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【R18】因習村の面白外国人枠・表

モブ主人公視点です。うっすらBL

鳥居は2基と数えるそうですが、この主人公はそんなこと知りません。しめ縄についてる紙が紙垂という名前であることも知りません。そういう表現が多々あると思いますが、よほど変な事でなければそういうモノだとスルーしてください。

 

・・・

 

真っ白な部屋に白い机、椅子だけが黒い無機質な部屋だった。

想像していたよりも明るく清潔な部屋に少しだけ緊張を解く。

 

容疑者ではなく重要参考人として呼ばれていたために乱暴なことをされるとは思ってはいなかったが、それでも警察に呼ばれるのは少し怖いと男は思う。

 

悪いことはしていない、と思う。

 

あの夏の日に起こったことについては反省も後悔もしていなかった。

いい思い出かと言えば恐ろしい思いもたくさんしたし、とんでもないことに巻き込まれたとも思う。それでも、間違いなく自分の人生において絶対に忘れる事のできない思い出の一つになったのだろうとも思う。

 

目の前の刑事の話をぼんやりと聞きながら、質問に答えていく。

 

「では最後に、あの村で起こったことをできる限り教えてください」

「はい……」

 

あの日の事は思い出そうとすればありありと思い出すことができた。

凄惨な光景も、楽しかったことも、まるで昨日の事の様に思い出せる。

 

「あの村に行く少し前の事からお話します」

 

 

 

・・・

 

 

人生に行き詰まった。

そうとしか表現のできないことがあるだろう。地道にコツコツと、人に優しく、誠実に生きていれば報われる。大きな花を咲かせることが無くとも平穏無事に生きられると思っていた。

 

しかし、現実は厳しく、事故に遇い長く働いていた会社を怪我を理由に辞めることとなった。

他に特技や資格を持っているワケでもない自分がハンディを抱えて次を見つけることは容易くはなかった。

老後のため貯蓄を切り崩す生活に焦りを抱えていたのだろう。そうでなければ、あのような話に飛び付くワケがない。

当時の自分はそれほどまでに追い詰められていたのだ。

 

もし未来を見ることができるなら、どうする?

 

大学時代の友人からの連絡だった。オカルトなどに傾倒するような男では無かったが、妙に信心深い奴だ。お互い、違う会社に就職したがその男とはそれなりに頻繁に連絡をとる仲だ。

口外しないと誓えるなら、助けてやれるかもしれない、と男は宣った。

男の地元は地方の山奥らしい。そこで、数十年に一度の祭りがあり、その祭りでは“遠見の神子”と呼ばれる存在が未来を予知してくれるのだと言う。本来ならその集落の者しかその恩恵を得ることはできないが、今代の神子の意向で信頼のできる者であれば参加できるのだ、と。

藁にも縋る思いで、俺はその祭りに参加することにした。先の見えない未来への不安を抱えきれなくなったのだ。

 

それを、俺はとても後悔していた。

男の運転で連れていかれた山奥は本当に山奥で、アップダウンとヘアピンカーブを繰り返す道を奥へ奥へと進み、いつしか舗装もなくなった林道に尻が痛くなった。自力で行くことも帰るとこともできないであろうその道は複雑で、そもそも山に入るまでの普通の道ですら謎の眠気に教われた自分には覚えられないものだ。男に一服盛られたのだとは気付いているがそれほどまでに秘匿されているのだろうと期待はあった。

 

集落へと着き、まず神社なのか寺なのかも分からないお堂へと通される。

そこで俺はギョッとした。俺以外の外部の参加者がいるとは聞いていた。しかし、ソレがこんな男だとは思ってもいなかったのだ。

背が高く、厳つく、筋骨隆々の外国人だ。その男はこちらと目を合わせると軽く手を上げた。

 

「ヘイ! お前もプレディクションシャーマンに会いに来たのか?」

「へ、あ……はい」

 

先の単語は分からなかったがシャーマンだけは分かった。イタコとかそういう意味だ。外国人に言わせるとそういうイメージになるのかと少し納得もする。

神子、というよりはイタコのイメージだろうか。自分もあまりオカルトや神道には詳しくないためこれから会う人物に対してどういうイメージを持てば良いのかはよく分からない。

