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喧嘩屋鶴蝶は性豪である 前編

 
喧嘩屋鶴蝶は性豪である。
それは不良グループ・天竺の元幹部メンバー全員が知っている事だった。
 
アルファとして生まれたからにはある程度繁殖にたいして期待を掛けられる事が多い。
両親を喪って施設に入った鶴蝶にすらそのプレッシャーは掛けられた。ソレをのらりくらりとかわしながら、適齢期になるまで一度も誰かに捕まらずに生きてきた。
 
それなのに、性豪であると知られているのには訳がある。
当時まだ不良をしていたティーンの頃に、ラットを起こして帰ってきたことがあった。ほぼ幹部勢の自宅と化していた当時の溜まり場にフラフラと入ってきた最年少に年長者達が悲鳴をあげた。どこのあばずれがうちの子にフェロモンを当ててきたのだと一番キレていたのが灰谷蘭だったのが意外だったのを天竺の幹部達はよく覚えている。
逆に、案外冷静だったのはイザナでそのフェロモンさっさとしまえ、と鶴蝶を自室に放り込み、プロのお姉さま方にすぐに連絡をとった。童貞くらい卒業していた方が箔が付くと思っているが、女子供に無体を働く奴ではないから兄貴分としてはちょうどいいとすら思っていた。
数十分後にやってきたお姉さまが鶴蝶の部屋へ入って行き、30分後くらいにイザナの携帯にそのお姉さまから電話が入った。曰く、あと5人は追加しないと自分が来た意味がなくなるぞ、と。その通話中に携帯が奪われたのか衣擦れの音と激しめの水音と嬌声が響いた。
 
そしてその音をスピーカーで会話していたために、その場の全員が聞いてしまった。
 
「……」
 
マジか、とその場の全員が顔を見合わせた。
アルファのラットがそれなりに激しい事はその場の全員が分かっている。しかし、商売女6人が相手しなければいけない程のものでは無いハズだ。しかし、それなりに信頼している女の言う事だ。このメンツに対して嘘を吐くような馬鹿では無い事は分かっていた。
取り敢えず追加で女を発注して鶴蝶の部屋へと投入する。全員翌朝まで時間を買ったがだんだんとコレで足りるのかと不安になってくる。
 
一体中ではどんな淫猥なことになっているのか。“あの”鶴蝶がいったい女6人を前にしてどんなセックスをするのか。
覗き見してみたい気持ちと知りたくない気持ちでソワソワしつつ、結局誰もその晩は鶴蝶の部屋へは近付けなかった。
 
そして翌朝、女の一人が飲ませた抑制剤がやっと効いたらしく屍累々といった様子で6人が帰っていく。そして正気に戻ったらしい鶴蝶は土下座しつつ、困り顔で礼を言っていたが返事は「もう二度とラットで呼ぶな。病院へ行け」だった。
 
その夜がどんなもんだったのか気になりすぎてコッソリと女の一人に聞いてみた所、上手い下手云々は最初だけで、ヤッてるうちにどんどん上手くなってったけどとにかく終わらないので辛い、あの子は一人とだけヤるのは無理だと思う、という回答をいただいた。
 
6人いっきに買ったためそれなりに金額が掛かった事と、それでも6人全員にかなりの負担が掛かってしまったらしいという事実から、イザナ達はもう二度と鶴蝶の下の世話はしないと心に誓う。
 
そして、奴は性豪であるという認識がその日から流布されたのだった。
 
 
・・・
 
 
そんな鶴蝶も大人になり、あれ以来オメガへの警戒を覚えラットになる事も無く日々を過ごしてた。不良グループだった天竺も企業へと姿を変え、鶴蝶は変わらぬ仲間と変わらずに過ごしている。
変わったことは、幼馴染でベータの花垣武道と付き合いだしたことだった。
 
