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ラスナイ、前編

某ホラー映画のパロディ。
PG12程度の暴力描写があるけれども、そんなこと言ったら原作はヤクやってるシーンあるし刺されるシーンあるし、親の助言が必要なお子さんは二次創作なんぞ見ないだろうと思うので表記無しで良いのかしら?

 

・・・

 

二〇〇五年某日、九井一は困っていた。一年ほど前に発足した一〇代目黒龍は軌道に乗り、着実に武闘派暴走族として名をはせていた。しかし、九重が金蔓とする金持ち達は自分の望みさえ叶えば良いのでそんなことは気にしない。お得意様の男から依頼されたソレは暴力で解決できる類のものではなかった。


「たっく……。うちは暴走族であって探偵じゃないんだけどな」

 

ブツブツと文句を言う九重を取り巻きの男達が宥める。それすら鬱陶しくて、九重は当分補給に舐めていた飴を噛み砕く。
男からの依頼は探し物だった。写真だけ渡され、ソレにはどこにあるのか中身が何なのかも分からないカバンが映っていた。詳しく聞こうとすると高圧的にはぐらかしてくるため多くは聞けなかった。
全く進展のない捜索に苛立ち、九井はガリガリと次の飴を噛み砕く。
黒龍の所属人数を活かした人海戦術くらいしか術はなく、しかしあまりに柄が悪いのでカツアゲに捕まる様な間抜けな中高生男子や冴えないおっさんに写真を見せて見覚えが無いか聞くしかできていない。そして当然であるが当たりは無かった。
こんな無駄な事をさせられる意味が分からない、と苛立ちは募っていく。次に声を掛けた相手が不発だったらあの爺切ってやる、と考えていると前方に間抜けな少年が目についた。
白いダブルボタンの特攻服を見て逃げない時点でこの辺りの不良事情を知らない不用心さが分かる。その癖、ボンタンを履いて金髪をリーゼントにした時代遅れを体現する様なダサい少年だった。
平たい顔と黒い瞳が日本人らしく、少年の髪は九井の友人の物の様な天然の物ではなく脱色され染められたものだと分かる。

 

「おい、そこのダセェリーゼントのお前」
「うぇ!? オレっスか!?」
「テメェ以上にダセェ奴がいんのかよ」
「ひでぇ……」


少年は九井に呼ばれると間抜け面でトコトコ近付いてくる。
警戒心が死んでるのかと僅かに残った良心で少し心配になるがわざわざ教えてやるほどは持ち合わせていなかったため、九井は気にせずに少年に写真を見せた。

 

「お前、この辺りでこのカバン見てねぇか」
「見てねぇっスけど……ッ!」


写真を見ながら首を捻った少年が、写真に触れた瞬間に息を飲んで固まった。
その青い目を見開いて数秒だけ視線が宙を彷徨う。眩暈か何かに襲われたのであろうその様子が、何故か九井を惹き付けた。ただの体調不良ではない何かがあるのだと、何故か九井は確信を持っていた。
ソレは彼が様々な人間を相手にしてきて培ってきた経験からのものでもあり、何か第六感の様なものが働いた結果でもあった。


「……」


眩暈は数秒で終わり、少し疲弊した様な表情を見せつつも少年はヘラリと笑った。


「うーん、やっぱり分かんねぇです。コレがどうかしたんスか?」
「クロだな」
「へ?」


少年の言葉を聞き終わらぬうちにそう結論付けて九井は肩を組む形で少年を拘束した。


「今の一瞬で何があったか喋れ。何か思い出したのか?」
「え、いや、そんな俺は……」
「最悪ハズレでもテメェに危害は加えねぇ。今は偽でも勘違いでも情報が欲しい」


普段なら不確かな情報は精査する時間と天秤に掛けて不要だと判断することが多いが今は何にせよ動きが欲しかった。いっそ徒労に終わって、ソレを理由にして捜索を打ち切ってやりたいという気持ちが強かった。


「ソレが有益な情報だった場合は見合った報酬をやる。お前に損はないだろう? 何を迷ってんだ?」
「あー……いえ、その…。意味わかんないし、たぶん信じないと思いますし……」


少年は九井の腕から何とか逃げようとジタバタしていたがその力は腕を外すにはあまりにも弱弱しかった。黒龍の中ではあまり武闘派ではない九井の腕からすら逃げられない弱弱しさにいっそ憐憫を覚えつつも九井は少年を観察する。
困った様に愛想笑いをするがへりくだっているワケでは無さそうで、自分が間違っているだとかワザとガセを掴ませようとする感じではない。では何故、少年は喋ろうとしないのか。
ソレはあの数秒間の揺らぎに起因しているのだろう。
何か思い出したのならばきっとショッキングな何か、もしくは荒唐無稽な何かだ。ソレを口にして信じなかった九井達から怒られるのを恐れているのだろう。怒られるくらいならマシな方で暴行を加えられる可能性の方が恐ろしいか。


