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四つ足の檻


どうしてこうなってしまったのか。
パチパチと焼けた木が弾ける音と悲鳴が響く中、武道は赤く燃え盛る炎をただ唖然と見ている事しかできなかった。
 
コレは、自分のせいなのだろうか。
 
自責の念に苛まれるというより、ただそうなのだろうという納得と、もう何もかもがどうしようもないのだという諦観があった。
 
「ごめんなさい……」
 
熱風を頬に受け、逃げ惑う人の悲鳴に鼓膜を震わせ、武道は自分の罪を見ていた。
 
 
・・・
 
 
花垣武道はぼんやりと窓の外を眺めていた。
明日、武道はとある富豪の男と結婚する。名前の通り、武道はれっきとした男であるが富豪に見染められ第八夫人として迎え入れられる事になった。
武道に身寄りは無く、男の物になる以外の道は無い。一人で働きに出る事も出来たハズであるが、ワケあって気力が湧かず鬱に近い状態であった。
 
もうどうにでもなってしまえ、と考える事すら放棄した。
 
明日、武道は結婚し、男に抱かれる。
そのために食事を抜いて、明日の朝には腹の中を処理し、婚礼衣装として貞操帯を身に着ける。その貞操帯の鍵を自分から男に差し出すことにより夫に服従を誓わせるのだそうだ。
なんて馬鹿らしい、と同じ男として品性を疑う下劣な行いを自分がさせられる。どこか非現実的で、武道はずっと悪夢の中にでもいるような気分だった。
 
武道に与えられた邸宅は街外れの森にあり、逃げようと思えばいつでも逃げられる。しかし、今の武道は逃げないと高を括られているのだろう。確かに、今の武道にそんな気力は無かった。
 
ただぼんやりと暗い森の夜闇と月の輝きのコントラストを眺める。
以前の自分ならこの景色を不気味と泣いただろうか、それとも綺麗だと思っただろうか。それすら思い出せない。
 
そんな武道の視界に、突然、何かが映った。
 
蒼い鬣が風にふわりと舞う。
鷹の様に瞳は金色に輝き、武道を鋭く射抜いた。
鍛え抜かれているのだと一目で分かる筋肉質なヒトの上半身に、流線型のしなやかな馬の下半身。
 
ケンタウロスだ。
 
田舎者の無知な武道にもそれくらいは分かった。見るのは初めてだったが、その名は蛮族として各地に響き渡っている。罪人と雲の女神の交わりによって生まれたという酒好きで好色な半神の種族。数々のとんでもない逸話の中における彼らは紛れも無い蛮族であり、隙あらば女を犯す化け物の様に描かれてきた。
 
しかし、同時に、あらゆる武器を使いこなす武神の様な側面もある。ヒトと戦争をしていた時期もあるそうだ。もちろんケンタウロスは神ではないが、ヒトよりも野生に近く、ヒトよりも自然と調和した、獣神の様な種族だった。
 
もう何も感じる事など無いと思っていたハズだった武道の心臓が酷く脈打つ。
 
ボンヤリと窓から外を眺めていたハズなのに、気付けば窓枠に足を掛け、飛び出していた。獣神は当然逃げる事は無く、少し驚いたような表情を見せた。ネグリジェを着た貧相な男が不敬にも裸足で近寄って来たのだから当然だろう。
 
「オレを! 攫ってください!!」
 
獣神が何か言う前に、武道は叫んでいた。
何を考えているのかと自分でも驚いてしまう馬鹿な事を言っている自覚はあった。殺されても仕方が無い失礼な懇願だ。
 
いっそ、殺されたいと願ったのかもしれない。
 
この圧倒的な、自分よりも格上の男に殺されるのなら本望だった。オンナとして尊厳を奪われるなら、いっそ死んでしまいたいと願っていた。それなのに死ぬという行動に身体が移せない。魂の抜けた、うろの様な存在だった。
 
ソレが、死にたいと行動できる程、息を吹き返した。
 
外殻だけ残った無様な物体が、熱を持ち、鼓動する。そうだ、自分は植物ではなくヒトだったのだと思い出す。足の裏にゴツゴツと石を感じる。その程度では切れたりはしないが、痛みとはこういうものだった。久しぶりの運動に乱れた呼吸が苦しい。
 
身体の何もかもが悪いのに、精神が高揚していた。
 
馬鹿なの事をしていると分かっている。
自分の破滅願望に高貴な存在を巻き込んでいる。恥ずかしくて仕方が無い。
 
早く殺してくれ。
 
そう願う武道の鼓膜を震わしたのは自分の断末魔の叫びではなく獣神の声だった。
 
「……分かった。だが、お前はその願いに何を差し出す」
「……え」
 
自分の失礼な懇願にしっかりと返事がされたことに驚き、同時に納得する。
攫ってほしいのだと頼んだのだから、対価が必要だ。
 
切り捨てられる事を望んだ事すら、身の程知らずだ。
 
なぜならば自分には何も無かった。
武道は故郷を遠く離れ、身一つで男に嫁ぐ。目の前の高貴な存在に差し出せるものなど何もなかった。
 
「……」
 
一瞬の沈黙の後、詰まりそうになる息で、武道は喉を震わせた。
 
「オレの胎を」
「……」
「子は孕めませんが、疑牝台代わりぐらいにはなります」
 
馬鹿な事を言っていると分かっていた。
こんな、武道から見ても美しく、逞しい存在にそんなものを差し出してどうすると理性が叫ぶ。羞恥を思い出した脳みそには辛い状況だったが、獣神は武道の言葉に鷹揚に頷いた。
 
「分かった。明日みょうにちを待て」
「え」
 
まさかの返答に武道は再び言葉を失って獣神を見つめた。
その鉄面皮から読み取れるものはなく、ただ偉丈夫の顔が武道を見ていた。
そのように見つめ合ってから、動けずにいる武道を気にもせずに、獣神はゆっくりとその場を離れた。武道は気力を使い果たしたようにぼんやりとその場にへなへなと座り込み、しばらくそのままであったが、ゆっくりと立ち上がり夢遊病患者の様な足取りで屋敷へと帰る。その間の自分の事はあまり思い出せなかったが、それでもその場にはいられなかったのだろう。
 
その僅かな邂逅の間にのみ、ヒトに戻った武道がまた人形の様にぼんやりと部屋の窓から外を見た。
 
もうそこには何もいないというのに、ただただ暗い森の陰影を眺めていた。
 
 
 
・・・
 
 
あれは夢だったのか、あるいは病んだ心が見せた幻覚だったのか。
花嫁になる支度をしながら武道はぼんやりと考えていた。今夜の初夜のために昨日から何も食べておらず、空腹で考えもうまくまとまらない。
チャポリと良い香りのする湯舟に浸かり、肌に雫を垂らす。まぁ抱くなら清潔で良い匂いがする相手の方がいいだろうと納得はするが、なぜ自分が好いてもいない男のためにこんなことをしているのだろうという気持ちもあった。
指示されたままに腹の中を洗い、筋弛緩薬のローションを仕込み、緩くなった尻穴に張型を挿入する。圧迫感が気持ち悪く、嫌悪感もある。性的な行為への羞恥よりも、馬鹿らしさが勝っていた。
 
このまま石鹸に足を滑らせて風呂で溺れて死んでしまおうか。
 
そんな事まで考えてしまう。
昨日までは自殺する気力も湧かなかった。なのに、あの獣神に会ってから武道は感情というものを思い出してきていた。自分の状況への怒りや、悲しみが思考へと働きかける。
アレが幻覚だったのだとしたら症状が進んだ状況になるが、それでも今、死出の旅路を選ぶのをためらうのは昨夜の言葉があったからだ。
 