何となく、神秘的なイメージでいたがどちらかと言えばそういうおどろおどろしいものなのかもしれない。

 

「そうか! 楽しみだな!!」

 

やたら快活な物言いをする男だった。

側頭部を刈り上げた金髪を頭頂部で団子にした髪型は彼のいかつい見た目とよく合っていて、祭りの時にそういう奇抜な髪型をしている連中もいるが、自分とは無縁の存在だった。

右の首筋から刈り上げた側頭部までトライバルのタトゥーを入れた男は外国人らしく堀が深く、整った顔立ちをしているがどうにも大きく開いた目と大きな声が威圧的でどちらかと言えば怖い印象になる。

 

「俺は寺野。寺野サウスと言う! お前は⁉」

「……。喪部島、です」

「そうか!」

 

どこを見ているのかいまいち分からない瞳が妙に恐ろしく、気圧される。

しかし、名前を聞いて少しだけ愉快な気持ちになった。恐らく本人は意識していないのだろうが前足の小さい恐竜を想起させる名前は少し滑稽でそのいかつい見た目と相まっていっそギャグか何かの様である。

しかし笑うのは少し怖いので必死に口数を減らしているとガラリと音を立てて戸が開けられた。遠慮のないソレに驚きつつそちらを見れば真面目そうなスーツの青年が驚いた顔をしている。

 

「あ、こんにちは……」

「あぁ、はい。こんにちは」

 

取り合えず挨拶をすると、同じように返ってくる。

最低限の会話はできそうな相手で安心した。寺野の方は得体が知れなくて会話するのも少しだけ怖い。

 

「姉さん、先客が二人いるけど大丈夫?」

「大丈夫だよ。早く中に入りなさいよ」

「うん……」

 

青年の影からぴょこりと小柄な女性が顔を出した。薄いオレンジ色の髪の長い美人だった。

こんな山奥のお堂など似合わない美男美女といえる二人組だった。表参道にでもいた方がよほど違和感がないだろう。

弟の方は少しこちらを警戒していて、姉の方はどうどうとした様子だ。寺野を見ても動揺しない辺り姉の方が肝が太いのかもしれない。

 

微妙な顔をする弟を放って勝手知ったる様子で部屋の隅に重ねられていた座布団を取ってくる。自分の分だけとって座り、うっかりまじまじと見てしまっていた自分にニッコリと笑いかけた。

 

「こんにちは」

「あ、はい。こんにちは」

 

思わず弟さんと同じ返事をしてしまった。

 

「君たちもタケミチくんに会いに来たんだ?」

「え、あの、タケミチくん??」

 

いったい誰の事なのか分からずに疑問符で頭の中が埋まる。その答えを導き出す前に、お姉さんと俺の間にバサリと埃を立てながら座布団が落とされた。

 

「姉さん、勝手な事しないで。それに、タケミチくんって言ったってこの人が分かるワケ無いでしょう?」

「そうかな? 今から会う人の名前くらい知ってるでしょう?」

「どうせ神子としか聞いてないよ。この村の人があの人を名前で呼ぶことだって稀なんだ」

「変なの」

 

ドカリと繊細そうな見た目に反して青年は乱暴に座る。初対面のハズであるが何か気に食わないと思われるようなことをしてしまっただろうかと不安になるが、お姉さんを見つめてしまったことぐらいしか思いつかない。……それか。

 

「あの、あなた方は……?」

 

自分よりもよほど事情を知ってそうな二人に、これからの事を聞きたいと思い声を掛ける。

 

「私は橘日向。この村出身だよ」

「……橘直人です」

「俺は喪部島と言います。未を知りたくて、友人に連れられて来たんですが……」

「寺野だ。よろしく頼む」

 

サラリと会話に混ざってきた寺野にビビりつつ話を聞けば、橘兄弟は数年前にこの村から出ていき、今日は祭りのために戻ってきたのだと言う。村人であり続けたのならその必要もないが、一度外へ籍を移したためによそ者扱いでこのお堂で待機をしているらしい。

この後、時刻になれば禊をして夜になってから神子と会えるらしい。

 

祭り本番は明日の夜明けらしいがそこにはよそ者は立ち会えないという。祭りと言うが神事色が強く、儀式と言った方がしっくりきそうな内容だった。

 

