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ところで、出演料は身体で払ってもらおうか


エンジンをかけ、ギアを入れる。アクセルをひねって、クラッチレバーをゆっくりと離していく。心地好い低い唸り声が鼓膜を刺激する。エンジンの振動が指先から、足から、全身から伝わってくる。
もう慣れているのに、その振動にどうしても心がときめいてしまう。
 
副店長の長谷川に遅番を任せ、少しだけ早上がりをする。
昼間よりも少しだけ涼しくなった夜の風を感じながら、武道はバイクを走らせた。
 
学生時代に佐野からバイクをもらった時と比べて随分と滑らかに運転ができる様になったと武道は思う。
あの頃は無免許で、佐野や龍宮寺によく練習に付き合ってもらっていたなぁ、と思い出して苦笑いを浮かべた。東京卍會が犯罪組織へと変貌してしまうのを阻止する時間の旅が終わり、未来へと帰れなくなって十数年。結局、最初の未来と同じレンタルビデオ屋でバイトではなく店長として武道は働いていた。

今日は仕事も休みで、バイクの定期メンテナンスのために龍宮寺の経営するバイク屋へと訪れていた。
 
「ちわーっス」
 
開け放たれたドアから店内へと入り、元気に挨拶をすると店の奥から店主である龍宮寺がコロコロと車輪を転がしながら出てくる。
 
「おう、タケミっちか」
 
ニッカリと笑う龍宮寺の笑顔はかつてと同じく爽やかで男気に溢れたものだった。変わったのは、少し低くなった身長くらいだろうか、と武道は嬉しく思う。頭の位置はずっと上にあったかつての姿よりも少しだけ下がったがそれでも武道の身長よりは少しだけ高くて、丁度バイクに乗った時のかつての龍宮寺と同じくらいだった。もうバイクには乗れない身体であるがそれでも変わらない龍宮寺自身と、全身で言えば伸びた全長に武道は頼もしさすら覚えた。
 
「へへ、先日ぶりっス。ドラケンくん。今日もピカピカでカッコいいボディですね!」
「おう! 当たり前だろ! 自分のメンテぐらい自分でやらなきゃだしな……」
 
数年前事故に遭い、一命を取り留めつつも下半身を失った龍宮寺に再びのタイムリープを考える程ショックを受けた武道だったが、当の龍宮寺はケロリとした様子で宣った。
 
曰く、せっかくだから下半身バイクに改造するわ、と。
 
とても驚いた武道であったが、サイバネティクス技術の発達が昔は絵空事だった幼い頃の夢を可能にしたのだと聞かされれば否を唱えることは出来なかった。
それでも義足や義手の様な非侵襲型の外付けサイボーグではなく、身体に直接埋め込む侵襲型のサイボーグはまだ多くは無い。未だに外では奇異の目で見られる事も多いが、DDモータースのある商店街では日常の風景にまでなっていた。
 
龍宮寺は昔から目立つ事が嫌いではない男だった。ソレが眉を顰める様な視線だったとしても自身が良いと思えば恥ずかしげもなく龍宮寺はソレを堂々と見せつける。
そんなスタンスに武道も憧れており、デザイナーとなった三ツ谷がデザインに口出しをしまくった下半身はどれだけ見慣れても、例え周りから奇異の目で見られたとしても、惚れ惚れする様に美しいと感じてしまう。
 
そんな龍宮寺に己のバイクを預け、武道は店の締め作業を手伝い始める。客として来てはいるがわざわざ閉店間際に訪れるのはこうして龍宮寺と共に夜を過ごすためであった。
奥のガレージへと龍宮寺がバイクを運び、戻ってくる頃には大方の片付けは終わっており、レジ締めを終えればすぐに帰れる様になっていた。
 
「ナニ? そんなに待ちきれなかったの?」
「……はい」
 
することも無くなってソファに座っていた武道の頬をスルリと撫でて、龍宮寺は耳元で声を掛ける。その揶揄うような声ががくすぐったくて、武道は少し伏し目がちに首をすくめる。その様が可愛くて、龍宮寺はニヤと笑った。
 
「イイ子で待ってろ」
「うす……」
 
・・・
 
二人で連れ立って、夜の道を歩く。
普段は速度を出し車両扱いで車道を走る龍宮寺であるが、歩行者の武道と一緒に歩くときは歩行者扱いで歩道をゆっくりと転がる。まだまだサイボーグのそういった所の法律は整備されておらず、草案の製作が急がれるとニュースで言っていたなぁと龍宮寺を見ながら武道はしみじみと思い出した。
 