「……明日を待て、か」
 
彼はいつ自分を攫ってくれるのか。
張型を押し込む様に上から貞操帯を身に着け、カチャリと鍵を掛ける。冷たい金属で出来たソレはウェディングドレスに合わせたのか繊細な作りながらもやはり無機質で、質量以上の重さを武道に感じさせる。
貞操帯だけ付けた上にバスローブを羽織って、武道は脱衣所から退出する。ここから先の支度は自分ではできず、侍女にしてもらう。ウェディングドレスの形を綺麗に整え映えさせるためにこの男の身体をコルセットで締め付けるらしい。腹の準備の他にむりやりくびれを作り出す際に吐かないために絶食をさせられていた可能性すらある。そんなことをするなら初めから男の自分ではなくスタイルの良い女を娶ればいいものを、と考えてそれでは他の誰かが犠牲になるし、きっとそういう女は1から7までの夫人たちにいるのだろうと思い直す。
 
花の香りがする湯舟で十分かと思いきや、香水の様なものをかけられ、化粧品の様な物を全身にまぶされる。ソレがどんな効果を持つのかは分からないがまるで料理の下準備でもされている様な気分だった。
肉を洗い、ハーブを揉み込んで、塩を振って、あとは煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。
お砂糖とスパイスで出来ているという女の子ならばともかく、カタツムリやら子犬の尻尾やらで出来ているらしい男の自分にはそれなりの下味が必要だろう。何とかしてこの下味に毒でも盛ってやりたい。
反骨精神も戻ってきた様で、自分の可愛げのなさに安心する。
 
グイグイと締め上げられて内臓が潰れそうなコルセットの上に柔らかな布が何枚も重ねられたドレスが被せられる。男の体型を隠すその全てが白く重く、枷の様だった。
そういえば貞操帯も白金製と言っていた気がする。今の自分は総額いくらだろうかと色気の無い事を考えつつ、繊細なレースをうっかりテーブルの角にでもひっかけてしまいそうで恐ろしい。
ガーターストッキングに包まれた自分の脚が依然と比べて明らかに衰えていて少しだけゾッとする。筋肉も贅肉も付きやすい体質で幼い頃から華奢な時期など無かった。やつれるという経験は人生初だった。
 
カサついた肌を隠す様にまた何かしらの化粧品が塗り重ねられ、顔色を調整される。鏡の前でされるがままに見ていれば、色白の肌がばら色に染められていて、そのどちらも元の自分からはかけ離れたものだった。こんなことをするくらいなら初めから美少女を娶ればいいのに、と再び考えて、鏡に映った唯一自分らしい箇所に目をやる。
 
海の様だ、空の様だ、と唯一幼い頃から外見を褒められた虹彩が今は憎らしい。
これが無ければ、きっと武道が男の花嫁にされるなんてことも無かったのだろう。
 
「うぅ……ッ」
 
嫌な記憶がフラッシュバックして、武道は胃液が食道をせり上がるのを感じる。酸に焼かれる喉が痛くて、それでも今さら婚礼衣装を汚すわけにもいかずに必死に我慢して飲み込む様に口元を押さえた。
そんな武道の様子に衣装係の侍女は慌てる様子も無く、水を汲んできて武道に差し出した。同情する様な目で、背中を摩られ、武道の状況は使用人たちも知る所であり、恐らく婚礼準備で吐いた花嫁は過去に何人かいたのだろうと想像する。
水を受け取り、侍女に感謝を伝えれば少し意外そうに見られた。
 
「別に君を恨んではないよ」
「はい、いいえ。旦那様の悪事は我々使用人も理解している所ですので……」
「うん、でも、君たちは仕事をしているだけだしね。気にしなくていいよ」
「……」
 
少し辛そうな表情をした侍女に武道は困った様に笑う。
罪悪感を抱かせたいワケではない。
 
「オレに事情がある様に、君にも事情があるのは想像がついてるし、オレも目に映る全てを恨んで生きるわけにはいかない。だから、本当に君が気にすることじゃないんだ」
「……はい」
 
ずっと無表情だった彼女が武道と同じ、困った表情を浮かべた。
いっそ罵ってあげた方が気が楽になるのかもしれなかったな、と少しだけ反省する。テキパキと仕事をこなす彼女はこの仕事をもう何度もしているのだろう。そして過去の花嫁に罵られた事もあるのだろう。
 
過去の花嫁たちが武道と同じような境遇で男に嫁いできたのだろうことも想像がつく。
思い出してしまえば吐き気を催すような最悪な記憶だ。自分は男だから八つ当たりなどできないけれど、か弱い女子がそんな目に遭えば絶望して怨嗟を撒き散らしても仕方が無い事だと武道は思う。
 
吐き気が落ち着いた頃に、最後の仕上げにリードの付いたチョーカーが嵌められる。
純白の衣装に合わせたものであるがソレが異様な事には変わらない。
 
「支度、ありがとね」
「いえ……」
「もしまた会う事があればよろしくね」
「……はい」
 
ヘラリと笑えば侍女はまた困った表情をした。
結婚後、自分がどこに置かれるのか、どんな境遇が待ち受けるのかは分からない。もう二度と会えない相手かもしれない。
 
それでも、武道は“次”の話をする。
絶望的な状況ではあるけれど、コレで終わりでもないのだ。
 
ギラリ、と失っていた光が瞳に再び宿る。
 
明日は待った。
彼が約束を果たしにきてくれるのかは分からない。すべてを人任せにするのも違うだろうと武道は気分が少しずつ向上していくのを感じた。
もしも来てくれなかったら、自分から探しに行ってもいいかもしれないとすら思う。もう一度あの体躯を見てやりたかった。
 
それにはどうにかして今日を耐えきらねばならない。
 
結婚式が始まるまであと数時間もなかった。
 
 
 
・・・
 
 
 
支度が終わり、馬車に乗せられた武道は式場へと運ばれた。
どんなに気丈な様子を装っても腹にローションを詰め込まれ、張型で蓋をされていては消耗もするというもので、さらに馬車でガタゴトと揺られてはたまったものではない。
 
式場に着くころには肌は上気し、ぐったりと浅い呼吸をするだけの肉になってしまっていた。
 
「ふ、うぅ……」
 
ジクジクと疼く腹に武道は顔を顰めて唸り声を上げる。
このままこの疼きに耐えながら獣神が約束を果たしにくるのを待つか、自分で逃げる算段を立てるか。
 
生きる気力が湧いた所で何ができるというワケではないのが腹立たしい。衰えた自身の身体にも苛立ちが生じる。
 
新郎である富豪は既に入場しているらしい。御者が連行する様に武道を馬車から下ろし、入場口へと連れていく。音を立てて教会の扉が開き、武道の姿が客に晒されると同時に武道からも客の姿が見える。
富豪の客らしく、成金らしいいやらしい装飾や服装の男たちが多く散見された。この結婚式は、夫婦の成立の儀式ではなく、男の新たな性奴隷のお披露目会の様な意味合いがあるのだろう。当然、武道の身に着けている貞操帯の事も知らされている様で、あからさまに下卑た視線が突き刺さる。
 
「……」
 
気持ちの悪いソレに吐き気を耐えながら、武道はゆっくりとヴァージンロードを進んで行く。逃げるとしたら式が終わってからだろう。周囲には敵しかいないといっても良い状況だ。ここで逃げれば衆人環視の中で犯されてもおかしくはない。
ベールガールや父親の代わりに先ほどの御者がリードを持っていた。
家畜かペットの扱いに不服を申し立てたいが、その前になんとかして富豪を殺してやりたい。
 
式が終わり、いざヤるかという所が良いだろうか。寝首を掻くよりもきっと無防備だろう。
獣神は来てくれるのだろうか。約束を果たしてくれるのだろうか。そもそも覚えてくれているのだろうか。
 