「つまり、この地の神にその先見の能力を還す儀式をして神子が人に戻る儀式なんですね」

「はい、だから私たち任期を終えたタケミチくんを連れ出そうと思って」

「いくら神子と言えど一生この村に閉じ込められたままなのは……」

 

神子がどうやって未来視の能力を得るのかは分からないが、凡そ30を目途に返還するらしい。いつ返還するのかは神子本人が視て良い日を決めるのだという。

儀式の中で次の神子が生まれるのを視るのを最後に能力が失われる。次の神子が生まれるのはすぐだったりずいぶん先の未来だったりするらしく、今代の神子の前はかなり昔で村の老人しかその人の事は知らない。

神子が生まれれば蝶よ花よと育てられ、村の繁栄や飢饉の回避などに利用されてきたという。何不自由なく育てられる代わりに村の外と交流は持てない。

 

そんな神子は橘姉弟の姉と同い年で生まれ、この限界集落で年の近い子どもとして幼少期を過ごしたらしい。

しかし、日向が小学校に上がる前くらいに親が事故に遭い、遠方の親戚に引き取られたためにそこからは離れ離れ。橘姉弟はタケミチを忘れることがどうしてもできずに何とか会おうとしたがこの最後の儀式までは結局会えなかったとの事だった。

 

「だからもう20年くらい会ってないんだけどね、どうしても会いたかったの」

「へぇ……」

 

正直、自分は幼稚園の頃の友人など一人も覚えていなかった。就職をしてから学生時代の友人たちとは疎遠になって、幼馴染と呼べるような存在はいない。

そのため、こんな辺鄙な場所まで20年も昔に会っただけの相手を迎えに来る心境は分からなかった。

 

そんな雑談をしていると、またガラリと戸が開けられる。

のっそりと入ってきたのはヒョロリとした体躯の大男だった。仕立ての良いスーツを着ている、緩いパーマの髪型とどうにも胡散臭く見える丸眼鏡のせいでビジネスマンには見えない。そしてその後ろにも同じく高そうなスーツを着た眼鏡の男がいる。身長はさほど高くはなく、橘姉よりは大きいが弟よりは小さい。しかし、隣に大男がいるせいで酷く小柄にも見えた。

 

「ん~? お取込み中?」

「下らねぇ事言ってねぇでとっとと入れ半間」

「はぁい♡ 稀咲さん」

 

小男に促され大男が室内へと入ってくる。橘姉が愛想よく座布団の位置を教えると大男は二人分の座布団を持って戻ってくる。

自分を含め計六人。サウスだけが異様な空間からいっきにおかしな集まりになった様に感じる。

 

「思ったよりもよそ者が多いな。アンタ達も神子に未来を視てもらいに来たのか」

「ハハッ、俺とモブシマはそうだな! お前たちは何だ?」

「うぉ……」

 

サウスに急に肩を組まれ驚く。見た目は厳ついが、元気が良く気安い兄ちゃんだ。

さり気無く橘姉弟を庇う様に前へ出たらしい。できれば俺を巻き込んで欲しくなかった……。

 

「勿論、俺たちも未来を視てもらいに来たんだよ。こう見えてそこそこ良い会社のお偉いさんなんだぜ稀咲は」

「余計なことを言うな半間」

 

ヘラリと笑う大男を睨みつける小男。稀咲というらしいソイツはゴツいメタルプレートの眼鏡の奥から大男、半間を睨みつけた。

 

「遠見の神子に会いに来て他の目的の奴がいるワケ無いだろ」

「バハッ、そうですねぇ」

 

感じの悪い男だった。半間の方も見た目からして怪しさ満点であるが、稀咲の誰とも慣れ合いません喋りません、と言外にアピールするような雰囲気のせいで先ほどまで和気あいあいと情報交換をしていた空気に戻れそうもない。

必要な情報はすでに教えてもらってるため特別何かを知りたいワケではないが、この薄暗い和室で会話も無しというのは少しだけ心細いものを感じる。

 

小さく溜息を吐いて時間が来るのを待つしかない。

 

室内には五人の男と一人の女。

 

神子の元幼馴染の姉、橘日向。

橘日向の弟、直人。

どこぞの会社のお偉いさん、稀咲。

その付き人、半間。

謎の外国人、寺野サウス。

 

