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人生最期の日(大嘘)


 色んな人をトリガーに何度も繰り返した時間の旅は大団円と呼べるもので終わった。
 花垣武道の人生を称するなら波乱万丈と言って差支えの無いものだろうと武道自身思っている。辛い事も楽しい事もたくさんあった。何度諦めてしまおうかと挫けかけ、その度に誰かに支えられた。

 諦めないことしかできない武道がただひたすらコンティニューし続けるだけの能力を得たのはもしかしたら必然の僥倖だったのかもしれない。こうして、思いつく限りの全ての人間を死なせずに、悪の道を進ませずに済んだのはその粘り強さの結果だろう。
 ただ一つ誤算だったのは、全てが終わり未来に帰ろうとした時にどこへも帰れなかったことだった。
 
 佐野真一郎の命を救い、万次郎の仲間たちの命を救い、稀咲鉄太の恋心を昇華させ、橘日向の死の運命を捻じ曲げた。

 その代償がコレか、と武道はジッと己の掌を眺める。
 握手をしても未来に帰れない場合、相手か自分が死んでいる。調整に調整を重ね、相手が死ぬようなことは無い状態にしたのにこうなってしまったのは、恐らく自分が死ぬからなのだろうと武道は結論づけた。

 クリスマスの日に思いきり泣かれ、ポコポコにされ、別れたままの橘と復縁する予定は未だない。ソレが良かったと思える日がくるとは思っていなかった。
 十数年以内に死ぬ男の恋人になど、誰よりも大切な女の子にはなって欲しくなかった。微妙な関係のまま、つらい思いを抱えても、武道にはやるべきことが残っていた。そう思える時点で、人を愛し愛される資格など自分には無いのだと分かっていた。
 恋に狂うには武道は老成し過ぎたのだろう。
 
 佐野真一郎が生きてる状態で関東事変を終え、これで自分はお役目御免だと武道は思っていた。依存され過ぎ無いよう、適度な距離で、重要なポストには就かず、そっとサポートだけして、そんな奴もいたな、と思い出の片隅にだけ残る様に。
 唯一、鶴蝶の幼馴染というポジションだけは重要なままであったが、だからといってどういう事も無い。鶴蝶の王はイザナであり、イザナはきっと佐野家と鶴蝶と共にこれから生きていくのだ。そこに花垣武道は、必要無い。
 
「あ? 何で俺があの野郎と和解しなきゃいけねぇんだよ??」
「えぇー?」
 
 関東事変で大怪我をしたイザナに病院に呼び出され、最低限の見舞いの品を持って行けばイザナは何てこと無いようにそう言い放った。

「血の繋がりが全てじゃねぇ、ソレは分かった。で? だから何だ?」

 あの雨の日、真一郎がイザナを追いかけなかった時点でイザナの心は決まっていたらしい。

「あんな奴は兄貴じゃねぇ。百歩譲ってエマだけは妹かもしれねぇが、今更あの家に厄介になるつもりもねぇよ」

 眉間に皺を寄せてブチブチと文句を言うイザナに、まだ和解の余地はあるが時間は掛かりそうだと武道は判断する。何を言えば良いかも分からず、ヘラヘラと笑いつつお茶を濁す武道を睨めつけて、イザナは見舞品のゼリーのスプーンを武道に突き付ける。

「そんな事よりもお前だお前、花垣武道」
「え、俺っスか?」

 多少目立ってしまったが、エマも真一郎も生きている状態で迎えた関東事変で武道がしたことと言えば持ち込まれた拳銃にいち早く反応することだけだった。
 歴史の修正力とでも言うのか、あの場に拳銃が持ち込まれることだけは何度繰り返しても防げないことの一つだった。鶴蝶が撃たれ、イザナが庇うまでは絶対に防げない一連の流れであり、イザナが撃たれる玉数を減らし、代わりに武道が撃たれる事でバランスをとっていた。

 この先に起こる抗争も万次郎の心を守り、支える人間がこれだけいれば問題ないと武道は確信を持っている。懸念事項が無いワケでは無いがそこはある程度自分が陰ひなたから支えれば良い。未来を確認して微調整ができない事は心配だったが、そもそも自分が死ぬのだと思えばきっとそこまでなのだろうと諦めもつく。

「お前さぁ、ホント何してくれてんだよ。俺の真一郎への復讐計画も未来ある犯罪組織計画も潰してくれやがって」
「えぇー?」

 命を助けたのだからチャラにしてほしいと武道は切に思う。

「つーか、絶対あのまま死んだ方が良かっただろ。これからどうしろってんだよ」
「いやぁ、そこは天竺の皆さんと真っ当に生きるか、ぜひ佐野家と和解していただくか……」
「ぜってぇ嫌」
「イヤですかぁ……」

