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童貞なのが悪い、後編


「はぁ……」
「真ちゃんうざい。悲しいアピールとか俺等にしても無駄なんだけど」
「うるせぇやい。本気で悲しんでるんだぞ俺は」
「へいへい」
 
黒龍事務所には重苦しい空気が流れていた。
社長である真一郎が旧友の武臣の策略に嵌り、見ず知らずの男の枕営業を受けてから2週間が経過していた。契約書通り、何人かのタレントが移籍を果たしそれなりに事務所の利益になっている。しかし、肝心の武臣と武道とは未だ連絡が付かずにいた。
 
2週間も経っていれば県外どころか国外への逃亡だって可能だろう。
特に犯罪を犯したワケでもない男二人だ。何とでもなるのだろう。
 
そうなってしまえはもう再開は二度と望めないかもしれないと真一郎は社長用デスクにベシャリと突っ伏する。
 
「何がいけなかったのかなぁ……。童貞? 童貞なのが悪いのか??」
「童貞だとかそんなことに拘ってたのが悪いんじゃない?」
「うぅ……」
「そもそも、その武道? とかいう男も武臣に頼まれて真ちゃんとヤッたんだろ? 今頃二人でよろしくやってんじゃねぇの?」
「もしそんなんなら俺は武臣の奴を縊り殺す自信がある」
「ハハッ」
 
状況と仕草はコミカルでも真一郎の真っ黒の瞳がその言葉が冗談ではないと告げていて、真一郎と話していた今牛は乾いた笑いを零した。とうとうあの元ナンバーツーもおしまいか、と。もちろん助ける気はない。
現役時代から不誠実な男だとは思っていたが、ここまでだったかと今牛は落ち込む真一郎を見て哀れに思う。純情を弄ばれると言うにはあまりにも年齢がいっているが、オッサンでも童貞には変わらない。いっそオッサンだからこそより哀れである。
 
散々世話になった男に対する仕打ちがコレか、と。
 
現役時代から思う所はあったが流石に今回のは酷いだろうと思う。真一郎が童貞でフラれるのは仕方がない事だが、わざわざ脈が無い相手をけしかけるのは趣味が悪い。
もしも次に会うことがあったらどうしてやろうかと考えながら落ち込む真一郎のお守りをする。今牛と荒師の交代制で様子を見ているが2週間ずっと落ち込んだままなのは今までに無い様子だ。真一郎はフラれて落ち込むことは何度もあったが、あまり引きずらない男だった。
 
はやり童貞など現役時代に適当な女で捨てさせるべきだった、と今牛は歯噛みする。
真一郎は身内に甘い男だ。ここまでされるまで武臣を放置していた事もそうである。きっと一度肌を合わせただけのその武道とかいう男もすでに真一郎の身内判定に入ってしまっているのだろう。
 
その会ったことも無い男を忌々しく思う。
 
今牛にとっても真一郎は特別な男だった。
恐らくこの場にいない荒師にとってもそうであり、武臣にとってもそうなのだろう。特別である結果、どういう扱いを受けるかは相手によるが、真一郎という男は良くも悪くも求心力のある男だった。
心を寄せられる事も多く、反動の様に雑な扱いを受けることも多い。それでもなお真一郎はその有り余る愛を惜しみなく誰にでも分け与えるのだからタチが悪い。
武臣の様にどうせもらえるのだからと寄りかかる男もいれば、今牛の様に自分が支えなければと思う男もいた。女にモテない反動なのか、真一郎の周りには男ばかりがいる。
 
そろそろ何とかしてやりたい、と今牛が考えているとバンッと荒々しく社長室のドアが開けられた。
 
「いたぞ! 武臣!!」
「うおぉっ!?」
 
グダァ、とデスクに伸びていた真一郎がその声と音に驚き飛び起きる。今牛も少し目を見開いてドアの方を見れば、荒師に猫の様に首根っこを摘ままれ顔面をクシャクシャにした武臣がいた。実写映画で見た電気ネズミを彷彿させる表情であったが、そんな可愛らしい生き物でない事は今牛はよく分かっていた。
 
「武臣、まだ海外逃亡してなかったのか」
「路地裏でヤクザに捕まってた」
「借金でもあんの?」
「いや、入れ込んでたキャバ嬢に粘着してたからお灸を据えられてたらしい」
「馬鹿じゃん」
 
そも、自己破産したハズの男がキャバクラなど、と考えて、恐らくヒモにでもなりたがったのだろうと今牛は思い至る。この最低な想像が一瞬でできる辺りが武臣という男なのだろう。
そして今牛と同じ結論に至ったのであろう真一郎が心配そうに武臣を見た。
 
「臣、働き先に困ってんならウチに来りゃあ良かったのに……」
「ウルセーやぃ、お前に俺の気持ちが分かってたまるか……」
 
長年の親友かつ目の上のたんこぶである男に泣きつくならオンナに泣きついた方がマシなのだろう。そのプライドや複雑な男心が分からなくもないが、真一郎を傷付けて良いというワケではないので今牛は武臣を冷たい目で見た。
 
「で、武臣がいたって事はその武道とかいうヤツも見つかったのか?」
「あー、ソレなんだが……」
 
今牛の言葉に荒師は少し困った様に頬を掻いて、乱雑に武臣を床に投げた。
 
「オラ、自分で詳しく説明しろ」
「いってぇな! もうちょっと慎重に扱えや!!」
「うるせぇこのロクデナシ!」
 
一丁前に文句を言う武臣はまだ自分の置かれた状況を正しく理解してはいないのだろう。
武臣単品相手にならいくらでも優しくできる真一郎であるが、童貞を捧げた相手が一緒となれば話が変わる。縊り殺すと宣言した真一郎の深淵の様な目をこの男は知らないからこんな暢気にしていられるのだろう。
一番付き合いが長い癖にそんなことも知らないのか、とマウントをとってやりたい気持ちとその真一郎を生み出したのがこの男だという悔しさが今牛の中で渦巻く。悪い意味でも良いから相手の心に己を刻みたいなど阿呆の考える事だと自嘲しつつ、完全な無意識でソレをやってしまう武臣という存在に嫉妬する。
 