「分かった。そっちの怖いお兄さんたちは下がらせる。俺と二人でテーブルでも挟んで話そうか」
「え、えぇっ……?」


ズルズルと引きずり近くの喫茶店へと連れ込む。取り巻きには適当にぶらついておけと指示を出す。
引きずった身体の軽さに本格的に心配になりつつも向かいに座らせてメニューを見せる。


「どれにする?」
「えっと、オレ今日財布持ってきてなくて」
「気にすんな。ガキに払わすほど落ちぶれちゃいねぇ」


嘘だった。年下だろうが必要があれば経費として払うし必要がなければ相手にしない。
今はとりあえず目の前の少年の口を割らせるために親しくするフリをしているだけだった。


「好きなモン頼め」
「じゃあ……」


おずおずとメニューを見て、少年は安いオレンジジュースを指差した。
阿呆そうな見た目をしておいてわきまえている。


「俺は九井一。お前は?」

 

ウェイトレスにコーヒーとオレンジジュースを頼んで、頬杖をついて少年、花垣に笑いかける。できるだけ人懐こい顔をするが年下に通用するかは分からない。


「花垣武道、です」


年上の男には案外通用するソレは花垣にもそこそこ効いた様で、花垣は少しだけ安心した様な表情を見せる。もしかしたら強面の隊員を外させたからかもしれないけれども。


「花垣、か。今は平日真昼間だけどあんなところでサボりか? 不良だな」
「別にそういうワケじゃ……」


揶揄う様にニヤリと笑ってみると九井が期待した反応とは違い花垣は少し暗い顔をする。この手のイキった少年はワル自慢くらいするものだと思っていたが、サボりたくてサボっているワケでは無いらしい。


「なんだ、ワケありか?」
「まぁ、ちょっと……」


言葉を濁す花垣に九井は少し方向転換をする事にする。ちょいと煽てて話をさせようと思っていたがこの感じでは花垣はそういうテンションではないらしい。
此処は親身になって話でも聞いてやるのが妥当だろうかと考えているとウェイトレスが飲み物を運んできた。
効きすぎた冷房にうんざりしつつコーヒーで暖を取る。花垣は喉が渇いていたのかすぐに半分くらい飲み干してしまった。


「おかわりしてもいいぜ?」
「ソレはちょっと……」
「別にいいのに」


ソレは本当だった。九井にとってジュースの1杯や2杯など経費としては大して変わるものでもなかった。


「まぁ人間色々あるよな、俺も小学校の頃はほぼ学校行ってなかったし」
「え、そうなんですか!?」
「おー、学校行ってる暇無かったし」


褒められた事では無いが高校も行っていない。中学卒業の時点で金稼ぎのノウハウはある程度理解してしまった。高校や大学を卒業しても得られる地位は誰かの下っ端でしかないことも見えていた。
ならば起業なり何なりをして自分だけ得をした方が正解だと思った。あの人を救わなかった社会の歯車になる事に意味を見出せなかったというのもある。
そんなことが頭に過りつつも言葉には出さない。こんなことを目の前のガキに話して何になる。


「やっぱり、皆何かしら抱えてるもんですよね……」
「……」


少し俯きながら花垣は呟くように言葉にする。


「で、お前は何抱えてんの?」
「それは……」
「お前が抱えてるもんはあの写真に関係するのか? それともさっきの眩暈か? 急かして悪いが、お前は何を知っている?」


切り口を見つければあとはそこからこじ開けるだけだった。
もう逃げられはしないと花垣も分かっているのだろう。それでも踏ん切りがつかないのは余程その抱えたものが大きいか異質かなのだろう。
此処まで焦らして下らないレスポンスが来たらどうしてくれようかと思わなくも無いが、ハズレでも偽でも勘違いでも良いのだと言ったのは自分なので反故にはしない。こんな弱弱しい少年一人に真剣に向き合うメリットなど九井には無いが最低限の道理だけは通す気概はあった。