 プイっとそっぽを向いてご機嫌斜めですと主張するイザナに武道はどうして良いのか分からない。早くも対処ができない、予測の出来ない出来事にぶつかってしまった。

「だから、お前は俺を生かした責任をとれ」
「へっ!?」

 どうしようか、どうしたら良いのかとオロオロする武道にイザナは命令する。

「生きる意味なんてもう無いのに、お前が生かしたんだ」
「あー、うー……。はい」
「お?」
「分かりました。ちょっと頑張ってみます」

 いつ死ぬのかも分からない身で安請け合いするのは憚られたが、この時間軸での自分は大したヤツではないのだと思えばそのうちイザナも飽きるだろうと考える。
 死ぬまでは生きてみよう。
 12年後までに、ちょっとだけ悲しんでくれる人が一人くらいいてくれも良いのかもしれない、と。
 
 
・・・

 
 あれから十数年、武道は未だ生きていた。
 そして今日、自分が最後のタイムリープをした日であると気付いていた。まさかこんなにも長く生きるとは思っていなかった。きっと二十歳を迎えずに抗争で死ぬのだと思っていた。

 生きる理由になれと命令したイザナとはいまだに共にいた。イザナと佐野家は和解できないままだったが人生そういう事もあるのだろう。お互いに生活も仲間も別にいる事を考えれば無理に共にあることはないのかもしれない。生きていさえいればいいのだと限界まで下がったハードルで武道はその様子を眺めていた。
 真一郎には黒龍、万次郎には東卍、そしてイザナには天竺。それぞれの居場所と仲間がいる。

 武道は高校と共に東卍を卒業し、フリーターとして生きていた。いつも就職するレンタルショップも正社員になった男に死なれたら面倒だろうとフリーターのままに腰かける。そんな武道を年下店長の長谷川がクズだと罵った。

 イザナとの関係は相変わらずで、休日はほとんどイザナのために使っていた。生きる意味を見出せないと嘯くイザナのために、武道は何かと楽しませるために用意する。
 美味しいものを食べに行く、面白いものを見に行く、天気のいい日にただ日向ぼっこをする、桜を見て酒を飲む、海に行く、紅葉を見る、雪だるまを作る、新作の映画を見る。旧作だって見る。

 そんな日々の中で、生きることは楽しいのだと武道はイザナへ伝えた。初めの頃は鶴蝶と3人で、いつしか顔を出さなくなった鶴蝶は恐らく彼女を作ったのだろうと武道は少し悔しく思う。武道とイザナを見てニコニコと笑うのは勝者故かとなけなしの童貞心が顔を覗かせた。
 二人きりになって、そう経たないうちに身体も重ねた。
 生きる楽しみの中にセックスだってあっても良いだろう。童貞の前に処女を失うのはどうかと思わなくも無いが、童貞をあげたい相手もいなかった。
 
 楽しい、美味しい、キモチイイ。
 そんな事ばかりを二人でしてきた。誰も死ななくて、誰も殺さない。そんな未来が此処にあった。

 もし今日死ぬのなら職場を巻き込みたくないとシフトは休みで申請していた。一人寂しく死ぬのも良いし、事故に巻き込まれて死ぬのも何だか自分らしい気がしていた。
 しかし、休日にはいつもセックスもしちゃうフレンドのイザナが遊びに来るのできっと一人では死ねないし、事故になんて巻き込まれたらイザナが危ないからそれも無いだろうと武道は何となく思う。

 案の定、せんべい布団で惰眠を貪る武道を踏みつけ起こしたのは合鍵で侵入したイザナだった。冷蔵庫の中は大したものは入っておらず、こういった日は武道よりもよほど収入のあるイザナが何かと美味しい物を買ってきた。
 初めは武道が美味しいと思う物を食べに連れ出していたのに、いつの間にかイザナの好みの味を持ち込まれていたのには解せないと思う。何が生きる意味が分からないだ、お前の方が余程良い物を知っているじゃないか、と。

 朝勃ちの息子を踏まれ、中途半端に昂らせられるが本番まではしないのもいつもの事だった。イザナは武道への細かい嫌がらせに余念がない。
 のそのそと起き上がり、冬はこたつにもなる夏のローテーブルでイザナセレクトの朝ごはんを食べる。武道のチョイスよりもお高い味がした。

 天竺を基盤にした会社を作り、仲間に囲まれ成功しているくせにイザナはこうしていまだに武道のもとを訪れる。美味しいものも、楽しい事も、キモチイイことも、きっと他に一緒にする相手はいくらでもいるであろうにと少しだけ呆れるが、このズルズルと続く関係を案外気に入ってくれてるのだろう。