「で、結局その武道って奴は何なんだ? お前の彼氏か?」
「気色悪い事言うんじゃねぇよ! アイツぁ居酒屋でたまたま会っただけの男だ!!」
「ふーん、たまたまねぇ……」
 
武臣の言葉に嘘は感じないが、そんな男が何故武臣の言う事を聞いて真一郎と寝たのかが分からない。もしや利用されたのは武臣の方だったのかとすら考えてしまう程だ。しかし武臣の破産は武臣自身の問題なのは間違いないのでソレにタダ乗りしたと言うのが恐らく正解なのだろう。
 
「それにしてもタチ悪くね? 何で童貞の真ちゃんに枕なんか仕掛けさせたんだよ?」
「真がまだ童貞なのもアイツがソレ奪ったのもオレには想定外だわ。何やってんだよお前ら……」
「あ? お前の差し金じゃねぇの?」
「ちっげぇわ! なんで野郎に野郎の枕させると思ったんだよ!?」
「……」
 
それもそうか、と納得する。武臣は生粋の女好きだ。男に男をけしかけるなど大事な場面でするハズがない。
真一郎が枕にあったという情報と武臣のクズさという事実がかけ合わさって、疑いも無く武臣の差し金だと思っていた。
 
「つーか、マジで武道は居酒屋で会っただけの“黒龍”のファンだよ。俺の事見つけて“わー!副総長ですよね!? サインとかもらえますか!?”って寄ってきたからちょっと相手してやってよぉ」
 
ドカリとソファにふんぞり返りながら座る武臣は少しドヤ顔で、そのせいで総長が食われたという事は別に構わないらしい。この男も現役時代の栄光が忘れられないのだろう。あの頃の自分たちを知っている人間に出会うと浮かれてしまうらしい。
 
「まぁ結構飲まされたけど奢ってくれたし行儀の良いファンだったわ」
「行儀の良いファンは元とは言えアイドルと一緒に飲まねぇし飲ませねぇんだワ」
「んで、ついうっかり事務所畳むことと真に後を頼むこと伝えたら自分が交渉しようかって申し出てくれて」
「ソレ記者だったら一発でお前おしまいだったからな」
「俺としても真に頼むの気まずいし、アイツが真に会ってみてぇってんならサービスしちゃるか、と思ってよぉ」
「そのサービスのせいで真ちゃんの童貞が奪われたワケだけどぉ!?」
「だからそんときゃフツーの良い奴だったんだって!!」
 
武臣の言葉全てに今牛が文句を言っていく。
よほど気に食わないんだな、と先ほどまで武臣を手荒に扱っていた荒師が苦笑いを浮かべた。今牛が怒り狂っているせいで落ち着いてしまったらしい。
 
「お前の方が友情拗らせて真の童貞奪ったとかの方がまだリアリティがあるぜ」
「はぁ!? オレが真ちゃんにそんな事するワケねぇじゃん! バッカじゃねぇの!?」
「じゃあお前等のその真への執着何なんだよ!? フツーにキショいわ!!」
「散々世話になっといて何だその口ぶり!」
「神様みてぇに人間崇め奉ってる奴等のが異常だわ!」
「そこまでじゃねぇし! あと実際、真ちゃんの功績はスゲェもんだろうが!」
 
売り言葉に買い言葉で、普段なら言わない様な信奉ぶりが出てしまっている今牛に真一郎が照れながらヘラヘラと笑い間に入った。
 
「まぁ喧嘩はそのくらいにしといて、結局、武道が今どうなってんのかは武臣も分かんな
いで間違いないんだな?」
「おぅ」
 
今牛が怒ったことで真一郎に怒られるのを回避したのだと理解して武臣は安心した。何だかんだ言いつつ真一郎に見捨てられる事が一番怖い。自分が何をしでかしてもこの甘い男は最後には許してくれるのだと思っているからこそ、この男が本気で怒った時に何をしでかすか分からなかった。
 
「しっかし、どうしたもんかなぁ」
「とにかく、話をまとめると、武道の奴が俺の依頼とは別に真と寝ちまって、逃げて、真はソレを探してる、でいいんだな?」
「おう」
 
サラリと責任逃れをする武臣を今牛が睨んだが此処で話の腰を折るのもどうかと考え口を噤む。
 
「あー、オレが探してやろうか?」
「オミ、アテがあんのか?」
 
あくまでも上から目線の男に対しても真一郎はフラットに対応する。ソレは友情からでもあり、その方が上手くいくことを知っているからでもあった。
 
「まぁな。蛇の道はヘビだろ。何となくだが、アイツの行先とか調べてやるわ」
 
頼りになるかどうかは置いておいて、他に手が無いのだとこの2週間むざむざと知らされたのだ。あの花垣武道という男を見つけるためなら真一郎は何でもするつもりだった。
 
 
・・・
 
 
「あー、真。悪いニュースと良いニュースがある。どっちから聞きたい?」
「セオリー的には良いニュースから聞くもんだろ?」
 
数日後、武臣は真一郎の元を訪れた。
自分たちが探しても見つからなかった情報を武臣があっさり掴んできたことに喜べばいいのか悔しがればいいのか分からない。しかも二つ知らせがあると聞けば事態があまり良くない事が伺えた。
 
