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HLの怪人②

 

「まったく、毎年の事ながらつまらない催しだな……」

「……」

「何か起こるかもしれないと参加してるんだがね、何も起きないんだよ。まったく! 魔術師が揃いも揃って遊んでいるだけだと?! 怠惰にも程がある!! そう思わんかね?」

 

ホールの壁に寄りかかり、御馳走をパクパクしながらレオナルドはフェムトの話を右から左へと受け流す。堕落の王というよりも人類の堕落を嘆く王と化してるよなぁ、と頭の片隅で考えつつ表情を伺い見る。

 

「まったくなって無い! 何かきっかけさえあれば僕だって手を貸すんだよ!? 此処でなら匿名で世界征服だってできる!!」

「ご自身でなさらないんですか?」

「たまには人のゲームに乗りたいんだよ」

「あー、たまにはゲームマスターじゃなくてプレイヤーやりたい感じですかね」

「まったく、君は良いな。いつもプレイヤー側なんだからな」

 

少し唇を尖らせて、行儀悪くフォークで空中に何かを描く堕落王はゲームをしている時のテンションの高さは見られない。火種があればガソリンを注ぎに来たが、火種が無くご機嫌斜めで暴れる気すら起きていないという所だろう。

火種があれば消火に来ているレオナルドにとっては迷惑な存在であるが、暴れないのならば適当に話し相手をしていた方が良いとレオナルドは判断する。

 

「アンタいつも企画する側ですもんねー」

「そう! そうなんだよ!!」

「ハハハ」

 

わざとらしく頬を膨らませ、可愛い子ぶる様な素振りを見せるフェムトに空笑いを返す。

しかし、フェムトにはその様子が気に入らなかったようで、レオナルドの持っていた皿をパッと奪う。

 

「ちょっ」

「つまらん! つまらんよ少年!!」

「うわぁああああ!?」

 

怒らせたかと一瞬焦るレオナルドの手を取り、そのまま背中にも手を添えて器用にカウンターの間を縫うようにフェムトはダンスフロアへと躍り出た。

反時計回りに進むラインに、少し強引に、しかし接触しない程度にはスマートに入り込む。

 

「え、あのッ!?」

「僕に問題を起こされたく無かったら少し付き合いたまえよ」

「えぇー……っ!?」

 

有無を言わさないリードにレオナルドの身体が勝手に動かされる。ダンスの経験など高校での体育の授業で習ったフォークダンス以来で、レオナルドはこういった本格的なダンスなどはホールドの仕方すら知らない。

しかし、ほとんど自力でポーズを維持する事すらできていないレオナルドがまるでフェムトに操られる様にクルクルとフロアを踊る。

 

勿論それはレオナルドが周りを見て動きを何となくコピーしているからできる事ではあった。しかし、素人を躍らせるフェムトのリードの上手さの功績でもある。

 

競技ダンスの様な激しい華やかさは無いが酷い身長差をものともせず、輪の中に混ざる技術と身体能力には目を見張るものがあった。大まかなパターンを把握したらレオナルド自身も拙かった足運びがだんだんとマシなものになり、その拙さゆえに周りから浮くという事は無くなった。

 

「案外うまいじゃないか」

「そりゃ、どーも」

 

向き合ってのポーズからクルリと回り、背中を預け同じ方向を向く。フェムトのリードに身を任せればいいだけなのでダンスを失敗する恐怖は無かったが、外を見れば周囲の視線とぶつかった。

先ほどのレオナルドの様に食事をしながら見ている者以外に、2階席から乗り出して見ている者やダンスをしながらチラ見してくる者までいた。

 

物珍しいのだろう。

あの堕落王フェムトがこの会において目立つような事をしているのが。

普段はどんなに騒がしい怪人でもこの舞踏会において踊ったり騒いだりしたことは無かった。そんな彼が今、見知らぬ小柄な少年とダンスを踊っているのだ。目立たないはずが無かった。

 