「オレは……」


そんな九井を信頼したのか、ただ状況に観念したのか花垣はポツリポツリと言葉を零し始めた。


「信じられないかもしれないですし、オレがイタイ妄想に囚われているって思うかもしれないです」
「おう」
「オレ、たまに変なものを見るんです」
「……」


オカルトか、と鼻白んだ気分になりかけるが顔には出さない。
九井は趣味で占いをやっているが幽霊の類は信じてはいなかった。


「物とか、人とかに触った時に、その過去や未来みたいなものが頭に過ると言うか……」
「サイコメトリか」
「さい……?」
「いや、いい。続けて」


オカルトや超能力の類の話が好きな客から聞いたことのある話だった。
サイコメトリ―。物体の残留思念を読み取る超能力というのが一般的な見解だ。学術的価値がどうなのかは九井の知る所ではないが、心霊考古学などでは重宝される能力だと言う。
物に宿る記憶を見るという点から分かる様にソレは過去を知るための能力のハズだ。しかし、花垣は“未来”と言った。あり得ない話だけれども、万が一本当に未来が見えるのならそれほど有用な能力は無い。


「だからその、さっき写真に触った時見えたものがあって……」
「……」


俯く花垣の表情を九井はジッと見つめる。嘘をついている顔では無かった。


「あのカバン、探しちゃダメです」
「は?」
「あの、えっと……」


思わず低い声が出てしまい花垣が慌てて顔を上げる。
蒼褪めた顔に嵌る大きな眼球が涙の膜で潤んでいた。そうして気付く。この少年の目はこんな色だっただろうか、と。
記憶を手繰り寄せ、花垣の目を思い出す。
最初に話しかけた時は黒だった。今も花垣の目は黒いままだし、喫茶店への移動中も黒だった。ならば何故、その瞳に違和感を覚えたのか。


「お前、さっき、目ェ青くなかったか?」
「はい?」


そうだ、青だ。と、九井は納得した。
花垣の瞳は青だったハズだと九井は確信する。


「写真に触った直後、そん時ナニカを見たんだろ? そん時のお前の目は青かったハズだ」
「へ? え? そうなんですか?」


自分で自分の目は見えないし、変なものを見た時に周りに誰かがいることはほとんど無かったため花垣には九井の言う事が分からなかった。


「まぁいいわ。お前がその“変な物”を見てる時だけ目が青くなるとかまぁ大してそんな気にならん情報だろ」
「え!? 信じてもらえるんですか!?」
「まぁお前がそう言うならそうなんだろ。そうでもなきゃ目が青くなるトリックが思いつかん。お前がそんなドッキリを俺に仕掛ける意味もな」
「……」


花垣の顔からいつの間にか怯えが消えていた。
探る様に九井を見つめ、その真意を確かめようとするが花垣にそんな観察眼は無かった。そのことを分かっているのか九井は花垣の次の言葉を待たずして口を開く。


「さて、お前は何を見た。あのカバンを何で探しちゃいけないんだ?」
「聞いて、下さい。できればでいいので、信じてください」
「おう、キリキリ話してみろ」


曰く、見えたものは断片的なものらしい。
最初に見えたのは赤。ドロリと零れ落ちた赤い液体が乳白色の地を汚す様だった。その乳白色がヒトの、少女の肌だと気付いたのは少し後になってからだ。
鈍く光る銀が少女の肌を裂いた。恐怖に歪んだ口からは恐らく悲鳴が上げられたのだろう。音は聞こえないが状況から見て武道にだって分かる。
垣間見たソレは殺人現場だ。
花垣と同じくらいの年頃の少女が殺される瞬間。
何故そんなものをたかがカバンの写真に触れただけで見てしまったのか。写真の記憶なのか、写真に写ったカバンの記憶なのか、もしくはカバンの中に入っているナニカの記憶なのか。
もし目の前の人物が犯人なら、花垣は一刻も早く、なりふり構わず逃げるべきだと分かっていた。しかし、何となくであるが目の前の吊り目の男が少女を殺した犯人であるとは思えなかった。そのせいか逃げ遅れて、花垣は今、九井に何もかも洗いざらい話させられていた。


「ふん……。殺人に関わっているかもしれない何かが入ったカバンか。あのジジイ、ろくでもねぇモン探させやがって」
「あ、やっぱり九井さんの物じゃないんですね」
「おう、依頼されただけだわ」


花垣は不快感を隠さない九井が少しだけ怖かったが自分が怒られているワケでは無いことは分かっているので思ったことを素直に口にする。


「探偵さんとかですか? お揃いの服も着てましたけど……」
「いや、暴走族」
「へ?」


あっさりと返された言葉に花垣はフリーズする。


「かつて関東最強と言われた伝説の暴走族・黒龍。俺たちはその10代目だ」
「え、へ……? えぇえええっ!?」
「うるせッ」


今の今まで自分が話していた相手の正体に中学生らしく周りの迷惑も考えずに絶叫する。そんなのは聞いていないとでも言いたそうな花垣を九井は呆れた顔で見つめた。
この辺りで不良をやっているのに黒龍を知らない方が悪いのだ、と。


