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HLの怪人①

【プロローグ】

 

○年×月△日から×日までに起こった事件の顛末について。

 

正直な所、あの時あった事を全てお話しすることにとても抵抗はあります。

あの後、恐慌状態に陥った僕を気遣い、詳しい話を聞かずにいてくれたクラウスさんやスティーブンさんには感謝しきれません。

 

しかし、落ち着いた今、事を話さないワケにはいかない事は分かっています。

 

もしかしたら、嘘の報告をしていると思われるかもしれません。けれど、これが真相です。

 

僕は彼を愛してしまいました。

それだけです。

 

 

 

・・・

 

 

 

仮面舞踏会とは、仮面をつけて身分素性を隠して行われる舞踏会のこと。マスカレイドやバル・マスケとも呼ぶ。ヴェネツィアが発祥。また音楽・文学ほか多数の作品に「仮面舞踏会」や「マスカレード」という題名が付けられている。

 

byウィキペディア。

 

「で、俺もソレに参加するんですか……」

 

上司から言い渡された任務の内容に、レオナルド・ウォッチは腰の引けた返事をした。

 

「あぁ、すまないがお前が一番適任だ」

「うっそだー! 俺、舞踏会とかそんなハイソなもん無理ッスよ!? スティーブンさんやクラウスさんのが絶対得意ッスよねッ!?」

「いや、僕はともかく、クラウスは背格好ですぐバレる。何しろ今回は潜入捜査だ。お前は比較的普段がテキトーだからな。目を隠してさえしまえば後はどうとでもなる。それよりも問題は、今回の標的の組織が魔術師、幻術士の類だということだ」

「幻術……」

 

嗚呼、とレオナルドは少しだけ納得した。魔術に関してはさっぱりであるが、幻術に関してはレオナルドの眼は見逃さない。

見逃さない処か全く引っかからないせいで逆に周りが幻術に掛かっていることにすら気付かないほどである。

 

「主催は分かっていないが、毎年の事だ。各地の魔術師、幻術士に送られた招待状がある。お前はコレを持ってその会に参加してくれ。妙な動きがあればすぐに連絡を。何、仮面舞踏会と言えど所詮は各地の術士がお忍びで騒いでるだけだ。貴族でも王族でも無い相手だ。緊張するほどのことは無い。ただし、その裏で何かがあってはいけないから厳重に見張ってくれ」

 「うぃッス……。ソレ、一人で行かなきゃなんスか?」

 「悪いが、いつもの様にザップやツェッドを護衛に着けることはできない。ただし、ライブラお抱えの魔術師は何人か潜入させるから万が一の時はそいつらがお前をいち早く外へ逃がす手はずになっている」

 「万が一って……それこそスティーブンさん等に連絡が必要な状況ッスよね…」

 「あぁ、魔術師達にはお前の事は話してあるからお前の言う事は確実に信じる。その上で専門家として判断してくれるさ。まぁ妙な動きは今のところ無いから、気楽に飯代が浮いたと思って飲み食いして来い。ただし……」

 

鋭くなる上司の目に少し気圧されつつも、レオナルドはしっかりとスティーブンの目を見て答えた。

 

「しっかりと見張りは果たしますよ。俺だってもうそこそこライブラの一員やってんですから、できる事は全力でやります」

「あぁ、期待してるよ」

 

スティーブンから更に詳しい説明を受けてから、レオナルドは支度をする。

 

任務開始は明日夕刻。

 HLのあまり治安の良くない、異界に近い地点にある屋敷。そこが目的の場所だった。

目的地まではライブラお抱えの魔術師の一人である女性と車での移動になった。以前エイブラムが来た時に渡された札を両目に巻き付け、上から仮面をつける。ローブなどの既に用意されていたソレらしい服装を見に着け髪を整える。

 そうしてしまえばちんちくりんな少年は怪しげな魔術師へと簡単に姿を変えた。

 

「……」

 

小柄ではあるが怪しげな雰囲気を醸し出す魔術師はいつものレオナルドよりも強そうで、車の窓に映る自分を見て苦笑する。

そんなソワソワした様子のレオナルドに、運転手であり、魔術師である女が声をかけた。女は艶やかなブロンド、そして、髪とお揃いのボリュームのあるまつげに縁どられているグレーの瞳を持っていた。スタイルの良い身体には紫のドレスを纏い、足だけが運転のしやすいスニーカーに包まれていた。

 