あの堕落王と踊っている少年は誰だ。

そんな好機の視線が突き刺さるのを感じながら、一番近くに最も危険な男の気配を感じる。

本来ならこんな危険人物とレオナルドが共にあるハズが無かった。もともと縁の無い間柄であるのに、何故こんなことになっているのか。

レオナルドとフェムトの縁はもともとは薄かった。フェムトの起こした事件を阻止したお陰でレオナルドはライブラに入る事ができた。その後も時々起こされるゲームと称した事件をライブラの一員として解決などもしてきたが実際に会った事は無い。

 

フェムトにとってレオナルドも取るに足らない存在であった。

しかし、仕事で一度訪れたレストランでフェムトとレオナルドは遭遇した。

その上、その場のノリと勢いで共闘までしてしまった。

 

その場限りの出来事でこの事は無かった事にするという話であったハズであるのに、今、レオナルドとフェムトは舞踏会でダンスを踊っている。どうしてこうなった、とため息を吐きたくなるのを抑えた。いくら何でもダンス中にパートナーにため息を吐くなど失礼すぎる。

 

しかし、フェムトはレオナルドがダンスに集中していない事に目敏く気が付きて声をかけて来た。

 

「どうかしたのかね?」

「いーえ、何でも」

「こういう時に他の事を考えるのはあまり得策ではないぞ。女性を相手にする機会が万が一あったら気を付けることだな」

「万が一って何スか!? ていうか考えてたのはアンタの事だよ!」

 

サラッと貶された事に文句を言いつつ、返事をすればフェムトは少し目を見開いてニヤリと笑った。

 

「なるほど、過去の僕に文句を言うべきかな? しかし今は目の前の僕に集中してくれ。いくら軽いと言えども君の体重を支えながら踊るのは少々骨が折れる。まぁ初心者にしては頑張っている方ではあるがね」

 

クルリとまた回転して向き合うとフェムトの尖った犬歯が目に映った。

 

「今のアンタの事も考えてますよ」

「ほう?」

「何でアンタは俺と踊ってんのかなぁ、とか。俺たち今日が初対面スよね?」

「あぁ! 勿論だとも!! しかし、僕は前から君の事はゲームを通して知っていた。そして君も画面越しに僕を見ていた! ならば知り合いだろう?」

「わー、強引だなぁ」

 

コソコソと至近距離でお喋りとをしているとチークタイムに入った様で、曲調がゆったりしたものになる。

手を繋いで揺れる程度の動きのため楽ではあるがその名の通り頬が触れるほど近づく必要がある。しかし、レオナルドとフェムトの身長差では頬が付く事は無く、胸の辺りに頭が来る程度だった。

 

「フェムトさんって細いですよねぇ」

「君に言われたくはないが……魔術師に筋肉なんて求めるだけ無駄だよ。君たちのボスと比べ無いでくれ」

「あの人は人類型としては規格外ですから流石に比べる対象じゃあ無いッスね」

「……」

 

クスクスと笑いながらの会話は存外心地の良いもので、チークの揺れも相まってレオナルドはリラックスした緩い顔でへにゃりと笑う。フェムトがその顔を見ているうちにチークタイムは終わり、だんだんと曲が盛り上がり始める。

 

もう一度レオナルドが足形を反芻した直後、フェムトが思わぬ行動をとった。

サークルの中心、相当な自信家で目立ちたがり屋さんでもない限り躍り出たりはしないであろうそこにフェムトはレオナルドを引っ張り出した。

 

「!?」

 

一瞬何が起きたのか分からず混乱しかけ、レオナルドは思い出した。この堕落の王様は自信家で目立ちたがり屋だった、と。足形を覚えた程度のレオナルドを完璧にリードし、ラストの一番盛り上がるシーンでホールの主役になろうとしているのだ。

 

なんて奴だ。僕は目立ちたくなんてないのに!

