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ラスナイ、中編


夢を見た。
武道の憧れた不良の夢だ。
キラキラと輝くネオンとテールランプ。靡く特攻服。
よく知っているハズなのに知らないそこはいつかの時代の東京で、誰の記憶なのかも分からないままそのロマンを享受した。


卍卍卍


「九井さんは初代の黒龍を知っていますか?」
「いや、知らねぇけど。……どうかしたのか?」

 

黒龍に入った武道はサイトメトリーの練習にほとんどの時間を費やしていた。
ソレに付き合うのはほぼ九井であり、たまにその部下が手伝ってくれるくらいだった。せっかく武闘派のチームに入ったのにと残念に思うもまだ体力は完全に戻ってはおらず、食事と軽い運動、筋トレでゆっくりと力を付けていくのがやっとだ。完全に身体が戻ったら誰かに喧嘩の稽古もつけてもらおうと内心誓いを立てているがまだ誰に頼めるという程の関係は築けていなかった。
九井には比較的慣れたが喧嘩よりもサイコメトリを優先して身に着けるべきだと懇々と説教をされることが分かっているし、九井の補佐に就くなら喧嘩よりも経理を仕込まれるであろうことが未来視をせずとも予測できた。そして算数は苦手なのでごめんこうむりたいと願っている。
最初は写真や物などの過去や未来を集中して視る訓練から始めたが、今は戦闘訓練をしている男たちの動きを視て数秒先の動きを予測する所まで能力は開花している。
日課になりつつあるそんな訓練の休憩中にふと武道は昨夜見た夢のことを思い出し口に出した。


「いえ、それらしき物を視たので誰の記憶なんだろう、って思いまして」
「ふーん、初代ねぇ……」


夜闇を切り裂くテールランプに公道を泳ぐゴツいバイクの群れ。
アレは誰かの記憶なのか、武道がただ夢想したおとぎ話なのか、まだサイコメトリをモノにしていない武道には判断が付かなかった。けれども、きっとアレは実際に存在した誰か、もしくは何かの記憶なのではないだろうかと武道は信じており、実在してほしいと願っていた。


「一代一年として初代なんて一〇年近く前の事だろ。流石に現役隊員で初代の時代を知ってる奴ぁいねぇだろうな」
「あー、確かに。じゃあ何の記憶見たんだろ……」
「さぁな」


休憩中の九井は案外武道の話を聞いてくれる。
あまりに馬鹿馬鹿しい話を振ると小言が飛んでくるか完全に無視されるかの二択になるが、能力の事以外でも簡単な世間話くらいはできる仲になったと武道は喜んだ。コンビニの新商品のどれが美味しいだとか、万が一喧嘩に巻き込まれた時にできる簡単な対処方法、そもそも巻き込まれるなと仮定の事にすら小言をもらうがそんな会話が案外武道には楽しかった。
その中で、九井は黒龍の要であるが執着はしてないということに気付き疑問に思う。根っからのイキり不良だった自分とはあまりに違う不良に、何のために不良をしているのかいつか聞いてみたいとも思うがまだそこまでの仲良しにはなれていないだろうと武道は自重する。
きっと、初めて会った時に言っていた“小学校の頃はほぼ学校に行ってなかった”という言葉に関係する何かがあるのだろう。あの時の言葉は武道に自己開示を要求するためのパフォーマンスであったと分かっているが、まんざら嘘というワケでも無かったのではないかと武道は思っていた。もし本当にそうであるならば、まだ武道の踏み入れてはいけない場所だという判断くらいはできた。
いつか聞けるようになりたいなぁ、とぼんやりと武道が九井を眺めていると九井は急に今思いついたといった様子で口を開いた。


「初代に興味があるならイヌピーに聞いてみたらどうだ?」
「ひょえ!?」


九井の急な言葉に武道は情けない悲鳴を上げる。
まだ乾とは全く仲良くなっていない。仲良くなる目途も算段もゼロであった。


「えぇー、いやぁ……」
「何だよ。確かにアイツはちょっとぶっきらぼうなとトコあるけど悪い奴じゃねぇよ?」


そうだろうかと武道は九井のフォローに内心疑問を呈する。
そもそも一〇代目黒龍自体が武道にはそれなりにワルい組織の様に感じていた。武闘派で硬派といえばそうでもあるが武道の知らないワルい何かをして稼いでいることは武道も何となくではあるが知っていた。
その中で乾といえば九井と同じ幹部隊員であり頭脳労働メインの九井と対になる様に肉体労働……主に荒事を担当しているイメージだった。九井の言う様にぶっきらぼうで無表情、九井に用事があっても武道を見るとフイッと視線を逸らして最低限の接触しかしたくないとでも言う様にどこかへ行ってしまう。
九井とはかなり仲が良いらしく、自分がいない所では親密にしているらしいが武道の前ではそのような様子は見せてくれなかった。


「お、ちょうど良い所に」
「えっ!? ちょ、まっ……!?」
「おーい、イヌピー」


慌てる武道を無視して九井は乾を呼ぶ。いっそ武道を揶揄うのが目的だと言った方がしっくりくる表情に武道は瞳を潤ませた。仲良くなっても碌な扱いを受けない。


「ココ、どうした」
「花垣が初代のこと知りてぇんだと、教えてやれよ」
「……あぁ、分かった。また今度な」
「ハハ、だってさ」
「あ、ハイ。楽しみにしてます」


きっと今のところ永遠に来ないであろう今度に武道は涙がちょちょぎれそうになる。九井を通してこれである。よほど乾は自分を嫌いなのだろうと武道はガックリと肩を落とした。


「まぁそんな気を落とすなって」
「うぅ……はい」


九井は項垂れる武道の肩に腕を回し反対の手でワシャワシャと髪をかき混ぜる様に撫でた。黒龍入隊まではリーゼントにしていたが、今は九井の命令でワックスを付ける事すら禁止されている。曰く、時代遅れのリーゼントはダサいし何よりも触り心地が悪い、と。
武道はこういった“可愛がり”に慣れておらずまだ戸惑いが大きいが撫で心地のために自分の趣味を制限されるのは納得していない。反抗できるほどの実力はまだ無いができる様になったら絶対にまたリーゼントに戻してやると内心誓いを立てていた。
ワルいお兄さんに遊ばれている事は分かっているが、同時に九井が武道に心を砕いてくれていることも分かっているために武道は仕方が無いと溜息を吐いた。
九井が自分の持つ能力を利用したいと思っていることも、そのために優しくしてくれていることも武道は分かっている。下心ありきでも、与えられる優しさに違いは無く、それこそ暴力で従わせてもいいものを優しさで絆してくれる所が九井の優しさだと武道は感じていた。


卍卍卍


また、夢を見ている。
現実と見紛う程リアルで、もう現代には無い少し退廃的で煌びやかな夢だ。
仲間にはきっとダサい、古臭いと言われてしまうかもしれない。
しかし、武道にとっての憧れの不良だ。
拳一つでその男は戦う。
参謀と思われる男が策を弄することはあっても男のスタンスは変わらない。
最前線で、チームを、仲間を背負ってその男は戦う。
立ち止まらず、前を向いて、絶対に諦めない。自分が大将なのだと、何があっても自分だけは立って、仲間を導くのだという戦い方だ。
よく見ると男は特別喧嘩が強いというワケでは無かった。殴られ、蹴られ、ソレでも相手から目を逸らさない。立ち続け、戦い続ける。それだけだった。
その戦い方が彼の生き様の様で、誰も彼もがその熱に浮かされ、火を付けられる。
戦い続けて、立ち続けるから負けない。そんな彼を慕って、彼よりも強い男たちが彼に続く。
ジッと武道はその様を見ていた。
ただ見ていただけのタケミチすら火を付けられ、その視線が熱を帯びる。遠い過去の記憶だと分かっているのに、過去には干渉できないと知っているのに、手を伸ばしたくなる。
手を伸ばした所で男の周りには自分と同じような人間がたくさんいて、自分の手を取ることは無いと理解しているのに熱い視線を送るのをやめられない。
気付いてほしい、触れてほしい、そんな気が狂った様な願望が心に渦巻いた。
事が終わって男が見えなくなってから、フラフラとまた武道は歩き出す。
煌びやかなネオンと雑踏を抜けて、薄暗い場所へと場面が移る。いつもならフラフラと街並みや“彼ら”を見ているうちになんとなく夢から醒めるのに、ソレが無い。
武道はどこか嫌な予感がしながら暗がりを歩いた。
夢見る東京の夜闇は美しいのに、今回のソレは何か冷たいものを感じてじっとりと嫌な汗をかく。そういえば普段の夢は温度を感じないのに今は真夏の夜の様に蒸し暑い。
現実の世界でもそろそろこのくらい暑くなる頃だ。
いよいよ目が覚めるのかと期待するが愛しの布団の感触は戻ってこない。仕方なく歩いていると武道の知っている道に出た。
渋谷寄りの新宿の辺りだろうか。人通りの少ない脇道に入っていく。
悲鳴が聞こえた。嫌だ、やめて、と女の子の声がする。
ソレを男たちの汚い罵声が遮る。殴り、骨を砕き、肉を潰す音がする。
フラフラと武道はその音の元へと歩いて行く。以前見た殺人現場とは違う類の凄惨な現場だった。
学ランの男達が女の子を輪姦マワしていた。傍には縛られた男もいる。
唾棄すべき光景だった。武道の憧れた不良とはこういうものではない。ワルいことに心惹かれるお年頃であると自覚はしていたが、これでは無いのだと武道は心が冷える思いをする。
どうか、この男たちが黒龍では無いように、と武道は祈る思いで傍観する。
何とかして止めたいと思うが武道にどうこうできる相手ではないと分かっていた。そしてどうしてか、コレは未来視であると確信していた。
此処で何をしたって現実では何も変わらない。武道にできることは前回の様に、凄惨な光景から目を逸らさずに、全てを視て、全てを覚え、現実でことが起こる前に何とかする事だけだった。
今ここには情景を呟けば聞き取って覚えてくれる九井はいない。次にまたこの場面を見る事ができるかも分からない。
気持ちの悪い男たちを、顔の潰された少女を、ボロ雑巾の様な男を、目を逸らしたい光景を、武道は脳みそに焼き付ける。
夢なので起きたら忘れていましたでは済まされないのだ、と頬の肉を噛んで必死に吐き気を耐える。気を抜いたらきっと目を覚ましてしまう。
そうして耐えた先に、武道はやっと手がかりを視た。
学ランの男達に交ざるツナギの特攻服。刺繡がしてある。国士無双、喧嘩上等……これではない。胸元から視線を移した先、腕の部分。8代目、愛美愛主。


「見つけた」


バチン、と視界が開ける。
冷や汗でビショビショになったパジャマが気持ち悪い。
見慣れた天井に安堵する。
しかし、安心している暇は無かった。今見たものを忘れない様にメモしなければならない。武道は布団から飛び出して机の上に散らかったプリントの裏に情報をボールペンで書き殴った。
場所、女の子の特徴、男たちの学ラン、そして愛美愛主。何と読むのか武道には分からなかったが調べればきっと分かるだろう。場所は何となく見覚えがあるから探せば見つかるハズだ。
しかし、肝心な時間が分からない。恐らく夜だという事だけは分かるがソレが今夜なのか一カ月先なのか。


「クソっ!!」


吐き気を耐えて得た情報なのに肝心なことが分からない。これから毎晩現場に張るワケにもいかないし、本当に今晩だった場合、武道にできることはほとんどない。出来て通報だがことが始まってから通報した所で警官の到着までに女の子は壊されるだろう。


「だーッ!! もうッ! 俺の馬鹿!!」


致命的に役に立たない。こんなことなら九井の言う通りにサイコメトリをもっと練習するべきだった。見たいものを自在に見れるならばこんな焦燥感に支配されることも無かったのに、と自分の怠惰を恨む。
悪いペースでは無かったと思うが必要な時に間に合わなかったのでは意味が無い。


「……」


もしも、同じ光景を見るなら、あの場所を探すしかない。


「やるぞ……」


フゥー、と深く息を吐いて武道は呟いた。

 