そして一般人、俺。

 

これがドラマか映画なら絶対に殺人事件が起きるヤツだ……。

陸の孤島になった集落で起きる連続殺人。帰ることもできず警察の到着も遅れる中、実は探偵だった橘弟の捜査が始まる……。

 

そんな妄想をしているとコンコンと戸がノックされる。

時間になったらしい。

 

やっとこの重苦しい空気から解放されると内心喜び勇み、禊へと向かのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

むさ苦しい男どもの禊が終わり、入れ違いで橘姉が禊をする。

冷たい井戸水を被り、冬じゃなくて良かったと思いながら服を着る。時刻は夕方で太陽は沈みかけ。自然乾燥するにしても少し身体に悪そうなため念入りにタオルドライをする。

最初の待合室のお堂でしばらくすると、橘姉は髪までしっかり乾かした状態で戻ってきた。ドライヤーを持参していて村人に頼んでコンセントを貸してもらったらしい。やはり肝が太い。

 

このお堂は離れであり、神子がいる本殿はまた別にあるらしい。少し離れた場所にあるらしく歩いてそちらへと向かうことになった。

スニーカーで来て良かったと心底思う。スーツに革靴の半間と稀咲は露骨に嫌そうな顔をしていた。橘弟はスーツを着ているが足元は動きやすいものを履いてきたそうで、何故スーツなのかは分からない。姉の方は動きやすくかつお洒落な服装だ。レベルが高い。

 

鳥居をくぐり、山道をしばらく歩くと再び鳥居が見える。

信心深いタイプではないが、何だかゾワゾワする様な気がして今更ながらに怖くなってくる。未来を見通す神子、ソレは人間なのだろうか。オバケの一種なのではないか、と此処に連れてきてくれた友人にすら失礼なことを考えてしまう。

橘姉が20年間忘れられない子だと思えば良い子そうな気もするが、20年もあれば人は変わる。20年も神の代理をしている男とはいったいどんなものなのか。

今代の神子は気さくで最後だからよそ者の未来も見てくれる。だからこそ自分はここに来たのだと考えればやはり良い子が出てくるような気もする。

 

恐々と二つ目の鳥居を潜ると大きな建物がある。それこそ見た目は寺か神社といったもので、紙の飾りの垂れ下がったしめ縄が飾られている。

しかし、自分が知っている物とは違い床はあまり高くないので少し違和感があった。自分の家の墓がある寺は本堂が高い位置にあったハズであるが目の前の建物は普通の家より少し高いくらいだろうか。

 

入り口で靴を脱ぎ、短い階段を上り中へと入る。

板張りの室内は外と同じ様にしめ縄がいくつも飾られて異様な雰囲気だ。その部屋の奥、中央に更に柱としめ縄、そして御簾で囲まれた場所がある。

 

そこに、神子……タケミチくんがいるのだろう。

 

村民が祝詞の様な言葉を唱え、ゆっくりと御簾が上げられる。

 

そこにいたのは案外普通の男だった。服装こそ和風で仰々しいが、特別美人であるとか、ガタイがいいという事は無い。座っているため正確ではないが、座っていても分かる程度には中肉中背という体格に黒い髪は短く癖毛なのかフワフワとしていた。きっと寝ぐせを直すのに毎朝苦労するタイプだ。

 

そんな普通の男の、唯一目を引く箇所がその瞳だった。

 

爛々と輝く様な、淡い青の虹彩がジッとこちらを見ていた。

よく見れば青いとか、そんなレベルではない鮮やかさと顔の幼い作りのせいかやたら目を引く色彩がそこにあった。

 

その大きな目が眩しいものでも見たかの様に細められる。ソレ微笑んだのだと分かったのは少ししてからだった。

 

神子と村民が小声で少し話をして、一人ずつ御簾の中へと入り未来を視てもらうという事になった。

そんなに近づいて大丈夫なのかと不安になるが、一応手荷物はおいて入るらしい。素手でも簡単に危害を加えられそうな男が何人かいるが大丈夫なのだろうか。

しかし、神子本人が大丈夫だと言っているのだから大丈夫なのだろう。危害を加えられる未来は視ていないという事だろうか。

 