「さて、じゃあもう一度この写真に触れて読み取れそうなモン読み取れ」
「できるかは分からないですよ。自分で見ようと思って見たことなんて無いんですから」
「とりあえずやってみろ。ダメならダメでさっき見たモンを思い出せる限りで書きだせ。できれば被害者の特徴、加害者の特徴、背景なんかがあると最高だ」


そう言って差し出された写真に花垣は少し怖気づく。
先ほど不意に見たものは花垣にとって十分にショッキングなものだった。ソレをもう一度見ろと言われているのだ。できれば二度と見たくはない。


「酷な事を言っているのは分かってるが、俺たちがつまらねぇ濡れ衣着せられねぇためにはお前のその力が必要なんだ」


嘘は言っていなかった。探し物がいわくつきの物の可能性が出てきた時点で九井は次の手を考えなくてはいけなくなった。目の前の少年のソレが嘘や妄言であればいい。しかし、本当である可能性が極めて高いと九井は思っていた。
写真以外の情報が無い時点で何かの罠の可能性はゼロでは無いと考えていた。しかし、太客からの依頼であったため取り合えず情報を集めていた。情報が出てから考えてもいいだろう、と。
そうして、出てきた情報も眉唾物であるが九井の不安を煽るには十分な材料だった。


「頼む、花垣」
「うぅ……分かりました」


九井が真剣な顔をして頼めば花垣は不安そうな表情ではあるが首肯する。
そうして、写真に触れ、しばらく花垣は考える様な素振りを見せる。自分から何かを見ようとしたことはないらしいため、方法を考えているのだろう。
目をつぶったり、写真の感触を確かめたり、カバンの部分をなぞってみたり、色々試していた花垣の動きが止まる。その黒い瞳が揺れ、次第に色が薄く青み掛かってくる。


「赤……血、女の子の。ナイフ、裂かれた、制服……セーラー、二重のライン、星、マーク。口……赤い、血の泡、白い、粉?」


トランス状態に入った花垣はその視界に入った物を全て言葉にしていった。九井に頼まれていた物を覚えていられる自信が無かったためだ。ソレを九井も察し、ジッと花垣の言葉に耳を傾けた。


「手……男? 大きい、皺……。時計、〇月、×日……20時。赤い、血飛沫。どこかの、倉庫? コンテナ……。カバン……あっ!!」


ぼんやりと青く輝いていた瞳が覚醒と共に元の黒へと戻る。ソレと同時に九井が声を掛けた。


「最後、カバンに何を見た」
「カバンには白い粉が袋で入ってました」
「なるほど、あのクソジジイ。俺たちをヤクの中継にしようってか……」


本来なら高額の対価をもらった上でリスクと天秤に掛け足のつかない最善の方法を取るであろう内容の仕事をガキの使いみたいにやらせやがって、と頭に血が上る。頭脳派といえど九井もヤンキーであるので沸点は低かった。
しかし、怒りに任せて次の行動に移る前に今回の功労者になりそうな少年に目を遣った。


「喜べ花垣、お前のその目のお陰でその女子高生は助かるかもしれねぇぞ」
「本当ですか!?」
「テメェが見たのは間違いなく未来だ。クソジジイの腕時計の日付〇月×日は来週だ。後は俺たちが何とでもする」
「良かった……」


素直に安堵の様子を見せる花垣は心底安心した表情で、最初の頃の不安や警戒は見えなくなっていた。
この少年が欲しいのは賞賛ではなく共感と信頼なのだと把握してしまえば九井にとって花垣の掌握は簡単だった。あまりのチョロさに心配になるがソレはこれから九井が上手く使ってやれば良いと内心ほくそ笑む。


「お前、使えんじゃん。その力、黒龍で使ってみねぇか? 俺たちならお前がどんな事情抱えてたって何とでもしてやれるぜ」
「えっ……」
「まぁ考えるだけ考えとけ。それより、この後どうなったかだけでも知りてぇだろうから連絡先だけ教えてくれよ」
「あ、はい。それなら……」


やはりチョロい。会ったばかりの見ず知らずの男に連絡先を教えるなんて九井には考えられない警戒心の無さだった。
先の見えなかった写真のカバンについての進展と、花垣という未知との遭遇に心躍らせつつ九井はふと思う。まだ、花垣少年がただの狂人であるという線は捨ててはいないがそれでもかなりの確率で“本物”であると九井は信じていた。実害がないレベルにしか表には出していないがこんなにも荒唐無稽な話を真面目に信じたのはいつ振りであろうか、と。自分こそ、目の前のヘニャヘニャと笑う少年に心を開き始めているのではないか、と。
その考えを馬鹿馬鹿しいと切り捨て、もし本当に未来視の能力があれば自分の役に立つから親切にしてやっているだけだと自分に言い聞かせる。
こんなダサくて警戒心が無く、ヒョロッちく、いかにもお人好しといった男など九井のよしとするところではないのだ、と。