 

レオナルドはそう文句を言いたくなったが言える様な状況では無かった。

此処で失敗するワケにはいかない。本人が恥ずかしいのでもあり、此処で大失敗してフェムトの機嫌を損ねても面倒であったためだ。この時ばかりは周りの視線など気にしてられない。響き渡る甘く熱い歌声とフェムトの一挙一動にのみを敏感に感じ取る。

 

まるで昔、妹のミシェーラと見たロマンス映画のヒロインにでもなった様な気分だと思うが、この状況を面白がるにはまだ少しの度胸が足りなかった。

フェムトのリードに身を任せ、しかし出来るだけ自立して足を運ぶ。クルクルと周り、フェムトのリードのタイミングに合わせターンを繰り返す。

 

情熱的な恋の歌が鼓膜を震わせて、緊張に震えそうになる足を叱咤する。

握られた手は熱く、しかし背筋は底冷えする様だった。恥ずかしさのためか、もしくは他の要因があるのか、頬は紅潮し、首筋にはうっすらと汗をかいていた。

だんだんとゆっくりとした曲調に戻り、最後に何度か同じフレーズが繰り返される。

その頃にはもう足運びやフェムトの動きを敏感にとらえる必要も無くなり、ゆったりとした雰囲気の中で曲に合わせて何度かその場で回るだけだ。

 

ヒラヒラしたドレスが視界の端でふわりと揺れた。

身長差はあっても、レオナルドには周囲の女性の様な華やかさは無いのが残念だと思う。こんなに頑張っても、男同士では滑稽に見えるだけだろう、と。

 

曲が終わるのに合わせて、一歩下がり、腰を落とす。目を合わせて少し笑う。一瞬の間があって拍手の音が響いた。

それに合わせ、レオナルドも拍手をする。コレはこういうものなのだろう。誰に向けてでも無い、この空間全てへ向けてのねぎらい。

 

拍手が終わるとまたゆっくりと前奏が始まる。

 

その間にまた踊る者と、新たにサークルに加わる者、輪から出ていく者が入り乱れる。

 

「もう満足ッスか?」

「あぁ。それにもう君の足も限界だろ?」

「正直足が死にそうです」

「軟弱者め」

 

最後までベタ足にならなかっただけでもマシだったと文句を言いたいのを呑み込み、退場までしっかりとフェムトにエスコートされる。

 

「どこ行くんですか?」

「立ってるのも厳しいんだろう? ボックス席に連れて行ってやろう」

「あぁ……ありがたいッス」

 

正直に言うとフェムトの言う通り、立っているのも辛いためその申し出はレオナルドにとってありがたかった。

素直について行き、好奇の視線を受けつつ会場の外へ出て階段を上がる。そこから少し歩いてノブの無いドアの前でフェムトは立ち止まった。その表面に軽く触れ、なぞるとキィと音を立ててドアが軽く開いた。

 普通に考えたら押戸式の不用心なドアだが、この扉も魔術が掛かっている。

式は見えていてもその意味は分からないが、恐らく施錠の類だと予想はついた。

 中は案外広く、大きな窓は先ほどのホールに繋がっており音楽が聴こえ、眼下にはダンスを踊る人々が映った。

 

「まぁテキトーにくつろいでいたまえ。此処からなら監視もしやすいだろう」

「え、ちょ……!?」

 

レオナルドを送り届けるとフェムトは何もせずにさっさと部屋から出てしまった。レオナルドの目的を何故知っているのかという疑問と混乱にも応えず、パタン、とドアは閉められた。

1人でいるには少し広い部屋でポツンと取り残されると少し寂しい物がある。

 

「……」

 

椅子に座り、一息ついてから靴を脱ぐ。窮屈なソレから解放されて、靴擦れなど怪我が無いか確認する。

もしかしたら足の裏がズルズルになっているかもしれないと危惧していたがそんなことは無く、指の付け根や足首の辺りに疲れがあるだけだった。

 

恐らくダンス中はずっとフェムトに体重を支えられていたのだろうと思って苦い気持ちになった。

彼の気まぐれであんな目に遭ったのだとは分かっているが、レオナルドのなけなしの男としての矜持が鎌首をもたげる。

小さく、軽いなどという形容は可愛らしい女の子、それこそ妹のミシェーラにこそふさわしい。大人の男である自分には似つかわしくないだろう。

 

しかし、ソレは形容ではなく事実だった。

この任務が終わったら身体を鍛えよう、と思う。今まで何度も誓った事だけれども、達成された事の無い願いを誰にと言うことは無く再び誓う。

レオナルドの身長には少しだけ高い椅子に座り、痛む脹脛から足先までをプラプラと揺らし、時々足首をクイクイと動かして違和感を払拭しようと試みる。任務を考えれば、何かあった時にすぐに動ける様に靴は履いているべきだけれども、少しでもマシなコンディションにすべきなのかとも悩んだ。