「武道の居場所が分かった」
「おう、流石だ。で、悪い方のニュースは?」
「アイツ、借金こさえててヤクザの妙な薬の治験に使われてやがる」
「……」
 
何となく、予想していた範囲の事だったが改めてそう言われるとショックを感じる。
武道がどういう素性であろうとも、拾い上げて手に入れようと思っていた。今の真一郎にはそうするだけの金と権力があった。
しかし、ヤクザと薬という単語に何も思わないワケにもいかない。犯罪者を匿うワケにもいかないし、薬物中毒になっているのなら治療をしなければならない。ちゃんとした治療を受けさせるなら警察沙汰は免れないだろう。
 
考えるべきことはたくさんある、と真一郎が思考を巡らしている時、ずっと黙って話を聞いていた荒師と今牛が口を挟んだ。
 
「助けるのか?」
「借金なんてどんな理由があっても自分の責任デショ」
 
恋に溺れる社長がとんでもない決断をするのを防ぐのも自分たちの役目だと思っていた。
会ったことも無い傾城に自分たちが長年仕えていた王を盗られるなどたまったもんじゃない、と。
 
「てかソイツ妙な病気とか持ってねぇだろうな」
 
憎まれるかもしれないと分かりつつも、今牛は真一郎に厳しい事を言う。夢見がちで可愛らしい思考をこの元童貞が持っている事は分かっていた。
悲劇のヒロインを自分が助ける、なんてことを考えて良そうな男に、まずはそのヒロインがどういった者なのか考えさせなければならない。
 
それは武臣も同じ考えだったのだろう。
今牛に言われるまでも無く、武道がいったい何だったのか、は調べていた。
 
「まずは、調べがついたアイツの身の上を伝える。そのうえで、判断はお前に任せる」
 
花垣武道26歳。かに座のA型。最終学歴中卒。
幼い頃に母親の伝手でジュニアアイドルの世界に入った。ジュニアアイドル、子役の世界はテレビに出るような表に出る部分は華やかで可愛らしいものも多いが、インターネットで検索すれば一発で分かる様な胸糞悪い部分の方が多い。
武道の母親も、最初は華やかな世界に憧れたのだろう。当時はまだネットの発達も未熟で、恐らく必要な情報が探しにくかったというのもある。
 
まだ自我の発達も未熟な幼い頃にそんな世界に入れられた武道は、自分が何をさせられているのかも分からないうちに卑猥な写真を撮られ、汚い大人たちの性の対象として消費された。
公に残る様な証拠は写真を撮られる程度で済んだのは幸いだったのだろう。へたくそな歌を舞台上で歌い、握手会と称したお触り会で消費された事もあった。怪我をさせられはしなかったが、そのお触り会に父親が忍び込んだことによりジュニアアイドルの実態が表沙汰になる。
息子に“悪戯”をした男を父親が殴り、殴り返され、揉み合いの末に双方が死亡する事件となった。
この事件は当時かなり大きな事件として報道され、まだ現役アイドルだった頃の真一郎の耳にも入った。その後、被害者の子供は母親に保護されたと聞いていたがその後どうなったのかは分からない。

というのが公になっている花垣武道の情報だった。
 
「……」
「子供は映画が好きだったそうだ。役者を志した息子を応援したくて母親は芸能界に入れたみたいだな。その後の動きはあの時捕まった社長とプロデューサーが巧妙に隠していたそうだ」
「……」
「だが、そんなことは当時の民衆には関係ない。母親は誹謗中傷に晒され、息子を置いて自殺。残された子どもは遠方の親戚に引き取られる。そこで中学までは行けてたみたいだな。だが、その親戚って奴が半グレ崩れのクズでソイツが元締めのヤクザの金を持ってどっかに逃げた。その後はまぁ生きてて良かったな、って感じの人生みたいだ」
 
武臣の言葉が紡がれれば紡がれる程、真一郎の表情は険しいものとなる。
おそらく、こんな話はこの業界にいればそれなりに聞くものなのだろう。荒師や今牛も険しい表情をしているが真一郎程ではない。
しかし、正道を歩んできた真一郎にはその内容はあまりにも聞くに堪えないものだった。
 
「で、助けるのか?」
 
芸能界のより汚い部分を見てきたのであろう武臣が一番平然としているが、それでも、真一郎に問う。
その覚悟があるのか、と。
 
悲劇のヒロインには違いない身の上だろう。
しかし、その悲劇を背負いきれるのか、と。
 
「はー……。あんまりこういうことはしたかなかったんだけどなぁ……」
 
身体の力を抜くように、荒れ狂う心を静める様に、真一郎は深く息を吐いた。
 
「いくぞ、オマエら」


 
Side 武道
 
「ふ、ぁ……」
 
浅く、息をする。
全身が痛くて力が入らない。
 
真一郎に抱いてもらって、数週間。
 
ホテルから帰った武道を待っていたのは武道を所有しているヤクザからの手酷い折檻だった。人以上に丈夫な体を持っていたが、わずかな水だけ与えられ汚れの処理をしやすいというコンクリート打ちっぱなしのほぼ倉庫の様な部屋で、服も与えられずに毛布一枚で放っておかれたら治りも遅い。むしろ悪化せずにゆっくりと回復に向かっているだけ武道の頑丈さが異様だった。
 
そんな武道を違法な薬物の実験動物にしたこの男は武道の処女だけは後生大事にとっておいていた。
キモチヨクトリップして、胎に玩具を咥えこませて、ただ眺めるだけ。
何がしたいのかも武道にはよく分からなかったが、そういう性的嗜好なのだろうとぼんやりと納得する。
 
佐野真一郎と寝た事はすぐにバレた。
男の言う事さえ聞いていれば比較的自由にしていられたがそれでも何かしらの監視はあるのだと分かっていた。もう身寄りもない武道が男から逃げ出さずにいたのは逃げられないからだった。
もう何年も前、十代だった頃に反抗を試みた事もあったがその時もこんな状態になったと懐かしく思う。あの頃よりも成熟して丈夫になったか、もう衰えて弱くなったか、と考えてみるがあまり変わっていない様に思う。
そんな事を考えられる程度には武道は落ち着いていた。
 
