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白衣の天使ならぬ黒衣の暴君 ・プロローグ


ソレを見たのは親戚の葬式で県を跨ぐド田舎に訪れていた時だった。

昔の俺はソレを見なかったのか、見たのに忘れていたのか、見る余裕がなかったのか。恐らく3番目だろうと思いつつも武道はぼんやりとソレを眺めていた。

「(田舎にも不良っているんだなぁ……)」

否、田舎だからこそいるのかもしれない。
バイクにも乗っていない20人そこそこの、武道と同じ年頃の少年達が河原で喧嘩をしていた。規模がそれなりにあるのでコイツ等も族かと思ったけれども、バイクも旗も特攻服も無くどこかの中学校のらしき学生服を着ていたので学校同士の抗争かもしれない。
武道はソレを橋の上から眺めならキヨマサの奴隷になった時のことを思い出して苦い気持ちになる。

「(勝っても負けても健全な終わりを迎えてくれよ……)」

そんな心配は必要なさそうな程度には双方の実力は拮抗していて、どちらの味方と言うことは無くともハラハラドキドキしながらその喧嘩を見ていたタケミチはある事に気付いた。

「(そういえば、あの子たち何だろう)」

喧嘩している場所から遠すぎず近すぎずの場所にブルーシートを敷いて何か広げている女子がいる。
タケミチと同じく、やんややんやと観戦している様であったが、それにしても近すぎるし危なくないかと少し心配になった。そんな武道の心配をよそに、女の子たちはきゃらきゃらと笑いながら喧嘩を見ている。

そうしているうちに喧嘩でダウンしたらしき少年を連れた少年が女の子達の方へと向かう。そうして、ダウンした少年を女の子たちは迎え入れて、関節などを一通り確かめたのち消毒やガーゼ、包帯で必要な処置をとっていく。一通りの手当てを受けてダウンした少年は横にされ、連れて行った少年は軽く頭を下げて喧嘩に戻っていく。

「(え~~~、好待遇~~~!!)」

あまりにも衝撃的な光景だった。よく見るとブルーシートの女子は反対側少し離れた所にももう一か所あり、ソレは別の学校の方の医療班のようだった。医療班へ向かう者へは攻撃禁止の様であまりにも平和な抗争に武道は開いた口がふさがらなかった。
自分たちがうっかり刺されたり撃たれたりしている世界とはあまりにも違う世界だった。

羨ましい。
タケミチがそんなことを思ってしまうのも仕方が無いだろう。殴られ、蹴られ、刺され、撃たれ、それでも肩ひじ張ってツッパるしかないのが武道の思う不良だ。ソレが同じ日本で同じ年頃の少年達の世界の喧嘩がコレだ。

もう何度繰り返したかも分からないタイムリープを繰り返すたびに誰かが傷付き、誰かが殺し、誰かが死ぬ。
ただ一人を救いたかった最初と比べると守りたいものが増えすぎた結果だろう。欲張るからいけないのだと分かっている。

しかし、此処で欲張らずにどこで欲張れというのかと武道は開き直っている。
もういつ誰と握手をすればどの時間に飛ぶのかは何となく予想がつく。やり直しのやり直し。取りこぼしを拾い上げて溢れた誰かをまた拾い上げる。

佐野真一郎を救えば簡単に全てが丸く収まるなどと思っていた時期が懐かしい。
真一郎を助けてから分かったのは彼は龍宮寺堅並みに死亡フラグの乱立する男であるという事だった。
何度、彼が弟の万次郎を助けるために身代わりになって死んだのか分からない。その度に絶望し、衝動に呑まれる万次郎を武道は見てきた。

稀咲と日向と自分が会わなければ悲劇は起こらないのかもしれない。
それの考えを行動に移した時間軸は最悪だった。何が起こるのか全く分からない世界で全く知らない誰かの意味の分からない動機の事件で皆が不幸になっていった。
バタフライエフェクトとはこういう事なのかと武道は項垂れる。ブラジルで蝶が羽ばたいた結果、テキサスでハリケーンが起こり、田畑がえぐられ屋根が巻き上げられ電線が引きちぎられた。もう二度とやらねぇ。

稀咲は最強最悪の敵だったがコイツ以外の不特定多数が敵になった場合の処理の方がメンドクサイ。ある程度の強者が頂上決戦をしている中で試行回数を増やし足掻くのが最良であると武道は諦めた。
他にメンドクサイのは佐野3兄弟は武道が本気でことに挑まないと見向きもしない事だった。何度も繰り返せば助けるために一部はルーティンになってしまう確定事項もあるがソレをすると万次郎とイザナの世界からは弾かれてしまう。真一郎は大人なためある程度は手を抜いても何とかなるが少し放っておくと死ぬ。
そうなった場合その世界ではほぼ確定で東卍か天竺かが巨悪になり不幸が起こる。

