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ばるはらパロ

 
ソイツを助けたのはほんの気まぐれだった。
通りがかった公園で、その男は自分よりも小さいガキを背に庇って、自分よりも大きな奴らを睨み付けていた。
ギラついた目で恐怖を押し込めて立ち向かう姿はなかなかに様になっていたけれど、喧嘩が強いワケではない様でボロボロにされていた。
 
その姿に昔の自分を重ねたのかもしれない。
 
父親に逆らえなかった自分。ジュンペケに裏切られた自分。そして、バジやマイキーに助けられた自分。
 
本当の事を言えば、マイキーが羨ましかったのかもしれない。
だから、真似をしたんだと思う。
公園で小坊相手にイキがってたショボいファッションヤンキーなんて簡単にノして、唖然としたその蒼い瞳に宣言する。
 
「今日からオマエ、オレのモンな」
 
ソレが、羽宮一虎と花垣武道の出会いだった。
 
 
 
・・・
 
 
当時の一虎たちの事を、初めて会った場地は「仲間」ではなく「羊の群れ」と称した。
実際、場地という狼が来て、戦ったのは一虎だけで、他の奴は逃げて行った。仲間だと思っていたのは一虎だけで、戦っている自分を置いてけぼりにした奴等を軽蔑したのをよく覚えている。
 
それで言えば、武道の背負っていたのは羊だったのだろうか。
ジュンペケ達の様に逃げ出しこそしなかったけれど、仲間とは違う集団の様だ。そもそも不良でもないし、類としては「羊の群れ」で間違いないだろう。武道はそんな羊の一員かと思いきやそうでも無く、たまたまそこにいただけで中学生に絡まれていた羊の群れを庇っただけだった。
そんな武道は当時の一虎とは違う生き物で、場地とも万次郎とも違う何かだった。
 
「……」
 
水に濡らしたハンカチで汚れた顔を拭う蒼目の少年。羊ではないが狼でもない。
 
「犬か」
「へ!?」
「うん、子犬だな」
 
狼から羊を守ろうとした子犬と言うのが相応しいだろうと結論付けて、一虎はニッコリと笑う。まだまだ小さくて弱いがコレは良い拾い物をしたかもしれない、と思う。
 
場地や万次郎の様になりたかった。
 
強くて、カッコイイ、頼りになる仲間。
その仲間に入れてもらって、万次郎のモノだけれど確かに対等で、でもやっぱりどこかその強さが羨ましかった。リーダー格になりたいとか、そういう野心ではない。どちらかと言えば憧れの存在に近付きたい、なりたいという子供染みた欲だった。
 
かつての万次郎が自分を引き上げた様に、今度は自分がこの子犬を引き上げてみたかった。
 
「オマエ、何であんなガキ共守ってたんだ? 中坊相手にしてまで」
「あー、あの中学生たち、この辺りでちょっと悪さしてて。前にも子猫イジメて喜んでたりしてて、ちょっとタチが悪い奴等なんだ。その時は大人のお兄さんが助けてくれたけど、今度はちっちゃい子イジメてたから何とかしなきゃ、って思って……」
「で、自分の弱さも考えずに飛び出した、と。アホだろ」
「分かってるけど! 分かってても立ち向かわなきゃいけない時ってあるじゃん!!」
「……」
 
話をして、やはりこの少年は初めて見る類の生き物だと思う。
馬鹿で弱くて狼にはなれないけど、羊程度では収まらない子犬。こんな生き物を今まで一虎は見たことが無かった。
場地にも万次郎にも、誰にも秘密で、この子犬を買う事はなかなかに良いアイデアの様に思えた。自分が万次郎の仲間モノであることに異論はないけれど、この子犬が万次郎の物になるのは何だかズルい気がして、一虎は考える。
 
「オレ、溝中1年の羽宮一虎。お前、この辺りに住んでんなら来年は溝中だろ? じゃあ先輩だな」
「ウス! 一虎センパイっスね!!」
「……うん」
 
あえて東卍の事を伏せて自己紹介をすれば武道は何も疑問には思わない様で、にぱっと太陽の様に明るく笑う。裏切りなんてものを知らないだろう無垢な子犬だ。
この子犬を自分に忠実に育てられたら、万次郎に感じる些細な劣等感を拭う事ができるだろうか、と一虎は考える。
自分は万次郎の仲間モノで、でも万次郎は自分のものではない。自分の辛いのも苦しいのも万次郎が貰ってくれるけど、万次郎の背負う何かは一虎には分からない。
 
それならば、この子犬の全部を自分が背負えば万次郎と本当の意味で対等になれるのではないか。そうでなくても、近づくことができるのではないか。
心のどこかでそんな自分の考えを浅知恵だと嗤う自分がいる。それでも、飽きたら捨てても良いのだと思えば気が楽だったし、ちょっと面白い後輩ができただけなのだから誰に言う必要だって無いと思えた。
 
キラキラと輝く子犬の蒼い瞳が妙に眩しくて、一虎は遮る様に手を伸ばし、その癖ッ毛をクシャクシャとかき混ぜる。乱暴に扱われているのにアホな子犬は構われて嬉しそうにきゃらきゃらと笑い、人懐っこく擦り寄ってくる。
 
何だか悪くない様な気持ちになって、一虎は笑った。
 
 
・・・
 
その日から、東卍や場地と遊ばない日は武道と会うようになった。
武道はバイクも持っていなければ小学生だった時の場地や一虎の様に夜遊びもしない。これで不良に憧れているというのだからどうにもおかしかった。
ゲーセンに連れて行ってやれば目をキラキラさせて喜んで、金がなくても公園で駄弁ってるだけで尻尾を振る子犬は張り合いはないけれど可愛い。ワル自慢をしたり、東京周辺の暴走族のテリトリーを教えてみたり、喧嘩の仕方を伝授したり、一虎なりに初めて出来た自分のモノを可愛がっていた。
 
しかし、全てが上手くいくというワケではなかった。
 
「えー、オレはソレはダメだと思うなー」
 
一虎のワル自慢に、時々こうして武道は異を唱える。
渋い顔をして、それでも軽蔑する様な素振りは見せず、一虎がムカついて殴るギリギリの所で武道は正義を振りかざす。
武道曰く、武道にとっての不良とはヒーローで、一般的な、一虎の思う不良ワルとは別の生き物である事が多かった。それでも武道は一虎本人を否定する様な事は言わなかったし、ソレはソレ、コレはコレとでも言うかのように、不思議な距離感で自分の思い描く仲間ヒーロー像を語る。
 
別に、自分の言う事を全て聞くお人形が欲しかったわけではない。父親が母や自分にしたような支配を武道にしたいワケではない。
少し詰まらない気持ちになりつつもそんな言い訳をして一虎は自分の期待とは違う反応をする武道を許した。
 
世間や、自分の環境への不満や鬱憤を晴らすための暴力行為を正当化できて、その上に何となくカッコイイと思っていた“ワル”にもなれた。一虎は以前の弱虫だった自分よりも今の自分が好きだったし、武道も自分をカッコイイと言う。
その賞賛が、真っ直ぐな好意が気持ち良くて、多少の無礼は許してやろうという気持ちになる。
 
それに、と一虎は言い訳を重ねる。
武道のその子どもっぽい仲間ヒーロー像はどこかズレていて、それでいて少し眩しくて、ソレを否定するのは何だか可哀相だと思ってしまう。自分が武道の思う不良ではないのは分かっていて、武道が目指す所は自分ではないのが少しだけ悔しいという気持ちになる。
そうなりたいかと言われれば一虎は、別に、としか言えないが、絶対になりたくないと強く否定する気にもなれなかった。
コイツはこういうのが好きで、自分とは違う生き物なのだと、ストンと理解できた。
 
だから、武道が一虎の言葉に異を唱えるのを許せた。
ソレを許してでも、武道を傍に置いておくことを優先した。
 
人は誰しも裏切るし、この可愛がってる子犬もいつかは自分の手を噛むかもしれない。しかし、今の所の武道は一虎を否定はせずに、別枠として自分の理想を語る。
それくらいなら許してやろうと一虎は思う。
 
アホな子犬が自分の尻尾を追いかけてクルクルと回る。
 
そんな姿を武道に見ていた。
 
 
 1話 終わり

 

 

 

・・・



 
「やめろ一虎ァァアアアアッ!!!」
 
親友の声を聴きながら工具を振りかぶった瞬間、頭に過ったのはアホな子犬の様な後輩ヒーローだった。
 
 
・・・
 
今日も今日とて羽宮は公園で子犬と遊んでいた。
バイクを手に入れて、メンテナンスやガソリン代に飛んでいく金を思うと公園でダラダラするだけの子犬との遊びは安上がりで良かった。
 
子犬こと武道と一虎は比較的に家庭の懐事情が近かった。正しくは以前の一虎と、であるが。
武道は一虎にとって、会話がかみ合わなかったり、劣等感や優越感が刺激されない良い話相手だった。年上の扱いというものを分かっている様で、適度にスゲースゲーと上げながら、忌憚のない自分の意見を宣う子犬はウリウリとイジメればコロコロと嫌がって喜ぶし、雑な扱いをしても放っておいても大丈夫で安心感がある。
 
野良猫に餌をあげる親友の気持ちが少しだけ分かる。
無責任に可愛がれる自由な存在とは良いものだった。
 
「お前、俺ん来る?」
 
だから、何となくそう言ってしまったのも特別な感情など微塵も無かった。
初夏を迎え、公園で遊ぶのは少し暑かったとかそんな理由だった。
 
しかし武道は過剰なまでに喜び、また公園を転げまわった。
 
「オマエ、泥だらけになったら俺の部屋入れねぇからな」
「ウス!」
 
キラキラとした瞳で、元気に返事をする武道を連れて家に帰れば母親は過剰なまでに喜んだ。今までどこで誰と何をしているのかも分からなかった不良息子が、夕食前に帰ってくることが増えたりしていた所に、元気が取り柄とでも言いそうな少年を家に連れてきたのだから仕方のないことだった。
ソレが思春期の不良少年である一虎にとってはどうにも鬱陶しく感じられたが、武道にはそんな感情は無いらしく羽宮母に元気に挨拶をして更に喜ばれていた。
 
そんな武道を部屋に引っ張り込んで、適当に座らせる。
主である一虎は早々に漫画を読み始めて、武道を放っておく。特に何をしたいという事はなく、ただただ外が暑かっただけだった。
それでも、武道を置いて家に帰るという選択肢だけは一虎に無かった。
 
興味津々に部屋の中を見回す武道の挙動が少し鬱陶しかったが、グラビアをチラチラと見たり、そわそわしながらベッドや本棚を見る様は初心っぽい感じがして気分が良かった。
 
飲み物とお菓子だけ受け取り、持ってきた母親を追っ払って、漫画を見るフリをしながら武道を観察する。
すぐに慣れた様子になるも、やはりグラビアは気になる様で思春期の童貞丸出しのその様が面白くて仕方が無かった。
 
「何だぁ? タケミチくんはこーいうの気になっちゃう感じかー?」
「え!? あ、へぁ!? その!?」
 
分かりやすく狼狽える武道に距離を詰め、一虎はニヤニヤと笑う。股間は膨らんでこそいないが羞恥で顔は真っ赤で大きな瞳がウルウルしていた。出会った時はギラギラと強い光を放っていたソレがしおらしく逸らされているのは何だか可愛く思えた。
興味はありつつも恥ずかしくて直視はできない、といった所かと一虎は当たりをつけて本棚に雑に隠していたエロ本を手探りで引き抜く。
 