・・・

しばらくして花垣のもとに九井から連絡がきた。
カバンは無事見つかり、中身も花垣が見たもの通りであったとのことだった。黒龍は運び屋として相応の報酬を得、九井が色々と難しいやり取りをした結果女の子は無事らしい。花垣には分からないことばかりだったが九井やあの女の子が危険な目に合わなくて良かったと心底安心した。
そうして少年……花垣武道は10代目黒龍に入る事を決めた。
九井が自分の能力を利用したがっていることも花垣は分かっていた。しかし、それでも、こんな異質な能力を持つ自分を受け入れてくれる誰かがいてくれる場所があるならばそこにいたいと花垣は入隊を決めた。
そうして武道は一般隊員として入隊したが特に強くも無く、その上、特例として入隊し九井付きの副幹部の様な立ち位置に就いた。そのために花垣の紹介をした集会では他の一般隊員からの視線は鋭く、痛かった。
武道を利用したい九井。まだ挨拶したくらいしか関りはないが、醒めた目で見つめてくる乾。そして、弱い武道を認めない柴。
連絡先を交換され、集会がある日など必要な連絡は九井からメールで来る手筈になっている。
ほとんど勢いで入った10代目黒龍というチームは花垣の思う不良像とは違うものだった。
武道は不良と言うものに憧れていた。
ヒーローであると思っていた。
何故そう思っていたのかも思い出せない程前に何かきっかけがあった気がするが思い出せなかった。しかし、自分もそうなろうとしていた。
そうして中学に上がり、不良の友達ができて、それなりに喧嘩ができる様になった頃だった。武道はおかしなモノを見ることが増えた。
もともと、武道は時々ヒトならざるモノを見ることがあった。ソレは死んだはずの人間の影であったり、その場所で起こった過去の事、これから起こるのであろう未来の事、様々だった。
幼い頃はそのことを親に話したりしたがまともに取り合ってもらえないことが多く、結局諦めて不貞腐れて終わった様な気がする。武道はあまり覚えてはいないけれども、本当に怖かったりした時には一緒に寝てくれたりとかしていたので何かがトラウマになったりだとかそういった事は無かった。
しかし、此処に来て見たおかしなモノは最悪だった。
つい先日、従兄に会った時に見たヴィジョン。番を張っているとふかした男の言を素直に信じた己の罪。奴隷として搾取される生活。親友が人を殺す瞬間。幼馴染の自殺。
そんなものが一瞬にして脳みそを駆け巡った。
割れる様に頭が痛かった。こみ上げる吐き気を我慢してフラフラとトイレへ向かい、胃の中が空になるまで吐いた。胃液が喉を焼いて、鼻の奥が痛かった。
ソレが実際にこれから起こるハズの事のことだったのだという事実が武道を苛む。ソレを起こさなかった安堵とそうなる可能性があったという自分の愚かしさが絶え間なく脳裏に過る。ぐちゃぐちゃになった頭の中にグラグラと揺れる視界。
見てしまったショッキングな映像がいつまで経っても頭から離れなかった。
食欲が湧かず、学校に行く気にもならなかった。友人たちと会ってしまえば見たヴィジョンが現実になってしまいそうで恐ろしかった。誰も巻き込みたく無くて、心配してくれる彼女にメールで別れを切り出した。その提案は案外あっさりと了承されたが、心優しい彼女は何かを悟っていたようで、それでも落ち着いたら連絡が欲しいと伝えられた。自分には勿体ないくらい素敵な女の子だと花垣は泣いた。
そんな武道を心配して家族は暫くは学校に行かなくても良いと言ってくれた。理由を理解せずとも武道が時々不安定になることを両親はしっかりと理解していた。
ヴィジョンを見る前よりもかなり体重が減った頃、制服だけ着てみた。家から出ることは叶わなかったけれども、少し前に進んだ気がしてその日は気持ち良く眠れた。
クマが薄くなってきた頃、制服で外に出てみた。学校にはたどり着けなかったけれども、ゆっくりと回復していると少し自信が付いた。
そうして九井に出会い、黒龍に入った後、花垣は学校に辿り着いた。久しぶりの花垣を学校は案外優しく受け入れた。友達に会うのはまだ怖くて保健室で不登校の割にヤンチャな格好だとオバちゃん保険教諭に揶揄われた。しばらくすると友達の方から花垣を迎えに来た。見た目で分るほど減った体重を心配し、黒龍に入ったと告げれば友人の一人が興奮してた花垣も知らなかった黒龍の話をマシンガントークした。
花垣が感じていた通り、黒龍は花垣の思う不良道とは掛け離れていて、ほとんど犯罪組織と言って差支えの無いものだった。ヤクの運び屋を不意打ちでやらされて怒れどもしっかりと報酬を受け取ったうえに達成したり、女子高生をヤク漬けにして殺す様なおっさんと繋がっている時点でそんな気はしていた。
思ったよりもヤバい族に入ってしまったと後悔しつつも、やっと日常に帰ってこれた気がして花垣は久しぶりに思いきり笑ったのだった。
その日は集会も無く、久々の登校に少し疲れて早くに眠りについた。