ヴァージンロードを歩きながら他の男の事を考える自分はきっとこの純白の衣装に見合ってないのだろう。しかし、そもそも純潔を捧げる相手がクソ野郎なのだから許されたい。
 
そんな上の空で歩く武道をどう思ったのか、御者からリードを受け取った富豪がニヤニヤと笑う。従順に見えるのだろうか、ぼんやりとしているうちに祭壇に到着する。
富豪を殺すことと獣神の事しか考えれず、神父を模した男の言葉が頭に入らない。もしかしたら弛緩剤ローションの効果がここに来て効いているのかもしれない。腹の中だけでなく脳みそが麻痺してきているのならそれなりにヤバい薬だとぼんやりと思う。
 
「病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、主人がお前に飽きるまで、命の続く限り、主人を愛し、敬い、貞操を捧げる事を誓いますか?」
 
うわぁ、誓いたくない。と素直に武道は顔を顰めた。
別に本心から誓うワケでも無ければいつでも反故にする気満々の誓いではあるが頷きたくない。緩めになった脳みそが素直にそう答えそうになった時、ドンッと大きな音を立てて入り口のドアが開けられた。
 
「え……?」
 
薄暗い教会内部からは逆光になりシルエットしか見えないが、武道はドアを開けた者が誰なのかすぐに分かった。
四つ足に、立派な鬣の様なシルエット。
昨夜の獣神が約束を果たしに来たのだと理解する。
 
ゆっくりと、武道とはまた違う悠然とした歩みで獣神は武道達に歩み寄る。
 
客も富豪もあまりにも堂々とした闖入者に声を上げられずにいたが、獣神はその様にニヤリと笑う。
 
「よぉ、この俺を結婚式に呼ばないとはどういう了見だ?」
「は、あ……?」
 
顔を蒼くした富豪はこの獣神の知り合いだったらしい。
そもそも、ケンタウロスは花嫁を奪うという逸話も多い蛮族でもある。基本的に結婚式には呼ばれない種族だ。ソレがわざわざ呼ばれていない結婚式に乗り込んできたという事は式を台無しにする意志があるという事だった。
 
「俺はそこな花嫁の知り合いでな。ソイツの故郷が盗賊団に襲われたと聞いてからそう経たんうちにこんな所で見つけたんだ。どういう事だと思ってなぁ?」
 
昨日の今日でよく調べたな、と武道は感心する。そして同時に故郷の焼ける景色がフラッシュバックし崩れ落ちそうになる。
ソレを支えたのは夫となるらしい富豪ではなく獣神で、武道を支えると同時に首輪を引きちぎった。しかし、富豪は顔を蒼くしたり赤くしたりすることに忙しいらしく何も言わない。
 
逞しい腕に支えられ、武道は無意識に力を抜いた。
身をゆだねられる、その結果なにをされても構わない。そんないっそ自暴自棄の様な安心感で、武道はクタリと獣神に身を任せた。その力の抜けた身体をどう思ったのか、獣神は武道を抱え直し、少し困ったような表情を浮かべた。
やれやれ疲れたなぁ、ともう終わった様な気持ちで武道は事の成り行きを見守る態勢になる。後はこの人が何とかしてくれる、と。
 
自分の腕の中でリラックスし始めた武道をもう気にしないことにしたらしい獣神は威圧的な視線で教会内をグルリと見回した。
 
「ここは教会を模しているらしいが、随分と不遜だなァ?」
 
その鋭い、猛禽の様な、視線に何人かがビクリと身体を震わせた。
不道徳で獰猛な生き物とされているが、女神の血を引く半神半獣であるのがケンタウロスだ。信心深さは人類よりも持ち合わせており、その点に置いては潔癖な生物でもある。
 
「嗚呼、神はお許しになられるだろうよ。このような冒涜的行為をした愚か者を罰するのだから……」
 
教会とは本来ならば神を称える場所であるが、その神の姿は無く、偶像を禁止するでもなくただただ自分たちの権威を示すだけの空間だ。本来なら神に誓う言葉も品の無い奴隷宣言になっていた。
ただただそうであるだけならばただの愚か者で済んだのに、この愚か者どもはよりによって神を称える場を模してしまった。あたかも自分たちが神であるかのような振る舞いが獣神の逆鱗に触れる。ケンタウロスは冒涜を許す生き物ではない、と。
 
ソレが本心であれ、この場を滅茶苦茶にする大義名分であれ、結果は一緒だった。
 
「自分たちの罪故に粛清されるのだと理解したか?」
「ヒッ」
 
携えた剣がスルリと抜かれ、富豪へと向けられる。
 
「おっと、他の馬鹿共も逃げられると思うなよ」
「そんなッ、私たちはただその男に招待されただけの客なのにッ!!」
 
切っ先を喉元に突きつけたまま、ぐるりと客席を威嚇すれば被害者面の悲鳴が上がる。
 
「ハハ、まさかこの俺が調べていないとでも思ったのか? 花嫁の故郷を焼いたのはここの連中だろうが」
「え……?」
 
冷たく、怒りを滲ませた声が武道の鼓膜を震わせる。流石にその言葉は聞き逃せず、いっそ微睡んですらいた武道の意識が再び覚醒する。
そんな武道の様子に気付いてか気付かずか、獣神は言葉を続けた。
 
「不運にも賊に襲われ壊滅した集落の生き残りを保護した、という事にしてはいるが、その裏で糸を引いてるのが自分たちだろう。土地の権利、秘伝の薬、オンナ等々、随分と平等に仲良く分け合ってるじゃねぇか。コイツだけじゃなくて他の花嫁も同じ手口で攫ってきた癖に何を言い逃れしようとしてやがる」
「……」
 
その言葉に客たちの顔色が悪くなる。ケンタウロスに断罪の権利があるわけではないが獣神の名の下に冒涜の罪を粛清するのを防ぐ手立てはない。単純に武力がヒトとは桁違いなのだ。
あまりに悪逆を働けばヒトも獣神も神により罰されるが、建前さえあればその危険なく略奪ができる。神との距離が近いこの世界では大義名分の有無は生死を分かつほどに重要なものだ。
そしてどういうワケか、契約、約束と言うものを半神は大事にする傾向にあった。脆弱なヒトが神と渡り合うためにはソレが無ければ成り立たない程だ。ヒトは時に嘘を吐き、契約を反故にするが半神はほとんどそういった事はしない。
だから武道は屈辱的なウェディングドレスを着せられても、家畜の様にヴァージンロードを歩かされても、どこか心の奥底で獣神の助けがくるのだと思い、冷静でいられた。
 
しかし、故郷を滅ぼしたのがただの悪党では無かったと知らされればそうもいかなかった。
 
パチパチと焼けた木が弾ける音と悲鳴が響く、赤く燃え盛る炎をただ唖然と見ている事しかできなかった。熱風を頬に受け、逃げ惑う人の悲鳴に鼓膜を震わせた。
盗賊の一人が何かを言っていた。しかし、武道には思い出せない。ソレを思い出そうとすると頭が割れそうな程痛むのであまり思い出さない様にしていた。
 
そうだ、と武道は傷む頭を無視して凄惨な光景を思い出す。
 
盗賊の一人が武道の瞳を覗き込んで言った。
 
『コレにそんな価値があるのかね』と。
 
 
そうだ。自分のせいなのだ。
薄い蒼の中に桃や翠、金が輝く宝石オパールの様な瞳だと言われてきた。平凡な容姿の中で唯一、たくさんの人から褒められてきた。
 
そうだ、あの盗賊は確かにそう言った。
この瞳のために、人を襲い、火を放ち、武道の故郷を滅ぼしたのだと。
あの悲鳴は近所に住んでいたお姉さんのものだ。あの泣き声は最近母親に料理を教わっているのだと笑っていた少女のものだ。
 