・・・

愛美愛主、って何て読みますかね?
と、九井にメールを送って武道は外へと出る。渋谷から新宿のどこか。大量にありすぎる路地全てを確かめるなんてことは武道一人にはできない。なので文字通り目を光らせて武道はそこら辺にある物全ての記憶を読み取っていく。
一日にそんな量の記憶を読み取った事はないし、一つ一つに集中している時間は無いので手早く済ませることも大切だ。実用していくとなると課題がいくつも出てくる、と武道は自分の能力の不便さに泣きたくなるがそもそも未来を見るという事がズルなのであると思いなおす。
偶然この力が発現したから自分は間違いを犯さずにすんだ。
親友は殺しをしていないし、幼馴染は生きている。見知らぬ女子高生もきっと助かっただろうし、九井にも利益があった。
だから、この力はきっと誰かを助けるためにあるのだ。
行儀の悪い子どもの様に、壁や電柱などをペタペタ触りながら武道は歩く。
ほんの一瞬だけ脳裏に移る過去の光景が今見ている現実にリンクしていく。出勤するサラリーマンや学生たちの影、真昼の太陽の下を駆けていく野良猫、どこからか香ってくる夕飯のカレーの匂い。時間も何もバラバラな光景の中で白いツナギの特攻服を探す。
八代目愛美愛主。誰でも良い。その服を着たいつかの誰か。その記憶を追えばきっと犯行現場へと辿り着くハズだ。犯行現場はどこかの公園か廃墟だ。暗くてあまり見えなかったけれども、車止めとフェンス、散乱したゴミが背後に見えた。
川沿いから攻めるかと歩いていると前方に知っている人影を見つけた。


「あれ、乾さん?」


取り巻きもつけずに乾はカツカツと歩いてくる。
白い特攻服に赤いハイヒールのコントラストが眩しい。そういえば夢の中の黒龍にもハイヒールを履いた男がいたな、と思い出す。


「花垣?」


武道が気付くのとほぼ同時に乾も武道に気が付く。下っ端気質の武道は乾が動くよりも早く小走りで駆け寄る。


「おはようございます!」
「ん、おぅ……」


礼儀正しくキッチリと頭を下げる武道に乾は素っ気無く頷く。
出くわしてしまったものは仕方が無いので挨拶をしたが武道も方も特に乾と絡みたいとは思っていないため話すことは特にない。このまま適当に別れようと思っていると意外な事に乾の方から声が掛けられた。


「お前、平日のこんな時間に制服も着ずにサボりか?」
「あ、いえ……そのぅ、まぁ…はい」


最近は行けているが少し前まで登校できていなかった時の名残で学校をサボることに罪悪感が無くなってしまっていたが、今は平日の朝だった。普段ならまだ寝ている時間であるし、本来ならこれから起きて制服を着て学校に行かなくてはならない。
しかし、今日見た夢の内容がいつ起こるのかが分からないため学校に行っている余裕はない。


「俺が言えた義理じゃないが、ココの部下やるなら最低限勉強はやっといた方がいいぞ」
「あぅ……重々承知しております…」


特別仲の良くない先輩からもっともな苦言を呈され武道は肩を落とし俯く。そうは言ってもこちらにも事情があると思いつつも口に出すことはできない。
しかし武道は自分の頭があまり良くはない自覚もあるので素直に落ち込む。もっと練習して身に着けておけば良かった。もっと勉強した方が良かった。後悔とは文字通り後から来るのだ。ソレはついさっき、骨身にしみて感じたばかりだ。それでも今は人命第一で動かなければいけないと武道は決めている。
落ち込みつつもどうやって切り上げようかと思案しているとまた、乾の方から声が掛けられた。


「何か、困っているのか?」
「へ?」
「視ていたんだろう?」


武道よりもよほど身長がある男であるのに、乾が小首を傾げると何故か上目遣いをされているように感じる。生粋の不良であり、強くて怖い人なのにその仕草にどこか愛嬌を感じた事と、自分のことを知られていることに武道は驚いた。


「お前の目が青いのはココから聞いたし何度か見た。集中力も体力も要る作業だがだんだんと持続時間も伸びてモノにでき始めている、と」
「え、あ、はい。頑張らせていただいております……」


悪くはない九井からの評価に照れて武道の言葉が尻すぼみになる。ソレをわざわざ覚えていてくれた乾に関しても、あまり悪くは思われていないのではないかと調子に乗りかけるが何とか自制して心を落ち着ける。今は喜んでいる場合じゃない。


「で、お前はこんな所で何を視ていた」
「あー、えーと、そのぅ……」


乾に話して良いこと なのかと武道は言葉に詰まる。
余計な事に首を突っ込むべきではないと諭されたり、九井に報告されるとあの女の子を助けられなくなるかもしれない。今の黒龍はむやみに人助けをしたりするようなチームではないのだと流石の武道も分かっていた。


「花垣」
「っ!」


ビクリと肩が震える。何を言っていいのか言葉に窮してハクハクと口を開いてみるが音にはならない。そんな武道の様子に乾は溜息を吐く。


「落ち着け。怯えるな。俺は怒っていない」
「うぅ……」


涙の滲みかけた瞳で武道は乾を見上げる。
そのあまりに一般人然とした姿に乾はどう対応すべきが焦る。今まで乾の周りにいた後輩とは違い過ぎる武道にどう接するべきか、乾はまだ答えを出せていなかった。火事で姉を失って家族が壊れてから、まともに学校には行っていなかったため一般人の取扱いが分からない。しかも九井が連れてきた能力持ちだ。下手には扱えない。
しかもその能力が“触れたものや人の記憶を読み取る”と来た。乾に触れた武道が万が一にも火事の記憶を読み取ってしまうのはまずい。余計なトラウマを植え付けることになる。
そんな乾の焦りから出た行動はしゃがみ、ポケットから飴を取り出すことだった。


「食え」
「え?」


手が触れない様に気を付けつつ、乾は武道に餌付けをする。完全に幼稚園児への対応だった。


「あ、ありがとうございます」
武道に乾の意図は掴めなかったが何か気を遣ってくれたという事だけは理解して、その場で包み紙を取って飴を口に運ぶ。
人工的な甘みに舌が痺れ、唾液が溢れる。ミルク味のソレと歯がぶつかりカロカロと音が鳴った。


「あの、美味しいです」
「そうか……」


突然の餌付けにどうしたものかと武道は乾を見つめるが、乾は乾で武道の涙が止まったことに満足しており他に特に目的も無いため何をするワケでもない。


「……」
「……」
「……」
「それでは俺はコレで……」
「あぁ……。って、いや違う! 此処で何をしてたんだ!?」


お互いの沈黙で何をしようとしていたのか忘れ、とりあえず別れようとしたが寸での所で乾は武道を呼び止める。武道も逃げられない事を分かっているので素直に止まってしまい元の状態に戻ってしまった。


「あー…えーと、ですねぇ……」
「花垣、素直に言った方が身のためだぞ」
「ひぇ」


ついに脅しをかけてきた乾に武道は小さく悲鳴を上げる。気を遣ってくれたり飴をくれたりしたが、そういえばこの男は黒龍の中でも一、二を争う短気であった。
観念して武道は掻い摘んで夢の内容を話す。どうしても自分は夢に出てきた女の子を助けたいのだ、と。時間も無いので初代の部分は省いて、愛美愛主の事はバレると止められそうだからあえて隠してしまったが。女の子の話をすれば乾は顔を顰めた。


「酷いな」
「だから、今日は犯行現場を探さなきゃいけないんです」
「……」


どうか邪魔をしてくれるな、と嘆願する真剣な目で武道は乾を見つめる。
その瞳を読めない表情で乾は見つめ、口を開いた。


「探してどうする? お前に止められるのか?」
「ッ」


ソレは武道も悩んでいた所だった。通報しても警官の到着まで時間が掛かる。
場所を探しながら考えようとも、犯行日時によってとれる対策は変わるとも考えつつも、サイコメトリに集中力を取られ碌な対策は思いついていなかった。
言葉に詰まる武道に乾は言葉を続けた。


「行動派なのは良いが、あまり心配させるようなことはするな。お前にできることは少ない」
「そんな……」


乾の厳しい言葉に武道は一瞬だけ言葉を無くす。
しかし、同時に腹の奥から激情の様なものがこみ上げてきて、次の瞬間にソレは口から滑り出た。


「そんな事は分かってます! でも! それでもやらなきゃいけない時ってあると俺は思います!!」


夢で見た初代なら、きっとそんな事は許さない。
カタギの女子供に牙を剥く卑劣な行いをきっとあの男なら許しはしない。
なのに、彼に続いたハズの自分たちが何故、こうなってしまっているのか。


「失礼します」
「あ、おい……ッ!」


乾を振り切り、武道は犯行現場を探す。上の立場の乾に生意気な口をきいて、後から小言をもらうかもしれないと不安に思うがその時はその時だと開き直る。
九井に気に入られている自覚はあるがそれももうおしまいかもしれない。この短い付き合いだけでも、九井は乾の事を特別だと思っていると武道にも分かった。乾に張り合うつもりも無ければ九井の特別になるつもりもない。ただ、もう少し仲良くなれたら嬉しいとは思っていた。
しかし、ソレと見知らぬ女の子を助けることを天秤に掛ければ人命が第一だった。
どうして、今の黒龍はこうなってしまったのか。10代も総長が変わり、10年も経てば組織は変わる。現に九井は初代の事を知らないと言った。そんなものだろう。
しかし、乾は初代の事を知っているらしい。それなのにどうして、と武道は歯噛みする。
あのカッコいいヒーローの様な不良を、特攻服を靡かせた諦めない男を知っているのに、憧れないのか。その意思を継ごうと思わないのか。あの人が作った組織を、腐らせたままでいるのか。
武道には乾が分からなかった。
今の黒龍への憤りをぶつける様に、がむしゃらに視つづけ、走り続け、その視界の端に不穏なものを見つける。


「っ!」


女の子だ。
薄暗い夜道を恋人と思われる男と一緒に歩いている。
そこへ複数の男達が前から近付く。ソレに気付いて男は女の子を連れて逃げようとするが間に合わない。囲まれ、引きずられていく。
武道はその後を追った。
辿り着いた場所は廃墟の様な所だった。
薄暗い路地を抜けて、どこかの通りの裏手にあたるのだろう。表からはギリギリ見えないけれど、けして遠くは無い場所だった。


「此処だ……」


幸いにもその場には誰もいなかったが、乱雑に捨てられたゴミに確かに不良のたまり場であるという気配がある。
この場所の未来の記憶を読み取ろうとして、凄惨な事件現場の記憶が頭を過る。アレをもう一度みるのか、と怖気づきそうになる。


「……」


心を落ち着けようと深呼吸をすると鼻孔をタバコの臭いが擽った。ツンとしたソレはどうにも不快で、顔を顰めた。夢の中であの人が吸っていた物のほのかなソレは嫌いでは無かったのにと少し自嘲する。
匂い自体は似たようなもののハズでも相手への好悪でこんなにも印象が変わるのか、と。
夢の中の初代だって、誰から見たものなのかは分からない。もしかしたら自分が知らない所で悪逆非道を行っていたのかもしれない。
勝手に自分の理想を押し付けて、心配してくれた乾には申し訳ない事をしてしまったと反省する。
もしもこの場に愛美愛主の人間が来たら武道はボコられるだけでは済まないだろう。
早く終わらせなければと、と武道は眼を開いた。


「ッ」


途端、視界に映りこんでくる凄惨なレイプ現場。
昨日の朧げなソレよりも更にはっきりと移される生々しい光景が広がった。視えるだけのヴィジョンに干渉は出来ない。しかし、今回の主導は武道が握っていた。
女の子の局部はできるだけ見ない様に、車止めに座り携帯電話を弄る男の背後へと回る。


「一週間後、深夜1時」


画面にはまだ猶予が残された日時が映っていた。
もう一度、周辺を確認する。
脱がされ、ボコボコにされて縛られた男。同じく酷い有様で犯される女の子。
周囲の男は7人。6人はどこかの学校の学ランを着ているけれど、一人は特攻服だ。どこの学校の学ランかまでは武道には分からなかったけれど、おそらく中学では無く高校のものだろう。
人気は無く助けは呼べない。崩れかかった壁に鉄骨の向き出た天井。運び込まれたのかライトが無秩序に周囲を照らしている。
元はゲームセンターだったのだろうか、アーケードゲームの箱が奥の方に並んでいる。その更に奥にはどこかへと続く階段とドアがあるが開くかは分からないしどこに続くのかも分からない。逃走には向かないだろう。
やはり、この場所に連れ込まれる前にあの二人を逃がすしか手は無さそうだった。