特に急ぐ目的も逸る心も無い自分は別に後でも良いと他の人に順番を譲る。しかし、一番手は嫌なのか他の人も後で良いと言う中サウスが先陣を切った。

 

御簾の中へと促され、ぼそぼそと話す声が聞こえるが詳細までは分からない。

確かに、声が丸聞こえだったら相談するのは怖いのかもしれないと俺は稀咲達の事を考えた。大事な商売の先行きを知りたいのかもしれないし、怪し気な談合の可否を知りたいのかもしれない。稀咲の事は全く知らないがもう見た目からしてインテリやくざか何かなのだろうと俺は思っている。

 

「ヴィーヴォ! それは素晴らしいな!!」

 

しばらくすると御簾の中から大きな声が聞こえた。

ソレがうるさかったのだろうか中から神子のサウスを咎める様な声が聞こえてきた。しかし、サウスの声は内容までは聞き取れないながらも機嫌が良いことが伺えて、サウスの事は特に何も知らないけれども何となく良かったなぁみたいなことを考える。きっといい未来が視えたのだろう。所でヴィーヴォって何だ。

 

サウスと交代で橘姉弟、自分、半間、稀咲という順番に決まり、一人ずつ入っていった橘姉弟はサウスの様な声を上げることも無く和気藹々とした雰囲気を御簾の外からでも感じるくらい穏やかに謁見が終わる。

 

そうして自分の番になって、橘弟と交代で御簾の中へと入る。

敷かれた座布団に座り、神子と向き合う。神子は機嫌良さそうに俺を見つめた。

 

「初めまして、喪部島さん」

「え……」

 

俺が名乗る前に、神子は俺に声を掛ける。呼ばれた名前に俺は驚いて挨拶が返せなくなった。まだ自己紹介はしていない。

 

「あぁ、すみません。貴方が来ることは視えてましたので。先に入った誰かが勝手に話しただとか、村民に把握されて報告されてるとかじゃないんで安心してください」

「はぁ……」

 

それはそれで安心しがたい気がする。この人の前にプライバシーとかあったもんじゃないのかもしれない。

 

「まぁ俺は触れたものの未来しか視えないので、貴方が名乗る未来を視ただけです。今まで何をしてきたとか、これから何をするのかとかは分からないので」

「へぇ」

「流石にそんなに便利じゃないんスよ、神子の能力」

 

超常現象の様な力を持っていても万能でもないらしい。まぁそうでもなければこんなド田舎で燻ぶっていないのだろう。自分には分からない世界であるが、それこそ政治や犯罪に使えばとんでもないことになる能力だろう。

 

「もしかしたらヒナとナオトに聞いてるかもしれないけど、俺は花垣武道。このド田舎の限界過疎集落で神子やってます」

「……喪部島です」

 

ド田舎の限界過疎集落。

神子にもこの村に思う所があるのだろう。20年以上もこんな山奥に閉じ込められたらそりゃ何かしら不満はあるかと思いつつ、神子という何となく想像していた神聖なイメージにそぐわないフランクさに少しだけ気圧される。

底知れない能力と不思議な蒼い瞳のせいでどうにもちぐはぐに感じてしまう。

きっと普通の黒い瞳に適当な服を着て外にいたらきっと自分はこの人に見向きもしないのだろう。やる気のない深夜のコンビニバイトとかにでもいそうだ。

そんな普通の人が、こんな場所で異様な能力を持って神子をしているのが妙な迫力に繋がっていた。もっと清廉な空気を纏った儚げな美人とかが神子だったらこんな違和感も持たないだろう。この花垣武道というどこにでもいそうな男がとんでもない力をもっているという事が、非日常と日常を繋げている様だった。

 

「さて、まぁ俺にできる事なんて大したことじゃないんだけど、何を視て欲しい?」

「あ……それは…」

 

俺は何となく、今までの事とこれからを不安に思っているという事を伝えた。全くゼロから視てもらっても良かったが、別に自分は目の前の神子の実力を試してやりたいとかそういうつもりで来たわけではない。

本当に未来視ができるのなら事前情報など知らなくてもできるだろうとは思うが、見たい未来や知りたい情報を先に伝えた方が親切だろう。

再就職に際して先行きが不安、ということなのにいつ結婚するとかの未来を視られても意味がない。

 