クタリと冷たい床に打ち捨てられた身体は妙に火照っている。発熱しているのかもしれないし、与えられた餌に何かしらの薬が入っていたのかもしれない。
きっと今抱かれたら気持ちが良いのだろうな、と夢想する。一度覚えた人肌というのは忘れられないらしい。今までは男に視姦されながらただ身体の機能として性感帯を刺激して導くだけの行為だったのが、今や自発的に乞い、得たいのだと願っていた。
 
溺れる、とはこういうことなのだろうと武道は理解する。
 
「……」
 
しかし、この場にソレを与えてくれる人物はいない。恐らく、二度と会えないであろうことも分かっていた。
 
あの時、武道は真一郎が誘ったのだという状況を作り出した。
ソレは真一郎が初心であることに付け込んだ行為だった。
 
真一郎がそういった形で肌を合わせることを良しとしない男だという事は知っていた。しかし、相手にあぁされては断り切れない男であるとも踏んでいた。
 
もう一度、あの人に会えたのなら。
 
熱でぼんやりする頭が文字列を並べる。
会えたのなら何だと言うのか。こんな汚い男をもう一度、目に映させるなどいっそ恐れ多い事だ。
 
そんな事を夢想していると、ドアが開けられる重く冷たい音がした。
 
「おい」
 
男が武道に声を掛ける。
 
「上役がお前をお呼びだ。大人しく俺のいう事だけ聞いてりゃ良かったものを……」
「……」
 
男に冷たい目で睨まれるのはいつもの事だった。この男が自分に対して何を思っているのかは分からない。恐らく欲情しているのだろうとは思うが、その屈折した嗜好が武道には理解できない。
しかし、今回のソレは今までのものとは少し違うと感じる。
今まで男よりも上の役職に呼ばれたことは無かった。それなのに、一体何があったのだろう、とぼんやり考える。
 
痛みで力が入らない身体でモタモタと起き上がる。
何も着ていないが流石にこのまま上に出されるわけではないだろうと武道は男についていった。シャワー室に押し込まれ、用意された簡単な服を着る。そこでやっと自分の身体が冷えていたことに気付き、服は着るものだなぁ、と暢気に思う。
発熱は恐らくあるだろうがそんなことは言っていられない。足の骨が折れていないなら歩いて行くしかないのだから。
 
神妙な面持ちでまた男についていくと、昔、男の所有物になった時入ったきりの組の事務所に連れていかれる。
いかつい男たちが待機して武道を待っていた。
 
「連れてきました」
「おん」
 
男がかしこまってデスクに座る壮年の男に頭を下げる。壮年の男は周りを囲む男よりも少し小柄だったが歳が上でどっしりと構えた様がどうにも立派に見えた。
 
「アンタ、久しぶりだね」
「はい」
 
気さくに武道に声を掛けた男にあまり見覚えは無いが恐らく初めて来た時に会ったのだろう。数年も前に一度だけのことのため覚えていないが武道は話を合わせた。
 
「アンタのお陰で今まで色々と稼ぐことができた。可哀相なガキを可愛そうなまま大人にしちまったとは思うが俺たちの利益のためだ仕方がない」
「はぁ……」
「俺ぁオマエさんが嫌いとか憎いとかじゃあねぇよ。だが許せとは言わねぇ。不幸に生まれた事を恨んでくれ」
「……」
 
男が何を言いたいのかはよく分からないが、今から更にひどい目に遭うのだろうと言うことだけ理解する。あの奇妙な嗜好の男の元で生き恥の記録を残し続けるよりも最悪な事とはいったい何なのだろうと疑問に思う。
 
とうとう殺されるのだろうか。
だとしたら最期にあの人に会えて、抱いてもらえて良かったと心底思う。あの人に出会えて、抱いてもらえた。もうこれ以上、自分の人生に求めることなど無いのではないだろうか?
 
「アンタに身請けの話が来ている」
「え……?」
 
いったい誰が?
武道がまず考えたのがソレだった。今までの奴隷人生で他人に見染められることなど無かった。真一郎と一夜を共にしたのだってなかなか強引に迫った結果だ。
外に出ることはあまり多くは無く、まともな仕事など武道には分からない。妙な薬を飲まされ、妙な玩具で身体を拓かれるのを撮影されるのが生業だ。冷たい部屋に飽きた頃に少し外に出て、怒られないうちに帰ってくる。与えられる餌よりも外で食べる物の方が美味しく安全だが、その金の出どころは組だ。
そんな中で、自分を買い取りたいなどという人間がいるわけがないと武道は思う。
 
「取引先の組の奴でな、アンタのファンだったそうだよ」
「……」
 
なるほど、と武道は理解する。
幼い頃の自分を気に入ったペド野郎が自分という存在をどこかで聞いたという事か。
 
デジタルタトゥーとでも言うのか。あの頃の自分の写真や記録はこの先一生残り続け、どこかの変態に消費され続ける。あの子どもが今こうなりました、と興奮する変態がいるというだけだ。
見る変態の元から触る変態の元へと送られるだけなら何も変わらない。と、武道は考えて、心の隅で何かが待ったをかけた。
 
他の誰かに触られるなど嫌だ。
 
もう20代も後半になって、やっと生娘の様な羞恥心が芽生えるなど馬鹿らしいことだと諦観が囁く。自分には死ぬ自由すら無い。生きていればそのうち死ぬだろうと思っていたのに、こんな劣悪な環境ですら生き残ってしまったのだから。
 