常に全力投球を求めてくるメンヘラちゃんたちと向かい合うなかでも、橘日向への思いが薄れることは無かった。しかし、人間にはキャパシティというものがある。
タケミチは恋愛というものを諦めた。日向の告白を何度も真摯に受け止め、その上で丁寧に断り、できれば友人の位置に落ちつく。
もう愛なのか恋なのかも分からないけれども、恋愛関係だけが日向が幸せに生きる道ではないのではないかと思う程度にはタケミチは老成してしまった。いつでも新鮮な日向からの好意に老いた愛で返してしまうことは申し訳がないけれども、誰も死なない不幸にならない世界を求めてしまった時点で仕方の無い事なのかもしれないと武道は恋を諦めた。

最初の時間軸ではくじけそうになるたびに彼女に助けられた。彼女の愛と好意が今のタケミチを作り上げた。
その記憶だけで、タケミチは今を頑張れていた。彼女以上に愛することができる女の子なんていない。その事実だけで十分だった。(もちろん、日向の方はループの記憶などはないので常に新鮮な恋で虎視眈々とタケミチを狙っているがソレがどういう結果になるかは武道が世界平和を成し遂げた時に分かることだった)

さて、そんな状況でそんな平和な抗争をみてしまったタケミチは地団太を踏む。東卍の抗争もそんな可愛い喧嘩で終わってくれたらいいのに!
地団太を踏んでもどうにもならないと分かっているが、恋を捨てる程度に老成しても基本的に心とテンションが若いタケミチは全力で悔しがる。ソレが出来るから前述の万次郎とイザナの期待に応え続けることができるのでもある。

「(東卍にも救護班欲しい~~~!)」

今ループでは真一郎を助け、乾赤音を火事から救出している。悪くはない状況ではあるが、正念場はこれからだった。
これからの1年で犠牲を出さないのがまずは第一関門。その後に万次郎とイザナの闇落ちを悉く阻止をするのが世界平和への道だ。未だ成しえたことは無いその道を諦めず繰り返し、何度でも試すことがタケミチのできることだった。

「俺は怪我するたびに何だかんだヒナが手当してくれるんだけど、やっぱ抗争中は無理だし誰か死ぬんだよなぁ……」

もし救護班がいたとしても、東京の半グレ同然の不良達はまずはソコを襲撃するに決まっている。

「女の子巻き込むわけには……いや、待てよ」

別に救護班が女の子である必要は無くないか??
タケミチは思う。手当をしてもらうなら女子にのが絶対に嬉しい。白衣の天使バンザイ。けれども別にそうじゃないとダメということは無いのだ。

「俺がなればよくないか?」

白衣の天使にはなれないかもしれないかもしれないが、救護班を作るのはアリだ。

「じゃあ今回はそういう方針で……」
「あー、そこでブツブツ言っている君。どこの学校の子だい? あそこであった喧嘩の仲間かい??」
「ひょえ!?」

タケミチが思案に夢中になっているうちに誰かが呼んだ警察が到着したらしい。ソレに気付かずに橋の上でぼんやりしていたタケミチは当然補導の対象だ。

「いえ、オレは……」
「まぁ詳しいことはパトカーで聞くよ」
「そんなぁ~」

たまたまこの場にいただけで関係は無いことを説明し、親戚の葬儀のために東京から来たからサボりではないのだと懇願し、結局親に連絡がいって葬儀の手伝いをサボって地元中学生の喧嘩を眺めていたことを怒られるのだった。



卍 卍 卍


キヨマサの刺殺、阻止。
林田春樹の親友カップルのレイプ被害、阻止。
長内信高の刺殺、阻止。
龍宮寺の刺殺、阻止。
場地圭介の自殺、阻止。

真一郎の殺害や愛美愛主のレイプを阻止しているため多少動機などが変わっているがおおむね一周目と同じ事件が稀咲によって起こされる。タケミチはソレが分かっているため、事件が起こる事で解消されるわだかまりがある事も分かっていた。
自分が全て解決しようとは思わない。流石にソレは傲慢が過ぎると過去の失敗から学んだ。自分一人で全員を助けようとした世界線では依存され、懐かれ過ぎた結果、タケミチを引き金に血で血を洗う様な抗争が起きたこともあった。結局、自分一人が背負える人間は限られているのだ。
自分で解決すべきこと、タケミチ以外の友達と一緒に乗り越えるべきこと、ある程度は相手や仲間の解決能力や成長を信用しなければ相手の為にはならないことも多々あった。

そんな中で今回のタケミチの方針は“死ななきゃ大丈夫”だった。

逆を言えば、何があろうとどんな状況だろうと絶対に生かすことだけに心血を注ぐことだった。誤解やすれ違い、そんなものの解決には興味が無い。生きてさえいれば他の問題は自分で解決しろ、というスタンス。