「そっかぁ、外で生きるのも大変だねぇ。ちょっと手を貸してね」

「はい」

 

言われるがままに手を差し出すと軽く握られる。高くも低くも無い温度に、適度に硬い男の手の感触だった。

せっかくなら儚げ美人の巫女さんの白魚の様な手で握られたかった、という邪念が無いことも無いが、実際に未来視の能力を持つのは目の前の瞳以外は平凡な男に他ならないから仕方がない。

そんなことをつい考えてしまう程、花垣武道という男は普通だった。まるでちょっと占いが趣味の知り合いに見てもらっている様な気持ちになってしまう。実際はド田舎の限界過疎集落に気絶させられて運ばれたというのに。

寒い思いをして禊までさせられるほどの清廉さをこの男に感じるのは難しかった。

 

しかし、俺の手を握り、ジッと焦点の合わない目でどこかを見つめる様はやはり異様で、この男が特別な力を持つ神子なのだと知らしめてくる。

しばらくそうしているとだんだんと花垣の視線がブレて、だんだんとこちらに焦点が合ってくる。何となく視終わったのだなと思っていれば手が離された。

 

「うん、視えたよ」

「どうでしたかね……?」

 

特に疲れた様子も無く花垣はヘラリと笑う。

 

「おおむね大丈夫そうだよ」

「ふわっとしてますね」

「正直、俺は普通の社会で生活したことありませんからね。事務っぽい仕事している貴方が視えたので多分大丈夫だと思うとしか言えないんですよ。いろんな仕事転々としているとかめっちゃ落ちぶれてるとかじゃなさそうなんできっと大丈夫ですって」

「なるほど……」

 

視えた所でソレが何なのか判断できるかは別なのだろう。

今のところ、その未来が視えたという情報があれば少しは安心できるというものだ。身体を使う様な仕事はもうできないし、内勤で安定した職に就けているなら十分だろう。

 

「あぁ、でも……」

「はい?」

「貴方は近い将来、決断を迫られます。その時はすぐにご友人を連れて逃げなさい。絶対に振り返ってはいけません。躊躇もしてはいけません。その先には明るい未来が待っています。案外、生きていたら何とかなるものですよ」

 

ヘラリと笑って言われた言葉は少し無責任で、しかし、未来が視えるというこの男から発せられるにはあまりにも不穏な言葉だった。

友人、というのはきっとこの村に案内してくれた奴のことだろう。ソイツを連れて一目散に逃げろ、とは少し近すぎる未来ではないだろうか。これからこの村で一体何があるんだと不安になる。

死ぬような目に遭うらしいがそこさえ超えてしまえば大丈夫なのだろう。

……いやまず死ぬような目に遭いたくないのだけれども。

 

やっぱり不気味だなぁ、と思いつつ俺は花垣に礼を言って御簾から出た。

この村に滞在するのは3日くらいの予定だ。つまり明日か明後日には死ぬような目に遭うという事だ。

自分と入れ替わりに御簾へと入っていった男はともかく、面白外国人のサウスや橘姉弟はできれば助けてやりたい気がする。

 

友人と合流したら車の整備とガソリンの確認をしよう……。

 

 

 

・・・

 

 

招待された友人の家は古いながらも状態は悪くなく、綺麗にされていた。意外に思い素直にそう伝えれば俺が神子に会っている間に必死に掃除をしたそうだ。故郷とは言え滅多に帰ってこないため相応に埃などが積もっており、まだまだ掃除が行き届いていない場所があると困り顔をしていた。

両親ともに既に亡くなっており、自分も外で働いているからこんな集落とっとと捨ててまえば良いと分かっているが中々決心がつかなかったそうだ。神子が返還される節目の今年を最後にもう終わりにしようかとも考えているとのことで、自分を連れてきたのはその決心が鈍らない様にするためもあったそうだ。

 

そんな話をした翌日。

今夜から明日の朝にかけて神子を返還する神楽を行うそうだ。これはよそ者は関われないため、友人の家で待っていて欲しいと伝えられる。まぁ神子に会えた事すら今代の神子のフランクすぎるご厚意であるとは聞かされていたため素直に納得する。

