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三途くんと往く☆5番隊みっちの血のハロウィン中止大作戦!

 
 目の前では暴走族の男たちが乱闘している。
「行くぞドブ」
「えっ、えっ…ちょっと待って、ちょっとまっ…!?」
 自分がどう動くべきなのか考える間もなく、世話係である男からニヤニヤ笑いながら手をひかれ、武道は情けなく悲鳴をあげた。
「三途く、わ、ぁ、うわぁああああああっ!?」
 
卍卍卍
 
 何故こんな事になってしまったのか。
 タイムリープを繰り返し、とある時点で未来に戻れなくなった。恐らく自身の死を回避できない事が確定しているのだろうと理解した。仕方が無くそのまま過去で暮らしているとやっぱり死んだ。
 悪くは無い人生だったと思う。心残りが無いわけじゃないけれど、自分にしてはよくやっただろう。最初の最初、タイムリープをしない世界よりはきっとマシな世界だ。
 人智を超えた力を得て、そんな低い志でいたからだろうか。
 気が付くと2005年の7月4日だった。

 嘘だろ??

 あの時の感情を武道は未だに忘れらない。握手をトリガーとしたタイムリープから完璧な未来を作るまで死に戻りループに突入した絶望感は思い返すたびに内臓が冷える心地になるくらいだった。
 誰かが死ぬ度に自分を殺し、キヨマサの奴隷になり、佐野と出逢い、誰かが死んで、また自分を殺して……。
 初めてタイムリープした時と同じ人間関係を築けることは二度となかった。一期一会とは言ったもので、まずあの時の自分と同じ自分にはなれないから仕方が無いと諦めた。
 それでも誰の命も諦められず、というか諦めさせてもらえなかった。時間の神という奴に出会うことがあったら一発ぶん殴ってやると何度思ったのかも分からない。
 初めの頃は東卍にすら入れずに佐野と龍宮寺が仲違いの果てに死亡する最期に何度も出くわした。安定して東卍に入れる様になると2番隊や1番隊に配属される事が多く、次第にそれまでの自分の振る舞いで何となく狙った隊に入れる様にもなった。
 色々な隊へと所属してみて、上手くいったりいかなかったりしている中で、今試しているのは5番隊で場地と稀咲を止めることだった。
 初めて5番隊を認識したのは関東事変の前に拉致された時だった。当時は混乱していたが、今になると内部の粛清部隊がいるのに何故稀咲のために場地が一人で離反することになったのかと武道は疑問に思う。もちろん、稀咲が上手くやったのだという事は分かっているが、何度も血のハロウィンで巻き戻るループに入った時期では仕事してくれ5番隊と心底思ったりもした。
 そして現在、5番隊に所属し、武藤隊長の預かりになったかと思えばすぐに三途副隊長へと下げ渡された。じゃじゃ馬でなくなったのだから、先輩としての振る舞いを身に付けろとの事である。
 武藤には関東事変の時に散々ボコボコにされた記憶があり、三途には関東卍會での記憶があるためどちらの世話になっても身がすくむ思いであるが、逆に言えばその時期が来るまでは東卍の味方であるという安心感もあった。
 単独行動を咎められ、やはりボコボコにされることもあったが銃で撃たれるよりはマシな気がしているので経験とは積むものであるなぁと武道は気軽にとらえている。5番隊のじゃじゃ馬2号であった。
 そんな武道に振り回され、ブチギレては怒鳴りつけ、それでも言う事を聞かない武道に自分の方が絶対にマシだったと武藤に文句を言う。しかし、武道は未来を知っている事に加え、未来視の能力も引き続き持っているので裏切りや勝手な行動を見つけるのは上手かった。
 まぁ流石にそんなことは周りに明かせないので、キヨマサの件をいまだにひきずっており、絶対に許さないという信念で動いていると誤魔化していたが。
 そんなルーティンの中で林田の親友カップルを守り、愛美愛主から龍宮寺を守り、愛美愛主の残党を配下にした際に中に交ざっている稀咲に気を配る。そろそろタイムリープがバレて稀咲に警戒されるであろう頃、5番隊の中でもそれなりの信頼を得られる様になってきた。
 