「大丈夫よ。今まで私たちが見て来た中で問題なんて起きてないし、バレやしないわ。今夜は参加者の素性を誰も気にしない。ソレがルールだもの」

「うぅ、だといいんスけど……。えーと、すみません。今更ですけど、お名前は……?」

「あぁ、今夜はリリィって呼んでちょうだい。うっかり本名呼んじゃっても事だからね」

「了解しました。よろしくお願いします、リリィさん」

 

それからしばらく走って、二人は大きな橋に差し掛かった。その先に大きな屋敷が見える。

異界に近い場所ではあるが、以前行ったことのある異界レストラン・モルツォグァッツァの方が更に奥の方にあるため、レオナルドはこんなものかと少し安心した。 

周囲にビルは浮いていない。しかし真下が永遠の虚であるというのは変わりはせず、足場が少し崩れたら虚に真っ逆さまだなんて冗談ではない。しかし、まだ足場がしっかりとしているため大丈夫な地点だろうという安心感もある。

 

そこでザァザァと聞こえてくる音をレオナルドは不思議に思った。

 

「あれ、この音って水ですよね?」

「えぇ、湖よ。屋敷の周囲を湖で囲っていて、水源は屋敷の地下にある魔法陣って噂ね。どこかに繋がってるのか、空気から生成されてるのかは分からないけれど、永遠に絶えない水が虚に落とされてるわ」

 

リリィの説明をふぅん、と聞いて、何かが頭に掠めた。

地下湖、マスカレイド、何か有名な作品があった気がする。

レオナルドはライブラの構成員であるが記者志望でもあるため、一般教養の他に雑学、古典などにもある程度手を出している。その中の記憶に、何か引っかかるものがあった。

 

「オペラ座の怪人……?」

「あら、よく分かったわね。主催者の趣味らしいわよ。屋敷の中もオペラ座風になってるから楽しみにしていいわよ」

「へぇ……」

 

流石、術士は物好きだなぁ、と思うと同時に少し不安になる。

 

まさかシャンデリアが落ちたりしないだろうな、と。

 

二部構成であるミュージカルの第一幕の終わりにシャンデリアが落ちるシーンは恐らく最も有名だろう。

再現するとしたらあのシーンは欠かせない。

恐ろしい考えが頭を過る。

 

「……」

 

その様子を見て運転席のリリィがクスクスと笑みをこぼす。

 

「大丈夫よ。滅多なことは起らないわ」

「そっスかね……」

 

その滅多なことが頻繁に起こるのがHLという街なんだけどなぁ……とため息を呑み込み、レオナルドは建物を睨んだ。

駐車スペースは見当たらず、どこに置くのかと思っていると、リリィは建物の入り口の前に車を止めた。

 

「さぁ着いたわ。降りてちょうだい」

「あの、車は……?」

「まぁ見てて」

 

不安そうな顔をするレオナルドにリリィは楽しそうに口許で笑った。

運転のしやすいスニーカーからつま先に刺繍の施された華奢なヒールへと履き替えると車を降りる。それに倣ってレオナルドも車を降りると、足元が輝きだした。

 

「!」

 

クルマの下に浮かび上がる魔法陣の光が車を包み、一瞬のホワイトアウトと同時に全てが無くなってしまう。ホワイトアウトの瞬間に光の隙間に映った情報からレオナルドは車がどこかの空間へ転送された事が分かった。

手持ちの鞄から仮面を付けて、リリィは勝手知ったる様子で建物の中に入る。彼女に倣いレオナルドも正面玄関から建物の内部に入り、エントランスで受付を済ませる。

受付には仮面を付けた少女達がいるが、しっかりと見ればそれらはヒトではないことが分かる。恐らく式神や人形の類だろう数式仕掛けのそれらは招待状を受け取ると丁寧にレオナルド達を奥へと案内した。

手前にある2階への階段をスルーしてエントランス奥の扉から中に入ると中のガヤガヤとした雰囲気がホールに広がっていた。

 

「わぁ……」

 

オペラ座を模したらしいステージは豪華な装飾が施され、二階席がぐるりと周りを囲む。ステージに向かって左の3番目には5番のボックス席が存在し、カーテンが閉められていた。

 

見上げれば天井の中央にはシャンデリアが飾られている。

ステージ上ではオーケストラがバラードを流している。本当にそこで見えない誰かが演奏しているかの様に楽器が奏でられているがレオナルドの眼には何も映らないため、そういう演出の魔術による自動演奏なのだろう。ただ、ステージ上に一人だけ、男性型の式神がいて甘い歌声を響かせていた。