「この後、すぐに移動になる。せめてもの情けだ。胎の支度と、楽になれる薬をやろう」
「……はい、ありがとうございます」
 
壮年の男の言葉を聞いて、顔に出さずに武道は疑問に思う。
もしや、自分が処女ではないと知っているのは世話役の男だけなのではないか、と。だから男はいつになく不機嫌だったのか。これはバレたらとんでもないことになるのかもしれない、と思うと少し愉快だった。
しかし、いつでも使用可能な状態で出荷されるのだから処女かどうかはどうせ分からないだろうなと少し残念に思う。
こんないい歳した男の処女がヤクザの抗争の火種になりうるなどとんだお笑い種なのに、それがバレることがほぼないなんて。
 
再びシャワールームに突っ込まれ、今度は洗浄液とローションとプラグを与えられる。楽になれる薬とは洗浄液のことかローションの事か、それとも両方か。いつもの仕事と同じように支度をすれば、だんだんと身体の火照りとは別の疼きが胎の中に溜まってくる。やはり両方だったかと思いつつ、胎の中のローションを掻き出すわけにもいかないので大人しくプラグで蓋をした。
フラフラする足で身体を拭き、服を着て、車へと乗せられる。
 
壮年の男と世話役だった男は事務所に残留で、見覚えのない男たちが武道を送るらしい。
緊張など今更しないし、我が身の不幸を憂うのにも飽きた。どこへ向かうのだろうかとぼんやり外を見ているうちに何だかひどく疲れた様な気分になりウトウトと瞼が落ちそうになる。
コレは催淫剤以外にも何か盛られたのかもしれない、と考えているうちに、武道の意識は闇へと堕ちていった。
 
 
・・・
 
 
ゆっくりと意識が浮上する。
少しダルい感じがするがあまり痛みは感じなかった。痛み止めも盛られたのか、メインの痛み止めの副作用の眠気でやられたのか、胎の疼きはともかく、悪い目覚めではない。
いつもなら冷えたコンクリートの上でバキバキになった身体に辟易しながら目を覚ますのに、今日は暖かく柔らかいシーツの上だ。それだけで大分マシだろう。
 
天蓋付きの可愛らしいベッドにシャツ一枚で寝かされていて、ここがどこなのかはまだ分からないが恐らく自分を身請けしたとかいう変態の家か、ホテルだろう。
部屋の中は薄暗いが間接照明のお陰で不安は無く、べっどから降りて壁に見える照明のスイッチを押す。床は毛足の長いカーペットが敷かれ、ふかふかとした感触が気持ち良かったが少し歩きづらく思う。
 
窓の外は暗く、外を見れば高層マンションかどこかなのだろう。遠い場所に地上が見えた。
 
状況を把握しきれていないが、携帯も何ももってはいないため備え付けの大型液晶テレビをとりあえずつける。自分はいったいどれくらい寝ていたのだろうか。
 
「え……?」
 
テレビをつけて、武道は目を見開いた。
丁度夜のニュース番組の時間だったらしい。そこには深刻な顔をするニュースキャスターと、ボロボロになった自分が眠る前までいた場所が写されていた。
 
『本日未明、暴力団××組の事務所が襲撃されるという事件が起こりました。幸い、一般の死傷者はゼロでしたが周辺地域ではまだ警戒が呼びかけられています。警察関係者の話では〇〇組との抗争が原因であると考えられており……』
「うそぉ……」
 
××組は今まで自分が所有されていた組みであり、〇〇組は自分を買ったというモノ好きの組だ。それが何故、抗争になり、いったい自分はどういう状況に置かれているのか。
状況を把握すべく、そのままニュースを見ていると、キャスターの机の下からこっそりと紙のようなものが出され、ソレを見たキャスターが少し驚いた様な顔をしてその続報を読み上げた。
曰く、一般人の男が巻き込まれ怪我をしたという事だった。その一般人は偶然近くにいた黒龍事務所の者に保護されているという事だった。
 
黒龍事務所と言えば真一郎が社長をしている会社だ。たかが芸能事務所がやくざの抗争に手を出すなんて、と保護した誰かを恨めしく思う。
これで真一郎に不利益があったら絶対に許さないぞ、と外に出れもしない奴隷の癖に考える。
今夜は気が立った〇〇組の変態にブチ犯されるのかもしれないな、と覚悟を決めているとコンコンとノックの音が広い部屋に響いた。
 
「え」
 
ノックをした割にすぐに扉が開けられる。武道はまだ眠っていると思われているのだろう。
そうして入ってきた男に武道は目を見開いた。
 
「真一郎くん……?」
 
もう二度と会う事はないと思っていた相手だ。それが目の前にいる。
 
「あぁ、目が覚めたのか」
 
真一郎も少し驚いた顔をしてから、柔らかく武道に笑いかけた。
混乱する武道に大丈夫だと、安心させるようにゆっくりと近づき、ソファかベッドに座る様に促す。
 
「あの……?」
 
自分が売られたのは〇〇組の男にのハズで、何故、真一郎がいるのか分からない。しかも、抗争に巻き込まれた一般人を助けたせいで恐らく報道や警察などを巻き込んで大変なことになっているのではないかと心配になる。
 
「ニュース見たんだな?」
「はい……」
 
真一郎の言葉に武道は素直に頷く。自分から何かとまくしたてるよりも説明を待った方が早いと思ったからだ。
 
「聞きたい事はたくさんあると思うが、とりあえず大筋の説明をさせてくれ」
「はい」
「まず、助けられた一般人ってのはお前だ」
「は?」
 
一般人、その言葉はあまりに自分に似つかわしくなく感じた。良い所、暴力団関係者だろう。悪い事をした覚えはないが、悪い事をずっとされてきた自覚くらいはある。
 
「お前の事は少し調べさせてもらった。多分、知られたくない経歴とかもあると思うが許してくれ」
「いえ……」
 
武道を伺う様に見る真一郎の目には気遣いと心配があり、こんな酷い経歴の男に対して優し過ぎると思う。社会的に見れば自分はゴミの様なものだと武道は自覚していた。
 
「今日、お前が事務所を出た後に抗争が起きたらしい。俺も詳しい事は分からねぇけど、車に乗ってた奴がたまたまオミの知ってる奴で、何とかそこでお前を保護することができた」
「そう、なんですね」
「本来ならこそのまま救急搬送すべきなんだが、その……」
「?」
 
