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もうオレは必要ないでしょ?

 

コツコツと、革靴が床を鳴らす音がした。ギィと重い音を立てて、暗い部屋に光が射して武道はのっそりと顔をあげた。金髪をオールバックにした男がそこにいて、何度も見た感情の無い笑みを浮かべていた。

 

「待った? タケミっち」

「……」

「今日はね、朗報。オマエの所のオーナー、見つかったよ。店長の女も無事」

「良かった、です」

「女は逃がしたよ。オーナーとはまだオハナシ中だけどね」

 

淡々と喋る目の前の男はどうやらヤの付く自由業の人間らしい。バイト中に押し掛けて来た地上げ屋らしき男達から店長を庇った結果がコレだった。

自分でも馬鹿だと思う。フリーターでバイトの武道を馬鹿にする、嫌みな女店長を庇うなんて馬鹿らしい。責任を取るのが上の役職の仕事だ。

しかし、オーナーの不始末で、嫌な相手とは言え、ほぼ無関係であろう女の人が酷い目に遭うのは武道の良心には耐えきれなかった。それだけだった。

 

「じゃあ、もう俺は必要無いでしょ?」

 

逃がして下さい、続くハズの言葉は音にならなかった。目の前の男が初めて、感情らしいものを乗せて武道を見ていたからだ。

 

「うん、人質の役はもうおしまい」

 

カチャン、と音を立てて外される手錠も気にならないくらいに武道は怯え、目の前の男から目をそらせなかった。

ジ、と見つめる男の暗い瞳の奥に、欲の様な物が混じっている。そう武道は感じた。

それが事実であることを証明する様に、男は武道の頬を撫でた。

 

「痛かった?ごめんね。こんな所に閉じ込めて汚れちゃったし、まずはお風呂に入ろうか」

 

酷薄とも言える笑みを浮かべたまま、男は武道を抱き上げた。

そして武道は悟る。もうここから出られる事はないのだと。自分の何が男の琴線に触れたのかは分からない。

ただこれから、もっと良くないことが起こるのだという事だけは分かっていた。

 

END