龍宮寺がサイボーグになってから間もなく、店からそう遠くは無い位置の平屋へと引っ越した。もう生家の店には二度と上がれないのが少しだけ寂しいと感じていたが、代わりに育ての親の正道はまだ一般に普及されていない大型サイボーグの息子が心配なのか時々遊びに来るようになった。
古めかしい家の狭くは無い庭の手入れを勝手にする様は血は繋がっていなくても正道は龍宮寺の親なのだと武道に思わせた。
そろそろ庭に勝手に植えられたアガパンサスが咲きそうだと何だかんだ正道と一緒に庭を弄る武道が龍宮寺に話す。自分の家の庭なのにもう武道たちの方が詳しいな、と龍宮寺は笑った。
 
家に着いて、ガラガラと庭に面した大きな勝手口を開く。
龍宮寺用にリフォームしたそこはコンクリートのバリアフリーのリビングになっており、見た目はボロい平屋であるが中は少しスタイリッシュなデザインになっている。
下半身がバイクになっている龍宮寺でも過ごしやすいようになっているが、アタッチメント式でバイク以外の外装へと替えることもできる。
そのため、リビングにはバイクよりも小型の車いすの様な外装が置いてある。ソレを指し示しながら武道は龍宮寺に声を掛けた。
 
「ドラケンくん、アタッチメント変えます?」
「いや、今日はしたいんだろ?」
「あ、ぅ……ハイ」
 
少し落ち着かない様子の武道に龍宮寺は苦笑いを浮かべた。
 
「落ち着け、まだ取って食いやしねぇよ」
「まだ……」
「おう、まだ、な。取り敢えずドアとカーテン閉めといてくれ」
「あ、はい」
 
途中のコンビニで買った夕飯をレンジにかけつつ、ケトルの電源を入れてお湯を沸かす。カーテンを引いた武道をソファに座る様に促して自分はマグカップの用意をした。
よく遊びに来る武道と正道のマグカップが龍宮寺家には常備している。親である正道と同じくらい武道が此処に入り浸っているという事実に龍宮寺は少しだけにやけてしまう。
夕飯の準備を着々としつつ、今夜は食べさせ過ぎない様にしようと龍宮寺は心に誓う。
 
真っ赤に染まった武道の耳や項を眺め、龍宮寺は舌なめずりをした。
 

♡♡♡ 

 
軽めに夕食を済ませ、二人は身支度をする。とくに武道は胎の準備も必要なため龍宮寺よりも念入りにシャワールームにいた。
そうして古びた平屋には不釣り合いなバスローブを羽織り、龍宮寺の待つリビングへと戻る。
 
「お待たせしました」
 
この瞬間はいつも緊張してしまう。いい歳をした男が何をモジモジしているのか、と自嘲したくなるが恥ずかしいものは恥ずかしいので仕方が無い。
 
「おぅ、そんなとこ突っ立ってねぇでこっち来いよ」
「……はい」
 
蚊の鳴く様な声で返事をして、ソファの横へ停車する龍宮寺の傍へと侍る。武道が自身の身体の支度を念入りにしていた様に龍宮寺も自身のボディをしっかりと磨いていたのだろう。艶々と光る光沢に武道はうっとりと頬を寄せた。
 
「カッコいい、です……」
「おう、ありがとよ」
 
火照った身体に冷たい金属の感触が心地好い、としな垂れ掛かる武道の頭を龍宮寺は指で梳く。そして、まだ少し湿っている柔らかい感触と自分と同じシャンプーの匂に満足気に笑う。
 
サイボーグになった当初は不便ではないか、自分にできることはないか、とちょこまかと龍宮寺の周りを動き回っていた武道だったが、新しい生活に慣れ、落ち着いて来るとだんだんとソワソワした目で下半身のバイクを見る様になった。最初の頃はやっぱサイボーグは漢のロマンだよな、と思って好きに触らせていた。しかし、次第に武道のその目に帯びる熱がそういったものでは無いと気が付いた。
武道が元から非生物にそういった嗜好を持つタイプという事は無いと龍宮寺は知っていた。なのに、どうしてコイツはこんな蕩ける様な目で自身を見るのか、と龍宮寺は不思議に思う。それでも、少し野蛮な欲を隠し持っていた相手が例え半身のバイクだけでも自身を求めているのならば僥倖であると思い直す。
そこからは早かった。
武道の持つ熱と龍宮寺の下心は嚙み合わずとも歩を進めるには問題は無く、だんだんと二人の触れ合いは激しくなっていった。
 