「じゃ、こんなのはどうだー?」
「は、わ、わぁ!?」
 
ビクリと跳び上がり逃げようとする武道を足で捕まえて無理矢理に雑誌を見せる。
東卍の仲間は硬派を気取る奴もいてあまりこういう雑誌で盛り上がることは多くないため武道の反応が新鮮で楽しかった。
AVの切り抜きと女優のヌードにアワアワしながら逃げようとする武道の頭を押さえつけて雑誌に固定して一緒に鑑賞する。
 
「オバチャンだけどこの女優良いよなー、おっぱいデカいし」
「ひ、まっ……ミ…」
 
先ほどから言葉にならない鳴き声の様な音しか出せていなかった武道がとうとう小さい悲鳴を上げて黙ってしまう。
イジメ過ぎたかと流石に心配になって雑誌から武道に視線を戻せば目を大きく見開いたまま雑誌から自身の股間へと視線を移していた。
 
「おー、ちゃんと勃つんだなー」
「~~~~~~ッ……!?」
 
同じく武道の股間を見てつついてやれば武道は声にならない悲鳴を上げる。
 
「まー、パンツ汚してもアレだしなー。よし、脱げ」
「えぇっ!?」
 
武道が戸惑っているうちに押し倒し、パンツごとズボンを引ん剝けば抗議の様に本気で泣きが入った声が上がる。
 
「あんま騒ぐとうちの母親に見られるぞー」
「ちょ、ま、え、え……!?」
 
実際に母親に見られたら困るのは一虎であるが今は武道の羞恥を利用して手早く事を進めたかった。別にレイプまがいのセクハラをするつもりは無かったが、あまりに初心な武道の反応に楽しくなってしまったのだから仕方が無いと一虎は心の中で言い訳をする。
ピョコンと出てきた可愛らしいサイズのモノが想像通りで気分が良くなる。
 
「おー、皮かむってんなー。ちゃんと剥いて洗ってっかぁ?」
「ひ、んっ……ん…」
「そーそー、そうやって声抑えてなー」
 
ちゅこちゅこと皮オナでもするように刺激すれば武道は両手で口を抑えて鼻に掛かった甘い悲鳴を上げた。他人のちんこなど触る趣味は無かったが、武道のソレがあまりにも子どもっぽかったせいか不潔さも感じない。
 
「んっ……んぅう♡」
「ハハッ、えっろい声……」
 
くぐもった呻きがだんだんと甘さを帯びてきて一虎は妙な高揚を感じる。年下の、しかも男に対して何を言っているんだと自分でもおかしく思うのに、ゾクゾクとした何かが下っ腹に溜まる。
 
「っは、ぁ……♡ ん……ッ♡」
「ハ、ァ……良い子だな」
「……ひぅっ♡」
 
だんだんとチンコを扱く手を強く早くしていく。喉奥から漏れる悲鳴と息が荒くなって、無意識に揺れる腰が一虎の手の動きに合わせる様に貪欲になっていく。
チラリと顔を見れば快楽に集中しているのかトロリと涙と快楽に濡れた瞳が虚空を見つめていた。
 
「……かわい」
「~~~~~ッ♡♡♡」
 
一虎のその小さな呟きが拾えたのかそんな余裕などないのか、タイミング良く武道はビクビクと腰を震わして吐精する。とっさに掌でカバーしたため精液が部屋に撒き散らされるなんて事にはならなかったが、一虎も他人の精子を触るのも初めてで少しだけ不快な気分になる。自分から脱がして、触れて、扱いたというのに勝手な男だった。
しかし、吐精の余韻で頭がフワフワしているのか、荒い息のままに薄い胸を上下させる様がどこか煽情的で、一虎はティッシュで手を拭きながら気分を向上させる。
 
「気持ち良かったみたいじゃん」
「は、へ……ぇ♡♡♡」
「おーおー、喋れもしねぇか」
 
まだ震えている身体をツンツンとつつけばその度にビクビクと痙攣して、その敏感な様に犯された後の女優を思い出した。
 
「……」
 
小学生男児に対して開けてはいけない扉を開きかけていると、と自分でも分かり一虎は少しだけ考える。
どうせ目の前の弱くエロい存在が自分に勝てるわけも無いのでこのまま無体を働いてしまおうか、上手い事このまま快楽漬けにして自分から強請る様になるまで焦らすか。
なお、扉を閉めて無かったことにするという選択肢は今の一虎には存在しなかった。思春期の男児など自慰を覚えればサルの様なものなので武道に“その先”を教え込もうとも罪悪感は湧かないし、多少の特殊性癖マニアックだろうと気持ち良ければそれでいいじゃないかと刹那的な快楽主義が勝った。
 
「かずとりゃく……♡」
「んー?」
「おりぇ、せぇし出すのハジメテで、ちゃんとイケましたか……?」
「……」
 
呂律の回らない舌から紡がれた言葉に一虎は自分のモノがズクンと反応するのを感じた。
 
今のコイツになら何しても悦ばれるんじゃないか?
 
と、邪な期待が膨らむ。
勿論、知識として男同士でヤる方法は知っているため、今すぐ最後までしたら悲惨な事になる事は分かっている。しかし、ソレ以外の事なら大丈夫そうだな、と。
 
「うん、ちゃんとイケてたぜ? タケミチ、俺の手で精通しちゃったんだ?」
「えへへ、うん♡ 射精できたの嬉し……♡」
「……」
 
クタリと自分に甘える少年を見て一虎は思う。
絶対に抱く、と。
 
「ふぅん、良かったじゃねぇか。じゃ、もうちょい気持ち良くなろうぜ」
「んっ♡」
 
しかし、今は準備が不足していた。
リラックスしたぽわぽわの顔にキスを何度も落とし、奉仕する。ちょっとイタズラしてやろうだったのが、何かコイツえろいな、になり、抱きたい、可愛がりたいに変化していく。
自分の心の変化があまりにも早くて、いっそ自分がチョロいのでは? と疑問に思うくらいだった。
 
自分に縋る武道が可愛くて、頭の中で一虎は勝手な予定を立てる。
直近で海に行く予定があり、その後はマイキーの誕生日だ。そこまでは東卍の奴優先で、親がいない日に武道を自宅に呼ぶ算段が立てられない。だから武道を犯すのはその後にしよう、と。
それまでに男を抱く知識や道具を仕入れよう。
 
親の不仲でクソみたいな人生だと思っていた。ジュンペケに良い様に使われていた事も最悪だった。
けれど、場地に出会って、マイキーに助けれて、人生が変わった。それからは楽しかった。裏切られる心配の無い、本当の仲間。羊の群れなんかじゃない。損得抜きの本物の友達。一人一人がみんなの為に命を張れるチーム。最高の仲間。
 
そして、武道に出会った。
見知らぬ羊の群れを守っていた子犬。何かオレの事すげぇ好きな後輩。キラキラした目が気に入っていて、かわいくて、何かちょっとエロい。
 
順風満帆とはこういう事なのだろうと思わず顔がにやけてしまう。
 
鬱屈に怯えない、明るい未来を、一虎は思い描いていた。
 
 
 
2話 終わり

 

 

 

 

 

・・・



 
一虎くんが警察に捕まった。
強盗殺人の罪で、被害者のバイク屋の店員は即死だった。その店員には見覚えがあって、一虎くんに会う少し前に年上の不良から助けてくれたお兄さんだった。
ニュースで名前を伏せられて報道されても分かる人間には分かるものだなぁ、と武道はどこか他人事のように思った。
 
正直な所の感想は、やっぱり、であった。
武道は一虎の不良ファッションや整った可愛らしい顔が好きだったが、一虎のすべてを全肯定する程のぼせてはいなかった。
一虎から聞かされる武勇伝にソレはいけない事だと言うこともあったし、心の底からドン引きする事も多かった。武道の目指す仲間ヒーローと一虎の思い描く不良ワルは全く違うものであるとお互いに分かっていた。
それでも、どうしてか離れるという選択を選ぶことはできずにダラダラと一緒にいた。
ノリでえっちなイタズラをされても、それがあまり良くない事だと分かっていながら武道は受け入れた。良くない事でも、被害者が自分であり、自分もまたその悪い事には興味があったから仕方ないと自分に言い訳をする。
その程度の事では一虎を軽蔑するという程にはならなかった。もしその被害者が自分以外のか弱い女子だったりしたら話が変わるかもしれないが、男で、しかもソレがいけないことだと分かっている自分が相手だ。
しかし、殺人というのは看過できない。経緯がどうであれ絶対にしてはいけないことだ。失望というよりは絶望という心境だった。それと同時に、この人を置いてどこかへはいけない、と武道の中の何かが囁く。ソレは正義感だったのか恋心だったのかいまだに分からないけれど、しばらく会えないという事実だけは武道を酷く寂しい気持ちにさせた。
 
いつもの公園もどこか精彩を欠いて、いつもなら勢い良く立ちこぎしていたブランコも座ってキィキィ揺れるだけだ。
この辺りで、あのお兄さんが助けてくれたのだとぼんやりと考える。お兄さんのお陰で逃げて行った不良たちは懲りずに自分にちょっかいをかけ、今度は一虎くんに成敗された。
どうしてあの時、一虎が自分を助けたのか武道には分からない。話をすればするほど、他人を無償で助けるタイプではなかった。
どちらも自分の恩人で、あのお兄さんの死という事実がとても悲しい。しかし、一虎を嫌いになることもできない。
 
鬱々とした気持ちを抱えてぼんやりとしていると武道の視界に影が差した。
 
「あら…あなたは……」
「え?」
 
柔らかくも、今の武道と同じように精彩を欠いた声音に顔を上げる。
やつれ、隈の濃くなった妙齢の女性。一虎の母がそこにいた。
 
「一虎くんのお母さん」
「え、えぇ……」
 
武道の言葉に一虎の母が悲しそうに肯定する。
目の前の女性は武道以上に複雑で、悲しみの中にいるのだろう。
 
「一虎は、その……」
「……大丈夫です。オレ、分かってますから」
 
何かを言い淀む母親に、武道も困った様な表情しか作れなかった。それでも、自分は彼を責めるつもりはなく、離れるつもりもないという事だけは伝えたかった。
 
「待ちます。一虎くんが出てくるまで。そんで、何がいけなかったのか、どうしたら良かったのか、一緒に考えたいんです」
「……そう」
 
母の沈んだ表情がクシャリと崩れ、ボロボロと涙が溢れる。
この人も限界なんだろうな、と先日会った時の明るくはしゃいだ姿との差に武道は心が痛くなる。
 
「ごめんなさい、ごめんなさいね」
「……大丈夫です」
「ごめんなさい、ありがとう」
「……いいえ」
 
その涙を拭いてあげたいと思ったけど、自分の汚れたハンカチで拭うのは憚られて、何となく、他人を気遣うためには常に準備していないといけないんだな、と思う。
 
さめざめと泣く母の背をさすりながら、武道は一虎が帰ってくるまでに自分も変わろうと決めたのだった。
 
 
 
・・・
 
 
一虎が捕まってから2年。
色々な事があったが、武道はあの頃の一虎と同じ制服を着て、一虎のいない中学へ通っていた。友達も増えて、悪くない学生生活を送っている。
髪は金色に染めてリーゼントに、制服も改造してる。新しい友達と一緒に不良自警団の様な事もしていた。暴走族ゾクという程ではない規模で、学区内程度の範囲で、カツアゲや小学生を虐める馬鹿を片っ端から締めていった。成長期に入り、数で敗けなければ武道達に敗けは無く、つい先日も夜の公園で絡まれていた少年やお祭りの裏で何故か刺されていた青年を助けたりした。
休日は基本溝中の友達とつるみ、時々一虎の母の様子を見に行った。面会も差し入れも家族しかできないため、母を通して待ってると伝えてもらった。
女子に告白なんかされたりもして、めちゃくちゃ可愛くて頭の良い子だったけれど、断った。自分には待たなきゃいけない人がいる。その人が来たら、恋人よりもそっちを優先してしまう。ソレが分かっていて女子と付き合うという選択は武道にはできなかった。
 