この惨状は、武道のせいなのだとあの瞬間に理解したハズだ。
賊に捕らわれながら、武道は自身の罪なのだと思ったハズだった。
 
なのに、次に目を覚ました時にはその事を忘れていた。
直視すれば発狂してしまうと脳が判断したのだろう。ただ偶然に故郷が襲われ、何故か自分だけが1人助けられたのだと思っていた。
 
しかし実際は違った。
 
武道を捕らえるために村を燃やされ、武道は助けられずに囚われたのだ。
故郷を失い、一人生き延びた武道はどう生きれば良いか、自分は生きていても良いのかすら分からなかった。命の恩人面した実行犯の賊から富豪に受け渡され、ぼんやりとする頭のまま自死する事もできずに幽鬼の様な有様だった。
富豪が自分を金で買った事は分かっていて、自称恩人の賊も良い人ではない事は何となく察してた。
 
どうにでもなれと自暴自棄だった武道が息を吹き返したのが、武道を抱く獣神との出会いだった。何故、自分がこの生き物に惹かれたのかは分からない。
しかし、心が壊れると脳が判断した記憶を思い出しても大丈夫だったのは、その獣神の腕の中にいるからだろう。
 
ヒトよりも遥かに強いこの生き物が恐ろしくないなんてことは無かった。
しかし、この生き物に殺されるならソレはアリだと思ってしまったのだから仕方が無い。
 
富豪や、この場にいる招待客の悪事を朗々と暴く声が頭上からして、別に彼一人でも大丈夫であろうに、彼の仲間のケンタウロス達が教会内へと侵入し、人間たちを粛清してく。
その様を眺めればどうやら殺される事はないらしく、しかし人の法の下に裁かれるなんて生ぬるい事にはならないのだろうと武道にも分かる。
彼らがこの後どの様に使用されるのかは分からないが、彼らが武道や故郷の人々、他の花嫁たちにしてきた仕打ちを考えればどうなろうとも文句は言えないし、恐らく文句など言おうものなら喉を潰されるくらいはするだろう。ケンタウロスとはそういう生き物だ。
 
嫌な記憶を思い出し、武道は酷く疲れた気持ちになった。
 
くったりと獣神の腕の中でその身体に寄りかかっても問題なく安定したままだ。ヒト族としては恐ろしい状況にあるのだということは分かっているが、既に自分はこの獣神と契約をしてしまっている。
故郷を滅ぼした男を破滅させてもらったのに、身体くらいしか差し出せるものが無いのだから逆に申し訳が無いくらいだった。
 
「ボスー? その人間どうすんだ?」
「この作戦はコイツのお陰で成功したようなものだ。連れ帰って丁重にもてなすさ」
「ふぅん?」
 
人馬系の種族はどういうワケが花嫁というものが好きらしい。好奇と好色の視線が向けられているのには気付いていたが、少し目つきの鋭い黒馬のケンタウロスに意味ありげな視線を送られ少しだけ恥ずかしくなる。
隠れるように獣神の胸に顔を寄せると庇うように腕の位置を変えてくれた。
 
恐らく武道の顔よりも純白のドレスの方がそそられるのだろうけれど、武道はヒトであるので恥ずかしい時は顔を隠す。
 
獣神はその場の後処理を部下たちに任せ、武道を抱えてその場を後にした。
 
その背後の会話から他の花嫁たちが保護されたり、富豪や客の持つ土地の権利などが強奪されたりしているらしいと察せられ、名実ともにあの男は破滅を迎えたのだと分かり武道はほくそ笑む。
 
この瞳のせいで何もかもを失ったが、花嫁にされたのは悪くはなかったのかもしれない。
きっと、自分が花嫁でなければこの獣の食指は動かなかっただろうし、そうでなければあの元富豪がこんな破滅を迎える事も無かったのだろう。
 
 
この獣の檻に閉じ込められる未来がいっそ楽しみですらあった。
 
 

♡♡♡ 
 

おまけ1
 
その男に出会ったのは月の美しい夜だった。
商談が難航しているとあるニンゲンの富豪が何人目かの嫁を迎えるという情報を得たため、何か奴の弱みになるような事でもないかと調べていた。その新しい嫁と言うのがその男だった。
 
遠くから眺めても男だと分かる肉付きの体躯に、黒のふわふわとした髪。月の光を反射する宝石オパールの瞳はキラキラと輝く。しかし、それはどこか精彩を欠いていて、やはり何かしらの訳アリなのだという影を落としていた。
 
正直に言えば嫌いなタイプではなかった。
ケンタウロスは人妻というものに惹かれる性質があったし、略奪を良しとする本能の様な興奮があった。骨と皮で出来ている様なものよりもしっかりと肉の付いた身体を好み、有体に言えば繁殖に適した身体安産型の方が好きだった。
そして単純に綺麗な物を好むため、その美しい瞳は傍に置いておきたいという気持ちにもなる。
コレで女だったら完璧であるが、そう上手くもいかないらしく孕めない身体であることは少し残念だった。
 
そんな勝手な批評を下していると、熱心に見過ぎたせいで気付かれたのか男と目が合った。
騒がれても面倒だと退却を考えると同時に、男が窓枠に足を掛けた。
 
「は?」
 
結婚前夜にケンタウロスと出会ってしまうなどニンゲンからしたら不幸以外の何物でもない。コチラにその気が無くとも悲鳴を上げて逃げられても仕方が無いと思えるほどだ。
 
しかし、男逃げもせずに走り寄ってきて、悲鳴も上げずに話しかけてきた。
 
「オレを! 攫ってください!!」
 
先ほどまでの精彩を欠いた瞳が今はギラギラと輝いていた。
その変化と、自分を恐れてはいるのに目的のためにその恐怖を抑え込んで行動する様に精神的な強さを感じて好感に繋がる。
つい先ほど会ったばかりの男に何故こんなにも惹かれているのか、と自分に呆れつつ単純に好みなのだから仕方が無いと言い訳をする。
 
「……分かった。だが、お前はその願いに何を差し出す」
「……え」
 
問えば、男は少し困った様な表情を浮かべる。
契約主義な所のある自分が反射で答えてしまったが、攫ってほしいなどと言われて更に何かを要求するなどどれだけ強欲なのだと内心少しだけ焦る。男が金で買われて嫁になる事は知っていた。そんな男に差し出せるものなどあるワケが無い。
 
「……」
 
しかし、一瞬の沈黙の後、はっきりと言葉を発した。
 
「オレの胎を」
「……」
「子は孕めませんが、疑牝台代わりぐらいにはなります」
 
男は想像の倍は魅惑的な条件を提示した。
魅力的だと思っていた相手にそんなことを言われて断れる男などいない。頼まれなくてもうっかり本能に任せて攫ってしまいそうな相手だ。そんな相手にとんでもない事を言われて平然としていられるほど、枯れてはいなかった。
 
「分かった。明日にょうにちを待て」
 
それだけを伝え、そうとバレない様に急いでその場を後にする。
男にこれだけの事を言わせるのだから、彼の富豪はよほどあくどい方法で男を手に入れたのだろう。そうでなければ、自分の様な一般的に恐ろしいと言われる生き物に、屈辱でしかないような条件を提示してまで逃げ出そうとするとは思えない。
 
上手くいけば、彼の男の財産すべて奪う事ができるかもしれない。
そうなれば、契約内容の見直しを男に勧める事もできるだろう。あんなことを言われて、本能が雄叫びを上げているのにも関わらず、そんな人道的な事を考えてしまうのは何故なのか。
 