 それが面白くないのが世話役の三途だった。
 
何かに突き動かされる様に突然走りだす武道の世話は、自らの幼い頃の出来事を彷彿させ、コイツの身に何かあったら責任は自分に向くのだろうかと腹の中でグルグルと嫌な記憶が暴れまわる。武藤隊長はそんなことを言わない、と自分を宥めてみようとするがうまくいかない。
 そんな日々に精神的に参ってきた頃、三途は武道に呼び出された。
 
卍卍卍
 
「三途くん、先に謝ります。ごめんなさい」
「テメェ、今度は何をやらかしやがった」
 いつも勝手に動いてボロボロになってくる武道が自発的に頭を下げてきたという事態に今度はどれだけ厄介な案件なんだと三途は頬を引き攣らせた。事後報告をされ、ソレを武藤に伝えに行く時、例え武藤が三途を咎めないと分かっていても未だに緊張してしまう。
 それなのに今度はいったい何をするつもりなのだと三途は武道を睨みつけた。
「いえ、まだこれからなんですが……」
「……」
 おずおずと上目遣いで三途を見やる武道にこれだから嫌なんだと三途は苦虫を噛み潰した様に眉間に皺を寄せた。
 この男は少し可愛い子ぶれば周りは自分を許してくれると思っている。ひょうきんな小物っぷりで周りを騙し、懐に入り込む。しかし、その裏ではジッと醒めた瞳で周りを観察し、自分の思い通りに事を動かそうとしているのが三途には分かった。
 だてに5番隊の副隊長をしているワケでは無い。世話係をしている相手の行動や発言の機微を見逃すほど抜けてはいないつもりだった。
「あのですね……。最近入った愛美愛主の人たちのまとめ役いるじゃないですか」
「あぁ、お前の嫌いな稀咲とかいう奴だな」
「いえ、嫌いではないんですが……」
 困った様に笑う武道にウソつけと三途は思う。入ってきた当初から武道はずっと稀咲を警戒していた。一体何がそんなに気に入らないのか三途にも分からない。しかし、1番隊の隊長も同じく警戒しており、その件で集会を出禁になったばかりだった。
「恐らく今度当たる芭流覇羅の半間修二と稀咲鉄太はグルです」
「証拠は?」
「……」
 この男はいつもそうだった。確証の無い何かで急に走りだす。無鉄砲で幼稚なのに何故かソレがいつも正しい。
 まるでイカサマでもされている様な気分だった。
「チッ、またねェのかよ」
「すみません。でも、近いうちに場地くんと羽宮くんが接触するのは間違いないハズです」
「あの馬鹿どもがまとめて東卍を裏切るって事か?」
 可能性はある、と思いつつも何故この男がソレを知っているのかが分からない。どこから何の情報を得ているのかも分からないのに間違っていないという事実だけが残る。
「いえ、場地くんだけはスパイです。羽宮くんに半間くんが接触した時点でヤバいって思ったんでしょう」
 黒いハズの瞳が青く光る。その様はまるで何か別の世界でも見ている様だと三途は思う。
「稀咲の目的は東卍の乗っ取りです。勝っても負けても東卍と芭流覇羅が統合した時点でマイキーくんじゃなくてアイツの支持者が半数を超えます。そうなれば、多数決で稀咲の幹部昇進は免れない」
「新しい隊でも作るってか?」
「それならまだマシですが、恐らく羽宮くんをダシに場地くんを東卍から引き抜き、空いた1番隊隊長に入るつもりです」
 場地を取り戻す策があるのだと言えば佐野は稀咲を用いる可能性は十分にある。相手の望む言葉を紡ぐだけの頭が稀咲にはあるのだ。
「今の所、稀咲の暗躍に気付いているのは俺と場地さんくらいですかね。8・3抗争を手引きしたのは稀咲だったという事は俺がこの前、退院した長内と接触して確認しました」
「アレはお前が勝手に林田の親友庇って愛美愛主にボコられて抗争になったんだろ」
 監督不行き届きで怒られこそしなかったが、あの時は心底肝が冷えたことを三途は覚えている。佐野からの預かり物に傷を付けたなど恐怖以外のなんでもない。
「いえ、まぁ結果的には俺のせいなんスけど、そうじゃなかったらぱーちんくんの親友がボコられて抗争なんでどの道同じでした」
「……」
「とにかく! 東卍はじわじわ侵略されてるんです!」
 熱心に語る武道を三途は醒めた目で見る。そこまで分かっていて、これからどんな謝らなきゃいけないような事をするつもりなのか。
「で? お前はどうすんだ?」
「俺は、場地くんを助けたいです」
「あ?」
「場地くんは出禁にこそなりましたし、羽宮くんを捨てられないですけど! でも! マイキーくんを裏切ったりはしてないんです!! 稀咲を警戒してる場地くんが今回のターゲットなのは間違いないので! 今後! 場地くんがどう動こうとも、俺は、場地くんが殺されない様に動きたいんです!!!」
 話しながらだんだんと声が大きくなる武道の言葉は具体性に欠け、要領を得ない。
 喋りながらも混乱している事が伺えた。アレだけ普段自分勝手に動いているくせに今更ソレを自分に宣言してどうするのだと三途は少しだけ呆れた。
「で? 具体的にはお前はどうするんだ?」
「芭流覇羅との抗争が始まったらどこかのタイミングで場地くんが狙われるので俺はそのタイミングまで大人しくしているつもりです」
「……」
「今まで散々稀咲の邪魔をしてきた俺は稀咲の警戒対象になってます。下手に動くと稀咲の目的に気付いていることに気付かれる。このまま水面下で稀咲を注視して、手柄を取らせない様にしたいんです」
 つまり、これまで以上に単独行動を許せ、と言っているのだろう。しかし、ソレはあまりにも下策だと三途は思う。
「場地はともかく、羽宮はどうすんだ? アイツは紛れもねぇマイキーの敵だ」
「正直、まだ考え中です。でも、場地くんは間違いなく東卍と羽宮くんの両方を守りたくて、動いてます。具体的な処遇は全て終わってから場地くんとマイキーくんに任せたいと思ってます」
「……」
「俺は、誰も死なせたくない。それだけなんです」
 得体のしれない男の愚直な言葉に三途は再び溜息を吐いた。
「そういやお前、バカだったな」
 