そうした日々が終わり、ついに一虎が少年院から出てくる事になった。
 
母と共に入り口で待つ武道を見つけ、一虎は目を見開いた。
母親から聞いてはいたが、自分を慰めるための嘘かもしれない、とずっと武道が自分を待っているという事が信じられなかった。それが、本当に自分を迎えに来た。
一虎の中で何かが湧き上がる。ソレは歓喜の様な、興奮の様な、言葉にしづらいものだった。
 
「タケミチッ!!」
 
最小限の荷物を持って、門から走り出た一虎はまっすぐに武道に抱き着く。そこは母親じゃないのか、と少し呆れつつも、武道は一虎を受け止めた。
ギュウギュウと加減のできない子供がぬいぐるみを抱き潰すような力のソレが一虎の不安を表している様で、少し苦しいけれど拒絶する気にはならなかった。そしてそのお陰で、一虎の低く、小さい声を聞き逃さなかった。
 
「バジはいないんだな……」
「え……?」
「んー? なんでもねぇよ。早く帰ろ♡」
「あ、はい」
 
少年院から出てきたばかりだというのに、一虎の足取りは軽い。その様子に不安を覚えるが武道は敢えて黙っていた。一虎の母を見ればやはり武道と似たような表情をしており、この2年の間に一虎の心がどう動いて行ったのか、刺激しすぎない様に探っていかなければいけないと武道は決意する。
この可愛くも不安定な先輩がもう二度とどこかへと行ってしまわない様にするのだと、さめざめと泣く母を見て武道は決めた。そのために出来る事は何でもするつもりだった。
どうして自分がこの人にそんな執着をしてしまうのかは分からない。
それでも手放す気が無い事だけは確かで、武道は自分の腕に絡みつく一虎をジッと見つめた。
 
 
・・・
 
母と一虎、そして武道のささやかな「一虎くんおかえりなさいパーティ」は慎ましくも穏やかに賑やかで、一虎の様子も不穏は所は無かった。ソレが良い事か悪い事かは判断ができず、ただ、一虎がつらくはなさそうであることが唯一安心できることだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、その日は羽宮家に泊まる事になった。家電を借りて自分の母親に連絡すれば簡単に了承をもらえたし、一度羽宮母と花垣母で話をした時も穏やかだった。
歳の近い子を持つ母親同士で話すのも久しぶりだった羽宮母は少し緊張していたが、花垣母の大らかで大雑把な話し方に安心をしていた様だった。
 
ずっとそのまま綺麗に掃除だけされた一虎の部屋に二人でなだれ込んで、会えなかった間の話をする。一虎としてはもう学校など行くつもりも無かったが、武道があまりにも楽しそうに話をして、一虎と同じ学校なのが嬉しいと言うので最低限は一緒に行ってやろうと思う。
武道の様に不良などと言いつつも可愛らしいガキんちょなら教師も生暖かい目で見られるだろうが、一虎レベルの“本物”の扱いには困ってしまうだろう。最低限の提出物だけして欠席したままでいて欲しいというのが本音だろう。
 
人を殺したガキの面倒も見なければいけないなんて中学教師も大変だな、と嗤う。
 
そんな事を考えているといつの間にか真夜中で、武道は眠りこけていた。
その間抜け面をしばらく眺めてやろうかと思いつつ、時間がもったいないと写メだけとって、揺り起こす。
 
「起きろよ、武道」
「ん、あ……?」
 
口の端に付いた涎の後をその辺に落ちてたタオルで拭ってやる。むずがる様な渋い顔をする武道を無理やり立たせて静かに部屋のドアを開ける。
 
「静かにしろよ、ちょっと抜け出すからさ」
「ん゛ー……?」
 
寝ている母親を起こさない様にコッソリ廊下に出て、リビングを抜けようとする。しかし、武道が眠い目を擦りながらも止まろうとするのでイライラしながら振り返る。
嫌なのか、と睨み付ければ武道は一虎の方は見ずにテーブルの上の紙に何かを書いていた。その勝手知ったる様子に少しだけ毒気が抜ける。
 
「何やってんの?」
「ちょっとお散歩してくるって、お母さん心配するでしょ」
「……おう」
 
以前はそんなメモ帳置いてなかったが、この二年の間に置いたのだろう。そして、当然の様にソレにメモを残す武道に妙な気持ちになる。まるで家族みたいだ、と。
 
「どこ行くのー?」
「んー、ネンショーで聞いた秘密の場所♡」
「朝には帰れる?」
「マァ、朝ごろには帰るつもりだけど」
「分かったぁ」
 
ガリガリとペン先が潰れそうな元気な筆圧と、朝帰りを予告する内容がミスマッチでまた妙な気持ちになる。夜遊びに行くのに帰りの時間を親に伝えた事なんか無かったし、何なら財布からお金を盗んで行った事すらあった。
あまりにも健全な少年に眩暈がするが、行先を変えるつもりはない。
 
静かにドアを閉めてアパートを出る。
住宅街を後にして、初めて通る道をズンズンと進んで行く。繁華街の路地を警察に補導されない様にすり抜けて、暗がりから暗がりを目指した。
その奥に、錆びれたネオンが不規則に点滅する小さな看板を見つけ、ここだ、と一虎は理解する。
 
ギィと音を立てて中に入れば、中にいた奴にすぐにガンを飛ばされる。
 
「誰だテメ?」
「チョメとチョンボって奴いる?」
「あ゛……?」
 
ソレを気にもしない様子で一虎は自分の要件を伝えた。ソレが気に入らなかった一人が前に出て一虎に向かって来ようとして、隣にいた男に止められる。
 
「馬鹿ッ、多分この人がカズトラさんだよ!」
「は?」
「チョメさんとチョンボさんが言ってた顔パスしろって言ってた人!」
 
いつもならそんな会話をしている間に二人ともボコボコにしてしまうが、今日は武道が自分の服の裾をギュッと握っているので機嫌を降下させずにそのやり取りを待つ。学校では一丁前に不良を気取っている様だが、こういったいかにもアングラな場所には来たことがないのだろう。好きな子のハジメテというのはどんなものでも良い物だと一虎は思う。
そうこうしている間に二人の会話が終了して、最初の男を止めた方がペコペコしながら寄ってきた。
 
「スンマセン、今日チョメさんもチョンボさんもいないんですけど、部屋の用意はいつでも出来てるんで……」
「そ? じゃあ鍵もらうわ。アイツ等に俺が褒めてたって言っといてよ」
「ウスッ」
 
差し出した手の上に渡された鍵を受け取り、一虎はエントランスを抜けて階段を上っていく。廃墟という程ではないがあまり清潔にされた様子もない薄暗い建物にホラーが苦手な武道はビクビクとしてしまう。一虎に腕に引っ付いて周囲をキョロキョロしてみるがここが何の建物なのかは分からなかった。怖い場所ではない事を祈るしかできない。
 
「一虎くん、ここ何?」
「んー? ソープランドだって」
「え?」
「正しくは元ソープ? 風営法めんどいし採算取れないから辞めちゃったけど、今はここ等の不良の溜まり場で、援交とかしたい奴に部屋貸して何割かとってるらしいけど詳しくは知らない」
「へ、ぇ……ソレ、合法なんスかね?」
「知らねー」
 
怖い場所じゃなくてエロい場所だったと慄く武道に、一虎はこの様子なら自分のいない間に他の誰かに食われたという事はないのだろうと更に気分が良くなる。貰った鍵の番号の部屋のドアを開ければ確かに最低限の整備がされていて機嫌がよくなる。
もしも不備などあればボコって爪でも剥いでやろうと思っていたが、免除してやろうと思う。機嫌がいいので先ほどの身の程知らずはノーカンにしてやろう。
キョロキョロと内装を見回す武道は二年前に始めてエロ本を見せた時の様子を思い出させて面白かった。
 
「じゃ、脱げ」
「へ!?」
「へ、じゃねぇよ。セックスするためにここ来たんだからさ」
「えぇっ!?」
 
何を驚いているんだと呆れつつ、武道は童貞処女なのだから仕方ないのだと愉快になる。こんなベッドと風呂が併設されたヤるための部屋に連れてきたのだから想像がつくだろうに、察しが悪い。
二年前からずっと抱くのだと決めていた。そう宣言だってした。武道だって了承したのだからもう少し分かってくれてもいいだろうにと少し不満に思う。
 
「あ、あの、準備とか……!?」
「風呂場の手前のドアがトイレだけど、オレにやってほしい?」
「自分でやります!!!」
「おー、じゃあ待ってるわー。トイレん中に道具は置いてあるぜー」
 
併設されたベッドにボスンと座って、トイレへと向かう武道を一虎は見送る。
一方、急にこんな場所へと連れて来られた武道は少しだけ怒っていた。もう少しムードとかそういうものがあるだろう、と。二年前の時点であれだけ触られたのだからそのうち抱かれるだろうとは思っていたけれど、再開してその日の夜は流石に性急が過ぎる。
トイレに置かれているシリコン製のシリンジの様な物のパッケージは明らかに用途がはっきりしたピンクの物で、コレを誰かが用意したのだと思うと恥ずかしくなる。しかし、自分に拒否権が無いという事もないが、そこまで躍起になって拒絶するという程の怒りでもない。
事実として、一虎にイタズラをされた日から抱かれる意識と準備はずっとしていた。薬局で買ったいちぢくカンチョーで腹のナカを洗ってみたり、少し触ってみたりもした。
一虎の性格を考えて、強く拒否をすれば無理やりにでも、となりかねないのでこういう場合は自分から誘導をした方が良い。できるかは分からないがやるしかない。
 
心を決めて、武道はその器具に手を伸ばした。
 
何度かシリンジを挿入して中に洗浄液を注入する。しばらくして出して、出てくる液体が透明になるまで繰り返す。この作業の時点でかなり気力と体力を消費するので本当にもっと別の日にしてほしかったと思う。
ぐったりとした気持ちでトイレのドアを開ければすぐ近くで待ち構えていた一虎に手を取られ乱暴にベッドに押し倒されびっくりする。
 
「え!? わっ、え? 何?」
「何じゃねぇよ。何でオマエ、ケツの洗い方知ってんだよ」
「えー……」
 
少し目を離すとすぐコレだ、と武道は顔を顰めた。もう少し精神的に安定してからの方がナニをするにしても良いに決まってるのに、安心が欲しくて性急に動いて結局また不安になる。
本当に、顔が良いからこの暴挙を許したが、あと数ミリでもパーツの配置が崩れていたらぶん殴っていた所だ。
 
「誰に教わったんだよ」
「あん時アンタがこれから抱きますって顔してたから自主練してたんじゃないですか! それなのに2年も待たせやがって!!」
「……」
 
顔は殴らずに胸倉を掴んで吠えれば一虎は少しだけ驚いた顔をする。抱くと約束していたけれど、まさか武道がそこまで乗り気だとは思っていなかった。しかも苦言を呈されるのはあれど、キレられるのは初めてだった。
 