獣らしく男を奪い尽くしてしまえばいいのに。
その疑問を胸に抱え、本能と理性が対立する心を抑え、富豪の悪事を全て詳らかにしてやろうと決意する。
 
ソレがケンタウロス族の長である大寿とニンゲン・花垣武道の出会いだった。
 
 
・・・
 
 
花嫁を抱き抱える大寿に何頭かの仲間部下から意味あり気な視線が送られ大寿は盛大に舌打ちを打つ。
 
見るな、減る、俺のだぞ。
 
と、族長にあるまじき子どもっぽい思考が浮かんでくるが花嫁を前にしたケンタウロスなんてこんなもんだと開き直る。
そんな同族たちに威嚇しながら、教会を模した建物を後にして、帰路につく。後始末を任せられる程度には優秀に育てたつもりであるため心配は無かった。
 
後始末よりも気掛かりなのはぐったりした様子の武道だった。
 
かの富豪の悪趣味を考えれば恐らく媚薬か何かの類を盛られているのだろう。
どの程度の薬かは分からないが、水分を取り安静にしているか、いっそ発散しながら毒が抜けるのを待つかしか方法はないだろう。
 
叩けば埃が出るどころか水脈でも当ててしまったかの如く、富豪の悪事はとめどなく露見し、大寿たちは多大な利を得る事が確定した。
正直に言って、この上に被害者である武道から何かもらう必要はない。
 
普段なら貰えるものは貰うし、貰えないものは奪い取るのがケンタウロスという生き物だ。その長がそんな事を考える程度には脳みそがふやけている。
この男から愛されるなど万に一つも無いのだから、貞操くらい頂いておけばいいものを、と普段の利己的な自分が囁くが、のぼせた頭がソレを拒否した。愛されずとも嫌われたいワケではない、と純潔の乙女も斯くやという思考に溜息が出る程だ。

そうして武道を家に連れ帰った大寿を迎えたのは、妹の絶対零度の視線だった。

「クソ兄貴だけどソレだけは絶対やらないと思ってたのに……ッ!」
「いや……」
「言い訳なんてしないでよ!! またケンタウロスが花嫁を攫ったって風評被害が立つのに変わりはないわよ!!」

両親を亡くし、大寿が長になり、反発した弟が出て行った時もここまでではなかったという剣幕で妹、柚葉がキレる。
普段であれば長である自分への無礼な態度は例え妹であっても示しがつかないため許さないが、今回ばかりは腕に抱えているものが抱えているものなのでうまく反論ができない。何を言った所で誤解が深まるであろう事も予想でき、大寿は口籠る。そんな様子にますます苛立った様に捲し立てる柚葉に声を掛けたのは腕の中の花嫁だった。
 
「ごめんね。でも、俺が攫って欲しいって強請ったんだ」
「え……?」
 
弱弱しい声であった。しかし、ソレはしっかりと柚葉に届いたらしい。
怒りで興奮したケンタウロスなど本来なら何者の言葉も受け付けないものであるが、どういうワケか柚葉が静止する。
 
珍しい事もあるものだで片づけて良いのか分からず腕の中の男を見、大寿は納得した。
そして、雌とは言え柚葉もケンタウロス族なのだと少しだけ感慨深くなる。
 
「オレ、クソ野郎に故郷を燃やされて攫われて嫁にされそうだったんだ。だから、この人に攫って欲しいって頼んだんだ」
「でも……」
「ふふ、攫ってもらうだけじゃなくて、あのクソ野郎を破滅させてくれたんだ。お礼なら何でもしたいくらい。でもオレはもうこの身一つしかないからね……」
 
クスリで体温が上がっているらしく、頬は薔薇色に紅潮し、宝石オパールの瞳はウルウルと涙を湛えている。それでも隠し切れない意志の強さが宿り、ギラついてさえいる。
この目で見られて平気でいられるワケがない。
 
「……アタシが助けてやろうか」
「え」
「兄貴から攫い直してやろうかって言ってんだよ。男よりはマシだろう?」
 
普段の柚葉なら絶対に言わないであろう言葉がスルリと口を吐く。
大寿を疎ましく思っているのを隠しはせずとも、額を合わせて喧嘩する様な事はしなかった妹が真っ向からとんでもない事を言い出した。普段ならそんな生意気な事を言われたら怒り狂っていただろうが、今の大寿は柚葉への共感が勝っていた。
 
この生き物を前にして正常でなどいられるワケが無い、と。
 
柚葉と同じく、大寿も狂っていた。
もしも、これで武道が柚葉に助けを求めたら渡してしまおうとすら思える。この幼気な生き物を傷付けるくらいなら手放した方が良いのではないかなどと、殊勝で及び腰な思考が鎌首をもたげる。族長たる大寿が、仲間達の前で攫った獲物を、妹に盗られるなどあってはならない。分かっているのに、大寿は柚葉を殴ろうと動けなかった。
 
腕の中の男は少し驚いた顔をしたがすぐに困った様に笑う。
 
「ううん、大丈夫だよ。本当に、何でもしたいんだ。だから、オレを抱きたいなら抱いてほしい。壊してくれたって構わないくらい」
 
その言葉に、歓喜とも、暴力的な興奮とも取れない何かが大寿の腹に渦巻いた。
 
「心配してくれてありがとね。オレ、この人に抱かれたいんだ」
「……そうか。分かった」
 
武道の言葉に柚葉は少しだけ傷付いたような表情を見せたが、すぐにいつもと同じ無表情の戻り物わかりの良い態度になる。
殺し合いにならなくて良かった、と大寿は頭の片隅で安堵し、少しだけ腕の中の生き物が恐ろしくなる。ただのヒトでしかないハズなのに、とんでもない翻弄のされ方をしている。
 
大寿は長として権威を示す必要があると思っているが、間違いなく妹を愛している。
それなのに、武道の言葉次第では本当に殺し合いをしていたのだろうという確信があった。
 
恐らく、ソレは柚葉にもあったのだろう。
だからこそ、柚葉は武道の言葉に二つ返事で応えたのだ。
 
「一週間、八戒の所行ってるから。もしその子ヤリ殺したりなんかしたら、アタシがアンタを殺す」
 
大寿を睨み付け、柚葉は殺気立つのを隠さずに家から出ていく。
その後ろ姿を眺め、大寿はソレを極力表に出さない様にしながら腕の中で大人しくしている男を恐ろしく思う。ドレス越しに熱が伝わり、もっと触れたいという欲と、コレを抱いてしまって本当に大丈夫なのだろうかという思いすら湧いてくる。
 
いっそ遠い地の伝承にある、男を惑わして死に至らしめるという水妖だと言われた方がな得する程だ。
 
しかし、コレに求められているのであれば与えないという選択肢は大寿には無かった。
 
 
 
・・・
 
 
 
寝室へと連れ込み、慎重にベッドへと乗せる。
 
「ん……♡」
 
シーツに肌が触れ、ドレスに擦れる感触すら刺激になるらしく、武道はそれだけで甘く呻き声を上げた。柚葉と話をしている時点でかなり限界だったらしく、早く楽にしてやりたいという下心と、もう一度、確認を取る必要があるという律儀な理性が脳みその中で喧嘩をしていた。
勝利をしたのは理性の方で、その純白のドレスに手を伸ばす前に大寿は一つ息を吐いて心を落ち着ける。
 
「契約通り、お前を攫った。代金は身体でという話だったが、正直、そこまでしなくてもいいくらいの成果はあった」
「……」
「今ならまだ、純潔のまま逃がしてやれるぞ」
 
睥睨する大寿は、自分は恐ろしい獣の顔をしているのだろうと自覚していた。
さぁこんなケダモノから逃げてくれ、と半ば信仰心にすら近い気持ちがあった。目の前のソレが神々に捧げられるべきであるとは思っていない。どちらかと言えば自然崇拝の様な、そのものに対する尊さだ。
非処女が穢れているとは思っていないが、純潔であるならばそのままにしておいた方がいいのではないか、と今まで考えた事も無いような事が頭に浮かんでくる。
 