「……」


また一息ついて、眼を閉じる。
ヴィジョンに夢中になって気付いたら囲まれていたなんて事になったら目も当てられない。
まだ考えるべきことはたくさんあったが、武道はその場を後にした。

・・・

思ったよりも犯行現場が早く見つかったため武道は急いで制服を着て学校へと向かった。
遅刻ギリギリを教師に咎められながらもヘラヘラと笑って誤魔化す。内申点などすでに無いに等しいかもしれないけれど、高校進学も考えた方が良いかもしれないと頭の片隅で考える。
まだ中学2年の初夏。高校受験なんて全く考えていなかったが、“九井の部下として”という乾の言葉が頭にこびりついたままだった。
自分は九井の様に頭が良いワケでは無いし、乾の様に腕っぷしで食っていけるワケでも無い。サイコメトリや未来視という特殊な能力を持っていても今のままでは持ち腐れだと今日改めて思った。
一週間の猶予が与えられたのは幸運でしかない。本当に今夜起こる事だった場合、武道にできることは全くと言っていい程無い。猶予があっても策は簡単には思いつかない。
もっとちゃんと勉強してきたら違っていたのだろうか、過去に戻れるなら戻ってやり直したいとも思うが戻った所で三日坊主で終わりそうだとも思う。自分はそもそも怠惰なのだと武道は分かっていた。
それでも、やる気を出した時だけでも頑張ろうと真面目に教師の話を聞く。分からない所も多かったが珍しい姿勢の武道に教師は少し驚いた顔をしたし、同級生たちは茶化しつつも邪魔しようとはしなかった。
そんな日に、呼び出しをされた。
教師や先輩からではなく、橘日向からだった。昼休み、屋上に来てほしい、と。
例のヴィジョンを視る前に話したきり会ってはおらず、メールで別れを切り出すという最低をやらかしたままだった事を思い出しバツが悪くなる。落ち着いたら連絡が欲しいと言われ了承し、未だ落ち着いたとは言い難い状況ではあるが、あの時と比べれば大分マシだった。
申し訳なさ一杯で呼び出しに応じると彼女は真っすぐ、武道に告白をした時と変わらない瞳で武道を見つめた。


「久しぶりだね、タケミチくん」
「うん……。連絡してなくてゴメン、橘」


軽く挨拶をしてから、日陰に二人で横並びに座る。
遠く、運動場から部活生のやる気のあるのか無いのか分からない声が聞こえた。


「ううん。そろそろ落ち着いたかな、って思ったのにまた何か抱えちゃったのかなって思ったから……。ホントはもっと落ち着いてから話をしたかったんだけど、こっちこそ大変な時期に呼び出しちゃってごめんね」
「そんなッ」


自分を好きになってくれた女の子に不義理をしたのは自分だ、と武道は理解していた。
本当は学校に来れる様になった時点で連絡をするべきだった。ソレをしなかったのは黒龍というワルいチームに所属してしまったから万が一にも橘を巻き込む様なことがあってはいけないという思いと、夢に見る男への想いが後ろめたかったからだった。


「タケミチくん、やつれたのが治ってきたと思ったら今度は思い詰めた顔して授業受けてるんだもん。もう私には関係ないし、口を出す資格はないけど、だからこそ、話せることがあったら聞きたい」
「そんな……」


関係ない、口を出す資格が無い、という言葉に武道は言葉を失う。しかし、別れるとはそういうことなのだということも分かっていた。
それなのに、橘はいまだに武道に心を砕いて心配してくれている。こんな酷い男のことなど忘れてもっといい男を見つけることもできるのに、と涙が滲んだ。


「うん……。ゴメンな、心配かけて」
「いいの、ヒナが勝手に心配してるだけだから」


穏やかな笑みを浮かべる橘の顔を、武道は真っすぐ見れなかった。


「ホントはもっと待つつもりだったんだけど、タケミチくんはきっと、次から次へといろんなものを抱えちゃうから。我慢できなくなったヒナがいけないの」
「そんなことない。俺が、いけないんだ。橘は優しい、すごく」
「ふふ、ありがとう。もし、話せたらでいいから、何があったのか、聞いてもいい?」
「……うん。ちゃんと、話すよ」


震える声で、武道は話せることだけを話した。
過去や未来が見えるとは流石に話せなかったが、不良をやっていく中で周りを巻き込んで危ない目に遭いかけた事。ソレを回避したら別の危ないチームに入ってしまった事。学校で一緒に馬鹿やっていた4人とも少しだけ今は距離を置いている事。橘を巻き込みたくない事。
そこまでしても、不良を辞めたくないと思っている事を、たどたどしく、途中から涙を零しながら武道は橘に打ち明けた。


「そっか、だからヒナは振られたんだね」
「……ゴメン」
「一つ聞いてもいい?」
「うん……」
「何で、不良をやめたくないの?」


当然の疑問だと武道自身も思う。
そこまでして、何故不良をしているのか。幼馴染、親友、恋人、捨てるべきじゃない何もかもを武道は捨てる選択をしかけている。幼馴染と親友は自分と同じ不良だからまだ自己責任だと言い訳をして繋ぎとめているが、黒龍の現状をによっては別れる判断もしなければならないとは既に考えている。
そこまでする価値が、不良に、黒龍にあるのか。


「憧れ、なんだ」
「不良が?」
「うん、俺の憧れ。ヒーロー、なんだ」
「……」
「話した事も無いけど、絶対に諦めなくて、どんな強い敵にも勝てない相手にも立ち向かって、仲間を背負う。そんな人に、俺は……」


憧れて、恋をしたのだ。
ポツリポツリと話すうちに、武道の頭にそんな言葉が降ってくる。声にはならなかった。
自分でも今まで気付いていなかったその心に、武道は再び言葉を失う。


「そっか、その人が好きなんだね」
「ッ……!!」


あまりにも酷い裏切りだと武道にも分かっていた。
ヴィジョンで見る前から、もう思い出せないほど昔、武道が不良を目指す切っ掛けになった誰か。ソレが、あの男だった。そう武道は確信する。
なのに、武道はソレを忘れ、橘を受け入れた。
なのに、ほんの短い期間でまたすぐにあの男に恋をしたのだ。
こんなことならば初めから橘を受け入れるべきではなかった。
心優しく、愛情深い、素敵な女の子。武道だって橘に惚れていた。一緒にいて幸せだった。
なのに、辛い道だと分かっているのに、あの男に焦がれる心を止められなかった。


「ふふ、私もね、誰かのために敗けると分かってる相手に立ち向かう君が好きだったよ」
「橘?」
「君はその人に憧れて君になったんだね」


どこか納得した様な、それでも悔しそうな、そんな声色だった。
「バイバイ、今までありがとう。タケミチくん」
「橘ッ」


武道の声を無視して、すっくと橘は立ち上がる。


「ヒナは何があってもタケミチくんの味方だよ。じゃあね」


初夏の日差しの中へと、影を出て橘は行く。
その瞳に涙を滲ませつつも、鮮やかに橘は笑った。それが神々しいまでに美しく見えて、武道はその後を追うことは出来なかった。

伸ばしかけた手を下ろし、顔を覆う。


「ごめん、橘」

卍卍卍


授業を終えて、武道は迷わずに黒龍の溜まり場へと向かう。
朝方送ったメールには“メビウス”とだけ返ってきていた。
乾に反抗してしまったことを怒られるだろうかと不安に思いつつ九井の作業場に入るが武道の予想に反して九井は良い笑顔で武道を迎えた。


「お、来たな花垣」
「え、あ……はい! 失礼します!!」
いつもよりも更にビビりつつ入室した武道に不思議そうな顔をしつつも九井は武道を手招きした。
「花垣、特攻服できたから着てみろ」
「はい!」


特に九井から小言などは無いと言う事を察し、武道は元気に返事をした。
考えてみれば乾は裏で陰口を言う様なタイプではなく、気に入らないことがあればわざわざ九井に言うのではなくすぐさま自分で殴りに来るタイプだった。ソレはソレで恐ろしい事ではあるが今すぐに居場所を失うような事態にはならないという安心感はある。
良かった、と一息つきつつ真新しい特攻服に袖を通した所に九井から声が掛けられた。


「じゃ、今日はソレ着て実戦だから」
「へ?」


そうして武道は抗争、という程でも無いちょっとした小競り合いに参加することになった。未来視の能力をどこまで戦闘で活かせるかの試運転かつ黒龍としては初めての喧嘩だった。
前線に立たなくていい、後ろから次にどんな攻撃が来るか視て指示を出せ、とのことだった。
多少そういった特訓をしたとはいえ、実戦は初めてのため武道以外は黒龍の中でもそれなりに荒事に慣れているメンバーで固めてある。万が一、武道が使い物にならなくてもカバー・フォローする様に指示されていた。
けして小さいワケでは無いが平均あるかないか程度の身長に成長期前の幼さの残る四肢。他のメンバーと比べて明らかに小柄な武道は同じ特攻服を着ても大分浮いていた。
足手まといにならないか、疎まれていないかなどと武道は心配しつつも大柄な男たちの後をついて行く。もちろんそんな心配は要らず、この中に九井の命令を無視する程の馬鹿はいないし、九井やその部下との特訓をする武道を肯定的に見守っていた者がメンバーに選ばれていたがソレは武道の知る所では無かった。
突然九井に連れてこられた中学生。
九井が連れてきたからには金稼ぎ関係の能力を持っているいけ好かない生意気な少年だろう、と武闘派揃いの黒龍メンバーは最初は武道を軽視していた。しかし蓋を開けてみれば、武道はいけ好かない所か後輩として弁えた所のある小心者かつ元気な少年だった。少し調子に乗りやすい所もあるがソレがまた小物らしい与太郎然とした可愛らしさを醸し出していると一部では評されている。
もちろん、そんな所が嫌いなのだと言う物も一定数いるため黒龍では浮いた武道の評価はまだ無いと言っていいレベルだ。成果さえ上げていけば浮いていても問題は無い。そういう部分で黒龍は実力主義だった。
だからこそ、九井は武道を戦闘訓練ではなくサイコメトリの一芸だけで鍛え、早々に実戦に参加させた。ここで成果を出せば、いっきに武道の有用性が示せる。
そんな九井達の思惑など知らず、武道は心の中で覚悟を決める。
周りに迷惑を掛けないで未来視を上手く使う事、夢に見た初代黒龍の後継として恥じない戦いをする事、この二つが今日の武道の指針だった。
緊張した面持ちの武道を気遣う様に先輩たちは簡単な自己紹介をしたりかるく頭を撫でたりする。そんな末っ子扱いに、案外ワルいだけの人たちでも無いのかもしれないとホッと息を吐く。
そうして黒龍の先輩たちについて行った先はほの暗い路地裏だった。
当然広くは無く、男が三人も横に並べばぎゅうぎゅうになる程度の道幅だ。


「……」


その一番後ろに配置され、武道は自分の立ち位置を実感する。前線にはまだ立たせてもらえない、武道の戦闘能力は他の隊員と比べれば無いに等しいのだ、と。
ゆっくりと奥へと進んでいくと数人の男が屯していた。


「あ?」


武道たち黒龍が近付けば男たちはメンチをきる。
黒龍の特攻服を見て怖気づかない辺りそれなりに腕に自信があるのだろう。威嚇する様にゆっくりと立ち上がり男は歩み寄ってくる。