「で!? どうするんですか!? 多少ケツなんぞ洗えてもこちとらピカピカの処女ですが!? 信じられないならやめますか!?」
「え、いや……」
「じゃあどいてください! オレ、あんな埃っぽい路地裏歩いたままでセックスする気ありませんからね!? アンタも脱いで!」
「お、ぅ」
 
武道の気迫に敗けて、一虎はノロノロと押し倒していた手を離し、ベッドから起き上がる。
 
「はい、チャキチャキ脱いでください!」
「ん……」
「オレは先にシャワー浴びてますからね!」
 
怒りと呆れで恥じらいが吹き飛んだ武道はポイポイと服を脱いでセットされていた籠に投げ入れる。皺になるような素材の服は着ないのでどうでも良かった。男らしく潔く肌を晒してシャワールームへと入って行く。
コックを捻ってお湯が出てくるまで暫く待って、丁度良い温度を作ってから思い切り頭からシャワーを浴びる。そして一虎が来る前に重点的に尻の辺りを洗う。ほぼ風呂と寝室が一室になっている造りなので見えしているだろうが洗浄への恥ずかしさは武道にもあった。それに、汚いとでも思われたら死ねる。
湯舟に浸かる時間など無いためシャワーのみでざっくりと洗っていると一虎がバツの悪そうな顔で入ってきた。そこにシャワーをぶっかけて、文句を言う一虎を無視して武道は滑らない程度に足早にタオルを取りに行く。
落ち込んで暴走して怒られて落ち込んでと忙しい人だ。とっとと話を進めて機嫌をとってしまう方が早い。
 
髪と身体をざっくり拭いて、武道はそのまま同じバスタオルで一虎を包んだ。
どうせ事が済んだらもう一度シャワーを浴びるのだから無駄にタオルを消費することなど無い。ある程度拭き終わったら手を取ってベッドへと誘導する。
先ほど一度押し倒された時に感じたが、奥まった場所にある廃墟同然の外観の割に無駄に豪華な装飾と家具だった。元は高級ソープだったのだろうに、どうして辞めたのかと大したことの無い知識で考えるが大した事がなさ過ぎて答えは出なかった。
 
「ん」
 
ベッドの縁に座り両手を広げる。一虎も落ち込んでいるが、自分も少し怒っているのだと武道は表情で伝える。具体的には眉間に皺を寄せて唇を突き出した。抱きしめてキスをしろ、オレの機嫌を取れ、と。
その意図が伝わったのか伝わっていないのかは分からないが一虎はおずおずと武道の腕の中へと入り、背中に腕を回した。
 
二年前は一方的に手コキされただけであるためこういった肌の触れ合いは無かった。
案外柔らかく滑らかな肌の感触に武道はハグだけでリラックスしてしまい許してしまいそうになる。しかし、首元に縋りつく様な態勢だった一虎がモゾモゾと動いて少しだけ空間を作ってしまった。
 
「……何ですか」
「タケミチ、ごめん」
「いーえ、許しません。許してほしかったらキスしてください。ちなみに、これもハジメテですからね」
 
前回、顔中にキスをされたが唇だけはしていなかった。セックスや嫉妬の前にすることがあるだろう。怒ってますというポーズを取る武道の頬を一虎は両手で包んだ。
 
「うん……」
「んっ♡ ぁ……♡」
 
重ねられた唇は少しだけカサついていて、以前と比べればやはり少しだけやつれていた。
二年、少年院にいる間、一虎が何をして、何を考えていたのか武道には分からない。しかし、今日の様子を見るに反省や後悔の様なものから目を背けてきたのだろうという事だけは分かった。昔見た映画を思い出す。「外に出ても上手くやれる」そう思っているうちはダメなのに、映画の刑務所とは違って、少年院は時間経過で外に出れてしまう。一虎に会いたい武道ににはソレはありがたい事だったが、一虎本人のためになるかはまだ別だと思う。
ずっと待ち望んでいたキスに武道は夢中になる。武道のものと違う、まるでそういう生き物の様に絡みつく舌に翻弄されるだけで精一杯で、応える事もうまく呼吸をすることもできなかった。
一虎の背に回していた手にだんだんと力が入らなくなり、抱きしめられなくなった頃にようやく唇が離された。
 
「は、ぁ♡♡♡」
「わり、がっついた」
「ん……♡」
 
くったりとする武道を支え、ベッドの中央へと引き上げる。
男だとは言わなかったが、院を制圧した後に配下に置いた二人には年下の恋人とヤる直前に収監された、ケツでヤりたいという猥談をした。その流れでこの場所を用意するとなったため、クッションやらローションやらがしっかりと用意されていた。猥談中にはケツに挿れるのに否定的だった二人だが用意はしっかりしてくれていて笑ってしまう。
その用意されたクッションを腰の下に引き、萌した可愛らしいモノや少し腫れた秘所が曝け出される様な姿勢にする。
 
「ふぅん、ちゃんときれいじゃん」
「あっ♡」
 
手にローションを出して、温めてから一虎は秘所に触れる。縁の方を指先でくるくると刺激すると孔が収縮して強請る様に蠢いた。その淫乱さにまた疑心暗鬼が顔を覗かせ、武道を伺えば枕を握りしめて一虎から顔を背け、首から耳まで真っ赤になっていた。慣れた様子ではなく、本気で恥ずかしがっているのだと分かり一虎は少し安心する。
 
「あぁんっ♡♡♡」
 
ツプリと指先をナカへと侵入させると腰がビクリと跳ねた。そのまま拡張する様に縁をグニグニと広げると武道は感じ切った悲鳴の様な声を上げる。一虎としてはもう少し処女っぽく拒否されても興奮すると思いつつも、その素直な様子に安心感を覚えた。
 
「も、焦らさないでください♡ オレ、この2年頑張ったんですから♡♡」
「頑張ったって、拡張?」
「んっ♡ そ、う♡♡♡ 一虎くんのちんぽ♡ んっ♡ オレの尻に挿れれる様に♡ ひぅっ♡ 自分の、ぉ♡♡ ゆびっにゃら♡♡♡ しゃんぼ♡♡ 入る様にしたからぁ♡♡♡ あっ♡ あぁっ♡♡♡」
「へぇ……」
 
武道が話す間に一虎は前立腺を見つけ、ソコを集中的に虐めてみる。確かに自分で弄っていたのか少し大きくて見つけやすいソコをゴリゴリと押し潰すと萌したモノからダラダラと勢いの無い精液が溢れた。
自分で開発したかったという気持ちと、自分のためにここまで身体を雌化させた恋人への興奮がないまぜになって、取り敢えず虐めてやろうという加虐心に繋がる。
 
「えっ♡♡♡ あっ♡ ひっ♡♡♡ あ゛ぁああああああッ♡♡♡♡♡」
 
大丈夫そうだと判断して指を増やして前立腺を挟み込んでグニグニと摘まむ様に刺激すれば背筋だけでなく喉まで仰け反らせて悲鳴を上げる。大きな瞳からボロボロと涙が溢れていたが、ソレがまた虹彩の蒼を輝かせていっそう綺麗だった。
自分の白濁で腹を汚す武道を眺めながら指をまた増やして肉壁全体を広げても引き連れる感じも無く受け入れ、甘える様にきゅうきゅうと締め付けた。
 
「はは、ローションも足してねぇのに武道のナカすげ濡れてんな。どんだけ自己開発したんだよ淫乱」
「んぅっ♡ らってぇ♡ かじゅとりゃくんのぉ♡ ちんぽ♡♡ 挿れて、ほしかったんだもん♡♡♡」
「良いよ。挿れてやるよ……」
 
指を抜き、刺激もしていなかったのに視覚からのいやらしすぎる情報と、背徳的なシチュエーションで完全に勃起していた性器を武道の泥濘ぬかるみへと当てれば吸い付くように収縮する。自分から完全に食みにきている孔に、一虎は生唾を飲み込んだ。
 
「挿れる、からな……ッ」
「ひぁっ♡♡♡ あぁああああああんっ♡♡♡♡♡」
 
ズルリと入り込んだ性器を、武道のナカは抵抗なく受け入れる。
トロトロに蕩けた肉壁が歓迎する様に一虎を抱きしめて、キスでもするように奥が吸い付いた。
 
「ハッ、とんでもねぇ名器じゃん」
「は、ぁ♡ へ……♡♡♡」
「あー、イキまんこ気持ちい……♡」
 
初めての生チンポに武道は挿入だけで気を遣ってしまう。ビクビクと身体を震わせて腹のナカに入ったモノの感触しか分からなくなる。自分で舐める様に締め付けて、その形にナカを変化させてしまっている様だった。
 
「あ、は♡♡ オレのにゃか♡ はじゅとりゃくんれいっぱいらねぇ♡♡♡」
「おー、あんま煽んなや」
 
額に流れる汗を手の甲で雑に拭いながら、一虎は深く息をする。興奮に任せて無心で腰を振ったら絶対に気持ちいいと分かっているが、そんな童貞丸出しセックスはしたくなかった。特に、武道が処女の癖にとんでもない包容力を見せている今、その懐の大きさに甘えるのは男の矜持に関わる事だ。
いっさい萎えはしないが、少しだけ心を落ち着かせて、緩々と腰を振って本当に大丈夫なのかを確かめる。きゅうきゅうと締め付けはしても拒んだり、スムーズに動けない様な事はなく、トロトロの粘液が一虎に絡みつく。
 
「お゛あ゛ッ♡♡♡」
 
これなら大丈夫そうだとゆっくり腰を引いて、雁首で先ほど見つけた前立腺を引っ掻けば、ナカが痙攣して一虎に肉壁全体でしゃぶりついた。最初はゆっくり、だんだんとピストンが早くなっていき、奥を突くたびに規則的な喘ぎ声が喉から漏れる。
 
「あっ♡ あっ♡ あっ♡ あぁっ♡」
「ふっ、はっ……あ♡」
 
その律動に高められて、武道が吐精し、その直後に一虎もナカに出した。その時に一虎は初めてゴムをし忘れた事に気付いたが、武道は満足そうに腹をさする。
 
「ふふ、かずとらくんので、ナカいっぱいですねぇ」
「……」
 
気付いていたのにわざと言わなかったのは、一虎を気遣ってなのか武道自身の欲のためだったのか。一虎にその判断はできないが、武道本人は満足そうなので突っ込まないでおくことにする。
しかしこのままにしておけば腹を壊すことは知っていたので掻き出さなければいけないと思い、一虎はズルリと武道のナカから自身を引き抜いた。その瞬間に少し艶めいた声が上がったが、初めて同士なのだから二戦目は自重しようと決める。
 
朝には帰らなければ母親を心配させてしまう、と考えて一虎は不思議な気持ちになる。
自分の誕生日を忘れたこともある、気に食わない事が多いあの母親を気遣うなんてあまり自分らしくない感覚だ、と。
武道に感化されたにしても早いだろうと自嘲してしまう。
 
くったりとしたまま、一虎にされるがままに腹のナカを洗浄され、武道は少し眠そうにベッドに転がった。その隣に身体を添える様に一虎も寝転び、どうせシーツがグシャグシャなのだからシャワーは明日起きた後にしようと決める。
 
「もしも、人生をやり直せるならさ、一虎くんはどっからやり直します?」
 
このまま心地良い倦怠感のままに寝入ってしまおうといていたのに、急に武道に声を掛けられて一虎は少しびっくりする。ピロートークというものが必要だったかと反省もする。
しかし、そのトークの内容があまりにも不穏で一虎は内心とても焦った。
 
「え、何? 気持ち良くなかった?」
「ううん、逆。オレはすごく良かったけど、一虎くんがもし、オレとしたこと後悔するなら、って話」
「はー? 後悔なんかしねぇし」
「……ふふ、そっかぁ」
 