 

「……」


目を瞑り、ベッドに横になる。布団にくるまるとすぐに意識が沈み始める。ゆっくりと、どこかへ導かれるかのように、花垣は夢の中へと墜ちて行く。
パチリ、と瞼が上がった。
気が付けば自分はどこか外にいた。見覚えのあるような、でも自分が知っている物とは微妙に違う街並み。PTSDもどきの次は夢遊病かと不安に駆られるがそうでは無いことを花垣は何となく悟っていた。
これは夢だ。
もしかしたらサイコメトリした誰かの過去かもしれない。
最近は九井と共に能力の練習をしているためそこそこ見たいものを見れる様になってきたがモノにするにはまだまだ足りず、見る回数は増えて行き、不意に見たくも無いものを見ることもまた増えていた。
しかし、暗い夜道に不思議と恐怖は覚えなかった。
雨が降っているのか路面がネオンを反射しキラキラと輝いていた。
夜の東京を花垣はフラフラと歩く。不安は無かった。どこか高揚感すらあった。
花垣はこんなにもゆったりした気持ちで夜中に出歩いたことなどなかった。
今思えば自分は夜の似合わない不良には向いていない男だったなとどこか他人事の様に思う。日の下を仲間とはしゃいで歩くのが好きだった。
暗がりは恐ろしく、裏街道など歩こうとも思わなかった。
けれど、夢の中の夜はキラキラと輝いていて、花垣はその美しさに魅了され、憑りつかれた様にフワフワとした心地で歩く。
そこに新たな光が射した。
ドゥルンドゥルン、ババババと排気音を立てて、バイクの集団が傍を通る。揃いの特攻服を靡かせて、夜の街を泳ぐようにそいつ等は駆け抜けていった。
一瞬、その先頭の男と目が合った気がした。黒い髪をリーゼントにして、東京の夜闇よりも更に暗い瞳が夜の東京の灯りを反射してキラキラと輝く。
そうだ、自分が憧れていた不良とは彼の様なものだ。
そう漠然と、花垣は思う。
だんだんと見失いつつあったヒーロー。マントの様にたなびく特攻服。その背中に書かれた、初代黒龍の文字。
うっとりと花垣はその背中を見つめ、見送った。

♡♡♡

見るべきものは見たのでそのうち目が覚めるだろうと花垣はまたフラフラと歩き出す。
雨の湿った匂いと熱気が頬を擽った。
キラキラと輝くネオンの反射を眺めながら気分の高揚のままに踊る様に歩く、歩く。武道にはダンスの心得なんて無いけれども、軽い足取りだった。口笛を吹いてもいいかもしれないと考えだした頃、目の前に一台のバイクが現れた。


「あ、さっきの」
「よぉ」


黒く輝くバイクに跨って、男は武道に軽く声を掛けた。
今まで見たどんなヴィジョンでも、自分が認識されることはなかったため、武道は少し驚く。過去に干渉できるハズが無い。


「中坊か? こんな夜中にフラフラしてっとあぶねぇぞ?」
「あ、いえ……はい」


咄嗟に否定しようとしたが何となく尻すぼみになり、素直にうなずく様に言葉を変えた。心配されて嬉しかったのかもしれない。


「ハハ、素直だな」
「……」


頭を撫でられ、子ども扱いに恥ずかしくなる。
頬から耳までが熱くて、触れられている箇所が何故かくすぐったかった。


「んぅっ♡」


素直に男の手を受け入れていると喉が鳴る様に甘い声が響いた。ソレが自分の声だと気付くのに時間が掛かるほど、耳慣れない甘さに武道は自分自身に驚いた。


「おっと、悪い」


武道が固まっていると、パッと男は手を離してまるで痴漢冤罪を防ぐように両手を上げる。触っていないですよ、というポーズであるが触ったのも武道に声を上げさせたのもは紛れもなく男だった。