「何だテメェら? 白服着て群れやがってよォ」
「ここら辺で俺等のこと知らねぇたぁモグリかぁ?」
「時代遅れのチーマー共がイキがってんじゃねぇぞ」


正に一触即発という雰囲気でメンチを切り合う男と先輩に武道はこっそり後ろの方から視線を飛ばす。
男が次の動作をする直前、武道は口を開いた。


「右ストレート」
「ッ」


動きを読まれた男が一瞬驚いた素振りを見せる。その隙を見逃さずに先輩が攻撃を加えた。


「二列目左、飛び蹴り」
「おう」


先頭の二人を避ける様に飛んできた足を、武道に言葉に反応して避け、後ろへと進めない様に器用に前へと殴るように押し出す。
それを皮切りに乱闘が始まる。それでも武道は視続け、指示を出す。そんな武道へと拳が届かない様に先輩たちは男たちをノシていく。
武道の理想とする所とは全く違う戦い方であるが今はまだコレが精いっぱいであり、周りに迷惑を掛けないやり方だった。悔しいと思いつつもこの中で役に立てているのは九井の鍛えたサイコメトリのお陰であるため下手な動きはできない。九井の顔に泥を塗るような事はしたくなかった。
そろそろ喧嘩もカタがつきそうな頃、武道のヴィジョンに銀色に閃くモノが映った。


「危ないッ!!」


瞬間、武道はリーダー格と思われる最初にメンチを切った男にタックルを食らわせた。
指示を出すだけで動かないと思っていた少年からのソレに対応できずに男は武道と一緒に路地に転がる。
武道を殴って剝がそうとする前に、武道は男を庇う様にソレと対峙した。


「喧嘩にナイフなんて卑怯じゃないですか? そこにこの人、仲間なんでしょう?」


ゆっくりと息を吐きながらナイフを持つ男を睨みつける。
まだ動かない事を視ながら確認しつつ武道は考える。視えた所で避けれなければ意味は無い。この狭い路地でナイフをを持った男相手に渡り合えるとは武道だって思っては無い無かった。


「うるせぇ! ソイツさえいなきゃこんなことにはならなかった!! 黒龍に目を付けられるような奴リーダーに相応しくねぇんだよ!!」
「喪部山……」


背中に庇う男が小さく名前を呟く。
武道からすれば仲間割れはもっと別の時にしてくれという感じではあるが今はナイフを何とかしなければならない。


「ソイツをよこしなチビちゃん、そしたら黒龍のシマには二度と出入りしないでいてやるからよォ」
「……」


男を差し出そうと差し出さまいと黒龍のシマでもう二度と大きな顔をさせるつもりは無かったためナイフ男の交渉内容に意味はない。しかし、明らかな害意とナイフを持った男に敵とは言え一度助けた命を差し出す気には武道はなれなかった。
黒龍の他のメンバーからすればチーム外の不良のいざこざなどどうでもいいので武道が刺されない様に男を差し出すのが一番だと考えているが、武道がそういう考えをしないことも何となく分かっていた。この末っ子はまだまだ甘く、可愛らしい考えでこの場にいる。早くカタを付けてしまいたかったが武道の様に未来を見ることなどできないため、下手に動くこともできない。


「そちらの仲間割れの事はよくわかりませんが、ナイフは捨ててください。傷害の事件現場に居合わせたく無いんです」
「テメェが被害者になりたいかァ? あ゛ぁッ!?」
「……」


胸の前に握りしめたナイフが閃く。ただ愚直に握られたソレはストレートに武道の顔を狙ってきた。男がナイフでの戦いに慣れているワケでは無い事に安心して武道はソレを避ける。
小さな的を狙う大ぶりなソレは避けやすく、腹を狙われたらマズかったと内心冷や汗をかく。
小回りが利く体型を活かしてリーチの外の懐へと入り、膝を曲げ体制を低くする。後は勢いよく顎を狙って頭突きを食らわすだけだった。
九井の雑談の中で一つだけ教えてもらった相手をノックダウンさせる方法。
パンチもキックも威力が出ない武道が一発勝負を仕掛けるならコレしかないと頭を撫でられた。
ガッと鈍い音がして男がふらつく。
その隙を逃さず、黒龍の先輩たちが男を取り押さえた。男は気絶していたが舌を嚙んだりはしていない様で武道は安心する。
そして振り返り、リーダーの男に向き直った。


「すみません、余計なことしちゃいましたかね?」
「いや……助かった」


先ほどまで喧嘩をしていた相手に助けられ、男は混乱する。何故、この少年は自分を守ったのかが分からない。


「お前、何で……」
「え、だって流石にナイフはダメくないですか!?」
「……」


黒龍は割と得物でも何でもありのチームであると理解しているのかしていないのか、どこか呑気な武道に男は毒気を抜かれた。


「あー、まぁ……そうか」
「そうですよ! やっていい事と悪い事ってあるじゃないですか!!」
「ははっ、そうかよ」


当然とでも言う様な武道の態度に男は笑いが漏れた。
他の男たちが処理をしつつも、会話を続けるリーダーと武道のやり取りに聞き耳を立てる。どうやら戦意は喪失している様だと安心しつつも武道に怪我はさせられない。


「なぁ、お前、黒龍だっけ」
「はい、そうです」
「俺もお前のチームに入れてくれないか?」


男の言葉に先輩たちが一瞬動きを止める。今日の任務はシマでイキがっている奴等をちょと小突いて来るであり特にスカウトの類ではない。
しかし、親衛隊長の補佐、副官にあたる武道が望むなら黒龍入りも検討できるだろう。
どうでるのかと見守っていると、武道は口を開く。


「え、俺、下っ端も下っ端の新人なんでそういう権限ないです」
「マジか」

閑話休題。

ナイフを取り上げ、気絶させられテキトーに積まれた部様な様を携帯電話の写真に収める。コレに懲りたら黒龍のシマでイキがるなと軽く脅ししてから武道と男は先輩たちに連れられ黒龍のアジトへと戻る。


「お、おかえ…り?」


ノックをして入った執務室で九井は首を傾げる。今日の任務はスカウトではなかったハズだ、と。
“おかえり”などと言ってもらうのは初めての先輩方は少し緊張した面持ちで、まだ気軽い武道は慣れた様子で頭を下げる。


「ただいま戻りました!」
「おぅ、何だソイツ」
「何か黒龍に入りたいそうです!!」
「は?」


今までシメた不良が黒龍に入りたいと言うのはない事では無かった。しかし、ソレはもっと大きな抗争で大寿の圧倒的暴力とカリスマに魅せられた奴の行動だ。
こんな小競り合いで入隊を希望する様な何かがあるのかと九井は訝しむ。
その様子に、こうなることを予想していた先輩の一人が事のあらましを説明する。
武道のサイコメトリはしっかりと喧嘩の役に立った事。しかし、途中で向こうが仲間割れを始めてあわや傷害事件になりかけたこと。敵だった自分を助けた武道に感動して入隊を希望した事。


「タケミチさんに助けられた命です。どうかこの人のために使わせて下さい!」
「えー……?」


九井に土下座する男に武道は不思議そうな顔をする。確かに刺されたら危なかったかもしれないがそこまでの事ではないだろう、と。
そんな二人の様子を眺めながら九井は思案する。ターゲットの中ではリーダー格の男だったらしいし、鍛えられた体格を見るにお荷物にもならないだろう。本気で武道を慕ってもいるようで特に入隊に問題はない。
しかし、ただ入隊させるのも面白くは無かった。


「お前、黒龍が武闘派なのは分かってるな?」
「はい!」
「んじゃ、入隊試験といこうか」


そんなものあったのかと武道が驚く。


「お前は俺の引き抜きだから特例」
「へー、そうなんスね。まぁそんなのやったら俺絶対入れないスもんね」
「そういうこと」


九井に連れ出されて執務室から溜まり場へと移る。そこには珍しく大寿と乾もいた。

 

「何だソイツ」
「入隊希望者」
「ふぅん」


珍しく幹部全員がたまり場にいる様子に周りの隊員も固唾を飲みつつ武道と男を眺める。揶揄する様な視線がほとんどであるが、同情の視線も少なくは無かった。
せめて九井だけだったらそこまで厳しい事にはならなかっただろうに、と。それほどまでに大寿は強さに厳しかった。


「花垣に惚れたんだろう? じゃあ男見せろよ?」
「ウス」


溜まり場のほぼ中央に男と武道が配置される。ソレに対峙する様に声を掛けられた乾の部下が配置された。


「黒龍の中ではまぁ下っ端の類の奴等だ。できれば3人とも倒せ。無理なら花垣には指一本触れ指すなよ? ソレができなかったらテメェに黒龍は務まらねぇと思え」
「……」
「花垣は好きに指示しろ。任務は上手くできたんだろう? 今日は二戦目になるが大丈夫だな?」
「はい!」


元気良く返事をする武道に九井は少し呆れたように破顔する。その絆されている事の分かる様子に大寿は鼻白んだ顔をし、乾の表情は動かない。


「始め!」


隊員の合図を皮切りに乾の部下が動く。
武道を始めに狙うかと思いきや乾の部下たちは男を囲む様に間合いを詰めた。


「右から先に来るよ」


数歩分引いた所で武道は全員を視る。
武道の言葉に弾かれたように男は動いた。男の入隊試験にわざわざ花垣が参加するという事はそういうことなのだろうと先に予測が出来ていた。


「頭下げて迎え撃って、ストレート」


先ほど敵対していた時から不思議に思っていた武道の眼。何が見えているのか男の知る所では無かったが、正確に動きを読まれていた事は分かっている。だからこそ武道が喧嘩しに来た奴等のリーダー格だと思っていたが、そうではないらしい。


「左フック……次、喧嘩キック来るよッ」


一芸で九井に引き抜かれ、まだまだ地位は確立されていない新人。ソレが武道の立場だった。
だからコレは男の入隊試験であると共に武道のお披露目にあたるのだろう。花垣の能力があれば3対1かつ入隊前のただのチンピラでも戦力にすることができる、と。


「右、受けてッ! そのまま押し勝てるから」


ソレを証明することが入隊の条件だ、と男は分かっていた。
3対1で、しかも自分は午前にノされたばかり。悪条件が重なっているがそれでも武道の能力があれば何となかると九井は判断した。ならばその期待に応えなければ、武道について行くことなどできない。


「うぉりゃッ!!」


殴り掛かってきた男をなぎ倒して、蹴り掛かってきた男を転ばせる。避けて、殴って、受けて、蹴り倒す。武道の指示は正確だった。まるで未来が見えているかのように、今日初めて会った男の出来る行動を指示してくる。
もちろん、武道には男が勝つための未来が視えているのだが男の知る所では無かった。


「あ、ごめん、コッチ来て!」


背後で指示を出していた武道の切羽詰まった声に弾かれる様に振り向くと、武道の背後から男が鉄パイプで薙ぎ払おうとしていた。
武道は素人感満載の動きで見えていないハズのその攻撃をしゃがんで避ける。


「クソがぁッ!!」


鉄パイプの大振りな動きが終わる前に男は飛び蹴りを食らわした。手加減する余裕も無くゴッと嫌な音を立てて男は地面に蹴り倒された。


「そこまで!」


九井の言葉を皮切りにいつの間にか白熱し罵声や声援の飛び交っていた溜まり場に静寂が訪れる。


「ボース―? 最後の、アンタの指示だろ」
「ハッ、あの程度が避けられなくて黒龍が務まるかよ」


睨みつける九井に悪びれる様子も無く大寿は嗤う。


「守られてるだけのお姫様なんざウチには要らねぇからな。せいぜい次は自分で反撃できるようになっておけよ」


そう武道に声を掛けると大寿は数人の部下を引き連れて溜まり場を後にする。その勝手な様子に九井は怒りを鎮める様に大きくため息を吐いた。


「ハー、あの暴君め」
「えっと、俺は大丈夫ですよ??」
「まぁそうだろうな。よく避けた」


コテンと首を傾げる武道の板についた後輩ムーブに九井は慣れた手つきで頭を撫でる。


「まぁコレでボスもお前のこと最低限は有用だと理解してくれただろ」
「へへっ、じゃあ次は自分で戦えるようにならないとっスね!」
「まぁほどほどにな」


そもそも九井に武道を前線に出す気はほとんど無かった。本人の希望が多少満足でき、大寿が納得できる程度に動ければ良い程度だ。
未来視などという稀有な能力は腕っぷしさえあれば何とでもなる喧嘩なんかよりももっと厄い仕事をさせるべきだと九井は考えている。それこそ、殺人や薬物関係でことが起こる前に予測しての恐喝などだ。
ソレを武道が良しとさせるのは難しいが懐かせて、ゆっくりと裏社会に引きこんでしまおうと企んでいる。
しかし、こうも簡単に懐かれるとこちらまで毒気が抜かれてしまいそうだと頭を撫でられて嬉しそうにヘラヘラ笑う武道を見る。こんなのに牙を抜かれたら目も当てられない。