「んぅ……♡」
 
龍宮寺の下半身に懐く武道の首筋をくすぐると、困った様に眉間に皺をよせ、それでも気持ち良さを隠せない色を滲ませて息を熱くする。ゾワゾワと快感が背筋を奔り、武道は無意識に腰を揺らしてしまう。そしてますます龍宮寺のバイクへと縋って快感を逃がそうとした。
龍宮寺から逃れるために縋るソコもまた龍宮寺自身であるのに、と少しおかしく思いつつ龍宮寺はそんな武道を可愛く思う。
無防備に晒された白い喉を指先でなぞり、昔よりだいぶ柔らかく肉の着いた顎周りの感触を堪能する。抗議する様に睨まれるが武道だって龍宮寺の下半身に触れているのだからお相子であると分かっているのだろう。何も言わずにその愛撫を受け入れ、耐え切れずに甘い声を喉でくぐもらせた。
 
「ぅあ♡ ん…っ♡」
 
その声が抑えきれなくなった頃、頬から耳まで赤らめ、トロリとした表情の武道に龍宮寺が声を掛ける。
 
「そろそろ乗るか?」
「……はい」
 
はだけたバスローブを脱ぎ捨て、緩慢な仕草でシートへと跨る。男らしく筋肉の付いた足がタンクを挟み、本来なら前傾姿勢になるハズであるが真逆に腰を逸らせてタンデムグリップを掴む。外装部に触覚が無い事が悔やまれると思ってしまうがそんなものがあったらあったで日常生活に支障が出る事間違いなしなので龍宮寺は無言でその様をこっそりと鏡越しに見る。
直接振り返って見てしまいたい衝動に駆られるが、そんなことをすれば恥ずかしがってもう二度と乗ってはくれなくなることが予想できて我慢した。
 
「ん♡ ふ、ぅ♡」
 
ただ裸でシートの上に座っているだけなのに、どうしてこんなにも興奮してしまうのか。
シートの合皮のサラリとした冷たさとクッションの柔らさを素肌に感じる。睾丸の裏から会陰を刺激するのはほぼ自身の体重だけであるのに萌したものからダラダラと先走りが漏れてしまう。
 
「は、ぁ……♡」
 
太ももで挟んだタンクの無機質な冷たさが火照った身体に心地好く、キュウっと締め付ければ現役不良だった頃よりも幾分か柔らかくなった内腿がくにゃりとひしゃげた。
スリ、とシートに肌を滑らせるとその刺激がまるで愛撫の様に武道を感じさせる。
 
「あっ♡ はぁ……っ♡」
 
変態的な行為をしていると分かっているが、ソレがまた背徳的な快楽を脳に伝え揺れる腰が止められなくなる。見せつけているワケではないのだろうが、背を仰け反らせてると興奮により膨らんだ朱鷺色の粒が触れてほしいと主張している様だった。
 
「……」
 
龍宮寺はその淫蕩な姿をジッと眺め、手を出すことは我慢する。
まだだ、もっと興奮してからだ、と獲物を狙う様に武道を見つめる。タイミングを間違えれば手に入るものも入らなくなる。
“手”を出すのもっと後だ。
 
「ひぁああっ♡♡♡」
 
ギュルルルッと音を鳴らしエンジンをかける。その振動が肌を伝い心臓へと到達した瞬間に武道は絶頂した。
突然の刺激に視界がチカチカと瞬く。その間にもブォンブォンッとコールが響く。その度に心臓に、胎に、脳に、音と振動が響く。直接刺激されたワケではないのに、音の圧がナカまで届いて武道を追い詰める。重低音が耳を這い、鼓膜を震わせて脳へと到達する。痺れる様な快感の信号が脳から発せられ身体が痙攣した。
 
「ぁ♡ あ……♡」
 
本物のバイクならこんな格好でエンジンをかけていれば低温やけど間違いなしであるが、このサイボーグは龍宮寺が自力でメンテナンスできるように限りなく本物のバイクに似せているだけだった。ボディも厳密には同じものではないらしい。身体に接続するものであるので当然と言えば当然であるが武道はそれを少しだけ残念に思う。
それでもいくつかのパーツは彼の愛機を流用したらしく、その音と振動は限りなく本物だった。
 
酩酊にも似た心地好い虚脱感に身を任せてビクビクと痙攣と弛緩を繰り返す。くたりとしたその身体にやっと龍宮寺は手を伸ばした。
 
「気持ち良かったか?」
「はい……♡」
「そうか……」
 
そうして身体と頭を支える。
口をグワリと開いて噛み付く様にキスをした。
 
 
 
・・・
 
 
「という夢を見たのでドラケンくんをZ級クソ鮫映画の機材映り込み探しの刑に処します」
「ひでぇ冤罪だし刑が重ェよ。まぁいいけどな……」