「いえ、気持ち良かったです」
「お前な……」


自分自身に驚きつつも男の手が心地好かったのは本当なので武道は素直にそう告げた。そんな武道に呆れた顔をしつつ、男は興味深げに眺めた。


「お前、何て言うの? 俺は佐野。佐野真一郎」
「花垣武道です」
「はながき、たけみち……。武道だな、いい名前じゃねぇか」
「へへ、そう言われると嬉しいです」


へりゃりと笑って武道は男……真一郎を見つめた。
酩酊する様な心地だった。


「で、武道はこんなとこでナニやってんだ?」
「何、といいますか。キラキラして綺麗だなぁって思って歩いてました」
「あー、路面の反射か」


武道の言葉に真一郎は少し苦い顔をした。バイク乗りとしてはあまり雨は好ましくない天気なのだろう。


「お前、そんなフワフワしてて大丈夫か? 家まで送る?」
「あー、多分家は無いので大丈夫です」


武道の知る黒龍から十代も前の世界。そんな前に武道の帰るべき家は無い。夢から醒めるのを待つしかできることは無かった。


「あー、ワケありか。まぁ色々あるわな……」
「はい」


暴走族に所属する真一郎は今まで散々、夜の街にしか居場所を見いだせない少年たちを見てきた。そんな奴らをまとめて、背負って、今の地位に就いたのだ。今更家出少年くらいで動揺はしなかった。
しかし、目の前の濡れネズミの少年を放っておける性質でもなく、逡巡の後、声を掛けた。


「あー、一緒に来るか?」
「……はい」


特に断る理由もなく武道は頷いた。
バイクの後ろに乗せてもらい、キラキラ光る街を走り抜けた。左手はシートに付いたベルトを持つがどうにも不安で右手は真一郎の背中に添える。ベルトが外れるとは思っていないが何となく心許ない感じがあった。
二ケツの時はくっつかないでベルトのみ持ってもらった方が運転しやすいけれども、真一郎も何となく武道の手が嫌では無かった。
喧騒を抜けて暗い道へと入り、また明るい建物へと辿り着いた。


「ここ……」
「あー、悪い。そういうつもりじゃあねぇんだけどよ、二人ならこっちのが安いんだワ」


キラキラというよりはペカペカと輝くネオンは安っぽく、そのチープさが少し間抜けで可愛いと武道はいまだぼんやりとした頭で考える。


「いえ、大丈夫です」


くっついた方が良いのだろうか、とバイクから降りて真一郎の腕に抱き着く様に腕を絡める。そんなことをしても武道は女の子ではないのでその二人組の異様さは変わらないが、真一郎が嫌がらなかったので良しとする。
パネルで部屋を選び、カギを受け取ってエレベーターで部屋へと向かう。
流石、不良の頂点、黒龍の総長は女の子を連れ込むのも手馴れているのだな、と感心しながら武道は初めて入るラブホテルの部屋に少しだけドキドキしていた。
大きいベッドが一つに棚にテレビ、ソファ。広々とした部屋はわざとらしいくらいに豪華で女の子はこういうのが好きなのかと頭に書き留めておく。彼女と別れたばかりで、きっとしばらく使う予定も無い知識になるけれども。


「先風呂入って来いよ。お前濡れネズミじゃん」
「真一郎くんこそ、どうぞ先に入ってください」


なんせ出資者だ。財布を持たない者に人権は無いのだと武道は九井に習ったばかりだった。
しかし、真一郎は風邪をひいてはいけないと武道を先に譲り、武道は年上勝つ目上の真一郎に先を譲る。話が平行線の一途を辿りつつあった頃に二人でくしゃみをして二人で入る事にした。
何せラブホテルだ。二人で入るくらいワケはないサイズだろう。
そうして脱衣所で服を脱いで、お互いの身体に絶句する。


「細ッ!」
「ムキムキっ!?」


真一郎は武道の痩せた身体に驚き、武道は真一郎の鍛えられた身体に驚いた。
これだけ気合の入った髪型をしている少年の身体がこんなにも病的に細いとは真一郎は思っていなかった。武道の身体は一時期よりは健康体へと戻りつつあるがまだまだ落ちた筋肉は戻ってきてはいない。コレはやっぱりかなりの訳アリだな、と心の中で納得して真一郎は視線を逸らす。白く、まろい肌に変な気を起こす前にと自制した。
逆に、武道は真一郎の仕上がった身体に驚く。相手は初代黒龍総長なのだから引き締まっていて当然なのだけれども、真一郎の優し気な雰囲気と着痩せする体形に此処まで立派だとは思っていなかったためだった。よく見ると身長もかなり高く、武道よりも二〇センチ近く大きい。コッソリと下半身も確認すればその身体に見合った立派なモノがついていた。