しかし、初めての感情に戸惑っている大寿を武道は思い切り睨め付けた。
 
「妹さんに宣言した様に、オレはアンタに抱かれたがってるし、もう完全にその気だし、今更抱かないなんていっそオレに失礼なんスけど、やっぱ男は嫌ですか? 魅力無いですか??」
「お、おう……。いや、そうではなくてだな……」
 
ぽやぽやしていた武道が一転してギラついた雄の表情になり、大寿は少し怯む。閨にて相手に凄まれるのも初めての経験で、族長にもなり自分は大人だと思っていたが、経験したことの無い事は案外多いのだと妙な実感が湧いてきた。
謎の感慨に包まれながらも武道のギラつく目を見るとまた下腹部の辺りがズクズクと痛む。
 
性欲と信仰心の狭間で混乱する大寿に、武道は手を伸ばして襟首を引っ掴んで引き倒す。
 
「うおっ」
「ならとっとと抱けよ、ヘタレ野郎」
 
乱暴な言葉と共に、武道は乱暴に大寿の唇を奪う。
大きく、厚みのある唇を割り開き、舌をいれる。誘う様に口蓋を舐めれば、武道の小さな舌は簡単に大寿の大きなソレに絡め取られた。
 
「ふぐッ♡ んっ♡ ぅう……ッ♡♡」
 
舌先を吸われ、まるでそこだけ違う生き物の様に絡みついた舌が武道の舌を押し返して口内へと侵入する。本当のキスの仕方はこうだ、と挑発する様に口蓋を舐め返されゾワゾワとした快感が背筋を伝う。武道の舌では大寿の奥には届かなかったが、武道の喉奥には簡単に大寿の舌が届いてしまい質量の違いに簡単に征服される。
 
先に挑発したのは武道からで、多少の苦しさはあれどやっと与えられた快感を武道は享受した。
掴んでいた襟首を手放し、キスを受け入れながらも大寿の服のボタンをはずしていく。少しでも大寿との間を隔てる布を減らしたかった。
曝け出された太く逞しい首に腕を回して今度こそキスに集中すればより激しく犯され、思わずギュウギュウとナカに挿れられた張型を締め付けてしまう。それだけでも気持ち悦いが、やはり物足りなくて武道は貞操帯に覆われた下半身をもじもじと大寿に擦りつける。
当然、感触などは全く硬い金属に覆われたそこに快感は無いが大寿に自分の状態を伝えられれば良かった。
 
大寿も擦り付けられた冷たく硬い感触に違和感を覚えたのだろう。
名残惜し気に舌を吸い、重なった唇を食んで少しだけ身体を離した。遠くなる体温が寂しいがより深く繋がるためには一度離れないといけないから仕方が無い。
 
誘う様に脚を開き、スカートをたくし上げる。
眼前に現れた悪趣味な白銀に大寿は目を見開いた。
 
武道の男性器を戒める茨を模した貞操帯は、そこへ繋がる様に後孔に挿った張型を抑える下着の様な形になっていた。神を愚弄する式も許せなかったが、あの式に来ていた全ての招待客が、武道がこのように辱められているのを知っていたのだろうと思うとはらわたが煮えたぎる様だった。
 
「コレ、オレの旦那様が外す様になってるんだ」
「……」
 
大寿の怒りを感じながらも武道はうっそりと笑う。
悪趣味な真似をされたけれど、あの富豪が得るハズだったものが目の間の偉丈夫の物になるのだと思うとどうにも愉快で仕方が無かった。
 
「貞操帯の鍵、俺があのクソ野郎に渡すことで隷属を誓うハズだったの」
「タケミチ……」
「まぁアンタが来てくれるって思ってたからアイツに渡すことは無いつもりだったんだけどさ。ね、どこに隠したと思う?」
 
教えた記憶の無い名前を呼ばれ、この人は自分の事を調べて知っているみたいだけれど、自分はこの人の名前を知らないな、と武道は気付いた。
ちょっとソレは不公平なんじゃないか、と武道は勝手な事を思う。自分たちにお互いを知る時間など無かったし、ソレは契約には関係が無い事であるため知る必要も無いのかもしれないが何だか面白くないと感じてしまう。
 
「教えてあげよっか。でも、交換条件ね」
「……」
「アンタの名前教えてくれたら、鍵の場所教えてあげる」
 
馬鹿みたいな事を言っていると自覚はしていた。抱いてほしいのは武道なのだから貞操帯が外れなくて困るのも武道だ。
しかし、目の前の男が獣の様に自分を求めてくれているのだという確信も武道にはあった。
 
「ね? 教えて?」
 
甘えるように抱き着いて、頬を寄せる。この火照った身体を貪って欲しいのだとはしたなく誘惑したかったが、今はあくまでもかわい子ぶって処女性をアピールした方が効果があるだろうという打算だ。
武道も男であり、純白のドレスを好きな男が相手に何を求めているのか想像するのは難しくはない。
 
「……大寿だ。柴、大寿」
「ふふ、大寿くんだね。オレは武道、花垣武道」
 
大寿の言葉を真似してからかう様に、武道は相手がもう知っているであろう自分の名前を口にする。
 
「教えてくれてありがとう」
 
頬にキスを贈り、懐く様に擦り寄る。生娘の清純さで男を誘うなどおかしな話だけれども自分も男だから分かる、と武道は大寿に妙な親近感を覚えた。
いいよね、こういう子。自分もこういう子に誘惑されたい人生だったよ、と。
 
「貞操帯の鍵はね、ここにあるんだ」
 
つぅ、と触れるか触れないかの所で腕をなぞりながら手を取り、武道は自分の胸部を触らせる。最低限ドレスが貧相にならない様に幾重にも薄い布の重ねられたその最奥に、武道は貞操帯の鍵を隠した。
デコルテから手探りで鍵を探すのはそそられるだろうと自分の男の部分が得意げな顔をしている。コレが胸のある女性だったら完璧だったが、今回は自分で勘弁してほしい。男の自分がこんな偉丈夫を相手にしているのだから多少間抜けでも誘惑は必須だろう。
そんな自称稚拙な誘惑が相手をどれだけ煽っているのかも知らないまま武道は蠱惑的に笑う。勿論、武道の平らな胸など大寿の大きな手で簡単に覆えてしまうが前戯のついでに弄んででもらおうという心遣いのつもりだった。
 
そんな武道の思惑をどう受け取っていいか分からずに、大寿は遠慮がちに肌と布の間に指を這わせる。節くれだった大きな手が花の様な香りのする柔らかな肌を伝い、服の中をまさぐる。
その感触がどうにも官能的で、相手を楽しませなければいけないと思っているのに武道は快感に甘い悲鳴を上げてしまう。
 
「辛いか?」
「ううん、気持ちいい。ね、もっとして……?」
 
色男は気遣いもできるのだな、と妙な勘違いをしつつ武道は素直に続きを強請る。疼く身体に与えられた快感の甘美さに身を震わせて悦んでしまう。はしたないと思うのに緩く揺れる腰が止まらず、武道は縋るの様にシーツを握り込んで、白い喉を晒して悲鳴を上げる。
少しずつ布を下げられ、暴かれる胸が焦れったいのに気持ちいい。布が擦れるのも、空気に晒されるのも、その興奮した視線に貫かれるのも、全てが快感だった。
 
「ん、ぅ……♡」
 
ぷるん、と尖った先がドレスから解放される。既に硬くなっているそこが恥ずかしいのに、見られるのが気持ちいと思ってしまう。男の欲に晒されてるというのに、むしろソレが悦いと思うなど昨日までの武道には考えられない事だった。
この男と出逢ってから何もかもがおかしくなってしまった。こんなのは今までの自分ではないと思うのに、ソレが不快ではない。男としての矜持を何処へやったのだと呆れる理性に気持ちいい事に素直で何が悪いと開き直る怠惰な心が反論する。
 