クスクスと笑う武道は確かに満足していない風ではなかったし、コレは完全に遊びの問答だと分かる。ソレに安心していたのに、武道はそのまま言葉を続けた。
 
「嬉しい。でもね、もし本当に後悔したら……」
「くどいんだけど」
「聞いてってば。もしもそうなったら、オレと手を繋いで」
「何ソレ、流行ハヤリのおまじない?」
「そ、学校の女子に聞いたの。そしたら、やり直すチャンスがもらえるんだって」
「ふぅん、うさんくせー。取り返しがつかない事しちまったらどうすんだよ」
「ふふ、そうだね。もう取り返しがつかないね」
「別に取り返す必要なんてねぇし、オレはお前を抱いたの、後悔なんてしねぇ」
「……そっかぁ」
 
眠気のままに本心を伝えれば少し嬉しそうに笑い、武道はそのままウトウトとしてすぐに寝入ってしまった。
なんで急にそんな話をしたのか、と疑問に思わなくも無いが、一虎も再び睡魔に襲われてしまう。
 
遠慮なく睡魔に身を任せ、翌朝、携帯のアラームに起こされるまで、久しぶりにしっかりと眠りについた心地だった。

3話 終わり

 

 

 

・・・

 


それからしばらくは武道にとって平和な時間だった。
一虎はあまり学校に行かないが、放課後はほとんど一緒にいて、羽宮母と一緒に料理をしたり、夜中に二人で抜け出してセックスしたりした。
昼間の一虎の動向は分からないけれど、恐らくあのヤリ部屋を貸してくれた少年院で出来た友達と会ったりしているのだろう。特にそこについていきたいとは思わないので構わないけれど、一虎は今年高校受験のハズなのに大丈夫なのかという気持ちにはなる。もしかしたら高校には行かないつもりかもしれないが、そうすると本当に来年からどうするつもりなのかと不安になる。
 
そんな幸せだけれども先行き不安な日々は簡単に終わりを迎えた。迎えてしまった。
 
放課後、教室にまで迎えに来た一虎が爆弾を落とした。
 
「武道ー、オレ、芭流覇羅入るからお前も入れよー」
「は!?」
「オマエに紹介したい奴等がいんだよ」
「切実にいらない!」
「行くぞー」
「いやだー」
 
半ば引きずられる様に一虎に攫われていく武道に、クラスメイト達は合掌する。武道は良い奴であるが、みんな自分の命は惜しいものだ。殺人犯と関わりたいとは思わず、できる限り穏便にそこそこ手玉にとれる武道に任せてしまいたい。
日中は一虎に引きずられずに授業を受けている姿が見られるので、一方的に搾取される関係でもないらしい。武道が殺される事はなさそうなら彼を生贄に捧げて穏便に帰っていただくのだった。
 
そうして崩れた平和な日常の行き先は廃墟になったゲームセンターだった。
立ち入り禁止の札とテープが巻かれていたが、芭流覇羅の溜まり場になるにあたり、ネオンの様なものが持ち込まれて中は明るくなっている。
 
武道としては本気で関わり合いになりたくないが、一虎が何やらはしゃいでいるため捨て置けない。こういう時の一虎を放っておいて良い事があった試しがない。
 
仕方なくおっかなビックリで廃墟の中へと入ると、すぐに好奇の視線に晒される。もしかしたら好色かもしれない。どうにも下卑た視に感じ、武道は居心地の悪さを感じた。
 
「よ、お待たせー」
「おいカズトラァ遅ェじゃねぇか」
「わりわり、コイツ真面目ちゃんだから学校なんて行ってんだよ」
「あ?」
 
自分の後ろに隠れていた武道を引っ張り出し、一前に出す。
 
「コイツ、オレのなんだけど花垣武道って言うの。今日から芭流覇羅に入れっからよろしくー」
「あー?」
 
一虎が武道を見せる様に突き出した男はヒョロリと背が高く、黒髪ロングのヘアスタイル。それなのにどこか男臭さを感じるような野性味のある青年だった。
 
「あの……?」
 
ジッと猛禽の様な鋭い視線が武道を捕らえ、すぐに興味を失った様に逸らされる。
 
「カズトラァ、冗談が過ぎんぞ。何だこのちんまいのは」
「ハハ、だから言ってたじゃん。コイツが花垣だって、オレのいない間の溝中シメてたし、案外ガッツあるから大丈夫だって」
「そーじゃねぇ、コイツがマジで東卍潰せんのかって聞いてんだよ」
 
自分を置いて話をし出した二人を武道は困惑した表情で眺めるしかできなかった。何となく最近きくチーム名だとは思っていたけれど、芭流覇羅がどういったチームなのかまでは武道は知らなかった。
 
「東卍……?」
「ほれ、このパピーちゃん何も分かってねぇじゃん」
 
人差し指で頭を軽くこづかれて、何だか妙な手加減のされ方すらされていると武道は思う。別に少しこづくくらいなら倒れたりしないつもりだった。
 
「この芭流覇羅は東卍潰すために結成されたチームだ。目的も分かってねぇ奴入れられっか」
「……」
 
黒髪の男の言葉を聞きながら武道は考える。
流石の武道も何も知らないワケではない。東卍とは一虎が捕まる前に所属していたチームだ。出所してからつるんでいる様子は無かったが、そこを潰すためのチームにわざわざ一虎が入ったというのは怪訝に思う。
 
「大丈夫だって、案外コイツ血の気多いよ?」
「あのなぁ……」
「何バジ、文句あんの?」
「あー……」
 
何が起きているのかは分からないけれど、自分の所属を巡って二人が喧嘩になっている事だけは分かった。武道の本音としてはこのまま所属はしないって事にしたかったが、そうすると一虎が癇癪を起しかねない。
 
「結局、芭流覇羅と東卍って何ッスか? 因縁がある感じです?」
 
状況を説明させてそれからでも遅くないだろうと促すと、一虎はぬいぐるみでも扱うかのように武道に抱き着いた。
 
「お、芭流覇羅入る気になった?」
「とりあえず話をしてよぅ……」
「芭流覇羅はさ、無敵のマイキーを潰すために結成されたチームなんだ。マイキーってのが東卍ってチームの総長」
「あー、因縁も何も初めからソレ目的って事か」
「そそ」
 
ぎゅうぎゅうと抱き着く力がだんだんと強くなり、ソレがそのまま一虎の不安が膨れ上がっているということだろうと武道は思う。拒否なんかした日にはヘッドロックで首を折られかねない。
 
「別に入っても良いけど、じゃあ芭流覇羅の総長って誰なの?」
「んー、うちに総長はいないよ。マイキー潰してハイ終わり、のチームだから」
「じゃあ幹部とかの階級も無い感じ?」
「いや、オレとバジ、あとチョメとチョンボと丁次が幹部。他の奴より強いから」
 
視線で一虎は幹部陣を紹介する。黒髪が場地で、グルグルと変な染め方をしているのがチョメ、髪が無いのがチョンボで、黒マスクにフードの怪しい奴が丁次だった。
ふぅん、と順番に顔を見ていると不意に、影が差した。
 
「オイオイオイオイ、副総長の俺の事忘れてんじゃねぇぞ」
「げ、半間くん」
 
背中から一虎ごと武道を抱きしめて、その上で頭の上から覗き込むとんでもない長身の男がニヤニヤ笑っていた。
 
「このパピーちゃんがお前のイロか一虎ぁ」
「あー、えぇ…まぁ……」
「じゃ、ちゃあんと説明してやんなきゃダメじゃねぇか。マイキーは2年前殺した奴の弟だってよぉ」
「……」
 
一虎を刺激しない様に敢えて避けていた話題を半間はぶん投げてくる。2年前に所属していたチームの総長を、どうして、一虎が潰したいのか。
 
「場地とお前が誕生日プレゼントに兄貴殺してやったんだもんなぁ?」
「ソレは違ッ……!!」
 
半間の挑発に反応したのは一虎ではなく場地の方だった。ギンッと睨み付け、すぐに出も殴り掛かって行きそうな、一触即発の空気を割いたのは一虎の笑い声だった。
 
「ふふ、ははは、そう。そうだよ。マイキーのためにオレは、殺したんだ。だから、マイキーを、殺さなきゃ。だって、アイツのせいで、オレは、マイキー、マイキーを……」
「お、おい一虎……ッ」
 
明らかに様子のおかしい一虎に場地が気遣う様に声を掛ける。しかし、思考がグルグルしているらしい一虎にその声は届いてない様だった。
 
「……一虎くん」
 
見かねて、武道は優しく、一虎の手に自分の手を添えて、少し緩めさせる。そうして、少し出余裕ができたらグルンと一虎に向き合う。
 
「大丈夫ですよ、一虎くん」
 
半間と一虎の間に無理矢理に手を突っ込んで、一虎を抱きしめる。背中に回した手で、トントンと赤ん坊の寝かしつけの様にリズムを刻む。
 
「二年間の事件の事はオレは詳しく知りませんが、まぁいいじゃないですか。二年、オツトメしたんです。オレ、二年も待ったんですよ。だからソレはもういいじゃないですか。無敵のマイキー、潰すんでしょ? 一騎当千の将のために、万の兵を用意するなんてロマンじゃないですか」
「マイキーを、潰す」
「そうです。潰しましょう。ソレでアンタの気が晴れるなら良いじゃないですか。でも、もうオレの前からいなくならないでくださいね、ソレはオレが耐えられないんで」
 
ゆっくり、ゆっくりと、武道は一虎に声をかける。だんだんと呼吸が落ち着いてくるのを確認しながら、一つずつ暗示をかける様に軌道を修正していく。
最初は好奇の目で見ていたギャラリーが、どこか畏れを持って、二人の異様な姿を見ていた。
一虎がゆっくりと武道の首元に顔を埋めたのを擽ったく思いながら、武道は向き合った半間を睨む。
 
「もー、この人、変に刺激しないでくださいよ。後で慰めるのオレなんですからね」
「バハ、ダリー」
 
当然、半間はソレを歯牙にも掛けない。ソレは武道も見越した事だった。むしろ歯牙にかけられたら自分の命が危ない。
 
「その、悪ぃな……」
「別にいいですよ。この人の暴走なんていつもの事ですし、でも、不安定にさせるならオレ、このままこのチーム入りますからね。目を離すとホント碌でもないことするんですから……」
「あー、分かった。もう反対しねぇよ」
 
目を逸らして、歯切れ悪く答える場地に武道はニッコリと笑いかける。
そして、四人のやり取りを見ていたギャラリーに目を向けて同じように微笑んだ。
 
「では、本日をもって、オレは芭流覇羅に所属させてもらいますね! とりあえず特攻服ってどこで作れます?」
 
 
・・・
 
 
 
それから、放課後はずっと芭流覇羅のアジトにいることになった。一晩経てば一虎も大分落ち着いて、翌日以降は危うくも溌溂とした姿を見せた。
大抵は一虎の腕の中で携帯電話を弄ったり、周りの馬鹿話を流し聞きしながら時間を過ごす。そうやっているうちに武道と一虎は完全にそういう仲であると構成員に周知され、また好色の目で見られることも増えた。
 