血のハロウィンを終えて、タケミチはこのスタンスが間違っていないと調子に乗って確信していた。
手を出し過ぎてもいけないのだ、と。

林田の親友カップルは夜中に出歩くことを反省したし、長内は命を助けられたと恩義を感じタケミチの配下に下った。キヨマサの龍宮寺への逆恨みは恐らく少年院で多少なりとも矯正されるだろう。羽宮の家庭環境と東卍の仲間への依存は恐らく初期メンバー皆で支えていくことになる。
少年たちが自分たちの力を信じ、自ら未来へと向かっていくことの何と尊いことか、とタケミチは感慨深く思う。

生きてさえいれば何とかなるのだ。

そう恥ずかしげも無く宣うタケミチのスタンスは冷たくも感じられるが、人命救助の一点にかける情熱を評価された。

人の命を諦めない。
相手が誰であろうとも、絶対に助けると言う気概。

将来、看護師になりたいと言う日向とともに応急処置の基礎を学び、抗争の中で大怪我に発展しそうな人間を見つけては庇い、戦線から避難させ処置をする。どんなに殴られても蹴られてもタケミチは救助を諦めなかった。

万次郎はその諦めずに立ち向かっていく様を気に入り、林田は親友を助けられたことに感謝した。長内がタケミチの足りない武力をフォローし、松野は場地を助けるための相棒にタケミチを選んだ。
大怪我や逮捕を防げないことはあれど、誰も死んではいない。限りなく正解の世界だった。

林田と場地の戦線離脱に伴う稀咲とタケミチの東卍隊長就任。
上手く事が運んでいると少しだけ安心する。

「花垣武道! オレはオマエを壱番隊隊長に命じる!!」
「顔、上げて。皆に挨拶ししろ」

場地が生きている事で隊長入りは厳しいかもしれないとも考えていたが、この世界でもタケミチは壱番隊の隊長に指名された。やはり自分は間違っていない。コレが正しい道なのだと覚悟を決める。

「よろしくお願いします!」

初めて就任した時は大泣きをしてしまったことをいまだにタケミチは覚えている。
その時とは比べ物にならないほどの覚悟でタケミチは言葉を続ける。

「紹介に預かりました、花垣武道です。まずは隊長への使命ありがたく頂戴します。……そして、東卍に入って間もない、元2番隊平隊員の俺がこんな大役を任された理由を、オレは分かっているつもりです」

かつてのループで、総長として決起集会をした記憶がよみがえる。
あれから何度も繰り返した中で、自分の言葉が持つ力をタケミチも自覚していた。

「みんなも知る様に、俺は強くはない。場地さんの後釜には相応しくない思う人もいると思う。けれど、オレは誰の命も諦めません」

かつては挨拶を叫ぶしかできなかった就任式で、タケミチはしっかりと前を向いて、これから自分が守るべき仲間に決意を示す。その様に瞠目する者、微笑む者、反発する者、様々だった。
しかし、確実にその真っ直ぐな目に惹かれる者も多くいた。

「ドラケンくんにぱーちんくん、長内くん、場地さん。俺よりも強い人たちが、この抗争の中で何度も死にかけた。ソレを、オレは許せない。オレ達は不良だ。喧嘩もすりゃ怪我もする。だけど、武器使ったり卑怯な手を使って、執拗に相手を嬲るのは不良なんかじゃねぇ。オレにとって、不良はヒーローと同義です。今時、不良なんてものは流行らないかもしれない。ダサいって言われるかもしれない。後ろ指指されて笑われるかもしれない。けど! 俺たちはそんな奴等なんて無視して笑って生きる! 肩ひじ張って! コレがオレ達の生き様だって胸張って言うんです! 俺たちが誇りをもって生きる為に。……そのために、オレは誰も死なせません。何をしても、どんな目にあっても、誰も諦めない。誰の命も、俺がいる限り奪わせない! だから、ついて来て下さい。皆さんの力がオレには必要です。オレ一人じゃなせない事でも、東卍の仲間がいれば、オレ達は無敵です」

誰も死なせない。
それだけのことが何故こんなにも難しいのか。

「オレからは以上です。壱番隊は、どこよりも、誰よりも人命を優先する隊にするつもりです。もしも不向きだと感じれば移動の相談などもするつもりですので個別で言いに来てください」

ちらほらと、賛同者が声を上げた。タケミチのその理念について行くことを決める者もいる。自分には合わないと思う者もいる。

それでも、確かに武道は壱番隊の隊長として認められたのだった。

総長、副総長から支持され、今までにいなかったタイプであるがコレもまた隊長の器だと何人かの隊長格が頷く。

そして、この宣誓を宣戦布告として捉える者がニヤリと笑う。
そうだ、それでこそだ、と。

こうして、タケミチはこれからの抗争の中で人命のためになら何でもする狂人として名を馳せていく。
白衣の天使というにはあまりにも荒々しく、血に塗れ、どんな状況であろうと諦めないその姿を嗤い、あるいは経緯を込めて呼ばれた。

花垣武道は黒衣の暴君である、と。