武道が期待していたような下種な会話はせずに、大寿は丁寧に、夢中で肌を愛撫した。
焦らす様にというよりは優しく、慈しむような手つきで、なぞり、擽り、武道の反応をよく観察する。晒された白い喉や色づきぽってりとした唇から漏れる甘い悲鳴と熱い息をジッと見つめ、武道がどうされるのが好きなのかを探っていく。
クスリで強制的に発情させられた身体は何をしても悦んでいる様で、そのくせ、しっかりと好みの触れ方がある様だった。
肌を掌で嬲られるのは程よく気持ちが悦いらしく、まったりと感じ入った表情で快楽を甘受する。指先で乳輪など際どい所を擽られると少しじれったい様で、腰が揺れている。乳首の先をクルクルと撫でたり、柔らかく摘まむと少し刺激が強い様で悲鳴の様な嬌声を上げて悦ぶ。何をされても気持ちが良いが、緩急をつけて愛撫をされるのが気持ちいいらしい。
 
そうして貞操帯の鍵を取る事を忘れ夢中で胸部を愛していると、とうとう武道の方が我慢できなくなり音を上げた。
 
「は、ぁ♡ もぉ、おっぱいらめ♡♡ しょこばっかしたらお腹のなかきゅんきゅんするかりゃ♡ お腹のナカ♡ 大寿くんに種付けされたい♡♡ 貞操帯とって♡ ナカに出してぇ♡♡♡」
 
そんな武道の蕩けた様子に気分が高揚するのを感じつつ、大寿は少しだけ困った顔をした
 
「気が早ぇな。ヒト用程度の拡張じゃ俺のは入らねぇぞ?」
「ん♡ じゃあ♡♡ いっぱい拡げて♡ 大寿くん専用の牝穴に躾けてください♡♡♡」
 
大寿に鍵を取らせるつもりだったのを忘れ、武道は自分でドレスのたわみの中にあった鍵を取り出し、大寿に差し出す。焦らされ過ぎて理性や羞恥が働いていない様だった。その姿が哀れで痛ましく、獣欲を刺激する。
もっとイジメてやりたいと嗜虐心が湧いて、同時に気持ちの良い事だけをしてやりたいという慈愛のような物も感じて、大寿はそのどちらも同じことだと結論付けた。
 
鍵を受け取り、武道の身体を思う存分愛するのに何の変りも無い。
気持ち良くて苦しいと泣かせてしまうだろうけれど、痛みを与える気も焦らすつもりも無い。快楽の渦に呑まれ、溺れるまで愛するだけだ、と。
 
鍵を受け取り、スカートをたくし上げる。
白銀の意匠は悪趣味であるが精巧で、確かにそそられるものがある。しかし、コレを付けさせたのが別のおことであるという事実は腹立たしいものだった。
 
「鍵を、開けるからあまり動くなよ」
「ぁい♡」
 
幼い少年のモノの様な、皮に包まれたつるりとした性器に大寿はまた少し触れることに気後れしたが、ここまでその気の相手にソレを伝えたら思い切り蹴られるだろうと判断して口を噤む。
包茎は汚れを溜め易いが白銀の茨に戒められてたソレは皮との隙間までしっかりと洗われ、他の肌と同じく花の様な香りがする。
綺麗に整えられた外見からは普段の様子は伺えず、武道がどのように生きてきたのかも分からなかった。
 
目の前の男は見た目以上にしっかりと歳をとっているハズだし、青年から壮年に当たる年頃の男だ。本来なら適齢期の嫁でも貰って家長として働いていた頃なのだろう。
ソレが悪趣味な男に目を付けられてしまったせいでこんなことになっている。
目の前のドレス姿の男からはそういった姿は想像しがたいがソレがまたいっそう哀れだった。
 
ちょこんと主張する雄がどうにも可愛らしく、大寿は子どもの額に祝福でもするかのようにソレにキスを贈る。戒められていただけで機能は失われていない様で硬くなった性器を口に含むと頭上から甘い悲鳴が聞こえた。
本人の言う通り、疑牝台として使うだけならそんな愛撫などはいらないハズだが、ソレはそもそもキスも何も要らないという事だ。そんなつまらない情交をしたいワケではない。
 
「んっ♡ っはぁ♡♡ らいじゅく♡♡ そこ♡ そんなしなくてもぉ♡♡♡」
「うるせぇ、俺がしたいからしてんだよ。黙って喘いでろ」
「はぅ♡ んぁっ♡ ひ、ぅんんんっ♡♡♡」
 
じゅるりと抗議のつもりで強めに吸えば武道は簡単に達してしまう。
大寿はソレを口で受け止め、苦みとえぐみを感じつつも少しだけ驚く。ヒトの精液とはこれほどまでに少ないのか、と。ヒト族のティースプーン一杯程度のソレで本当に牝に着床できるのか、武道の量が少ないだけで本当はもっと量があるものなのか。もしも武道の射精量が特別少ないのなら明日以降の食事などに気を付けてやらねばならんと大寿は頭の隅に書き留めておく。不健康なままにはしておけない。
ビクビクと紅潮した身体を痙攣させ感じ入る様はすぐに対処しなければならない様には見えないため、大寿はとりあえずこのまま性交を続けると決めた。
 
「ふ、ぅ♡ は……ぁ♡」
 
武道の苦し気な吐息にあまり前戯に体力を削っても仕方が無いだろうと判断し、その小さな性器を緩く愛撫しならが後ろにハマっている張型をゆっくりと引き抜く。痙攣の度に締め付けては自分でナカを刺激してしまっているソレを、武道はきゅうきゅうと咥えこみ離したがらなかったが、仕込んでいたローションのぬめりのお陰で何なくぽっかりと空いた孔が晒される。
 
「あ♡」
 
未使用のヒトの後孔にしてはよく拡張されているが、大寿のモノを受け入れるにはまだ足りないと判断し、ゆっくりとナカを検分する様に指を挿れる。
二本くらいなら簡単に受け入れたソコはやはり熱く、大寿の指を歓迎した。張型による拡張で傷などついていないか確認をしながら、前立腺や行き止まりの位置を確認する。すぐに指で届いてしまう浅い位置の最奥に不安が過るも今夜のうちに全て挿れきろうなんて無茶はハナからするつもりがないため理性が飛ばない様にとだけ心に決める。
 
「んっ♡ んんっ♡ ふ、ぅ♡♡」
 
指でナカを刺激されるのが気持ちいいらしく、武道の唇から甘い吐息が漏れるのを聞きながら大寿は慎重に指を増やす。3本がスムーズに動くようになれば亀頭ぐらいは挿れられるだろう。
直腸を緩く耕しながら、ひだを撫でてやる度にピクピクと反応する陰茎を愛撫する。仕込まれていたローションに弛緩作用があったのか大寿が思っていたよりもナカは簡単に広がった。このままうつ伏せにして挿入してしまっても良いが、もう少しだけ今の武道の反応を見ていたかった。
自分のモノを挿入してしまえば体格上顔を見る事などできないし、恐らくここまでの心地良い快感は消え失せて圧迫感に呻くだけになってしまう事が想像できた。
自分の種族を厭うた事はなく、誇りすら持っているが、異種の生物と性交するには不利な造りだ。
 
そこまで考えて、今までニンゲンの女とする時にそんな事を思ったことなど無いと気付き失笑する。幸い、武道はそんな大寿の様子には気付かなかったが、情交中に他の女の事を思い出して笑うなどマナー違反も良い所だった。
 