「そういや、タケミチ。カズトラとあの例の部屋借りてんのオマエだろ?」
「え、あ、ハイ。ソウデスネ」
 
あまりに明け透けにヤリ部屋の話題を振られて武道はたじろぐ。悪意を持って一虎との仲を揶揄されるのは別に構わないが、フラットに話を振られると照れが出てしまう。
 
「あそこどうだ? 元高級ソープだけど立地がクソだから知り合いのヤクザが好きにしろって貸してくれてんだけど、せっかくだから本格的に何かに使おうかって話になってんだけどよ」
「あー、あの援交の……。みかじめ料はヤクザに払ってんスね」
「当たり前だろ。ま、あそこ使ってる不良から良いの見つけてゾク抜け後は自分の組に就職させてんだけどな」
「なるほど……」
 
不良からヤクザへの道はこうして開かれているのかと感心していると、チョメはズイと武道と一虎に迫る。
 
「でだ、お前の感想を口コミにするから聞かせろ」
「口コミ……」
 
ヤリ部屋の口コミ、とは。と、武道が考えているとワクワクした表情で他のメンバーも武道を見ている事に気付いた。コレは一虎にボコられない程度にエロい話を聞きたいだけだ、と流石の武道も気が付く。
大丈夫なのかと自分を抱きしめる様に座っている一虎を一応伺うが特に問題なさそう、むしろちょっと気になるという顔をしていた。武道は諦めて、猥談に興じる事に決める。
 
「あー、まぁすごくいい部屋使わしてもらってて、まずはありがとうございます」
「おう」
「そう、ですね、やっぱ高級ソープだっただけあって綺麗ですし、多分誰かが掃除とかもしてくれてますよね。ホントありがとうございます」
「おー、そうじゃなくってもっと部屋のどこがいいとか、ナニがやりやすいとかねぇのかよ?」
 
照れが勝ってモゴモゴとした感想しか言えない武道をからかう様にチョンボから声がかけられる。この悪ノリを一虎が許容しているため、武道に拒否権は無かった。
 
「あう……。お風呂も広くて、ガラスと鏡張りで良いとオモイマス……」
「はは、タケミチ、こなだのローション風呂気に入ってたもんなー」
「ちょ、一虎くん!?」
 
顔を真っ赤にして抗議しようとする武道を一虎は腕の中に閉じ込めたままにする。ジタバタする感触を楽しみつつ、もう少しからかってやろうと口を開いた。
 
「デカい風呂でヌルヌルのローションまみれでグチャグチャにされんのが気持ち良かったんだよなー? そんで、鏡で自分のイキ顔見ながらバックでゴリゴリに犯されてあんあん喘いでさぁ。淫乱」
「ひ、ぅ……」
 
回されていた手が不埒に腹を撫でて、耳元で息を吹きかけられながら囁かれると反射的に身体が反応してしまう。思わず蕩けた顔を晒してしまい、心配そうな場地と目が合った。
チョメとチョンボはジッと興奮した様に武道を視姦していて、自分がエロい目で見られているという事実に少しだけ興奮する。
 
「今もちょっと興奮してんだろ? お前エロいもんなぁ?」
「あぅ、そんなことぉ……♡」
「無くないだろ? こことかもうこんな尖ってる」
「ひゃんっ♡」
 
Tシャツの上から乳首を撫でられ、武道はビクリと身体を震わせて甘い悲鳴を上げた。事実、腹を撫でられて耳元でエッチな事を囁かれただけで武道の身体は期待で反応していた。
そんな武道を場地以外のメンバーが食い入る様に見ている。
 
「あー、あー、可愛い声聞かせちゃってさぁ。視姦さみられて悦んでんじゃねぇの?」
「そんな事ッ……あぁッ♡♡♡」
「人前なのに全然声我慢できてねぇじゃん♡」
「ひっ♡ ぁ♡ んうぅう♡♡♡」
「ダメだろー? そんなエロい顔と声で男の勃起誘発しちゃ。ほら、皆オマエの事犯したがってるぜ?」
「や、ぁ♡ そんなぁ♡♡♡」
 
ほとんど背面座位の形で見せつける様に乳首を弄る。早くナカに刺激が欲しいのだと揺れる腰とさらけ出された白い喉がどうにも淫猥で、今まで男に興味など無かった者すら突然始まったこの視姦プレイに生唾を飲み込んだ。
 
「こんなたくさんの男どもにエロい目で見られて興奮してるなんてオマエはどうしようもねぇ淫乱だな♡ ほら、おねだりしろよ♡ どこ見て欲しいんだ?」
「あっ♡ あっ♡♡♡ 視姦て♡♡♡ 一虎くんに開発されてっ♡ えっちにされちゃったおっぱい♡ 一目でド淫乱だって分かる♡ 変態おっぱぃ♡♡♡」
「ふぅん? 武道の胸って変態おっぱいだったんだ? どうりでエロいワケだわ」
「ひゃあああんっ♡♡♡」
 
仕上げとばかりにギュウウと強くひねり上げればビクビクと全身を痙攣させて雌イキする。そのあまりにも淫猥な姿が普段の健全な中学生男子の様な姿とのギャップにギャラリーが沸いて最初に周囲にいたメンバー以外にも人が集まってくる。
 
「はー、くっそエロいわ。オマエがエロ過ぎてギャラリーが増えちまったぜ?」
「んうぅ……♡」
「コレはイキ顔だけじゃダメだろ、せめて生乳首くらい拝ませてやろっか?」
「あ……♡」
 
着ていたTシャツを捲り上げて、フルン、と勃起した乳首が晒される。服越しに嬲られ乳首イキしたてのソレに再びギャラリーが沸いた。
 
「あーあー、見られちまったなぁ? どうすんだよ? オマエもう皆の今夜のオナペット決定じゃん」
「ひぅ♡ そんなぁ♡♡♡」
 
嫌がっているという体は取っているが、興奮を隠せない様子の武道に一虎が更に囁く。
 
「どうする? 幹部にくらいなら孔、貸し出してやろうか?」
「おい一虎!?」
 
その言葉に更にギャラリーが沸いて、場地が困惑した様な声を上げる。
しかし、ボルテージの上がるギャラリーを他所に武道はその言葉で一気に熱が冷めるのを感じた。
 
「一虎くん」
「ん?」
「ソレはダメです」
 
武道の言葉にギャラリーからブーイングが飛ぶが武道はソレをひと睨みするだけだった。
急に拒絶されて驚く一虎に、武道は乱れた服を直しながら向き直る。
 
「正直、オレは一虎くんとヤる分には「一虎くん以外のちんぽやだよぅ♡」からの見せ付け視姦プレイでも何でも良いんです。ぶっかけまでなら我慢もできます。まぁここでヤりたくはないですが」
「……」
「オレはアンタだから抱かれてる。何ならアンタがいるからここにいるだけなんです。だから、他の連中に指一本触られるのは我慢ならない」
 
ジ、と目を見つめて、一つ一つ言い含めていく。
拒絶されたと今は混乱しても、実際に他の幹部とヤれば後から落ち込むのは一虎だし、実際、武道は一虎以外に抱かれるプレイはしたくなかった。
 
「分かりましたか?」
「う、ん……」
「ふふ、オレが一虎くんだけが大好きなの分かってくれたんなら良いです♡」
 
拒絶され怒られ気分が落ち込む一虎を隠す様に抱きしめ、武道はその頭にキスを落とした。しばらくこうしていればどうせまた気分が上がってくるだろう。
 
「ま、視姦プレイぶっ掛けプレイは嫌じゃないのでチョメくんとチョンボくん連れて後であの部屋行きましょうね♡」
「おい、武道」
「はい?」
 
最低限、ナンバー2の立場を保つために先ほどの一虎の“幹部くらい”ならという部分を立ていると心配そうな場地に声を掛けられた。
 
「大丈夫か?」
「大丈夫ッスよー。場地くんも来たければ来ても良いッスけど、こういうのあんまり好きじゃないですよね?」
「おー……」
「何かあったとしてもチョメくんとチョンボくんだけなら一虎くん一人でノせちゃいますし、このギャラリー全員千切っては投げの展開より全然大丈夫ッスよ。勝てるとは思いますが抗争直前にこんな詰まんない事で戦力減らしたくないじゃないッスか」
「……オレはそっちの方が良いけどな」
「喧嘩好きッスねぇ。オレはえっちの方がいいや」
 
一虎をよしよしとあやしながら場地と会話をするうちにだんだんとギャラリーが捌けていく。ほとんどの奴が前かがみでトイレの方へと向かうのを見ながら、ここで無理矢理にでもヤッちまおう、とならないのが地味に統率がとれているなと妙な感心をした。
 
「じゃ、チョメくんとチョンボくん行きましょうか!」
「……抜いてからじゃダメっすか」
「ダァメ♡」
 


4話 終わり

 

 

 

・・・
 


抗争当日。
武道が芭流覇羅に加入して間を置かず、決戦の日が来た。
 
東卍150名vs芭流覇羅300名。
倍の戦力差に東卍のメンバーの顔色が少し悪いのが見えた。しかし、前に出た隊長格は流石にキリッとした引き締まった表情だった。その中には先日助けた、何故かお祭りの裏で刺されていた辮髪お兄さんもいて、生きてたんだなぁ、と少し安心した。向こうも武道に気付いた様で一瞬だけ呆気にとられた様な、焦る様な表情を見せたがすぐに元に戻す。ソレはソレ、コレはコレである。
 
前に出た金髪ポンパドールの小柄な男がマイキーだった。特攻服をマントの様に靡かせる姿に不良ヒーローを感じて少しときめくが、そんなことを思っている場合ではないのでおくびにも出さない様に気を引き締める。
澄ました顔で話を聞いていれば、場地はもともと東卍にいて、この抗争で勝った暁には芭流覇羅から引き抜き返したいという思惑らしい。ソレが一虎の逆鱗に触れた。
レフェリー役の他チームの男をぶん殴り、一虎は宣う。
 
芭流覇羅オレ等東卍オメー等を嬲り殺しに来たんだよ‼‼」
 
ソレが開戦の合図だった。
突然始まった乱戦だったが、圧倒的な戦力差があるため武道は緩々と喧嘩をする。一人を複数人で嬲る事ができる戦力差というのは正直あまり面白くない。武道も一端の不良ではあるので喧嘩は好きだった。
最近はずっと一虎とセックスしかしていなかったので今日は久しぶりに暴れられると思って来たのに、何だかそういう雰囲気ではない様で、東卍に恨みも敵対心も無い武道にはあまりにも詰まらない状況だった。
 
もう少し楽しく喧嘩ができる相手はいないかと辺りを見渡せば、東卍のメンバーは二種類に分けられた。一つは、芭流覇羅の圧倒的戦力に戦意を喪失した者、もう一つは、芭流覇羅という数の暴力に屈せず、ハイエナに纏わりつかれるライオンの如く千切っては投げしている者。100人いると聞いていたが恐らく、前者が平の隊員で、後者が隊長格なのだろうと当たりを付ける。
 
「いや、一騎当千の将が何人いるんだ……」
 
いち、にぃ、さん……と数える中で、武道は自分が喧嘩をするのに丁度良さそうな相手を見つけた。その金髪フワフワのツーブロック目掛けて、武道は勢い良く駆け寄り、跳び蹴りを食らわせた。
 
「お兄さんちょっとオレと遊ぼうぜ♡」
「あ゛ァ!?」
 
ツーブロックはソレを両手で受け止め、ギロリと武道を睨んだ。
 
「一虎くんはあぁ言ってたけどさ、オレは喧嘩するなら楽しい方が良いからさ、相手してよ」
「チッ、面倒臭ェ……。けど、東卍壱番隊松野千冬だ」
「フハ、殺気立ってんな。オレは芭流覇羅、所属は特にないけど、花垣武道。よろしくな!」
 