卍卍卍
  
 三途への宣言をしてから暫くして、場地が離反し、武道の記憶通り放課後に羽宮が迎えに来た。
 武道は手筈通りに友人達に目配せをする。いきなり距離の近い羽宮に何度出会っても慣れない気分になるのが少しだけ面白かった。
 羽宮とは過去の未来では何度か助けられ、一緒に佐野を救おうとした仲だった。しかし、今の羽宮はそうではない。
 武道にはよく分からない理論で佐野を逆恨み、殺そうとし、場地に依存する理解のできない生き物だ。
 血のハロウィンを超えられない武道には仲の良かった羽宮は既に遠い昔に見た幻影の様なものだった。どうにかして再び相見えたいとは思うが、場地の死を無しに羽宮が更生する未来が武道には未だ見えなかった。
 芭流覇羅のアジトへと連行されて、場地に殴られている松野を見つける。咄嗟に飛び出して助け出したくなるのをグッと堪えて証人喚問まで終える。
「マイキーを殺す」
「あぁ、力を貸すよ一虎!」
 こうして場地が芭流覇羅へと潜入する。コレは羽宮の心を守るために必要なことだ。
 過去の失敗したループでは場地の芭流覇羅入りを阻止した結果、羽宮が壊れ、場地が死ぬ流れが何度かあった。場地と羽宮はこの時点では引き剥がしてはいけない。羽宮の依存はもっとゆっくりと治さなければいけない。
 ただ稀咲の目論見を暴露しただけでは羽宮の問題は解決しないのだ。佐野を殺そうとする羽宮と、全てを自作自演し手柄を立てようとする稀咲は別で対応しなくてはならない。やることが多くて武道一人ではどうしようもない。
 
