃんと帰してくれますか?」

「約束しよう」

「じゃあ、寝るまで傍にいてください。あと、夢の中にも会いに来てほしい」

「あぁ」

 

 荒々しく唇を重ねられ、ソファに押し倒される中、武道はぼんやりと考える。

 どうか、ヒーローに身体を奪われた後、アレとは別の個体として、どこかで、夢の中でもいい、この人に会いたい、と。

 

 

終。