 
花垣武道vs松野千冬
 
 
オーソドックスなファイティングポーズを取る花垣に、松野は少し者に構えた様な姿勢で低く腰を下ろし、武道を伺う。
ステップを踏む様に勢いをつけて、武道は松野に殴り掛かった。ソレを受け流しながら、松野は武道の隙を伺う。お互い、あまり大柄というワケでもなく、体格差があるワケではない。武道の基本武器は拳であり、楽し気でありつつも実直に攻めていくスタイル。対して、松野は拳から足まで使い、テクニカルに戦う。
乱戦という場では千冬の方が戦いに慣れているが、今の東卍は士気が下がっており、一対一であるのに妙な戦いづらさがあった。
 
「松野くんだっけ? もしかしてサポートの方が得意?」
「うるせぇッ」
 
その奇妙なやりにくさを対戦相手の武道も感じ取っていた。動きがぎこちないという程ではないが、どうにも決め手には欠ける。
ソレは武道も同じことで、普段の喧嘩は溝中の仲間と一緒にするもので、千堂や鈴木のパワー型が動きやすい様に露払いをするのが武道の基本スタイルだった。
 
戦意喪失の東卍がそこにちょっかいをかけることはなく、また芭流覇羅も武道へのイメージが一虎のオンナであるため、喧嘩をする姿がいまいち理解できずに加勢する事も出来なかった。
 
「オレも実はそうなんだよね。普段は中学の友達とつるんでるからさ、サポートメインのが動きやすいんだ」
「……」
「実は大規模な乱闘って初めてなんだよ」
「よく喋る奴だな……」
 
一進一退を繰り返し、ジリジリと戦う二人をどこか固唾をのんで周囲が囲んでいた。
芭流覇羅は武道が喧嘩ができると思っていなかったため、その楽しそうな様が普段の婀娜っぽい姿とのギャップになり感心される。東卍の副隊長相手にタイマンを張る武道が、アイツ本当に喧嘩できたんだな、本当に不良だったんだな、と。
一方、東卍は他の芭流覇羅とは違い、楽しそうにタイマンを張る武道に“喧嘩”というものを思い出した。ただの暴力ではなく、喧嘩とはすなわち祭りである、と。千冬と向き合い、拳を交えるその姿こそ、自分たちが思い描いていた不良の姿だった。
 
「だからさ、何か、やっぱしっくりこないんだよな。悪い気分じゃねぇんだけど」
「……」
 
廃車場で、今一番注目を浴びている対戦が、この二人だった。混戦極まる中、芭流覇羅も東卍も魅了し、武道は笑う。
 
「てっきり、お前は隊長格かなって思ってたんだけど、もしかしてどこかの副隊長とか?」
「……おう。よく分かったじゃねぇか。芭流覇羅なら場地さんの加入のために俺がボコられてんの見たんじゃねぇのかよ」
 
場地に踏み絵にされる松野を見て大したことないと思ってボコりに来たアホかと思っていた。しかし、そうでは無いらしいと分かると途端に疑問が湧く。コイツは何なんだろう、と。芭流覇羅の構成員に抱いていたイメージとかけ離れたソレに、松野だけでなく、周辺で乱闘していた幹部達まで、武道を意識し始めていた。
 
「ごめん、そのシーン見逃してたわ。一虎くんに溜まり場に拉致された時には既に場地くん幹部だったし」
「ふぅん」
 
やはり、目の前の男は他と違うのだと松野は思う。しかし、どうにも上手くいかずに攻めあぐねる。場地の元へと行くために、この男を排除せねばならない。なのに、倒す算段がイマイチ付かない。
だから、松野は男と言葉を交える事を選んだ。
 
「俺は壱番隊副隊長松野千冬だ! 壱番隊隊長、場地圭介の右腕だ! 場地さんを取り戻すために! お前を倒す!!」
「おう! やってみろやぁああああ!!!!」
「壱番隊の隊長は! 未来永劫! 場地さんなんだよッ!!!!」
 
二人の声が、言葉が、廃車場に響く。
その声で、その言葉で、東卍の空気が変わるのを感じた。戦意喪失し、泣き言を吐いていた男達の目に光が灯る。
そうだ、自分たちは場地という男に憧れていた。総長にも真っ向から意見を言い、副総長と並ぶほどに喧嘩が強く、意味不明な所はありつつも情に厚い男だ。
その場地を、あの総長が取り戻したいと言ったのだ。あの二人が、また笑い合える日を、共に戦う日々を、取り戻すと決めたハズだったのだ。
 
こんな所でくじけている訳にはいかないのだ、と。
 
一人また一人と、蹲っていた兵共が立ち上がる。自分たちはまだやれるのだと鼓舞される。ソレをもたらしたのは松野だったのか、武道だったのかは分からない。しかし、やるべきことは分かっている。敵の数の多さなど初めから分かっていた事だ。それでも戦うのだと総長が言った。だから、自分たちはソレに応えるのだ、と。
 
周囲の様子が変わっていくのを武道も感じる。一方的な暴力じゃない、喧嘩祭りなのだとワクワクする。そんな武道に遠くの方から怒号が飛んだ。
 
「テメェ花垣!! ナニ敵に塩を贈ってんだボケェッ!!!」
 
声を掛けられた方を見ると、廃車の積み上げられた上の方からチョンボが怒鳴っていた。
 
「はぁ!? 意味わかんないんスけど!!??」
 
売り言葉に買い言葉で怒鳴り返すと同時に、武道は目を見開いた。そこにいたのはチョンボだけではなく、チョメと一虎、そして倒れ伏すマイキーだった。
恐らく3対1で追い詰めたのだろう。武道の不良ヒーローとしての美学に反するやり方だったが、一虎には必要な事だったのだろうと唇を噛んだ。
ここからどう動くべきか、松野をとりあえず行かせて、他の東卍の相手をするか、自分も一虎の元へと向かうべきか。このままじゃれていたかったが、松野はこんな所で遊ばしておいて良い登場人物じゃなかったのだと反省する。
どうすべきかと武道が悩んでいると、倒れ伏していたマイキーがユラリと起き上がり、座り込む。複数人にボコられてもまだ動けるのかと驚いていると、マイキーは口を開いた。
 
「一個だけ教えてくれ一虎、オレはオマエの敵か?」
 
その言葉に、武道はそれまでの考えを全て捨て迷いなく一虎の元へと駆け出した。
マイキーと一虎を接触させたのは間違いだった。こんな所に来させるくらいなら恨まれてでも縛り付けてでも、家に閉じ込めておくべきだった。
その悪い予感が的中する様に、一虎は一瞬、凪いだ様な瞳で虚空を見つめ、引き攣れる様に口元で嗤い、また無表情へと戻り、怒りに顔を染めた。あぁ、また何か悪い事を思い出している、と武道は眉間に皺を寄せた。
 
「“人”を殺すのは“悪者”。でも、“敵”を殺すのは“英雄”だ」
 
自分を正当化するため、また碌でもない事を言い出したと頭が痛くなる。
一虎がこうなるのは、自分の罪に耐えきれないからだ。本来なら自分の罪と向き合って、反省や後悔をしなければならないけど、ソレをすれば今の一虎は心が壊れてしまう。
だから、武道は一虎をなるべく刺激しない様に、ゆっくりと、自分の罪を見つめられるようになるまで、心が癒えるまで待つつもりだった。しかし、一虎は武道が学校に行っている間に碌でもない友達と碌でもない事を始めてしまった。殺した相手の弟になど、まだ会うべきじゃなかったのに、自ら会いに行ってしまった。
殺人の罪を許容できないのを、殺人の罪を重ねて正当化しようとするなど、自傷行為以外の何でもない。
チョメとチョンボにマイキーを押さえつけさせ、鉄パイプのようなもので殴っている。手加減も何もないその姿に武道は、まずい、としか考えられなかった。本当に、今の一虎ならまた人を殺しかねない。
間に合え、間に合え、と心の中で唱えながら、必死に廃車の山を登る。もう二度と一虎に殺人などさせないと思っていたのに、自分の判断ミスに泣きたくなる。
 
しかし、武道の短足が山を登るより先に、マイキーは力を振り絞って三人をノして、気絶した。武道が安心したのもつかの間、便乗した構成員達がマイキー目掛けて駆け寄ってくる。そこからは激動だった。
 
丁次がマイキーの首を取ろうとするのを、東卍の眼鏡隊長が防いで、稀咲と呼ばれたその眼鏡を場地がぶん殴る。どうやら場地の目的は最初から稀咲だったらしい。
モタモタと廃車を登る武道を見かねて何人かの芭流覇羅構成員が手伝ってくれてやっと武道は一虎たちの近くまで来れた。
 
状況を確認するために周囲を見れば、先ほどの松野と場地が相対していた。
このまま松野の説得が成功して、場地が寝返ってくれれば良いと武道は思う。半間と辮髪副総長が潰し合い、マイキーが座り込んでいる今、東卍が芭流覇羅に勝つには戦力が足りなかった。
 
しかし、事はそう思い通りに進んではくれない。
松野の説得は未遂に終わり、場地は稀咲を追い詰めようと動いた瞬間、武道は視界に嫌な物を見つけた。その瞬間、武道はソレと場地の間に身体を滑り込ませた。
 
「タケミチッ!?」
 
場地の切羽詰まった大声が、廃車場に響いた。
その声に弾かれる様に、そこに大勢の視線が集まった。
 
「大丈夫。大丈夫だよ」
 
武道が、一虎を抱き締めていた。
それだけだったらいつもの光景だったが、一虎の持つ地に濡れたナイフと、赤黒く染まった白い特攻服が、穏やかな武道の表情と酷くミスマッチだった。
 
「あ、アァ……」
 
怒りに染まっていた一虎の表情が一瞬で絶望へと変わる。
 
「な、んで……」
「何で、って言ったじゃん。アンタがオレの前からいなくなるのが耐えられないって」
 
刺された男が、刺した男に柔らかく微笑む。異様な光景だったのに、どうにも武道らしいと芭流覇羅の構成員は感じる。花垣武道は、こういう男だった、と。ワケが分からないくらい相手に尽くすタイプで、そのための苦労を苦労だと思わないイカレタ男だ。
 
「さて、一虎くん。教えてください。どうして場地くんを刺そうとしたんですか?」
 
一虎を抱き締めたまま、武道は場地に支えられゆっくりと廃車の上に座る。立っていられないのは一目瞭然なのに、ソレよりも大事な事がると穏やかながらにギラつく蒼い瞳が語っていた。
 
「バ、ジが、オレを、裏切った、から……」
「場地くんがどうして裏切るんです? マイキーくんを守る眼鏡をぶん殴っただけでしょう? ちゃんと芭流覇羅のための行動じゃないですか」
「ちが、稀咲は、マイキーを殺すって」
「稀咲? ソレがあの眼鏡の名前なんですね?」
 
激痛と寒気と、熱い傷口を気力だけで無視して武道は状況を整理する。
 
「稀咲が、マイキーを殺すからって、芭流覇羅はそのためにって」
「その人が、君を焚きつけたんですね?」
「マイキーを守るふりして殺すって……ッ」
「あぁ、きみ、騙されたんですよ」
「場地が裏切……」
「ソレは違いますよ。場地くんはずっと、君の傍にいてくれたじゃないですか」
「あ……アァ…」
 
恐らく、全てはあの稀咲とかいう眼鏡が仕組んだことなのだろうと武道にも分かる。もう放っておいてくれればいいのに、不安定な一虎を焚きつけて、マイキーを殺そうとさせ、八百長を仕掛け、場地と一虎に共倒れさせるといった所だろうか。
詳しい事は分からないが、場地が稀咲と敵対したのは一虎とマイキーの双方を守るためなのだろう。そしてまんまと、二人は罠に掛かった。
 