「ハァ……。まぁいいや。オイ、そこのお前」
「ウス」
「名前は?」
「喪部田モブ男です!!」
「おー、取りあえず俺のとこで下っ端扱いで面倒みることになるから。後はテキトーにそこの奴等に聞いといて」
「はい! よろしくお願いします!!」


頭を下げる喪部田は先ほどの戦いっぷりで他の隊員からも一目置かれた様だった。肩を組まれたり小突かれたりする喪部田のソレが喪部田の実力か、武道によって掛けられたバフのお陰かはまだこれから分かる事だが九井は武道の方にしか興味は湧かなかった。
喪部田が3対1を戦い抜いただけでは本来なら此処まで場は盛り上がらないハズだ。強さを尊び、大寿の暴力的カリスマに惹かれる隊員たちは元々荒事がある程度好きな連中だ。しかし、少年犯罪を生業としている事もあり醒めた人生観の連中も少なくはない。兵隊として使い潰され、自分個人の価値の無さを知っている。無邪気に素人のステゴロに熱狂するとは考えにくかった。
未来視に加え、見る者を熱狂させる何かがあるのだとすると武道の有用性は更に大きくなる。
守られるだけのお姫様は要らない、と大寿は言っていたが、もしもその役を武道が果たすことで兵隊が強くなるならそうやって使うのもありだと考える。


「ココ、花垣」
「お、イヌピー」


そんな事を考えつつ執務室に向かう二人に乾が声をかける。


「これからいつもの訓練か?」
「いや、花垣は今日は能力使い過ぎだから休ませるつもりだ」
「なら、俺がもらってもいいか?」


乾の言葉に九井と武道は二人そろって驚く。
つい昨日までは乾は武道を避ける傾向にあった。分かりやすく距離を取っていたのに急にどうしたのかと九井は疑問に思い、武道は今朝のことを怒られるのではないかと内心冷や汗をかいた。


「何か用事か? 流石に休ませてやりてぇんだけど」
「いや、ちょっと話したいだけだ。休憩するだけなら俺が何か奢ってやってもいい」
「お、ついにイヌピーも先輩デビューするか」
「何だソレ」
「ハハ、まぁ俺の部下気に入ってくれんだったらソレでいいよ」
「……行くぞ、花垣」
「へ、あ、はい!」


九井からの揶揄い交じりの言葉を無視して、乾は武道を引っ張ってアジトの外へと連れ出す。


「ココはすぐに俺を揶揄いたがる」
「あー、まぁ、九井さんですし……」


散々玩具にされて可愛がられている自覚がある武道は苦笑いを浮かべた。九井の可愛がりは少し癖があると武道も思っていた。九井の可愛がりはこねくり回されている気分になる。


「あぁ、ココはあーいう奴だ」
「へへっ……」


憮然とした表情の乾に愛想笑いしていると乾は武道に向き直った。


「まぁソレはいい。何か奢るっつったけど、何飲みたい。喫茶店でもファミレスでも別にいいぞ」
「あ! いえ! 俺なんかそこら辺の自販機で十分ですよ!!」
「分かったファミレスだな」
「えぇっ!?」


強引さは九井と乾で変わらないな、と武道は初めて九井に会った時に喫茶店に連れ込まれた時の事を思い出す。
あの時と同じように向かいに座らせられ、メニューを渡される。


「何にする?」
「ドリンクバーだけで大丈夫っスよ!」
「分かった。ポテトでも摘まむか」
「……」


店員を呼び出してドリンクバー二人分と軽く摘まめる物をいくつか注文する。
ドリンクバーはご自由にと言われた武道は下っ端根性で乾の分のドリンクも持ってくる。その間にポテトも提供されていた様で注文の品は揃っていた。
乾も乾でポテトを先に摘まみながら武道の持ってきたドリンクを当然の様に受け取るのでやはりこの人は上下関係に厳しそうだと武道は己に言い聞かせた。生意気な事を言ってしまったのが悔やまれる。


「あの、今朝は生意気なこと言ってしまってすみませんでした」
「ん?」


テーブルに手をついて半ば土下座の様に武道は頭を下げる。


「俺、色々焦ってまして、今日黒龍の喧嘩見てやっぱり自分まだまだガキだし弱いしで! 俺の軽率な行動が九井さんや皆に迷惑かけるのも分かったっていうか!!」
「花垣」


反省をどう伝えたものかとしどろもどろに言葉を紡ぐ武道を乾は不思議そうに眺めた。


「うるせぇ、ファミレスでは静かにしろ」
「あ、はい……」
「それに俺は迷惑とは言っていない」
「へ?」


今日は乾に当然のお叱りをたくさん受けてしまっていると武道はしょんぼりと肩を落とす。しかし、すぐに告げられた言葉に顔を上げた。


「お前の能力は稀有だ。ココにも認められてるし、今日のを見るにお前自体も後輩として他の隊員にも受け入れられてる」
「へへっ、そんな……」
「聞け。能力に替えが効かねぇ上にまだ戦力としては心許ない。だが確かにお前と言う存在が黒龍に受け入れられてる以上、お前は守られる対象だ」
「……」


乾の言う事は武道もよく分かっていた。だからこそ、迷惑をかけない様にとチームとしてではなく、自分だけの行動として始末を付けようと考えていた。

 

「そんなお前が自分たちのあずかり知らねぇ所で何かに巻き込まれてみろ。監督責任云々以前にどうして守れなかったってなるだろ」
「そう、ですかね」


乾の言葉に武道は訝しがる。守られるだけのお姫様と大寿も言っていたが、武道は自分はそんなガラではないと思っていたし、自分一人潰されても黒龍というチームでは大した痛手にはならないハズだと思っている。


「まだ自分の立場を分かってねぇみたいだけどよぉ、テメェはもうどこで何してようと黒龍なんだよ」
「……」
「お前が売られた喧嘩は黒龍のモンだし、お前の能力は黒龍のモンだ。今更逃げられねぇ事くらい分かってんだろ」


乾の言葉に武道は黙り込む。
暴走族というチームに所属するという事をナメていた。逃げられるとは流石に思っていなかったが、自分の存在がチームに及ぼす影響なんて大した事はないと考えていた。しかし、そうではないのだと乾は親切にも武道に教えてくれている。


「だから、ココやココの部下はお前を気にするし心配する。アイツは優しいから懐に入れたモンに対しては大事にする傾向にあるしな、自分が無理に引き入れたも同然の一般人の中坊がやりたいと思う事を迷惑だと思う程アイツは狭量じゃねぇ」
喋りながらもヒョイパクと摘まんでいたポテトで乾は武道を指差す。
「お前はもうココの部下だ。行動をするなって言ってるんじゃねぇ、何かする前に相談しろ。お前に何かあったらココが悲しむ」
「……ハイ!」
「うるせぇ、声を落とせ」
「ウス」


まだまだ自分の功績など無く、チームの中では味噌っかすも良い所であると思っていたが乾の言葉に少しだけ黒龍の中に自分の居場所があるのだと武道は思うことができた。少しはしゃいだ気持ちが湧きつつも、乾が何のためにそんな事を話したのかを武道は分かっていた。
覚悟を決めた目をした武道に乾が先に口を開く。


「愛美愛主のこと、話す気になったか?」
「えぇっ!? 何でソレを!?」
「ココから少し聞いたくらいだが、今朝のアレの原因がそうなんだろ?」
「うぅ……はい。実は……」


掻い摘んで現状を白状すると乾は少し考える様な素振りを見せた。


「愛美愛主……レイプに恐喝、不良じゃねぇ一般人をターゲットに散々糞やってるって話は聞いてる。あまり花垣には関わってほしくない族だな」
「えぇ。関わっていい族と悪い族があるんスか?」
「あぁ、今言ったように愛美愛主はすこぶる評判が良くねぇ。だからお前には近づいてほしくねぇ」


少年犯罪や暴力を生業にしている黒龍の言えたことではないと乾も思っていたが、ソレはソレだった。乾は身内贔屓な所がある。
何より、プロとして金のために暴力を売っている黒龍とは違い、愛美愛主のソレは手加減の出来ない衝動犯的なものだ。怪我のさせ方、脅し方、全てをとって黒龍の危険性とは別物であると乾は理解している。そんなチームに武道が関わってうっかり殺されでもしたら事だった。


「もし、自分一人でそんな奴等と渡り合わなければならなくなったとしたら、乾さんならどう戦いますか」
「一人で戦わない」
「いや、まぁソレが出来たら一番なんスけどぉ……」


乾の答えは変わらなかった。
一人で行動する、という事の危険性を黒龍は重々承知している。ボスの大寿が一番の例だった。あの男はある日を除いて絶対に一人にはならない。黒龍を束ね、圧倒的に一番強い男ですら一人では戦わないのだ。大寿は立場が立場ゆえに狙われやすいという所もあるが、一人が危険であるという事に変わりはない。


「俺にはココや大寿……黒龍がいる。基本はチーム戦だ」
「うぅ……」


乾のもっともな言に打ちのめされ、呻く武道を眺めながら少し虐め過ぎたかと乾は反省する。武道の素直で幼い反応に九井や九井の部下が武道を気に入る理由が分かると乾は納得した。
今までの黒龍の隊員とは何もかもが違う可愛げがある。可愛いだけでは黒龍ではやっていけないが、九井に認められた能力を踏まえると後輩として申し分のない可愛げだった。


「だがもし、二人に相談できないような、巻き込めない事でそうなったなら……」
武道の立場と条件、現状を考えながら助け船を出す。
「そうだな、俺なら武器を使う」
「へ?」
「爆竹でもバットでも鉄パイプでも、使えるモンは全部使う。ソレで勝機が掴めるなら、何でも」
「……」
「花垣は正直言って身体が出来てない。しかも、一度不摂生か病気かしたんだろう? その身体で大寿みたいな拳だけの喧嘩は無理だ」


今日の入隊試験と称したお披露目でも喧嘩といえる動きは武道にはできていなかった。危険予知に身体がついていっていない。
現状を見れば武道にステゴロは無理だと乾は断言する。しかし、乾の言葉に武道は顔を顰めた。その表情から武器を使うことに抵抗がある様だと判断し、他の案も考えてみる。


「あと、全員を倒せないのは確定しているなら、他の勝利条件まで何をしたら良いか、だ」
「他の勝利条件?」
「大勢に追われたならどうやって撒くか、何かを守りたいなら他の何を犠牲にしたらソレが見逃されるか」


武道に武器を持たせることは諦めきれないが、持たせた所で扱いきれるかも分からなければ勝利できるかも怪しいと乾は考える。下手に武器を振り回して相手に奪われても大変だし、相手を過剰に興奮させる要因になるかもしれない。
それならば、逃げるのが一番だった。
必要なことだけを済ませ、危険からは離れる。ヒットアンドアウェイが出来れば最高だ。
黒龍の名前を背負った上で逃げに徹するのは良くないが、武道が武道個人の事として戦略を練るならばそのくらいの姑息さが必要だろう。


「何を、犠牲にするか……」


乾の言葉を聞いて武道も考える。
勝利条件は例のカップルを、最悪女の子だけでも逃がすことだ。どんなに自分がボコボコにされてもレイプされることは無いだろう。それに、女の子よりはきっと頑丈だ。
最悪ボコボコにされて大怪我をしても、痕が残ろうとも武道は女の子を助けれたならば後悔はしないと思っていた。
そんな武道の考えを読んだワケはないが、神妙な顔をして黙ってしまった武道に乾は声を掛ける。


「花垣、ソレは本当に一人でやらなきゃならねぇ事か?」
「……」
「俺も、お前が危険な目に合うのは嫌だ。ココも悲しむぞ」
「うぅ……」


ジッと真摯に見つめられると縋ってしまいたくなると武道は呻く。
もともと、武道は溝中で不良をしていた時から誰かと一緒にいることが多かった。基本一人で悩まずにすぐに誰かに相談するし、一緒に騒ぐことが好きだった。
年上ばかりのチームに入り、同年代の友達を巻き込めないと一人で頑張ってきたが一人で肩ひじ張るのは武道の性質ではない。