1階部分に椅子は無く、ステージ前で音楽に合わせ踊っている者やその周囲で食事をしている者など様々だ。恐らく、2階席は個別に高みの見物をしたい者のための席なのだろう。

 

「じゃあ私はフラフラしてるから。何かあったら呼んで」

「あ、はい」

 

一声だけかけて、リリィはレオナルドから離れ行く。少し心細くはあるがもともとは魔術師達が羽を伸ばす場所だ。彼女も彼女で見張りつつではあるがしたいことはあるのだろう。自分の面倒を見させるわけにはいかない。

そう考えて、レオナルドもフラリとパーティの中に紛れる。

 

立食パーティの形式で並べられたごちそうに手を出しながら、壁の近くで周りを見る。

この建物自体に何か不自然があるという事は無い。どこもかしこも数式だらけではあるが魔術師が所有する建物ならばソレは当たり前だ。その数式がどのような意味を持つのか、レオナルドには分からない。

もしかしたらこの任務を受けたのは失敗だったのかもしれないと考えていると、レオナルドに近づく影があった。そちらを見ると、彼よりもいくらか背の高い、恐らく青年だと思われる男がレオナルドにニッコリと笑いかけていた。

 

「君の名は何と言うんだい?」

「セシリオ・オサリバンと言います」

「へぇ、初めて聞く名だね。まぁ此処で聞く名は全て偽名で、毎年違う名前を使う者も多いから当然だけれど」

 

そつなく事前に決めていた偽名を応えれば、男は三日月の様な笑みを口許に湛え嬉しそうに言葉を紡ぐ。

 

「ところで、君は先ほど変り者のリリィ嬢と話をしていたね」

「変り者……? まぁ、リリィさんとは知り合いですが」

「あぁ、是非ともどういう仲なのかを聞いてみたくてね」

「……」

 

此処では全ての素性は関係無いという説明を受けたハズだけれど、と訝しむ目で男を見るレオナルドに男はニコニコと爽やかに笑いかける。

 

「何、心配はいらない。此処で起こった事は外へ持ち出さない事は重々承知さ。ただし、今夜だけなら許されるだろう?」

 

つまり、気があるという事か。と少し安心する。

しかし、職場繋がりだとは言えないしどう答えたものかとレオナルドは思案する。

 

その様を見て、男は仮面の奥の目を細めた。

 

「君は、どこか夢を見ている様な子だね。目許に着けているのは仮面だけでは無いね、まるで星空でも見ている様だ……」

「え?」

「そのぼんやりとした雰囲気、とても魅力的だよ」

 

熱に浮かされた様な様子に、レオナルドはやっと何かがおかしいと気付いた。

 

「あの……?」

 

目の前の人物はリリィが気になっているのだとばかりレオナルドは思っていたが、ソレは違った。男の目的は彼女ではなくレオナルドだった。

 

「一曲踊っていただけるかな? もしよろしければ」

「えっと、えー……」

 

まさか目の前の男が自分を女だと勘違いしているのだろうかと戸惑っていると、男は何を思ったのか手を取り少し距離を縮める。至近距離で鮮やかに笑みを浮かべる男にもしかしたら女性はこういうのが好きなのかもしれないとレオナルドは頭の片隅で考える。

 

しかし、レオナルドは男である。そして、いい男には事欠いた事が無い。

レオナルドの職場であるライブラには、紳士、色男、ヒモ男と方向性の違うが揃っているため審美眼に関してだけは相当厳しくなっていた。 

元々ノーマルであるため目の前の男に靡かないどころか、スマートさに欠ける対応にレオナルドは男の評価をマイナスへと下げていく。適当に振って御馳走にありつこうと思い口を開いた瞬間、後方から別の、聞き覚えのある声がかけられた。

 

「おや君は、少年ではないか」

「へ?」

 

少し高めの落ち着いた声色に振り返れば、そこには白い怪人がいた。

プラチナブロンドのセミロングの髪、ダブルボタンのコート。服装規定通り覆われた目許は金属に覆われているが、普段の格好と一切の差異が無い。

 

仮面舞踏会の意味とは、とレオナルドが頭を痛めていると酷く楽し気に怪人は話しかけてきた。

 

「久しぶりだな?」

「えぇ、まぁ……」

 

堕落王の登場に先ほどまで少し強引にレオナルドを誘っていた男はそそくさと消えており内心舌打ちを打つ。少しでも気があるなら助けろよ、と考え、しかし目の前の人物はそう簡単に相手になれる者ではない。

 

 

堕落王フェムトが口許に不敵な笑みを湛え、そこにいた。

 

 

 

To be continued……