「ずっと、場地くんは君を守ってくれてたんです。本当の敵はあの眼鏡だったんですよ」
「そ、な……ァ」
 
ボロボロと涙を流す一虎を、武道は仕方の無い駄々っ子の子どもを見るような、慈愛の目で見つめ、赤ん坊でも相手にするように優しく抱きしめる。その間にも服に染みる赤は面積を増やし、武道の顔色は青白くなっていく。
 
「ね、大事な親友なんでしょう。そんな簡単に疑っちゃダメですよ?」
 
背を摩る腕からだんだんと力が抜けていき、抱きしめる事も敵わなくなる。座っている事もできないのだろう。場地に支えられつつもゆっくりと横にされても武道は微笑んだままだった。
 
「大丈夫ですよ」
 
呪いまじないの様に、母親が子ども言い聞かせるように、武道は同じ言葉を繰り返す。
 
「オレ、一虎くんが出所してからずっと一緒にいれて、もう何も後悔なんて無いんだ。人生にやり直したいことなんてないくらい」
「な、に……」
「でも、ちょっと怖いからさ、手、繋いでほしいなぁ」
 
もうほとんど力が入らないのだろう手がうっすらと痙攣した様にピクリと動く。しかし、持ちあがる事は無かった。ソレを、一虎は両手で掴む。白く、冷たい指が、武道がもう助からないであろうことを一虎に伝えていた。
 
「繋ぐから! 手ぐらい繋ぐから! タケミチッ!! ヤダ!!! 死なないでよ!!!!」
「ふふ、ね、前にオレさ、もし本当に後悔した時のおまじない、教えたよね」
「こんな時に何言って……ッ」
「オレの手を握って、一番後悔していること、教えて」
 
必死に、ボロボロと涙を流しながら、一虎は口を開く。
 
「お前を、場地が、違う、オレ、マイキーが……」
「こーら、本当の事言わなきゃ、だよ。人生をやり直せるなら、どこからやり直す?」
 
ハクハクと、ここまで来て混乱した言葉を紡ぐ一虎に武道は困った笑みを浮かべた。
 
「ヒント、欲しいかな。オレ、実はあの日ね、真一郎くんのお店にいたんだ」
「え……?」
 
その言葉に、一虎とともに、場地の目も見開かれた。
 
「君が真一郎くんを殺したのも、場地くんが君をとても大事にしてくれてるのも、オレ、知ってたんだよ。だからさ、君がマイキーくんのこと大好きなのも、知ってるんだ」
「そ、んな……」
「ゆっくりでいいよ。まだ、死なないから」
 
どうして言ってくれなかったのかと責めたくなる。あの日、武道があの場所にいて、二人の犯した罪を知っていて、挙句に自分が殺したのがマイキーの兄で、武道の知り合いだったのだ。それなのに、何故、素知らぬ顔で、自分の傍にいたのか。
しかし、そんな時間はもう無いことは一虎にも分かっていた。
 
「本当は、どうしたい?」
 
蒼い瞳がジッと、全てを見透かす様に、全てを許す様に、一虎を視ていた。
 
「マイキーに、謝りたい」
「そう」
 
ずっと、自分自身から隠していた望みだった。
 
「バジに、ありがとう、って言いたい」
「うん」
 
ずっと、傍にいて、一緒の罪を背負ってくれたって本当は分かっていた。
 
「マイキーの兄貴、殺したくなかった」
「そうだね」
 
ただ、怖かった。
 
「マイキーに、喜んでほしかった……ッ!!」
「大丈夫。オレは知ってたよ」
 
あんなことをしたいワケでは無かった。自分の行動が全て裏目裏目に出て、何もかもがおかしくなって、ダメになった。自分のせいじゃないと思いたくて、思わなければ壊れてしまいそうで、ずっと、思考に靄が掛かったようだった。
自分の本当を全て吐露して、慟哭する一虎に、今度は武道が言葉を紡ぐ。
 
「ゴメンね。本当はオレ、最低なんだ。一虎くんが本当はそうなんだって知ってたのに、君のために過去を変えられなかった。後悔できなかったんだ」
「何、言って」
「この抗争だって、芭流覇羅が敗けて、場地くんが取り戻されちゃえばいいって、思ってた。そしたら、君を独り占めできると思ったんだ」
 
一虎の本当に、武道もまた、隠さずに本当を返した。
性欲や母性で包み込んだ、自分の醜い恋心を吐露した。
 
「でも、そこまで分かった君なら大丈夫だよ」
 
最期に武道は微笑んで、目を瞑り、力を抜いた。
 
「タケミチッ! タケミチッ!?」
 
スルリと掌が零れ落ちて、一虎は叫び声をあげた。
 
「あ、あぁ……うぁあああああああああああぁつ!!!!」
「カズトラ……」
「ウソだ! ウソだウソだウソだ!」
「カズトラ!」
「死ぬハズ無い、武道はいつでもオレの望む様にしてくれた! だから! 死ぬハズ無いんだ!!」
「カズトラァッ!!」
 
混乱して、支離滅裂な、叫びが、廃車場に響く。どうにかして一虎を正気に戻さなければならない。そうできなければ自分を庇った武道に申し訳が立たない。
必死の場地の呼びかけも空しく、一虎は絶望のままに、心を決めてしまった。
 
「大丈夫なんかじゃ、ねぇよ」
「おい」
 
ぽつりと小さく呟かれた言葉を拾ったのは場地だけだった。
 
「バジ、マイキー、ごめん」
「待ッ……!」
 
武道の腹からナイフを引き抜く。これ以上武道の身体を傷付けたくないのに、抜いた箇所から血が溢れて、一虎は悲しくなる。
けれど、武道のいない世界で生きていく自信も、今の一虎には無かった。
 
「今までありがと」
 
ズシャリ、と自身の喉に一虎はナイフを突き立てた。
頸動脈から血が噴き出て、ソレが武道に掛かってしまって泣きたくなる。もう泣いてるのかもしれない。
 
何も分からなかった。
 
痛みも、熱さも、武道の感触も分からなくなって、一虎は闇に包まれた。
 
 


5話 終わり

 

 

 

・・・


 
一虎を包んでいた闇は夜だった。
 
「は?」
 
蒸し暑い夏の夜、目の前には綺麗に磨かれたバイクがあった。
走馬灯にしても悪趣味だろうと辟易した気持ちで、一虎は周囲を見回す。隣には自分と同じくバブに目を輝かす場地がいた。
 
「……人生やりなおせるなら」
「あ?」
 
せめて後数分前に戻せなかったのか、と一虎は不満に思う。既にガレージに侵入した後で、少なくとも窃盗をしようとしたというのは誰の目にも明らかだった。しかし、きっと自分の望みはそうなのだろうと一虎は自嘲する。
マイキーに喜んで欲しい。そのためになら犯罪だって犯せる。そんな歪んだ思考は今更直そうとしても直せない。盗もうとした事は後悔していないのだろう。自分の事なのに笑ってしまう。
 
武道のまじないが本当に効いたと思う程、一虎はファンタスティックな頭をしていなかった。本当に、もしも人生をやり直せているのなら、どうしてなのか聞かなければならない。自分の見ている走馬灯や夢であるのならもう何でも良い。
 
すぐそこに会いたい人がいる事は知っていた。
 
「一虎?」
 
突然様子のおかしくなった一虎に場地が怪訝そうな顔をする。その場地を無視して、一虎はズンズンと店の奥へと進んで行く。
 
「おい!? オマエ何してッ」
 
一虎の急な行動に場地は目を白黒させながらついてくる。何だかんだ言いつつ付き合ってくれる良い友達だ。嫌な時はもっと嫌だと言ってくれても良いんだぜ。と、まだ髪も短く、背も少し低い、華奢な場地に思う。
恐らくじぶんも相応にチビなのだろうとは思うが今はソレは棚上げしておく。
 
ズンズンと灯りの灯る事務所の方へと進んで行く一虎に、場地は焦り、文句を言いながらついてくる。流石にコレは一人で逃げてもいいだろうに、付いて来てくれるのだからいっそその優しさは異常だろうと妙にすっきりした頭で思う。
ここに来る前の自分の考えの異常性がはっきりと自覚させられていっそ恥ずかしさすら覚える。ずっと混乱して、暴走していた脳みそがやっとまともな落ち着きを見せていた。脳内でずっと五月蠅くがなり立てる誰かが黙った様な心地で、人生でこんなに静かなのは初めてだった。
 
何とか一虎を止めようとする場地の声が聞こえたのだろう。
 
事務所から、2年前に殺した万次郎の兄が出てきた。
 
「あ? なんだお前等」
「シン、イチロウ、くん……?」
「圭介……?」
 
場地も災難だろう。窃盗に誘われた先が知り合いの店だったなど悲劇以外の何でもない。
しかし、今の一虎にはそんなことは気にしてられなかった。
 
「すみません。ここに花垣武道くんはいますか?」
「は?」
 
自分の店に不法侵入した子どもが、急にそんなことを言うのだから真一郎からしたら意味が分からないだろう。頭がおかしいと思われても仕方がない。
しかし、一虎は今すぐに、武道に会いたかった。
 
「一虎くんッ!?」
 
奥から、真一郎に続き武道が顔を出した。酷く驚いた顔の武道は確かに2年前の武道で、相応に子どもっぽい。
 
「武道」
「何でこんな所に……?」
「マイキーの誕生日にバブを盗んでプレゼントしようとしてた」
「一虎!?」
 
知り合いの店主の前で何を言うんだと場地は顔を蒼くする。
 
「でもそれは失敗に終わって、オレはマイキーの兄貴を殺しちまった」
「え」
「そんで2年間少年院に入って、出てきたオレは頭がおかしくなってお前を殺しちまった」
「……」
「お前が言ったんだ。お前の手を握って、人生で一番後悔してることを言えば、やり直せるんだって。それで、オレはここにいる」
 
宝石の様に輝く、蒼い目が零れ落ちそうなほど大きく見開かれた。ハクハクと何度か口を開き、何かを言おうとして、やめる。ソレを何度か繰り返して、武道は大きく溜息を吐いた。
 
「オレ、アンタにあげちゃったんだ」
「知らねぇ。何が起きてるのか全く分からない。何だこれ」
「あー……」
 
困った様に笑う武道の瞳に、以前の様な甘さは無い。少しだけ、武道が自分が罪を犯す日に戻る気になれなかった気持ちが分かった。もしも過去を変えて、今が別の物になってしまうのは恐ろしいだろう。
 
現に、一虎を愛してくれて、甘やかしてくれる武道ではなくなってしまった武道に少しだけ悲しみを覚えた。
その一虎の心境を一番慮れるのは大人である真一郎で、本来の世界では自分が殺されていたと知っても、ソレは目の前の子どもを気遣わない理由にはならなかった。
 
「あー、じゃあソレはちょっと俺から説明せてやるからバブ盗むなよ」
「……はい」
 
少年たちを事務所に置いて、真一郎はセキュリティ会社に電話を掛けに行く。
これで、事件が起きなかった世界になった。真一郎が何を知っているのかは分からないが、やらなければいけない事は決まっていた。
 
万次郎に謝る、場地に感謝を伝える。マイキーが本当に喜ぶ、別のプレゼントを考える。
 
そして、武道に振り向いてもらえるようにアプローチをする。
 
今できる事はそれくらいだろう、と一虎は考えた。
 
 
 
エピローグ・終


終わり