「女の子を助けたいだけなんです」
「……」
「別に手柄を立てたいとか、喧嘩に勝ちたいって思ってなくて、でも、絶対に喧嘩にはなるじゃないですか」


ただの強姦魔が相手なら大騒ぎしながら一緒に逃げるのが正解だろう。けれど、今回の相手は複数人の不良だ。相手が相手であるため、誰かが助けてくれるワケが無いし、万が一誰かが割って入ってくれてもその人を巻き込んで怪我を負わされるだけだろう。


「俺がボコボコにされるだけなら覚悟できてるし、別にいいんです。男として、女の子守るのは当然だと思ってますし。けど、喧嘩になって、黒龍として愛美愛主と抗争になるのは違うっていうか。俺が誰かを助けたい気持ちに皆を巻き込んじゃいけないって思うんです」


小学生の頃、ヒーローに憧れていた。
勝てない敵にだって、大切なものを守るために立ち向かう勇敢な男になりたかった。その結果、ボコボコにされたことだってあった。それでも弱い者いじめは許されないし、ソレを見て見ぬふりをするクソ野郎にだけはなりたくなかった。
それは今も武道の心の一番深い所で芯となって息づいている。
しかし、そのヒロイズムに周りを巻き込めないと武道は知ってしまった。学校の友人たちを、自分を好いてくれた女の子を、自分のせいで不幸にはできない。ヴィジョンで視た未来にしてはいけない。
だから黒龍に入ったことを皮切りに彼女とは別れ、親友や幼馴染とも学外では合わない様にした。自分のヒロイズムである不良に巻き込んではいけない、と。
そうして、黒龍の中でなら自分は最弱で、自分の弱さのせいで誰かを不幸にせずに不良をできると思っていた。しかし、自分のせいで一般人をターゲットにしてレイプや恐喝をする犯罪集団と抗争になるのはダメだ。


「こんなワケの分かんねぇ能力を持った俺を拾ってくれた九井さんに恩を仇で返すような真似したくないんです。でも、襲われて大怪我することが分かってる女の子を見捨てるなんて真似も俺にはできない……」
「……」


思い詰めた表情で武道は手元のグラスを睨む。
危険は承知で、だからこそ周りを巻き込むことは出来ない。一人で行かせてほしい、と懇願する瞳だった。


「まぁ抗争になった場合はそれなりにデカい喧嘩になるな」
「はい。だから……」
「ソレはお前が病院送りにされてもなる事だぞ」
「え……?」


武道の言い分も乾に分からない事は無かった。だからといって承服できる内容でもない。


「え、じゃねぇよ。さっきから言ってる通り、お前はもう黒龍。しかもココの直属の部下だ。そん時特服着てなくてもお前がヤられたら報復すんに決まってんだろ」
「でも俺入って間もない味噌っかすですし」
「分かんねぇ奴だな。メンツだけの問題じゃねぇって言ってんだよ」


黒龍のメンバーがボコられた、メンツを潰されたという理由は確実な抗争の理由になる。ソレを武道は恐れていた。
しかし、例え外聞として何の問題も無く武道自身だけが病院送りにされたとしても黒龍は、少なくとも九井は動く。散々可愛がっているのに情が湧いている事に全く気付かれていない九井に乾は内心同情したが、そもそも九井自身、情が湧いている事に気が付いていないかもしれないと思い直す。
アレでいて情の深い男である自覚が薄い奴だと嘆息する。金のため、使えるから、そんな事を嘯いているが本当にそれだけならもっと別の手段で手中に収めることができるし、あんなにも可愛がらないだろう。


「お前はココのお気に入りだって自覚を持て。あんな待遇されてる奴ほかにいねぇからな」
「それは俺の能力が能力ですし……」
「もういい。まだ日が浅いがそのうち自覚もするだろ。でも今はソレを待てねぇから結論だけ言う。お前がボコられたら抗争になるから相談をしろ。出来る限り秘密裏にしたいなら今、此処で、俺に、言え」


基本的に素直なくせに変な所で頑固な後輩に乾は痺れを切らす。反論は許さないとギッと睨みつけると素直な後輩は素直にビビり涙目になる。
何故その素直さで九井の情を受け取らないのだと疑問に思う。乾自身もあまり人から向けられる感情に疎い自覚があるが、それでも九井から幼馴染としてとんでもなく特別扱いをされているのは分かるぞ、と。
ギリギリとストローを噛んでイラつきを誤魔化していると武道はおずおずと言った様子で口を開いた。


「一週間後の今日、深夜1時。今朝会った場所の近くで事件が発生します。俺はソレを防ぎたいので不良とカップルが接触するのを防ぐ手立てを何とか考えてます」
「おう」
「一番は喧嘩にならずに事件が起こらないのが一番です。でも、もしもソレが叶わないなら女の子だけでも逃げてもらって不良は自分で足止めしようと思っています」
「そうか……」


一週間後の今日、深夜1時。そしてあの場所の近く。
それだけ分かっていれば何とでもなると乾は考える。黒龍として武道が動きたくないなら、自分だけで何とかする気概があるなら、ソレを尊重したいとも考えている。九井は過保護な傾向があるが、乾は多少のヤンチャは経験させても良いと思っていた。


「じゃあ俺はお前が大怪我しそうな場合だけ手を出してやる」
「え?」
「ついてってやるって言ってんだよ。チーム動かす程じゃねぇんだろ、お目付け役に俺一人いれば十分だろ。特別に私服で行ってやるよ」
「ッ! ありがとうございますッ!!」
「だからうるせぇよ」


なるほどコレが先輩デビューというヤツか、と考えて乾は深くため息を吐いた。九井の事を笑えない程度に自分もこの後輩の事を気に入っている。
こんな面倒を引き受ける事になるなんて九井がこの少年を連れてきた時には思いもしなかった。もしかしたら昔、自分を黒龍に引き入れた先輩たちもこんな気分だったのだろうか、と少しだけ懐かしい気持ちになった。


「一週間でどれだけ仕上げられるか分かんねぇけど、まぁ多少、喧嘩も教えてやっか。とりあえず筋トレのメニュー送るからメアドよこせ」
「ウス、よろしくお願いします!」

・・・

今までと同じように九井とサイコメトリの訓練をしつつ、その後の時間で乾に喧嘩の特訓をつけてもらう様になってから、黒龍の中で武道の地位はどんどん確立されていった。
九井の部下はもとより、乾の部下とも面識ができ、入隊試験の一件でその一芸入隊に陰口を言われることも減った。本当は入隊試験などすることはほぼ無いと知ったのは少し後になってからだった。アレは武道のお披露目会に他ならないと知って武道は少し恥ずかしくなった。
乾に渡された筋トレメニューをこなしつつ、防御をメインに武道は訓練する。未来視の能力があればほぼ正確に相手の攻撃に対応はできるハズだ。それでも武道の実力では相手のスピードに身体がついていけなかったり、単純なウェイトの差で押し敗ける。どれだけ相手からの威力を削げるか、早く動けるか、瞬発力と判断力の勝負だった。
もちろん、避けて受けるだけでは勝てないので反撃の練習もするが防御の訓練と比べるとなかなか上手くはいかない。どうにも加害は苦手な様だと、可愛がられ、周囲に守るべき対象であると認識させるだけで強くはならなかった。
仕方なく、付け焼刃の圧倒するための暴力よりも逃げに転じるための一瞬の目くらましを先に練習するハメになった。転がされた時に受け身を取りつつも砂を握り顔にぶつける、追いかけられた時にとっさにしゃがんで相手を引っ掛ける、等だ。
武道としてはせっかく喧嘩を教えてもらっているのに、と思う所が無いわけではないが期限が期限のために文句は言えないと不満を飲み込み真面目に訓練する。
鬼ごっこの様な自分の訓練に付き合ってくれる部下の人たちには頭が下がる思いである。素直で可愛い中学生の後輩とじゃれて遊べる訓練は案外黒龍の中では人気であったが武道の知る所ではない。
そうして迎えた一週間後の深夜。武道は憮然とした表情で路地に入る前の道路を歩いていた。


「乾さん来ねぇじゃん」


多少時間がズレても大丈夫なように早めに設定した待ち合わせ場所に乾が現れなかった。
まぁそういうこともあるだろうと暫く待って、30分くらいその場で待機して時間を潰すも乾は現れない。何かあったのかとメールを入れても返信は無く、電話をしてみてもコール音だけが虚しく響く。
このままでは乾抜きで愛美愛主と相対することになる。
元よりそのつもりであったけれども、あると思っていた援軍が無いのは心にくるものがあった。実は乾に嫌われていたのだろうか、上げて落とす事で武道を陥れるつもりだったのだろうか、と良くない妄想が頭を過る。
落ち込んでいる場合ではない。レイプ現場を視た時刻が深夜の1時ならそろそろカップルが通りがかって襲われ、路地裏に連れ込まれる時間が来てしまう。


「……」

 

覚悟を決めろ、と武道は大きく息を吐いた。
そうして暫く経った頃、悲鳴が聞こえた。


「えっ!?」


武道が視たよりも少しだけ離れた場所からだった。
考えてみればずっと犯行現場である待ち合わせ場所にいればそこを避けて通られても仕方が無いだろう。
急ぎ、口論する声や悲鳴を辿ればまだ路地にはまだ少しだけ遠い道路でカップルが囲まれていた。既に女の子の腕は男に掴まれており、男の方は地面に転がされていた。


「ちょ、ちょっと! 何してるんですか!? 警察呼びますよ!?」


あくまでも通りがかった一般人を装い武道が声を掛けると男たちが振り向いた。ヴィジョンで視た学生服の男たちだった。特攻服を着た奴はいない。


「あー? おこちゃまがこんな時間に何してるんでちゅかー?」
「今なら見逃してやるからとっととどっか行けよ」


嘲る様に武道に声を掛けるが女の子の腕は離さない。武道に気を取られた時にカップルが逃げ出してくれるのがベストだったがそう上手くはいかないか、と武道は内心溜息をついた。未来が視えても上手く事を運べるかは別だ、と。


「嫌がってるじゃないですか! 女の人相手に複数で囲むなんて酷いですよ!!」
「うっせぇなぁっ! ガキがシャシャってんじゃねぇぞ!!」
「うわぁっ!!」


制服男の大ぶりな拳は黒龍の男たちの鋭いソレよりも幾分か遅く感じた。
ヴィジョンで数秒先に行動が読めれば十分に避けられる。一般人の少年らしい悲鳴を上げながらよろけるフリをしながらソレを避けて、男にタックルを仕掛ける。
不良でありながらもチーマーという程では無い素人の体幹は武道の体重の乗ったタックルに敗け、簡単によろめいた。


「テメェ何しやがる!!」
「ひぇっ、先に仕掛けてきたのソッチじゃないですかぁ!!?」


情けない言葉を吐きながらも、この程度の相手なら何とかなるかもしれないと武道は臨戦態勢を取る。何よりも優先すべきは女の子が逃げられる様に自分に注意を向けさせることだった。


「うわっ、ととっ!」


最初の男が立ち上がる前に仕掛けてきた次の男の拳を避けながら、何とか女の子を掴んでいる男の方へと転がす様に足払いをかけようとするが上手くいかない。せいぜい最初の男の上へとこかすのが精いっぱいだった。


「なんだコイツ!?」
「柔道部か何かか?」


思いのほか弱くなかった武道に男たちは困惑するが引いてはくれない。


「クソっ」
「ッ」


勢い任せの大振りなキックもしっかりと腕でガードすれば何とか押し勝つことができた。
3人転がした所で思いきり地面を蹴り、女の子を掴む男の間合いに入り込む、一週間前にナイフ男をノしたのと同じ頭突きを男に食らわした。


「ぐ、ぁああッ!!」


脳が揺れ、腕を掴んでいた力が弱まる。その一瞬の隙を女の子は逃さなかった。
男の腕を振り払い、彼氏のもとへと駆け寄る。
ソレを見て一瞬だけ安心し、次のヴィジョンを視て武道は叫んだ。