少し目を逸らしながら、真一郎は頬を赤く染める。
口ごもる様にモゴモゴとさせてから、おずおずと言葉を口にした。
 
「お前、何か胎に挿れられてるだろ……。薬とかの検査はすべきなんだけど、その、お前のソレ、医者とかに見られるのはどうかと思って……」
「あ」
 
真一郎に再会できたことと状況のせいで忘れていたが、今も武道の秘所にはプラグが挿れられており、何かが混ぜられたローションのせいで胎のナカはジクジクと疼いていた。
武道としては散々されてきた事であるため、別の事に気を取られれば忘れてしまう事だったが、思い出してしまうと気になる。虫刺されの様なものだった。
 
「あー、そうですね。オレ、その抗争が無ければ〇〇組に身請けされるハズだったので。というか、多分、今も俺の所有は〇〇組なんじゃないか、と」
「……」
「あの、オレ、保険証とかありませんし、住所不定の一文無しなので、病院とか行けないです。こんな事も、今まで散々されてきたんで気にしなくて大丈夫です」
 
できるだけ何でもないという顔を作って、武道はヘラリと笑う。
 
「むしろ、オレみたいな奴と関わったら黒龍事務所まで変な噂とかたっちゃうし。オレがここにいるって分かったらもしかしたら〇〇組から報復とかされちゃうかもしれないです」
「……」
「だから、俺の事は……」
 
やっぱり、こんな自分は真一郎と関わるべきではないと武道は再確認する。
抱いてもらえただけ思い出になった。これ以上迷惑をかける前に消えなくては。
そう思って、ヘラヘラと笑う。大丈夫だ。何とでもなるし、真一郎に迷惑をかけるくらいなら死んだ方がマシだ、と。
 
「武道」
「んッ!?」
 
突然、ずっと黙って武道の話を聞いていた真一郎が動いた。
ソファに座っていた武道の頬を両手で包み込み、噛み付く様なキスをした。
 
「んぅ……うぅ…」
「ふ、ぅ……」
 
ぬるりと侵入した舌が武道のナカを犯していく。
急にキスをされる理由が分からない。混乱しつつもしっかりと身体は反応し、頭がふわふわと多幸感に包まれる。咥えこんだプラグをギュウギュウと締め付けても欲しい快感はえられず、ナカの疼きが増すだけだった。
 
「あ、は……ぁ♡」
 
キスだけで発情する浅ましい自分が恥ずかしいのに、真一郎にされたことだと思うと拒絶もできない。何故こんなことをするのだろうと真一郎を見れば、真一郎は熱っぽい瞳で武道を見ていた。
 
「なぁ、頼むから、俺を締め出さないでくれ。たかが一度抱いたくらいで、って思うかもしれねぇけど、本気なんだ。お前が欲しい。恋人になりたい。お前が困っている時に、手を差し伸べられる存在になりたいんだ。こんなオッサンに迫られて嫌かもしれねぇ。けど、俺を利用してくれ。お前が生きるために、俺を受け入れてくれ。頼む」
 
まるで腕に閉じ込める様にギュウっと抱きしめられ、武道は何も言えなくなる。
武道の人生は搾取され続ける人生だった。自分の意思で処女を捧げただけでも、もう終わっても良いと思っていたのに、その相手に自分を搾取しろと言われてしまえば困ってしまう。何からすればいいのかも分からない。
 
「お前の事が好きなんだ」
 
必死の懇願を、ぼんやりとした頭で考える。
好き、受け入れて欲しい、手を差し伸べたい。すべて、真一郎が自分がしたい事なのだと言ってくれている。優しい人だ。武道がソレを受け取りやすい様にしてくれている。
 
「は、い。分かりました」
 
もう何を考えるのもやめようと決めた。
真一郎という男が自分を求めている。自分はソレを全て受け入れる。シンプルな答えのハズだ。今までと同じ、急に変わった事を要求されているワケではない。
 
「オレ、こんなんですし、きっと困らせる事ばっかになると思います。でも、貴方が飽きるまで、オレの事、好きにしてください」
 
大事にしてもいいし、いっそ壊してしまってもいいのだ、と。
なんて無責任なんだろうと自分でも思う。けれど、きっとコレが正解なのだろうとも思う。
自分がゴチャゴチャと考えるよりも、目の前の男がしたいようにするのがきっと良い方向に進むのだろう。
 
「飽きねぇ。一生大事にする」
「はい……」
 
自分を抱きしめた男が、感極まった様に耳元で睦言を吐いた。それが何だか心地良くて、武道はされるがままにしていた。
しばらくそうしてから、真一郎はゆっくりと武道を離した。
 
「一つだけ聞きたいんだ。お前、なんで俺に抱かれたの?」
「……」
 
そういえば、真一郎は経歴を調べたとは言っていたが、それで自分のすべてを知ったワケではないのだ、と思い至る。今のところ、真一郎にとって武道は急に目の前に現れて自分を抱くように迫った変態の男だ。
こんな変態に同情して助けたいと言ってくれるなんてなんて懐の広い男なのだろう、と武道は感心する。
 
「むかし、ジュニアアイドルやってた事は知ってるんですよね」
「おう」
「その頃、一度だけ貴方を見たんです」
 
黒龍総長とは、キラキラと輝いて、みんなを幸せにする。そんな存在だった。ガラが悪い不良というコンセプトだったが、間違いなく真一郎はアイドルで、人を笑顔にする力を持っていた。
俳優になりたいと願い、芸能界に入り、ジュニアアイドルという枠に入れられた武道が、父親が人を殺すまでそのいかがわしい仕事をしていたのは何も幼かったからだけではなかった。自分もこの人と同じアイドルだというのなら、人を笑顔にできるのではないかと思ったからだ。
 