「あんっ……ちょ、カクちゃ、待って……っ」
「悪ィ、待てねぇ」
「ふ、ァ……んぅう……ッ」
 
両手を頭上でまとめ上げられ、寝室のベッドに縫い付けられ強引に口づけられる。片手で自分をを押さえ込んでしまえる体格差に少しだけときめきを覚えるが今は恋人の野性味にときめいている場合ではないと思い直す。
いつもなら優しく、入っても良いかと伺い立てる様に舌で唇をノックされるのに今日は無理矢理にこじ開けられ武道は目を白黒させた。
ぬるりと侵入した舌が武道の舌を絡めとりザラザラとした表面で刺激する。いつもなら優しい恋人のキスなのに、奪いつくす様に乱暴なものになっても嫌ではないのはそれだけ惚れているからなのだろうと武道はそれに応えた。
 
「んっ、うぅ……ふ、ぁ……」
 
唾液が絡み合うたびにゾクゾクと背筋に心地好い刺激が奔る。舌を吸われて、官能に脳が痺れる。
早くも酸欠でクラクラする頭でコレが噂のラットというヤツか、と理解する頃にはグッタリと身体に力が入らなくなっていた。
 
「タケミチ……」
「ん、いいよ。……おいで?」
 
最後に一握り残った理性で武道を手放し、懇願する鶴蝶に武道は手を伸ばした。
 
「あ゛……うぁあ゛……ッ」
 
腕の中へと迎え入れるとそのまま首筋を噛まれる。痛みに逃げ出したくなるがコレが恋人の持つ性(さが)だと武道は自分を奮い立たせた。
 
オメガと番い、孕ませる本能。
それを抑え込んでベータの自分と一緒にいるのだからいつか反動が来てもおかしくはないのだと分かってはいた。
 
「タケミチ、タケミチ……ッ」
「う、ぁ……大丈夫、大丈夫だから…」
 
それがラットという形で出たのは本人が原因なのか他人が原因なのか。どちらにせよ、欲を発散しなければどうしようもない。落ち着かせる様に背中を撫でつつ、武道は鶴蝶の下半身へ触れた。
 
「うわぁ、パンパン……」
 
服の上からそうっと撫でても分かる硬さと大きさにヒクリと頬を引き攣らせる。初めてというワケでも無いので知っている感触であるけれども、今夜はコレがいつも以上に萎えないことが予想できて少しだけ恐ろしく思う。
オメガのヒート期間の七日間に合わせてアルファのラットも起こると考えれば今夜だけで済まないかもしれない。ソレは流石の体力自慢の武道でも死んでしまう。
鶴蝶と付き合うことになったと天竺メンバーに報告した時、武道はボコボコにされる覚悟だった。しかし、実際の反応は納得と畏怖の混ざった微妙な視線であり、同時に「万が一の時はコレを飲ませろ」とアルファ用の抑制剤を渡された。それからしばらく経っているが、あの時の事を今更ながら武道はありがたく思う。
 
ベッドサイドのシェルフに置いてある緊急時の抑制剤はいまだそこに鎮座しており、どこかのタイミングで鶴蝶に飲ませなければならない。そのためには自分がイニシアチブをとる必要がある、と武道は動き出した。
 
鶴蝶を一度起こし、ベッドサイドに座らせる。そして自分は一度床へと降りて、ついばむ様にキスを贈りながら服の中へと手を忍び込ませ、その怒張を刺激した。
 
「フ、ぅ……」
 
眉間に皺を寄せてその快感に耐える鶴蝶を「我慢なんてしてるんじゃねぇ」とばかりに更に追い詰めようと武道はきゅっと握りこんで搾り取る様に扱いた。
 
「ア゛ッ、アァッ……!?」
 
張り詰めた怒張は簡単に弾け、下着と武道の手を汚した。それでも尚硬いソレに生唾を飲み込みつつまたゆるゆると刺激をする。
 
「これ、食べたいな♡ 出してもいーい?」
「あぁ……ッ」
 
少しあざと過ぎたかと思いつつも小首を傾げて甘えるが、そんな仕草を気にもせずに鶴蝶は武道の首筋に縋る様に顔を寄せる。今度は噛み付かない様に本能を我慢しているのだろう。チュムチュムと吸い付かれるのをくすぐったく思いつつも武道の指先はテキパキと鶴蝶のパンツを下ろした。
ブルンッと勢いよく飛び出してきた精液濡れのソレは硬く、熱を持ち、脈打っている。
 