「逃げてッ!!」


突然の助けに唖然としていたカップルだったがその声に弾かれた様に駆けだす。ソレを見届けた瞬間、武道はふっ飛ばされた。
視えていても動けなければ意味がない。散々訓練中に実感した事だった。


「いッ……!!」


壁にぶち当たり今度は武道の脳みそが揺れる。
ぼやける視界の中、薄暗い夜道に金属バットを持った白い特攻服が浮かんでいた。バットで殴られたのだろう。


「ナァニしてくれちゃってんのォ? ヒーローくん?」


武道を見下すように愛美愛主の文字が入った特攻服を着た男が立っていた。


「ぐ、ぅ……イ゛ッ、ヴッ…ぁアッ!!」


睨み上げる武道の頭に制服男とは比べ物にならない思い蹴りが入った。ソレでも吹っ飛ばれはせずに頭蓋で受ける。ヴィジョンでは顔に入っていた蹴りであるため、訓練の成果が出たと言えるだろう。


「あれー? まだ生きてんの??」
「喪部川くんの蹴り受けて死んでないとか生意気ー」


武道に転がされた制服男達も頭突きを受けた男以外立ち上がり武道を囲む。逃げたカップルを追う者がいないことに少しだけ安心した。
蹴られた頭から出血しているらしくズキズキと痛みがあったが気にしてはいられなかった。


「うるせぇよ、弱い者イジメしかできねぇ下衆野郎どもが」


ワザと煽る様な言葉を吐きながら、揺れる三半規管を無視して武道は立ち上がる。


「チビの年下殴って楽しいのか、よ……あ゛ぁッ…!!」


その言葉が終わるか終わらないかぐらいのタイミングでまた頭を殴られる。よろめくが、他俺はしない。


「俺たちお前になんてキョーミねぇのよ、分かる? オンナと、最近イキがってる東卍の奴のオトモダチにヤキ入れてやりたいだぁけ♡」
「東、マン……?」


新しい単語に武道の頭が一瞬だけフリーズする。しかしすぐに東卍が何か思い当たった。
愛美愛主と同じくこの辺をシマにしている暴走族だ。乾に愛美愛主同様関わってはいけない族として教えられていた。乾の大切な人を殺した奴が所属しているチームと聞いている。


「何だ、お前東卍じゃねぇのかよ。中坊連合って聞いてたしオトモダチ助けたのかと思ったけど違ェの?」
「東卍なんか知るか、襲われてる女の子がいたらフツー助けるだろ」
「ヒュー、かぁっこいい♡ でもその勢いいつまで持つかなぁ?」
「あ゛ッ!! カ、ひゅ……ッ」


腹にケリを入れられ、息が止まりかける。
それでも、武道は倒れなかった。自分が倒れた時点で男たちはあのカップルを追うだろう。ならば、もう少しだけでも時間稼ぎをしたい。


「ギャハッ! まだ立ってんのぉ? 強いねぇ?」
「ボロボロじゃねぇかよ、ヒーロー?」
「コレはさっき食らった分だ! オラッ」


サッカーボールでも囲む様に男たちは武道を蹴りまわす。
こうなってはヴィジョンも意味は無いと視界を切り替え武道は受けに徹する。


「ゔッ、あ゛…ぁ……」


骨が折れた様な痛みは無いが打撲は酷いことになっているだろうな、と考えながら武道はひたすら立ち続ける。
何度か地面に転がされたが、それでも起き上がり男たちを睨み続けた。


「何だコイツ、そろそろホントに死ぬんじゃね?」
「あ? まだ目も潰れてねぇし骨も折れてねぇよ。受け身が取れてるんだから大丈夫だろ」
「んー、そんなもんなの?」
「じゃあいっかー」


男たちの会話に武道は心底安心した。
ヴィジョンで視た女の子の確かに目は潰されていたし、外から分かる程骨が砕かれていた。
加減が出来ない馬鹿野郎ども、乾が言った通りの男達の牙がか弱い女の子に向かなかっただけで今、武道が嬲られている価値がある。


「うるせぇよ……。テメェらみてぇな下衆のゴミクズどもになんか、俺は死んでも敗けねぇ」
「……言うねぇ♡ じゃあ死ねよ」


男が最初の一撃以来使っていなかったバットを振りかざす。
コレは死んだかもしれない、と最期の抵抗に視界を開いた。


「花垣ッ!!」


武道がバットの軌道を視た瞬間とほぼ同時に、男が吹っ飛んだ。
視界に映る愛美愛主と同じ白い特攻服。しかし、愛美愛主のモノよりももずっと洗練されたデザインのそれは白く靡いていた。


「乾、さん……」
「悪ィ、遅れた」
「スゲェ遅刻っスよ」


しかも結局私服じゃねぇし、と思ったが言葉にはならなかった。
気が抜けて、身体から力も抜ける。
愛美愛主の隊員すら一瞬で倒したのだ、制服の男達なんか乾の目じゃないだろう。
安心感からそのまま気絶したボロボロの武道を見て乾は呟く。


「やっべぇ、ココに怒られる」


遅れるつもりは無かったし、特攻服も本当は脱いでくるつもりだった。しかし、直前にチンピラに絡まれ喧嘩になり、その処理に思いの外時間がかかってしまったのだ。
急いで着の身着のまま現場に辿り着けば既に武道はボロボロで、衝動的にバットを持った男をなぎ倒していた。


「テメェ等、覚悟は出来てんだろうナァっ!?」


一発でノされたリーダーの男と、突然現れた黒龍の特攻服に制服男達は蜘蛛の子を散らすように逃げようとするが乾には敵わない。
首根っこを掴まれぶん投げられ、顔面に拳を入れられ、地面に投げつけられる。チームに所属すらできない程度の下っ端を殺してしまわない様に積み重ねていくのは乾にとって一瞬だった。


「チッ、雑魚が」


怒気を孕ませた声音で乾は呟く。九井に怒られる事も憂鬱ではあるが、武道をボロボロにされた事、自分が遅れてしまった事でそうなってしまったという事に腹が立って仕方が無かった。
気絶した武道を担ぎ上げ、単車へと乗せる。大丈夫だとは思うが一応病院に担ぎ込もうかとした所で、バイクのエンジンの音が近付いてきた。

 

「次から次へと……ッ」


ぶち殺してやる、とコール音の響く方を睨みつけ、目を見開いた。
愛美愛主の増援かと思ったバイクに乗るのは白い特攻服では無く黒い特攻服。憎き、東京卍會のものだった。


「東卍……」
「あ゛ぁ!? ぱーちんのダチやったのテメェかぁ!?」
「一般人と女に手ェ出すとはフテェ野郎だなぁ、オイ!!」


バイクに乗ったままブンブンとエンジンを鳴らし、東卍の男たちが威嚇する。
その音に気絶していた武道がゆっくりと瞼を上げた。


「いぬ、い……くん」
「花垣! 気が付いたのか!!」
「逃げ、て」


現状は把握しきれていないが、愛美愛主とは違うチームに囲まれているという事だけは理解し、武道は力なく呟く。今の自分は間違いなく足手まといである、と。


「お前を置いて逃げる程、俺は落ちぶちゃいねぇ。見くびんな」
「でも……」


そんな二人の会話に何かがおかしいと東卍の男が顔を見合わせた直後、バイクの間を縫って女の子が飛び出してきた。


「さっきの人!!」
「え?」
「良かった! 生きてた!! 援軍呼んできたから!! すぐに助けるからね!」


女の子の言葉に武道はやっと現状を理解する。
愛美愛主の男が言っていた東卍の隊員のオトモダチが武道を助けようと東卍の隊員を呼んできてしまったのだと。
オトモダチというかその彼女が、みたいであるが。


「いや、大丈夫だよ。この人、俺の先輩だから」
「え?」
「この人が助けてくれたから。それよりも、君が無事で良かった。掴まれてた所痛くない?」
「あ、大丈夫、だけど……。それよりも君の方が大怪我じゃん!」


慌てた様に女の子がハンカチを差し出すが、その手を乾が弾いた。


「そうだ、今更お前等が来ても無駄だ。すぐにコイツを病院に連れて行くから道を開けろ無能ども」
「ちょ、乾くんっ」


いくら東卍に恨みがあると言えどもその物言いでは喧嘩になってしまうと武道が焦り、実際に乾に最初に罵声を浴びせた二人組が怒鳴り返そうとする。しかし、後ろから現れた男がソレを制した。


「ぱーちん、ぺーやん! 今はテメェ等の親友と彼女の恩人病院に送り届けるのが先だろうがッ!!」
「お、おぅ」


紫色のベリーショートの一喝に二人は押し黙る。


「間に合わなくて悪かった。すぐに道を開ける。送迎は必要か?」
「要らねぇ。とっとと道開けろクソ坊主」
「乾くん、ホント今だけはソレ勘弁してくださいよぉ……」


武道を背負い直し、乾はバイクに乗る。その間に東卍のバイクの群れは道を開けた。


「テメェ等の総長に伝えとけ。テメェのせいで狙われる大事なモン守れねぇなら、不良なんてやめちまえってな!」
「もうホントやめてくださいってぇ」


中指を立ててメンチをきる乾の腕に縋りつきつつその腕を下ろさせる。気持ちは分からなくも無いが今は一刻も早くこの場を穏便に済ませたいと涙目になる。
怒った東卍とチェイスなんかになったら目も当てられない。
実際、ぱーちんと呼ばれた男がキレて殴り掛かろうとするのを紫髪とバリアートの長身が二人掛かりで取り押さえていた。
ソレを尻目に乾はバイクを発車させる。
東卍の男たちのテールランプが見えなくなる頃にやっと武道は安心して乾の背中に寄りかかった。


「怖かったぁ……」
「悪ィ、つまんねぇ事で時間取らせた」
「ホントですよぅ。まぁお陰で意識もハッキリしてきましたけど」


グデっと寄りかかる武道が邪魔でないことは無いが、自分が遅れたため酷い怪我をしたのは間違いが無いため乾はあえてそのままにさせる。もしコレが他の隊員だったら同じ状況でも迷いなく路上に捨てただろうと思うが、そもそも他の隊員など後ろに乗せないだろうと思い直す。
乾が後ろに乗せたことがあるのは九井のみだった。
意識が戻った武道に乾は呟くように話しかける。


「必要なら武器を使えと言ったが、お前にソレは向いていないかもしれねぇな」
「……」


バットを持つ男を見て、頭に血が登った。
黒龍の荒事では得物で殴り合う事は日常茶飯事であり、乾自身鉄パイプを振り回すことに躊躇いはない。しかし、血濡れの武道を見て乾は思い出すことがあった。


「俺はソレで去年ネンショ―にブチ込まれた」
「え」
「8代目の黒龍の時だ。武器を使って喧嘩して、相手に大怪我をさせた。あの時は俺もイキがったクソガキだった」
「……」


「しかもブチ込まれてるうちに大切な人が死んだ。俺にとっての憧れ、初代黒龍総長、佐野真一郎くん。バイク屋に押し入った強盗に頭を殴られ即死だったってよ。しかも強盗犯は中坊の手加減もできねぇクソガキ。二人組の強盗で実行犯だけがネンショーに送られたらしい。俺はソレをネンショーを出てから人づてに知らされた」


武道は黙って乾の独白を聞いた。
ふんわりと大切な人を東卍に殺されたとは聞いていたが、それが誰なのか、どうしてなのかまでは踏み込んで聞いたことは無かった。


「お前がステゴロに拘って戦う理由が分かった気がする。武器を使うことの怖さと、あと、俺があの人に憧れてた理由」


実際にはあの人の喧嘩を見た事は無かったけど、あの人に憧れる先輩たちから散々聞かされた武勇伝。
絶対に諦めない、立ち向かい続ける最弱の総長の事を。


「お前が思い出させてくれた。忘れたことなんて無かったつもりだったけど、あの人の作ったチームを存続させることに必死で、あの時の心を俺は失ってた」


懺悔の様なソレを武道はぼんやりと聞く。
夢に見たあの初代の姿はやはり本物だったのだと嬉しく思った。


「前に……」
「はい?」
「前に初代の事を知りたいと言ってたのはその眼で何か視たのか?」
「はい、その……。夢に出てきただけなんですけど、初代黒龍と今の十代目黒龍は色々と違うなぁと思いまして……」