もしも神子にもう一度会いたいなら今日の昼までが限度だと言われたが、俺自身はもう神子に視てもらいたい事もなく、ただあの不穏な予言だけが気になった。

もちろん、そんな事を村民側の友人に伝えるわけにもいかず、今日はフラフラと村を歩いてみると伝えた。こんな山奥、なかなか来る機会が無いと言えば苦笑いをされた。素直すぎる、と。

 

そうして友人と別れ、家の合鍵だけ持って外をブラつく。

こんなに木に囲まれることなど人生で初めてで、舗装されていない道など歩く機会もそう多くも無い。河川敷や公園の様なある程度整備された土とは違う感触だ。

 

「……」

 

最初は物珍しくても特に自然からパワーがもらえるとか言うタイプの人間でもないためだんだんと飽きてくる。登山が趣味だったり自然に詳しければ多少は違うかもしれないが、残念ながらそうではない。

少し沢の方へと降りてみようかと考えていると民家から大柄な男が出てくるのが見えた。サウスだった。遠目に見ても大きくて異様な男だ。和風の民家から出てくるトライバルじゃない。

 

サウスもすぐにこちらに気づき、にこやかに片手を上げた。

 

「おはよう。Refrescanteな朝だな」

「あぁ、おはようございます」

 

サウスの言葉は前半しか聞き取れなかったが恐らく定形な挨拶でもされたのだろうと想像して挨拶だけを返す。

イカツイが悪い奴ではないのだろう。

 

「散歩か?」

「えぇ、はい。未来も見てもらいましたし、祭事にも関われませんが、自力で帰るのもできませんからね」

「あぁ、確かに此処は交通の便も悪いしな。この村の友人に連れてきてもらったのか?」

「ですです。ちょっと将来に不安があって、この村の神子なら助けてくれるかも、って」

「ほぉ……」

「いい人でしたね、花垣さん」

 

神子だのシャーマンだの聞いていたためもっとおどろおどろしいのを想像していたが、一晩立てば割と普通の兄ちゃんだった気がしてくる。あの軽くトランスの入った未来視の様子や、不穏な言葉は置いておいて橘姉弟が今後の面倒を見たいと思う気持ちが分からなくもなかった。

 

あの普通の社会で生活をしたことが無いと言う青年が、能力を返還した後はどういう人生を送るのだろうか。

 

「神子やめたら橘さん達と暮らすんですかねぇ。これから大変だろうなぁ……」

「……そうだな」

 

何となく民家の前で立ち話をしてしまったが、サウスは何か用事があって出てきたのだろうか。だとしたらあまり長話で引き留めるわけにもいかないだろう。

 

「俺はまだ散歩しながらフラフラするつもりだけど、君はどうする?」

「俺はもう一度あの神子に会っておくつもりだ! 昨日の話も有意義だったがまだ少し物足りない!」

「そっかぁ」

 

またあの冷たい禊をするのだろうかと思うと元気だなぁと感心してしまう。

 

「じゃあね」

「あぁ!」

 

サウスと分かれまたフラフラと歩いていく。本当に何もない。電波は一応届くし電気も水道も通っているみたいだが、もしかしたら発電機や井戸水の様なものを持っているだけかもしれない。

のどかと言うには山奥はあまりにも暗い。少しくらい平地があった方が人を呼び込めたりもするのだろうか。高い山の影になるせいかどうにも陰鬱の雰囲気の拭えない村だった。

日照時間とは人の健康に直接的に影響を及ぼすものだと聞いたことがある。北欧とか、日が当たらない時間が多い国では鬱になりやすいというやつだ。

 

そういえば、気分が塞ぎがちで外に出ていなかった気がする。家の中は快適で必要なものも揃っているため外に出る理由もあまりない。

そんな生活をしていたから就職活動だってうまくいかなかったのだろうか。企業の人事も快活でない人間を雇おうとは思わないだろう。

 

帰ったら部屋の掃除でもしよう。ゆっくり風呂に浸かって、余力があったら散歩にも出かけよう。

案外できることもやりたいこともたくさんある気がしてきた。

 

少しだけ気分が向上してきた気がして少しだけ足取りが軽くなる。

我ながら少し失礼だなと思うがこの陰鬱な村と比べればつい自分のつまらない暮らしもマシだなんて思ってしまうのも仕方がないことの様な気がする。

 