 だから、この周回では5番隊を選んだのだ。
 
 まるで初めて聞きましたとでも言うような顔で真一郎を殺した時の話を聞く。
 もしも自分に今以上の不思議な力があって、真一郎が殺されるのを阻止出来たら……。何度も武道は夢想した。しかし、そんな都合のいい夢は現実にはならず、目が覚めればいつも奴隷になる日のダサい自分だった。
 ダサくてもただ足掻くしかない。愚直に進み続けることが自分の持ち味なのだと分かっているつもりだ。しかし、こうもスタイリッシュな人間が傍にいると少しだけ落ち込むというものだった。
 アジトにたむろする芭流覇羅の構成員。その中に見知った顔がいる。5番隊の隊員だった。寄せ集めが300人もいればスパイも紛れ放題だ。もしかしたら場地には何人かバレているかもしれないが指摘する様子はない。
 現在の東卍150人を全て把握している者はいない。特に5番隊の隊員はその役目の特異性ゆえに顔が割れ切っていない者が多いため他の族に紛れてもバレずにいるらしい。芭流覇羅の特攻服をどこから奪って来たかは分からないがそこも上手くやっているのだろう。
 佐野への宣戦布告を受け取り、メッセンジャーを果たすのは今までのループ通り。
 何番隊にいようとも同じ中学に在籍する東卍所属なら誰でも良かったのだろう。
 松野を回収してアジトから出る。まずは松野の治療をしなければいけないけれど、病院に連れて行くほどではないことは分かっている。場地の勉強の出来なさは未来で散々聞き及んでいたが、手加減が出来ないタイプの馬鹿ではないと武道は理解している。もともとの場地という男がどういうものなかのかは分からないが、こと喧嘩においては見た目は派手に、しかし致命的でない程度に済ませる事ができる男だった。
 とりあえず公園のベンチにでも寝かせて手当して、万が一目や骨に異常がありそうだったら病院に連れて行く。今までのループで連れて行ったことは無いため大丈夫であると思っているが万が一があってはいけない。
 そう考えているとアジトから少し離れた通路に見知った影がいた。
「三途くん!?」
「おー、話は聞いてる。派手にやられたな」
 松野を眺めながら三途は腕を組む。潜入させた部下から既に連絡を受けているのだろう。
「とりあえず行くぞ」
「はい」
 武道を手伝うようなそぶりは見せないが、コレは近くの5番隊の溜まり場を使っていいという事だろう。
「コレで場地は完全に裏切者だ。まだ助けたいとか抜かす気か?」
「はい。羽宮くんの方の事を含め、稀咲が裏で糸を引いているのは間違いないので。叩くならそっちです」
「マイキーを捨てて羽宮を選んだんだぞアイツは」
「状況が状況ですので。これ以上悪い事態にならないためには必要な行動だったと思います」
「今以上に最悪な状況があると思ってんのか?」
「はい、あります」
 まるで見てきた様に断言する武道に三途は閉口する。気味の悪い男だと思うと同時に、今までのこの謎の先見の明が外れなかった事例が頭に過った。
「少なくとも場地くんはまだマイキーくんの事がちゃんと好きです。恐らくマイキーくんも」
「キメェ言い方すんな」
「えぇ……。まぁともかく、羽宮くんを抑え込める可能性があるのは場地くんだけなので、場地くんは芭流覇羅で羽宮くんの傍にいてもらうべきです」
 単純に喧嘩でのしただけでは羽宮は止まらない。
 それこそ、死ぬまで止まらなかった稀咲の最期の様な事態に陥る可能性がある。そのため、何とかしてこの抗争の中で羽宮には場地を介して佐野と和解してもらわなければいけない。
「あと、場地くんは稀咲と半間がグルなのに気付いてるハズなので、抗争の日には稀咲を狙いに来るハズです。大方、羽宮くんが稀咲に操られてマイキーくんを狙いに来るので、稀咲を先に何とかすれば羽宮くんを説得するのは後でできるって感じかと」
「羽宮にマイキーが負けるかよ」
「芭流覇羅は平気で武器使ってきますよ。あと、マイキーくん狙いの烏合の衆なんで人海戦術でマイキーくんだけ殺しにきます」
「……めんどくせぇな」
 フ―、と深く息を吐いて三途は考える。
 東卍で特別に強いのは個々ではなく総長から副隊長までの幹部位のみだ。他の隊員は正直なところ普通の不良でしかない。数で負けてしまえば敗ける連中。
 一騎当千の将である幹部達であるがナイフなどを用いられてしまえばそこまでであるのは8・3の時の龍宮寺で証明されている。どうやら龍宮寺だけはあの時の経験から武器を持った相手や数で攻めてくる相手への対策を考えている様であるが間に合うかは分からない。
 自分たち5番隊がすべきことは内部犯への警戒である。ソレを場地にとられたことは少し遺憾であるが、場地本人を警戒しないで済むと分かるのはありがたいことだった。
「当日、マイキーくんをどう守るか、芭流覇羅とどう戦うかは隊長達の判断にまかせます。俺はこれまでの調査内容をマイキーくんに話して指示を仰ぎます」
「俺に話してるとは言え武藤隊長をスルーとはいい度胸だなテメェ」
「えー、だって隊長が何考えてるのか分かんなくて怖ェんスもん」
「んなもんテメェの過失だ」
「ひーん」
「泣き真似すんなウゼェ」
 君の悪い謎の男であるが、佐野を第一に考えている所だけは悪くない、と三途は自分よりも小柄なそのダサい頭を見ながら考えた。 
 