「ふっ、ぅ……」
 
武道の首に吸い付く鶴蝶の首は無防備に晒されており、武道も同じように吸い付きつつ少しずつ首筋から胸、腹へとキスを下ろしていく。
当然、途中から離れてしまった武道の首筋を名残惜しく思いつつ鶴蝶は指で追う。首筋から項を指でなぞり、歯を立て、噛み付きたいという欲求が頭を支配する。
 
少し日に焼けた男らしい項だ。自身の腕力を理解しているため乱暴には扱えないが、太く逞しいソレを思いきり食べてしまいたいと胸がザワつく。ジワリと口内に唾液が溢れる。武道は自身の恋人で、その身体が目の前にあるのだから好きにしてしまってもいいのではないかと悪い考えが頭の中でグルグルと巡る。
いつもであれば、ほとんど無いと言ってもいい武道からの愛撫にもっと集中するハズであるのに今日に限ってはそうもいかない。なんて勿体無いんだろうと思う冷静さは頭の片隅に追いやられてしまい、興奮が胸を支配する。
 
「ヴ、ァ……ッ!」
 
その冷静さが虫の息で呼吸をしているさなか、本能が武道の項を噛めと叫ぶ。耐える様にシーツを握りしめていた手をその首へと伸ばそうとした瞬間、急激な快感に鶴蝶は呻き声を上げた。
手でやわやわと撫でられていただけだった怒張が急に粘膜に包まれて、その刺激に鶴蝶は射精した。
 
「んぐ……っ」
 
限界まで焦らしていた自覚があるため、その飛沫を武道は喉奥でしっかりと受け止めた。
 
「んっ」
 
ごくり、と嚥下した精液の青臭さも気にせずに武道はまた丁寧に口内の怒張を舐め上げる。
2度目の射精の後だと言うのに少しも萎えないソレを口内で弄びつつ、武道は自身の下半身に手を伸ばした。
もともとそのつもりで支度はしてきたが、だからと言って急に挿れられるサイズのモノでもないと武道は経験上よく知っていた。遅くなるかもしれないけれど二人とも翌日は休みだと分かった時から、今夜はセックスをするのだということも分かっていた。そのため武道に不満はない。
しかし、まさかラットになって帰ってくるとは思っていなかった。付き合いだしてから一度もラットになった事が無いのはむしろ奇跡のようなものだったのかもしれないと武道は思い直す。厳つい傷はあるが、ソレを差し引いても鶴蝶はイケメンであり、人当たりが良い性格はきっと誰からも好かれるものだと武道は思っている。それが事実かはどうであれ、とにもかくにも魅力的な雄であるアルファがどこぞのオメガにアピールされなかったことは確かだった。
 
そんなことを考えているうちにぬかるみに埋めた指が二本三本と増やされ、これくらいで良いだろうと武道は指を抜く。
 
どうせ明日シーツと一緒に洗濯するのだからとテキトーに服でその指を拭いてシェルフに手を伸ばす。錠剤をシートからプチリと押し出して自分の口へと含み、更に鶴蝶へと口づける。唾液と共に相手の口内へと流し込まれたソレは当然の様に嚥下され、武道は少しだけ安心した。
 
キスをしたまま膝の上へと乗り上げ、ごそごそと体勢を整える。兜合わせの格好へと落ち着くと二人分の性器を両手で握り、扱きあげた。
 
「んっ、んぅ……ふ、ぁ……」
「ハッ、ァ……」
 
浅い息と小さな水音だけが室内に響く。
鶴蝶のものを舐めていた時から興奮はしていたが、それでも直接的な刺激があるとないとでは身体の反応が違う。
 
「あっ、あぁっ」
「グ、ゥ……」
 
体温が上がりドクドクと鼓動が早くなる。一度指を挿れたナカが雄を求めてきゅうっと切なくなり、視界にチカチカと星が瞬いた。
アルファである鶴蝶のものとベータの武道のものの量は異なるが、ほぼ同時に射精した二人の精液が混ざり合う。
 