「……」
「……」


お互いに無言でシャワーを浴び、広いバスタブに隣り合って浸かる。
たまにチラリとお互いを見てまた視線を逸らす。たまに視線が合って驚いたりもした。
そんな妙な空気の中で武道は何だかいたたまれなくなり、思い切って真一郎に寄りかかる形で触れてみた。


「うぉうっ!?」
「あの、あんまり目を逸らされると寂しい、です」


逞しい腕に手を添えてそう言えば真一郎は深くため息を吐いた。呆れられてしまったかと恐る恐る真一郎の顔を見れば、真一郎はジッと武道を見つめていた。


「お前なぁ、ガキがあんまり煽る様な事言ってんじゃねぇぞ」
「あ……」


少し怒った様に真一郎は武道に手を伸ばす。ガラス細工にでも触るかの様に繊細な手付きで真一郎は武道に触れ、その身体を簡単に抱き上げて膝の上へと乗せた。


「あぅ……♡」


正面から向き合うと身体を見られている事が分かって恥ずかしかった。隠せるものも無く、その貧相な身体が真一郎の眼下に晒される。
骨の浮き出た鎖骨、うっすらと肉の着いた胸にはツンと朱鷺色の突起が主張を見せていた。
ゴクリ、と喉が鳴る。
今まで、真一郎は男相手ならばいくらでも意識などせずに大胆な行動がとれていたが、武道を目の前にした瞬間にそれまでの人間関係のノウハウが意味をなさないことを悟った。
子どもを相手にするつもりだった。
ちょっと擽ったり、軽くじゃれて、緊張を解いて、変な空気など霧散させてしまおうと思っていた。
けれど、いざ武道に触れ、見ると、そんな目論見は失敗に終わると自覚する。この身体に、そういう意味で惹かれているのだと嫌でも自覚させられる。
ジッと舐める様に見つめてしまい、武道の羞恥を煽り、湯舟の温かさのせいだけでなく火照った肌が上気した。


「あ、の……どうぞ♡」


そんなことを言うつもりは武道には無かった。しかし、ぼんやりと酩酊した頭が今言うべき言葉はコレだと指令を下す。
男に抱かれる趣味など無い。けれど、目の前の男が己を欲したならば差し出すべきだと頭ではなく心が先に答えを出していた。


「こんの……ッ」
「ひぁんっ♡♡♡」


煽られ過ぎて焼き切れた真一郎の理性が断末魔を上げた。


「んぅっ♡ んぁ、あんっ♡♡♡」


後頭部を掴んで噛み付く様にキスをする。こじ開けられた唇から甘い喘ぎが零れ、ソレがまた殺された理性の死体を踏み躙る。
絡めた舌をじゅるりと吸った瞬間に武道の腰を大きく跳ねた。
まるで捕食でもしている気分だった。自分より小さく、華奢な少年に何をしているんだと頭の片隅で思わなくも無いが、煽ったコイツが悪いと真一郎は武道を貪る。


「んっ♡ あっ♡ あぁっん♡♡ ひゃあっ♡♡♡」


空いていた手で胸の突起をつまみ上げれば武道は目を見開いて悲鳴を上げた。青く澄んだ仔猫の様な瞳が大きく見開かれた。

 

「あ……♡」


どうやらキスに加え、乳首でイッてしまったらしい。
しかし、そこでぼんやりした様子だったが急に目が覚めた様に覚醒するしたようだった。


「アー……ごめんなさい。オレ、もう帰るみたい」
「は?」


急に告げられた言葉に咄嗟に反応できなかった。
帰る? この状況でどこに帰るというのか。


「また会えたら良いですね。また、会いたいです」
「え?」
「いつか、きっと……」


武道の青い瞳が黒く濁っていく。瞳の色が濃くなると同時に、武道の輪郭が融ける様に揺れた。


「え? は??」


瞬く間に蜃気楼の様に消えてしまった少年に真一郎は困惑する。
今まで、自分はいったい何を見ていたのか、何と話していたのか。


「まさか、幽霊?」


そんな恐ろしい結論に行きつくも己の滾った下半身の収まりがつくワケでもない。


「いや、せめて最後までヤらしてくれよ!!??」


渾身の叫びも一人のバスルームに虚しく響くだけだった。


武道は目を覚まして、妙な夢を見たと溜息をつく。
ソレと同時に下半身に濡れた感触を感じて溜息をついた。


「最後まで見たかった様なそうでもないような……」