 

携帯の電波は良好で、何かあればレオナルドにできる事は電話を掛けるだけだ。しかし、生き残るには動き回って何が起きているのかを視て、状況を判断しなければならない。

何も起きなければ良いけれど、と思いつつも何かが起きるまえに靴だけは履いておこうかと足を延ばした時、背後から音が聞こえた。

 

「?」

 

フェムトが戻ってきたのかと呑気に振り返ればそこにいたのは見知らぬヒトだった。

 

「え」

「……」

 

お互いに少しの間見つめ合って、何度か瞬きをする。

その人はゆったりとしたローブを纏い、鮮やかなブロンドを一纏めにしていた。顔面の右半分をファントム(亡霊)の仮面で隠し、左半分は垂らされた髪で覆われている。

ほっそりとした輪郭はその人を女性らしくみせたが、男物の華やかなローブが性別を判断しにくくさせていた。

どうしよう、と混乱するレオナルドに対し、先に動いたのは相手の方だった。

 

「ボックスの5番は空けておけと言っていたハズなんだけどな」

「!?」

 

軽く小首を傾げながら発せられた言葉にレオナルドはますます混乱した。

この席はボックスの5番だったのか、と。ならば目の前のヒトはこの会の主催者なのではないか、フェムトの野郎は何て所に自分を案内したんだ。色々な考えが頭を巡るがこの状況の打開策が思い浮かばない。

顔面蒼白で目を白黒させるレオナルドにその人はクスリと笑いを漏らすと踊るような足取りで近づいた。

くいっとほっそりとした指先で顎を持ち上げられ、ジッと見つめられる。そしてニッコリと笑った。

 

「まぁ、こんな可愛らしい人なら大歓迎だよ。クリスティーヌ」

「え、あの……っ!?

「ハハッ、冗談さ。彼女はコーラスガールで、君はダンサーだ」

 

思わぬ言葉に一体誰と勘違いをしたのかと困惑したが、続いた言葉でレオナルドはその人がレオナルドを揶揄っただけだと分かって安心した。

 

「いえ、別にダンサーじゃ……って見てたんですかっ!?」

 

しかし、先ほどの拙いダンスを見られていたと言われると恥ずかしいものがあった。

どうせ事務所に帰ったら女役でフェムトと踊った事は散々揶揄われる予定ではあったが、あんなダンスを、しかも舞踏会の主催者に見られていたとなるといたたまれない気持ちになる。

 

「あぁ、此処からしっかりと見ていたよ。さっきまではちょっと席を離れていたけれど」

「ああぅ、勝手に入ってしまってすみませんでした……」

 

フェムトに連れてこられただけではあるが、この場に彼はいないし、自分が他人のスペースに入ってしまった事には変わらないため、レオナルドは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「だからいいって。あんな面白い事やらかしてくれたんだ。今日のプリマは君だよ」

「バレエでも無いんスけどね……」

 

にこやかに至近距離で会話を続けるその人に少し呆れ顔をしつつ、無礼を咎められない事に安心する。

 

「あはは、シャンデリアでも落とされると思った?」

「まぁ、5番の席に勝手に入っちゃいましたし……」

「まだそんな事しないよ」

「……まだ、ですか?」

 

やはりそのうち落とすつもりではいたのか、と戦々恐々とした気分になりつつ、レオナルドは目の前の人物を見た。

 

「クリスティーヌがいないからね」

「これから現れる予定なんです? それとももうお弟子さんか何かが?」

「さて、どうだろう」

 

元ネタを考えれば既に布石があると考えた方が良いだろう。

しかし、目の前の人物は口許で鮮やかに笑うだけでレオナルドの問いをはぐらかした。

 

「それとも、君が僕の為に歌ってくれるかい?」

「いえ、歌も踊りもその……」

 

自分にはできない。

そう続けようとした所で、主催者はレオナルドの言葉を遮った。

 

「何なら僕の為じゃなくても良い。君のために、歌う気は無いかい?」

「え」

「神に、会いたいとは思わないかい? 義眼の少年?」

 

 

 

 

 

 

To be continued……