卍卍卍
 
 ハロウィン前日の東卍の決起集会前に、場地の調査内容と共に、武道は境内で拾ったお守りを佐野へと渡した。いつのループでも場地が落とすソレには創設メンバーの写真が入っている。
 誰も捨てられなくて結局命を落とす場地に過去のループの自分を思い出して少しだけ親近感を覚えた。
 東卍を日本一の暴走族にして不良の時代を作る、という夢のために組織を大きくする。そのために愛美愛主や芭流覇羅を吸収したい。そこをまとめるには稀咲が必要だと佐野は考える。武道の予想通り、稀咲は場地の抜けた1番隊に愛美愛主の隊員を引き連れて就任したいと佐野に打診していた。どんな交換条件を出していたかまでは教えられなかったがすぐに棄却しない程度には魅力的な条件が提示されたらしい。
 しかし武道の報告を聞いて、自身の大切なものを壊されるくらいなら、と佐野は稀咲の追放を考える。迷う佐野に武道はとりあえず泳がせて手元に置いておいた方がコントロールしやすいのではないか、とアドバイスする。天竺戦が早まって何が起きるか分からなくなる展開はごめんだった。
 そして、この抗争が上手くいけば場地が帰ってくるのだから1番隊隊長の席は空白のままで置いておくべきだとも提言する。
「そっかぁ。やっぱお前拾っといて良かったわ」
「えー、そうっスかぁ?」
「うん。5番隊、合ってた?」
「はい! 隊長も副隊長も怖いっスけど優しいっス」
「ハハッ、なんだソレ」
 場地の落としたお守りに触れながら佐野は笑う。その表情に本当は寂しくて不安なのだと武道は察して決意を新たにする。
 絶対に場地と羽宮は殺させない。
 