ドロリと濡れた陰茎に構うことなく、鶴蝶は武道をシーツにうつ伏せに縫い付けた。
 
「あっ、あ゛ぁあああ……っ」
 
挿入と同時に、晒された項に噛み付かれ武道は痛みと快感に悲鳴をあげた。
 
「タケミチ、愛してる」
 
 
 
・・・
 
 
 
翌日、抑制剤のお陰で正気に戻った鶴蝶はベッドで屍のごとく動けなくなってしまった武道に謝り倒した。首周りの噛み傷が酷く痛々しいことになっており、正気に戻って最初に見た武道の身体に鶴蝶は一瞬で血の気が引いた。
恋人をヤリ殺してしまったなど洒落にならない。そのうえ、自分の恋人は“あの”花垣武道であり、青臭いガキでもあるまいに鶴蝶はコレが最初で最後の恋なのだと確信していた。武道が死んでしまえば次は無く、鶴蝶が自死する前に武道を気に入っている各方面から刺客が飛んでくるだろう。
武道ほど頑丈な恋人など他にいないが、それ故に武道でだめだったらもう誰でもダメなのだと分かっていた。
 
「スマン。ホンットーにスマン!!!」
「いいってもう、それよりカクちゃんこそ身体大丈夫?」
「あぁ、俺はむしろスッキリすらしてる……」
「なら良かったぁ」
 
この状況で嫌味でも無く本心から相手の心配をできるのが武道の良い所であり、自身の頑丈さに慢心している所でもあった。
 
「昨日はどうしたの? 変なオメガにフェロモン浴びせられたとか?」
「分からねぇ。取引先の接待をしてたんだが帰り際辺りからの記憶が曖昧だ」
「え、それヤバくない? 何か飲まされたとか?」
「分からねぇ。つーか、俺どうやって帰ってきた?」
「蘭くんが背負ってきた」
「じゃあ大丈夫だ。むしろ取引先がいっこ潰れたかもな。昨日の接待し損かよ」
「ひぇ」
 
ゆるゆると会話をしながら武道の首周りに傷薬をぬって、絆創膏やガーゼを貼っていく。
一通り手当を終えれば元々体力自慢の武道は平気な顔でベッドから起き上がった。
 
「さて、朝ごはん作ろっか」
 
救急箱を片付ける鶴蝶を置いてリビングへと繋がるドアへと武道は向かう。大きめのシャツ一枚の恋人の姿に痛々しい首回りも相まって鶴蝶は少し退廃的な魅力を感じてしまう。それを申し訳なく思いつつ、本当に元気な様子に安心する。
首周りをたくさん噛んでしまったのは恐らくアルファの本能的なものなのだろう。
 
「あぁ、そうだな……ん?」
「どうかしたの?」
「いや……」
 
その後ろ姿に何か違和感を覚えてマジマジと見てしまう。
 
「昨日、俺はラットになったんだよな?」
「そうだよー。大変だったんだから」
「すまねぇ。でだ、首回りそんだけ噛んで俺は項は噛まなかったのか?」
「うん、そこは死守したよ」
 
鶴蝶の問いに武道はヘラリと笑って答えた。
 
「お前はベータなんだし項よりも首筋の方が噛まれると痛くないか?」
「うーん、気分出的な問題かなぁ。ベータだからこそオメガに敗けたくないというかね」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
 
勝ち負けの問題では無い気がする、と思いつつも武道の気持ちは武道のものだから自分が口出しをすべきことではのないだろうと納得した。
 
「そんなことよりもお腹へったから早く朝ごはん食べよー?」
「あぁ、そうだな」