亀頭から竿へと愛撫する箇所を下ろしていき、睾丸をフニフニと擽ればくすぐったそうに身をよじる。ヒトは全体を見れば大型の生き物であるが大寿からすれば武道は十分に小動物で、本人の希望とは言えこの生き物に無体を働く事に気が引けてしまう。
指を引き抜いてしっかりと付いた尻肉を広げると赤く色付いた粘膜がトロトロと濡れていて、大寿は高い鼻筋が睾丸に埋まるのも気にせずにそこに吸い付いた。
 
「お゛ッ♡♡♡」
 
それまでの可愛らしい声から男のものらしい低い声に変わりビクリと大きく腰が揺れた。
まさかそこも口で愛撫されるとは思っていなかったのだろう。急な刺激に目を見開いて武道は口を抑えた。
かわい子ぶっていたつもりは無いが、オンナの代わりのつもりでいたのは事実で、疑牝台代わり所かかなりしっかり抱いてもらっているのだからせめて大寿が萎えない様にと思ってはいた。それなのに低い男の声が出てしまいやってしまったと冷や汗をかく。こんな声を聴かせて呆れられないだろうかと心配になるが、大寿の顔を見る事はできないし、侵入してきた舌がナカを刺激してきてソレを受け入れる以外の事ができなかった。
ローションに弛緩剤が入っているのに大寿は全く気にせずに唾液と混ぜながらナカを舐めまわし、吸い付き、器用に前立腺をこそぐ様に刺激する。身体の大きさがこれだけ違えば腸液と唾液が混ざった弛緩剤くらいなんとも無いのかもしれないと考えてしまうのはほとんど現実逃避だった。こんな偉丈夫に尻の穴を舐めさせるなどあり得ないのに、偉丈夫が喜んでやっているのだから仕方が無い。
できるだけ声を抑えたいのに、そんなことをされたら喉奥が勝手に震えてしまう。苦しいのか気持ちいのかも分からない様な男が指の間から漏れてしまう。
何度かトプトプと鈴口から体液が漏れた感触がした。ソレが射精なのか先走りなのかも武道にはもう分からなかった。もっと奥の、キュンキュンと何かを求めている箇所を刺激されたいと欲張りな事を思ってしまう。
 
「も゛♡ い、からぁ♡♡ らいじゅく♡ んぁ゛♡ もぉ犯してぇ♡♡♡」
「ん……」
 
息も絶え絶えな武道の懇願にようやく大寿は舌を抜く。
涙と涎にぐちゃぐちゃになってしまった顔に少しやりすぎてしまったと反省しつつ、その顔がまた憐れで可愛くて既に完全に勃ってしまっている怒張がズクンと疼く。ここまで懇願されて更に焦らすのは可哀相で、自分もそろそろ限界を感じた大寿はビクビクと痙攣している身体をひっくり返して上半身だけベッドに残し、下半身は床に下ろす様にして尻を向けさせる。
 
「辛かったら言え」
 
何度か双丘の間に怒張を滑らせ、挿入前に己のサイズを武道に教え込む。ここで怖気づいてくれたらやめるという選択肢もあった。
実際、過去のオンナ達の中にはここで止めた者もいた。こんな大きなものを挿れられたら生殖機能が壊れてしまうと泣くオンナに無体を働くほど大寿も野蛮ではない。身体の構造上手による自慰ができないためそのままオンナに抜いてもらうパターンが何度かあった。正直、さめざめと泣くオンナに触れられても嬉しくはないためあまり良い気分ではない。
 
しかし、武道は早くしろと催促する様に自ら大寿の逸物に腰を押し付けた。
 
「ん゛♡」
 
完全に大寿の四つ足の檻の中に入ってしまっているためその表情は伺えないが、クッションに顔を押し付けてくぐもった声に拒絶の色はない。そんな頑固に決意の変わらない様子の武道に、日和っているのはどちらなのかと自分に呆れる。
フーッ、と興奮を収める様に息を吐いて、大寿は鈴口を武道の秘部へとあてがう。その瞬間ににゅむりと吸う様に入り口が蠢いて大寿を誘った。
初めてだと言うのに売女も真っ青な包容力に思わず苦笑いをしてしまう。前足の下でどんな顔をしているのか見れないのが本当に残念だった。
 
「ふっ♡ うぅ……ッ♡♡」
 
ゆっくりと泥濘ぬかるみに怒張を静めていくと流石に苦しいのか呻き声を上げたが、それでも悲鳴とは程遠いもので本気で自分を受け入れるつもりなのだと奇妙な喜びが大寿の胸に湧いた。
思った通り、亀頭を挿れた時点でもう武道の最奥にぶつかってしまうが無理をするつもりは無かった。小刻みに揺れる様にナカを馴染ませ、刺激する。
だんだんとその動きを激しくしていき、本来なら雁首をひっかけて抽挿する所であるが、今回は鈴口と雁首を出し入れする。ソレはソレで辛いであろうが、直腸全体で大寿の亀頭を貪り蠢くナカは確かに悦んでいた。
 
「は、ぁ♡ ……ぅ♡ ぁ……♡」
 
既に人語を忘れたらしい武道の呼吸と、酷く濡れた激しい抽挿の音だけが室内に響く。
最奥をトントンとノックする様に刺激すればナカの襞がキュウキュウと亀頭を締め付ける。種付けを促す様な刺激が気持ち悦く、うっかり結腸を抜いてしまわない様に気を付けなければならなかった。
開発をすればそこまで受け入れられそうな気はするが、それは今回の情交で嫌になってしまわなければの話だ。
どんなに武道のナカが大寿を誘う様に蠢いても、ちゅうちゅうと吸い付いて種付けを強請っても、正気に戻れば二度目は拒絶される可能性はある。それなら今ブチ抜いてしまった方が得ではあるけれど、ここまで受け入れてくれた相手に無体を働きたくはなかった。
 
「ふ…ぅ……♡ ん……♡ あぁ……っ♡」
「ふっ、ぐ、うぅ……ッ」
 
だんだんと大寿の息も荒くなり、ブルリと身体が震える。奥へと鈴口を押し付けドプドプと腹のナカに射精し、精液が結腸の奥へと入っていく。逆流する隙間も無いため仕方が無いが外に出してやれば良かったかと気付いたのは全て出した後だった。
ズルリと少しだけ柔らかくなった性器を抜いて、やり過ぎたかと焦って武道を起こせばトロンとした目をしているが気絶はしていなかった。
ベッドに乗せてやろうと抱き起こすとしっかりと腕を上げて自分から抱き着いてくる。処女を喪失したばかりだと言うのに体力があり少し安心する。
事後に甘えられるなど初めてで大寿が戸惑っていると、武道はスリスリと頬を寄せて耳元で囁いた
 
「凄かったです♡ 嫌じゃなかったら、またしてくださいね♡」
「……おぅ」
 
予想だにしなかった好感触に、大寿は蚊の鳴く様な声で返事をした。
もしかしたら本当にコレを嫁にするかもしれないという期待と予感が胸に渦巻いていた。
 
 
 
 
 

 
・・・
本編にうまく組み込めなかったおまけ2
 
☆思ったよりも花嫁がアホっぽくてとまどう大寿くん。
 
「そういえば、お前リードで進めてった割に泣かせてしまったが、マゾなのか?」
「大寿君が想像と違う動きばっかするからー! 鍵だってすぐとってもらうつもりだったもん! あんなねちっこく胸を責められるとか思ってなかった!!」
「あー、すまん?」
「俺としては」
 
ほわんほわんほわんタケタケ~
 
大寿(想像)『ハハハ、この硬いのが鍵かね?』
オレ『ああん♡ そこはチ・ク・ビ♡』
大寿(想像)『あぁ、すまんすまん。あまりにも硬かったのでね☆』
 
「ぐらいの軽いやり取りですぐ鍵をとってもらうつもりだったんですー!」
「誰だソイツ」
 
 
終われ