「結局、オレがやらされてた事とアンタがやってた事って全然違うんだけどさ、憧れだったんだ……」
「……」
「今思うと馬鹿なガキだった。騙されてる事にも気付かないで、両親に大事にされていたハズなのに、不幸にした」
 
武道の告解を真一郎は黙って聞く。
否定して、慰めてやりたい気持ちもあったが、今必要なのはそれでは無いことを分かっていた。
 
「俺の人生、良い事なんて一つも無いって思ってたし、実際無かったんだと思う。それでも、頑張れたのはアンタがいたからなんだ。勝手に想われて気持ち悪いかもしれないッスけど……」
「いや、そんな事ぁねぇよ。オレを見た誰かが元気になれるなんて、アイドルの本懐だ」
「へへ、良かった」
 
自分がやらされていた事、その結果起きた悲劇は今更どうしようも無い。
死んだ方がマシな様な人生で、暗い夜闇に輝くたった一つの星を頼りに生きてきた。アイドルとは、佐野真一郎とはそんな星の様な存在だった。
 
「オレ、実は処女だったんですよ」
「へ?」
「ひでぇ目に遭い続けたけど、世話役が不能だったんスかね。エロい薬にエロい玩具で、クソみてぇな映像やデータとられてたけど、男のちんぽって挿れられたことなかったんです」
 
アイドルへの憧れを語ってしまって少し恥ずかしくなり、武道は話題を変える様に打ち明け話をする。その内容に真一郎がとても間抜けな表情をしたのは幸か不幸か見逃した。
 
「そんな時に、武臣さん見っけて、真一郎くんに会えるかもってなって、我慢できなかったんです。ホント勝手なんスけど、もしこの先誰かに処女奪われるなら、その前にアンタに抱かれたいって、ホント頭おかしくて申し訳ないんスけど」
「……」
「勝手に憧れて、ストーカーみたいなもんなんスけど、でも、どうしてもハジメテはアンタが良かったんです……」
 
きゅっと遠慮がちに抱きしめ返されて、真一郎は自分の血が沸騰したかの様に感じる。バクバクと心臓が高鳴って、変な興奮の仕方をしている自覚があった。
今はとても真面目な場面だったハズなのに、“処女”という言葉に自分にまだこびり付いた童貞心が暴れている。これだから童貞は、と自分を叱咤するが素直な身体が妙な反応をしてしまっていた。
 
「そ、うか……」
「わっ!」
 
このままだと妙な事を口走ったり、妙な行動に出てしまいそうだと思い、真一郎は武道を抱き上げた。その行動が既に妙だが、元童貞のため気付けない。
 
「お前のハジメテ、俺だったんだ。嬉しい」
「あ、ぅ……ハイ」
 
元国民的アイドルの顔面力でゴリ押して、真一郎は武道をベッドへと運んだ。そういう流れにしてしまえばこの妙な興奮を誤魔化せるだろう、と。
 
「なぁ、コレで晴れて俺はお前の人生に関われるんだ。何からすればいい?」
 
武道をベッドに横たえて、キュウキュウと抱きしめながら顔中にキスを落とす。先ほどキスをした反応を見ても、きっと大丈夫だと頭の隅で考える。自分でも締まらないと思うが仕方がない。
 
「な、コレ、とりあえず抜こうぜ? やっと俺のになったのに、俺以外がお前に挿ってるの嫌だ」
「あ♡ は、ぃ♡」
 
胎の辺りを撫でて、すぐにでも捨ててしまいたいその玩具を取り除く許可をもらう。部屋に運び込んだ際にズボンを先に脱がしておいて本当に良かったと思う。自分の服を脱ぐのに精いっぱいで、相手の服を脱がすのに手間取る自信しかなかった。
 
「ん♡ うぅん♡」
 
唇にキスを落として、舌を絡めながら片手で下腹部をまさぐるとしっかりと反応した武道のモノがあって嬉しく思う。しかし、その可愛い萌しを触ってやる前に挿り込んだ異物を除去しなければならない。
会陰をなぞる様に秘部へと指を伸ばせばナカのローションが漏れ出てしまう程その入口がきゅんきゅんと蠢いていた。
これだけ濡れていれば大丈夫だろうと考えつつ、真一郎はそのプラグを慎重に引き抜いた。
 
「ひゃああああんっ♡♡♡」
 
ずるりと引き抜かれた瞬間に甘い悲鳴が室内に響く。軽くイッてしまったらしい武道の先端からトロトロと勢いの無い精液が漏れていた。無意識に焦らされていたナカはいつの間にか限界を迎えていたらしかった。
 
「は、かわいー」
「あ、う……♡」
 
ビクビクと身体を痙攣させる武道に軽くキスをしてから、真一郎はベッドに胡坐をかく様に座り、武道も抱き上げる。
前回は、枕営業であるという体だったため、自分が武道を弄りまわすことができなかったが今回は力が入らない武道を自分が好きにできるのではないかと少しワクワクする。
 
「ちょっとナカ確かめるなー♡」
 
トロトロに解かされた入り口に指を挿れれば前と同じく健気に締め付けてくる。前回ほどのこわばりが無いため恐らくすぐに挿れてしまっても怪我はしないだろうと思いつつ、腕のナカでヒンヒンと喉を鳴らす武道が可愛らしくて少しだけ悪戯したくなる。
 
「は、トロトロだな? コレ、武道がえっちするための準備だったんだ?」
「はひ♡ このローション、あちゅくて、おなかのナカじゅんじゅんしゅるんれす♡♡♡」
「便利な物もあんだな、安全なのか?」
「ん……っ♡オレを買った人が♡あ♡オレを抱くために使ってるんれ♡多分大丈夫れす♡」
「ふーん、妬けるな」
「あぁんっ♡♡♡」
 