初代の顛末を知る乾に今その話をするのは気が引けたが、これ以上のタイミングも無く、武道はおずおずと初代の夢について話した。


「そうだな……。今の黒龍は俺の知ってる初代とはあまりにも違う……」


乾の声はいつになく沈んでいた。


「だが、他にどうしようも無かった。俺は総長の器じゃねぇ。ココや大寿に頼るしかなかった。もうあの人たちの事を知ってる奴なんてほとんどいねぇ。かつての最強のネームバリューとココのプロデュースする今の黒龍に群がる奴ばっかだ」
「乾さんは初代の人たちと面識があるんですね」


どうして、と初めて夢を視た時からの疑問の答えを武道はゆっくりと飲み込む。


「あぁ、俺がかつてダメになりそうだった時に拾ってくれたのが初代総長・真一郎くんだった」
「……」
「そん時もう真一郎くんは不良から足洗ってバイク屋やってたんだけどよ。ソレでも皆から慕われて、楽しそうで、俺の憧れだった」


懐かしむその声は穏やかで、悲しみを想起させる記憶であると共に確かに乾にとって幸せな時だったことが武道にも感じられた。


「真一郎君の店に来る初代の人たちも皆ビッとしててさ、こうなりたいって思ってた」


しかし、その穏やかさは長くは続かなかった。


「だけど、実際に入って蓋を開けてみりゃかつての面影のねぇ8代で犯罪三昧。ネンショ―にぶち込まれてるうちに9代は中坊に敗けて黒龍は消滅。その中坊に初代も殺され、何とか続けた10代も理想とは程遠い組織にしちまった」


憧れた、恩人の残したチームが乾が入った途端に様変わりしてしまった。ソレは乾だけのせいでは無いが、それでも確実に責任の一端は乾にあった。


「もう黒龍がどんなチームだったか、覚えてる奴なんていなかったんだ」


本当は、自分が覚えていなければいけなかったのに、と乾は後悔する。忘れたつもりは無かった。それでも、気付けば大切だったハズの黒龍を腐らせてしまっていた。


「だからもし、お前が初代を知っていてくれるなら、俺は嬉しい」


自分にできなかったことを、武道は体現した。
不良の道を外れない、男の中の男の姿。諦めず、守るべきもののために意地と命を張って、立つ者。
初代の面影を、確かに乾はこの小さな少年に見たのだ。


「ふふ、そう言ってもらえると嬉しい、です。あの人は……真一郎さんは俺の憧れなんです」


馬鹿馬鹿しい話だと、相手にされることは無いだろうと思っていた。
夢に出てきた男を好きになって、憧れるままにその男の背中を追うなど気が狂っているとしか思われるに違いない愚行だ。


「不思議ですよね。実際には一度も会ったことが無いのに、俺はあの人に惹かれていったんです」
「いいや、分かるさ。もし同じ様に、あの人の生き様を見せつけられたら俺だって好きになるハズだ」


それが恋だったとは武道は告げなかった。
心に秘めて、乾の憧れを汚さない様に、こっそりと亡き初代を想う。
自分の想い人は本当に存在したのだと、少しだけ心が暖かくなる。彼がもういないのだと思うと心が張り裂けそうな気持にもなるが、同時に絶対に、自分だけは彼の遺志を継ごうと決心する。
乾の背中から見た東京の夜はどこか昨夜見た10年以上前のものに酷似している様に武道には感じた。

 

♡♡♡

「よぉ、また会ったな」
「あ、こんばんは」


あれから何度か真一郎の夢を視たがこうして武道に話しかけてくれるのはコレが二度目だった。
真一郎の夢を視る時、よく雨が降っていた。濡れた黒髪がキラキラとネオンを反射させていて武道はうっとりと男を見た。


「今日もキラキラしたネオン日和っスね」
「おー、絶好のスリップ日和だ」
「真一郎くんもコケるんです?」
「んなヘマしねぇよ」


どうせ夢だと濡れるのも構わずに適当な車止めに腰かけていた武道の横に真一郎も腰かける。ほとんどゼロ距離で、触れる肩に武道は少しだけドキドキした。


「あー、お前。前会った時は急に消えちゃったけど幽霊か何か?」
「いえ、俺はちゃんと生きてますよ! ほら、足だってありますし」


パタパタと足を遊ばせるとその脚に真一郎は存在を確かめる様に触れる。それがくすぐったくて武道はクスクスと笑う。


「ね? 本物でしょ?」
「おー……」


真一郎は納得がいかないと言った表情で武道に触れる。前回は唇で唇に触れたのに、と武道はおかしく思いまた笑う。あの時触れられた胸の先がジンと疼いた気がした。


「また、全身触れてみます?」
「今度は消えねぇ?」
「うーん、分かんないです。此処、俺の見てる夢の中なんで。朝になったら全部消えちゃいますから」
「……」


恐ろしい事を言う武道の真意を図りかね、しかし前回の生殺しを思い出すとまたコイツが消えてしまう前に食ってしまいたいと打算が頭を過る。
こういう思考が女の子にモテない原因かと考えるが、女の子相手にこんな凶悪な気持ちになることは無かったため武道が悪いのだと思い直す。前回からずっと、武道は真一郎の劣情を煽る事ばかりを言っていた。


「んじゃあ、消える前にヤんねぇとなぁ?」
「ん、どーぞ♡」

・・・

前回と同じ郊外よりのラブホテルに二人で入っていく。
部屋をゆっくりと選ぶ余裕などなく最初に目についたボタンを押してカギを受け取る。
部屋へ入り、ドアを閉めた瞬間にどちらからともなく貪る様に唇を合わせる。舌を絡め、唾液を流し込み、その薄い身体を掻き抱く。前回会った時よりも少しだけ肉付きが良くなった様に感じられ、もしかしたら本当に生きた人間なのかもしれないと真一郎は自分の首に縋りつきながらキスに溺れる武道を眺めた。
満足するまで口内を蹂躙し、迷いなく脱衣所へと向かう。
性急に服を脱がせ合い、時折我慢が出来ないとキスをした。


「ふっ♡ は、ぁ♡」


甘い喘ぎ声を聴きながらガラス張りのシャワールームに連れ込むと、二人して冷えた身体に熱い湯を浴びる。素肌が触れ合い、温まってくると上気した肌が桃色に色づき真一郎の性感を煽る。
青い瞳は欲情に濡れて、うっとりと真一郎を誘っていた。


「んっ♡ あぁっ♡♡」


女声の様に肉が付いているワケでも無いのに何故か柔らかな胸を揉みしだくと堪らないという風に嬌声が上がる。


「お前、何か前より感度良くね?」
「ずっと♡ んっ♡ 真一郎くんにぃ♡ 抱かれ、ンぅ♡ たか……ッヒぁ♡ ったぁ♡ からァああぁッ♡」
「エロ……」


以前よりも少しだけ増えた気のする胸の肉の感触を堪能しながらその先の突起を指の間で刺激すると武道は悲鳴を上げて床に崩れ落ちる。完全に快楽に腰が抜けてしまっているその身体を抱きあげてバスタブの中に共に入る。
シャワーを浴びたままタブの栓をして、ボディソープを泡立てる。あまり綺麗な風呂の使い方とは言えないがどうせこれから汚れることをするつもりであるので気にしないことにする。
くたくたと真一郎にしな垂れ掛かる武道の身体を泡で包んでいく。興奮し過ぎた身体はどこに触れても過敏に反応し、その甘い嬌声が真一郎を興奮させた。


「んっ♡ んっ♡ あぁっ♡♡♡」
「気持ちいーなぁ? タケミチィ」
「んっ♡ 好きぃ♡♡ きもちぃのすき♡♡♡」
「はは、かわい……」


既に何度か吐精してしまっているらしい可愛らしいサイズの陰茎を皮を剝くように優しく洗い、そのままその下の秘孔へと指を滑らせる。ヌルリと簡単に入ってしまった指に驚きつつもナカを刺激すれば声すら上げられずにビクビクと武道は身体を痙攣させた。


「随分簡単に入っちまったけど、お前初めてじゃねぇ?」
「初めてッ♡♡ 俺、そこ挿れられたこと無いからぁッ♡♡ アッ♡♡ ぁああああッ♡♡♡♡」
「その割に感じまくってんなぁ?」


二本目の指を乱暴に突き挿れ、もしこの少年の身体を自分以外が拓いたことがあるのならば、と真一郎は凶悪な目付きで武道を見る。


「わかっ♡ わかんないぃ♡♡ らってぇ♡ ゆめだもんっ♡♡♡♡ しんいちろうくんにぃ♡ りゃかれっ♡ たかったからぁ♡♡ あァっ♡♡ だかれるためのぉ♡ からだにぃ♡♡♡♡ ひゃぁあん♡♡ なっれぇんじゃないのかなぁ♡♡」


二本の指で一番感じる箇所をゴリゴリと挟み込まれ、そのあまりの快楽に回っていない呂律の武道の嬌声がバスルームに響く。
どうやら本当に初めてで、武道は本当に夢だと思っているらしいと真一郎は判断した。確かに、こんな快楽に頭が焼き切れそうな体験はもしかしたら本当に夢なのかもしれないとどこか冷静な頭で思う。
武道を抱きかかえつつもバスタブの淵に手をつかせ、三本に増やした指でピストンしながらナカを拓く。やはり簡単に拓いてしまったナカを指を開いて確認すれば、入り口は柔らかく広がった。


「んんんっ♡♡♡♡」


ズルリと淵を開いて刺激しながら指を抜けば、そこは寂しげにクパクパと真一郎を誘惑した。


「挿れるな」
「は、い♡ んあっ♡♡♡ ひゃぁぁぁああああああっ♡♡♡♡」


ズン、と指とは比べ物にならない質量が武道のナカへと侵入する。挿れられた瞬間に押し出される様に精が零れ、チカチカと視界が点滅する。快楽と衝撃にのけ反った腰を掴まれバチュンッと酷く濡れた音を立てて抽挿が始まった。


「あっ♡ あぁっ♡ ああんっ♡♡♡」
「ふっ、ぐ…あ……ぁ…」


片腕で肩をホールドされ、もう片方の腕は腰から腹へと回され逃げられない様に抱きしめられる。
耳元で熱く、男臭い吐息が鼓膜を犯した。


「んっ♡ あっ♡♡ あぁっ♡♡♡」


規則的な律動が武道を追い詰め、性感を高めていく。もうこれ以上興奮などできないと、頭がおかしくなりそうな快感を何度も上塗りされ、朦朧とした意識の中で自身を揺さぶる男が愛しいという感情しか分からなくされる。


「ぁ♡♡♡」


ぎゅぅ、と更に強く抱きしめられ一番奥まで入り込んだ男が熱い飛沫をナカへと叩きつける。ソレは一瞬の様にも永遠の様にも感じられ、気持ちが良いという事すら分からなくなる。
ズルリ、とナカから出て行った男が武道を抱え直して自分の上へと乗せる。力なくされるがままの武道の額にキスをして再びきゅうきゅうと抱き締めた。


「スゲェ良かった。頑張ってくれてありがとな」
「ん」


何を言われているのかもよく分からないままに呻くように返事をする。
そうしてまたぼんやりしていた頭の中の霞が急にスッキリと晴れていくのを感じた。


「そろそろ帰りますね」
「もうか?」
「俺にもいつ目が覚めるのか分からないんですよねぇ」

名残惜しそうに顔中にキスを落とす真一郎は年上なのに何だか可愛らしく感じて、武道からもその額にキスを返した。
その瞬間にまた武道は消えてしまい、腕の中のぬくもりが消える。
それが寂しくて今度は真一郎がぐったりとバスタブにしな垂れ掛かる。


「アイツ、生霊か何かかなぁ……」


どこの病院にいるんだろ、とせめて都内だと良いと願った。


・・・


数年後の都内の病院で武道は眼を覚ます。

「うーん、ついに最後までしてしまった。なんて罰当たりな夢だ……」