卍卍卍
 
 そうして迎えた決戦当日。
 喧嘩の前はいつも緊張する。もう自分が底辺だなんて思わない。佐野と出逢い、東卍に入って、武道は変わった。敵の数が多くても、圧倒的に強い相手だろうと、前を見据えて戦うだけだ。
 自分はきっと強くは無い。けれど、気持ちで負けたら全部終わってしまう。
 負けられない理由はいくらでもあった。
「……」
 そんな覚悟の決まった瞳で芭流覇羅の旗を睨む武道を三途はジッと見つめる。相変わらず気味の悪い男だと思う。しかし、佐野に忠実なのは悪くないと留飲を下げる。
 状況は圧倒的に不利。周囲のギャラリーやレフェリーだって正直な所あてにはならない。武器を使わない等の公正さを美徳とするのは今どき東卍くらいだ。三途としてはそこの所についてはどうでも良いと思っているが、佐野が望むのならそうするだけだった。
 しかし、相手の目論見が分かっているのと分かっていないのではやりやすさが違う。稀咲は慎重な男で、尻尾を掴ませないが他は違う。芭流覇羅に潜入させた隊員から警戒すべき策は聞いている。
 武道がどうして場地の証人喚問に自分が呼び出されると知っていたかは分からない。しかし、そのタイミングで潜入すれば熱狂に浮かされた敵組織に紛れやすいという目論見は見事に当たった。武道の友人から連絡が来た時は驚き、相変わらずの先見に舌を巻いた。
 心配などしていなかった。しかし少しだけ、少しだけ気になって現場の近くへと向かえば武道自身は無事でその背中にはボロボロの松野がいた。
 5番隊の溜まり場へと松野を連れて行き、手当てをする。コイツも裏切られて可哀相になと思ったが、ここまでされても場地を信じるなどと宣うので武道と同じく気味の悪い男だと思った。気味の悪い男同士で仲良くなった様で会話を弾ませるのが気に入らない。
 しかし、今、武道の隣にいるのは自分なのだと思えば留飲が下がる。今日は松野は1番隊として、武道は5番隊として動く。松野は先日ので5番隊が稀咲と場地を探っている事を知ったため、かなり武道の事を気にしていたが隊長不在の自隊をおろそかにしてまで勝手は出来ないだろう。
「芭流覇羅は東卍を嬲り殺しに来たんだよ!!」
「おっぱじめるか⁉」
 羽宮がレフェリーを殴り、乱闘が始まる。佐野と羽宮、龍宮寺と半間が対峙する。佐野が負けるワケがないが、問題はその他の隊員だ。
 三途が危惧した通り、早々に一般隊員は数で負けて戦意喪失しつつある。ソレを隊長格が庇っている状態だ。雑魚どもめ、と舌打ちを打って自分もカバーに入る。
 カバーをしながらも佐野が羽宮に誘導されるのを視界の端に捉え、少しずつ近付いていく。そして自分と同じように佐野へと近付く男がもう一人。稀咲だ。
 やはり武道の先見は気味が悪いくらいよく当たる。
「うぉらああああ! かかってこいやテメ―ら!!!」
「あ?」
 内心少し褒めた途端に間抜けな声が響いて、三途はそちらを見た。視線の先には思い描いた通りのダセェ男がいた。
「ぜってー倒れねぇぞ」
 リーゼントにしていた髪は崩れ、顔は既に痣だらけ。この短い時間に何度も殴られた事が分かる姿だ。身体は大きくない。喧嘩が強いワケでも無い。3番隊の下っ端に敗けて奴隷になってたのを佐野に拾われただけのひょうきんな小男。
「俺が全員ぶっ飛ばす」
 それでも、気迫だけは誰よりもあった。
 気持ちだけで勝てる喧嘩ではない。それでも、気持ちで負けていたら勝てるものも勝てなくなる。
 特別強くは無い男のそんな姿が他の隊員の心に火を付けた。
 流れが変わる。武道一人に任せられないと周囲が立ち上がる。
「……」
 気味が悪い男だ。けして強く無いのに、周りを奮い立たせる。そして周囲が回復すればまた埋もれる。その凡庸さと一瞬の煌めきが釣り合わない。
「隊長、ちょっと行ってきます」
「あぁ。手筈通りにな」
「はい」
 武藤に一言声を掛け、三途は走りだす。
「行くぞドブ」
「えっ、えっ…ちょっと待って、ちょっとまっ…!?」
 周囲が持ち直し、次に自分がどう動くべきなのか考える間もなく、世話係である男がニヤニヤ笑いながら手をひく。その勢いに武道は情けなく悲鳴をあげた。
「三途く、わ、ぁ、うわぁああああああっ!?」
 既に佐野は足場の悪い場所へと行ってしまっている。佐野が負けるワケがない。しかし、稀咲も同じように近付いているのがきな臭い。
 武道一人で何とかなどできるワケが無い。しかし、何かを知っているとしたらこの男だけだ。
 ならば、自分が送り届けるしかない。
「ちょ、え!? いきなりどうしたの!?」
 目を白黒させて戸惑う様を嗤いつつ、武道に襲い掛かる敵を排除していく。数は多いが所詮は烏合の衆だ。大勢の隊員を守りながらの先ほどよりは断然楽だった。
「うるせぇよ! テメェが言い出したんだろうが」
「えぇ!?」
「俺たちはテメェのズルの仕組みが分からねぇ。何が起きるのか知ってんだろ」
 ズル、という言葉に武道は言い得て妙だと思う。自分が強く無いことは分かっている。頭だって良くない。それがここまでやれているのはズル以外の何でもない。
「動け、マイキーのために」
 そのズルをどう使うのか。誰も死なせたくないとしか伝えていないがソレを三途は佐野のためであると解釈したらしい。
 佐野に拾われた命を佐野のために使え、と。佐野が場地を望むのなら場地を連れ戻す様に動け、と。万が一にも危機が迫っているのならば身を挺してでも守れ、と。
 そうだ、この後の展開は自分しか知らないのだ。
「はい!!」
 引かれていた手を離して拳を握り直し、武道は佐野の下へと走りだしだ。