仕方がない事だと分かりつつも、他の誰かに抱かれるハズだったというのは気に食わない。前回ので覚えた前立腺の位置をグリッと押してやれば、武道は喉を晒して仰け反る。前はしっかりと追い詰めて絶頂させたのに、今日は簡単に達してしまうのは薬のせいなのかと考えるが今はどうしようもない。
セックスドラッグがどんなのものかは真一郎には分からないが、先ほどまでの会話でもラリった様子が無かったため、恐らく一般的な頭をおかしくするようなものは使われていないのだろうと少し安心した。
 
「な? 今お前に挿ってるの、俺の指なんだぜ? 今2本入って、お前の前立腺転がしてイジメてるの、分かる?」
「はっ♡ あぁっ♡♡ 分かる♡♡♡♡ 分かりましゅ♡♡♡♡ 真一郎くんの指っ♡♡♡♡ オレのえっちなとこグリグリしてりゅのっ♡♡♡♡♡」
「そ、コレが俺の指♡ もうこの指以外がお前のナカ触る事は無いんだからなー?」
「んっ♡♡ うんっ♡♡♡♡ オレぇっ♡ 真一郎くんだけのだからぁ♡♡♡♡」
「うん、ちゃんと分かってて偉いなぁ♡」
「あぁあああんっ♡♡♡♡」
 
感じすぎて暴れる武道を片手で押さえつけながら、真一郎は耳元で武道に囁く。押さえつけられて、胎のナカも耳からも犯される様な快感に武道はボロボロと涙を流した。イクたびに頭の中でチカチカと星が瞬く様な衝撃を感じるのに、身体は自分よりも大きな男に抑えつけられて、耳から睦言を流し込まれて理解させられる。
 
もう自分はこの人のものなのだと。
 
「好きっ♡♡♡ 真一郎くんが好きだからぁ♡♡♡♡ もう挿れてぇ♡♡♡♡ 俺のナカいっぱいにしてぇ♡♡♡♡」
「んっ♡ りょーかい♡」
 
どちゅんっと重く濡れた音がした。
 
「あぁっあああああんっ♡♡♡」
 
ずるりとナカから指が抜けた瞬間、持ち上げられて、真一郎のモノがナカへと入ってくる。自重で奥まで咥えこんでしまったソレを、待ちわびていた胎がキュウキュウと締め付けた。
 
「あっ♡ あっ♡ あぁっ♡♡♡」
 
仰け反った背中に真一郎の逞しい胸を感じる。足を抱えられ、したからバチュバチュと容赦なく突き上げられる。誰も見ていないけれど、自分のはしたない姿を曝け出した格好に武道は恥ずかしくなる。
ずっと撮られてきたのに、好きな人を前にして羞恥心というものを思い出してしまったらしい。
 
「んっ♡ あぁっ♡♡♡ あぁあああっ♡♡♡♡」
 
それがまた興奮材料となってナカを締め付けて、真一郎の存在を感じる。
こんなに恥ずかしいのに、ソレが幸せで、不思議な気持ちになるのにソレに構っていられない。
 
ただただ抱かれ、与えられる快楽を貪ることしか武道にはできなかった。
 
 
・・・


 
「なぁ、こんなことした後にいうのも悪ぃんだけどさ。お前、俺と結婚しねぇ?」
「え?」
 
散々交わりあって、ポヤポヤした頭で武道は真一郎の言葉を聞き返す。
思ってもいなかった提案に幻聴か何かを聞いてしまったのかもしれないとすら思っていた。
 
「ほら、こう言っちゃナンだけど、お前の名前結構なケチが付いちまってるじゃん? だからさ、佐野にならねぇ?」
「そんな、でも……」
「付き合ったばっかで考えられないかもしれないけどさ、返事はいつでもいいからちょっと頭の片隅にでも置いといてくれよ」
「あ、ぅ……はい」
 
再会して、恋人になったその日にプロポーズされるなんて思ってもいなくて、混乱したまま武道は答える。何だか恥ずかしくて隠れる様に布団の中で丸くなる。
その背中を撫でながら、真一郎は語り掛ける。
 
「今回は偶然助けられたけど、もうお前を危険な目に遭わせたくないし、世間からのつまらない視線に晒したくねぇんだよ。もう奴隷だった花垣だなんて言わせねぇ。俺のお嫁さんだって言いてぇんだ」
「うぅ……」
「ま、とりあえず無理させちまったしゆっくり寝て、それから考えればいいから」
「はひ……」
 
その撫でられる心地良さに武道はうとうとと瞼を落とす。ソレを確認してから、真一郎は部屋を後にした。
 
 
・・・
 
 
「真ちゃんワルい男~。偶然なんて嘘の癖に」
「うるせぇ、世の中には知らない方が幸せなことだってあんだろが」
「そうだけどさ~」
 
部屋を出てすぐに、今牛から声を掛けられる。
しばらく前から待っていたらしい。
 
「真ちゃんもよくやるよネ。あの男、手に入れるためにやくざの抗争起こしてその隙に事故に見せかけて奴隷を奪うなんて」
「たまたま、だ」
「……まぁ別にいいけどネ。これから忙しくなる事以外は」
「まぁソレは悪い。ボーナスに期待しててくれ」
「あいよ」
 
本当にラッキーだったと真一郎は思う。
やくざとの繋がりなど黒龍にはほとんどない。しかし、武臣というグレーゾーンに身を置いていた男がいたからこそ、金と、人と人との間接的な細い繋がりで武道を奪う事ができたのだ。
 
しなければいけない処理もたくさんあるし、バレてはいけない連絡事項だってある。
 
けれど、その綱渡りをしてでも欲しいと思ってしまったのだから仕方がない。
 
 
「ま、俺ドーテーだったし? 仕方ないじゃん?」
「そうだな。童貞なのが悪いワ」