 それが今日、目の前で失われるのだと思うと少しだけ申し訳ない気持ちになるが天命というヤツは仕方が無い。武道がいなくなってもイザナを支える仲間は多くいるし、いまさら悪の道へと進むことも無いだろう。アラサーにそんな体力は無い。
 今日はとくに出かける予定も無く、二人で映画でも見ながらグダグダと過ごすつもりだった。きっとその中で、心臓発作か何かで死ぬのだろう。

 すぐに小汚くなる部屋を少しだけ片付けて、二人で映画を見るために買った少し大きなテレビにレンタルではなく廉価版を買ってきた去年の話題の映画を流す。スクリーンで見る程ではないだろうと去年は二人で決めて、予定通りに自宅の小さなソファでひっつきながら鑑賞した。
 悪くは無いが良くもないソレは、やはり二人で感想を喋りながら見るくらいが丁度良くて、時々携帯端末を見たり、重ねられた手にいたずらをしながらダラダラと過ごす。昼食はデリバリーを頼んで、やはりイザナが支払った。午後は何をしようかと話をしながら、外に出かける気にはならないと言えば珍しそうにイザナは武道を見た。

 どちかと言えば活発で、無駄に外出をするのも好きな武道は用も無いのに外へと出たがることが多かった。もちろん、多趣味であるために、パズルやゲーム、映画鑑賞などインドアな趣味も多いが意味も無く室内にいるタイプではない。
 しかし、特に異を唱えることなくイザナは武道のソレに付き合った。何度も読み返した漫画や雑誌を見たり、意味も無くテレビを付けてみたり、戯れにキスをしてみたり。ダラダラと過ごす休日も案外悪い物ではないと思いつつ、武道はいつ自分が死ぬのだろうかとぼんやりとその時を待った。
 しかし、待てども待てどもその時はやってこない。あれ? おかしいな?? と疑問に思い始めた頃、やっとイザナが口を開いた。

「で? 今日はどうしたんだお前」
「うーん、どうしたといいますか、どうにかなると思っていたといいますか……」

 武道のそのハッキリしない物言いに少しだけムッとした表情を作って、イザナはベチンと武道の額にデコピンを食らわせた。

「いつもならレンタルで済ます映画をわざわざ買ってきたのも分からねぇ。何のかもよく分からねぇ覚悟の決まった顔してるかと思いきや急に呆けやがって、どうしたんだってんだ。何があった? 何が起こる?」
「えーとですね、信じられないような長話をすることになるんですが……」
「良いからさっさと話せ」

 不機嫌だと主張するその顔はそれでも麗しく、この男が自分とただならぬ仲なの面白いな、と不謹慎なことを考えつつ武道は口を開いた。

「まずですね、実は俺、14歳の頃、皆を死なせないために未来からやってきたヒーローだったんですよ」
「ふーん」
「……」

 イザナの薄い反応を不満に思いつつ、武道は事のあらましをたどたどしく話していく。
 タイムリープ能力に目覚めた事、その能力をもってして全然皆を救えなかった事、何度も何度も繰り返して人生をリセットした事、タイムリープにはトリガーが必要な事、未来に帰れなくなった事。
 荒唐無稽なその話をイザナはただ静かに聞いていた。どこか納得した様な表情を見せることもあり、武道を急に変な妄想を語りだした狂人であると思ってはいないであろうことは何となく察せた。

「と、いう感じでして……」
「つまり、未来に帰れなかったお前はいつ死ぬとも分からない人生を今日まで送ってきて、とうとう本日が人生最期の日と相成ったわけだ」
「はい、その通りでございます」

 レンタルビデオを返せないのも申し訳ないし、交通事故で死んだとして万が一イザナを巻き込むこともしたくなかった。
 此処までくればきっと心臓発作か何かで死ぬのだろうと思っていたが、なかなかにその時が来ない。
 最後にタイムリープした時間は昼頃のハズだったと思っていたがまさか日を間違えていたのだろうかと不安になる。

「お前に良い事教えてやるよ」
「はい?」

 ニッコリと笑ってイザナは武道の頬を両手で包み込む。べったりと折り重なってソファの武道の上でくつろぐその様はまるで自由気ままな猫のようだ。
 しかし、猫と言うにはあまりにも蠱惑的な瞳で武道を見つめ、耳に唇を近付けた。
 
「俺さ、お前が俺から離れたら殺してやろうと思ってた」
「……そっかぁ」
 
 思わぬ犯人に武道は十数年越しに納得する。
 未来に帰ったらコイツに殺されていた。過去の自分はイザナから逃げたのだろう。だから、未来に自分が存在しなかった。
 今の武道はどこへ行くつもりもない。
 これからも美味しい、楽しい、キモチイイ、幸せな人生を歩むのだろう。
 
 明日も出勤だった。