そんなことを考えつつ歩いていれば少し先の方に橘弟がいた。狭い村であるが道を歩いていてこんなすぐに人に会うものなのかと疑問に思えば、橘弟はすぐにこちらに気づいて近付いてきた。

 

「おはようございます」

「おはようございます喪部島さん」

 

ニコリとさわやかに笑う顔はやはりイケメンで少しだけ羨ましい。

 

「散歩ですか」

「はい、他にすることも無いですしねぇ」

「タケミチくんには会ってかないんですか?」

「はい、俺の知りたいことは昨日教えてもらえたので。昨日今日と連続で人が押しかけたら神子さんも疲れちゃうでしょう? 重大な用事もないなら大事な儀式の日に敢えて押しかけることもないかなぁ、と」

「……」

 

ヘラヘラと笑いながら話す俺を橘弟はジッと見つめた。観察でもされている様だった。

 

「どうかしましたか?」

「いえ……。そうですね、貴方は本当に一般人なんだなぁ、と思いまして」

「ハハッ、そうですね。昨日のメンバーを見て俺だけちょっと場違いで少し笑っちゃいました」

「……」

「もう殺人事件でもおきそうだと失礼な事考えてましたもん。それなら俺が最初の被害者だなぁ、とか」

「いえ、貴方ではないですね」

「へ?」

 

橘弟は少しだけハイになって喋っていた俺に冷や水を浴びせる様な言葉を吐いた。

酷い言葉というワケではないが冗談で言った死と言う言葉に急に重みが出てしまうと少しおののいてしまう。

 

「場所を変えましょう。誰に聞かれてるか分からない」

「えぇ……?」

 

すぐにでも詳細が聞きたいのに橘弟は俺の手を引いて歩きだす。

そして隣を歩く俺ですら集中しないと聞き取れない様な小声で続きを離した。

 

「これから死ぬのは貴方ではありません。タケミチくんです」

「は?」

 

この男は急に何を言うのだ、と俺は思わず目を見開いた。

 

「貴方に協力してほしいんです。僕はどうしても彼を助けたい」

「君は、何を……」

 

思わず足を止めそうになる俺の手を少し強く握って、橘弟は歩く様に促す。

周囲を警戒しつつもソレを表に出さない様に、偶然出会った知り合いとただ散歩をしているのだというテイを崩さずに橘弟は前を見て歩く。

 

「順を追って説明します。まず、明日の明朝の儀式は神子を生贄にする儀式なんです」

「え……?」

 

 

 

・・・

 

「つまり、貴方は元村民の橘直人という男に神子を助ける様に持ちかけられた、と」

「はい、そうです」

「なるほど……。他の方の話とも矛盾はしませんね」

「他の人も生きてるんですか?」

「あぁ、はい。稀咲さんと半間さんは既に聴取済みですよ」

「あの二人かぁ」

 

悪運強そうだもんなぁ。

 

「もしよければあの時あのお二人が何をしていたのか聞いても良いですか?」

「はい、ある程度なら答えられますよ」

 

・・・

 

その日、稀咲鉄太は機嫌が悪かった。前日謁見した神子から得た神託があまり良いものではなかったからだ。

 

悪いことはするもんじゃない、と神子は呆れた様に稀咲を見た。

今ならまだ間に合うから真っ当に生きろと諭す神子はどうすれば良いのかという稀咲の問いには答えなかった。未来を見通せるだけで正解を知る者ではないらしい。

代替案も出せないくせに自分のやろうとしている事を否定するなんて生意気な、と神子を睨むとジッと澄んだ湖面の様な瞳と視線がかち合う。

 

「俺に出来ることは未来を視る事だけだよ。アンタを否定も肯定もしない。ただ、このまま行けば大きなミスを犯すアンタが視えた。それだけだ」

 

淡々と事実を話しているだけだというスタンスを崩さない神子は稀咲とそう変わらない年齢かもう少し下くらいに見えるのに妙に老成した雰囲気がある。酸いも甘いも嚙み分けてきた来たというには稀咲の知る目の前の男の人生には起伏が無いハズなのに、と神子を観察していると困った子どもでも見る様に笑われる。

 

「俺の能力はそんなに使い勝手がいいもんじゃない。ただただ単純に先が視えるだけ」

 

その様がやっぱり腹が立って神子を睨みつけてしまうが今、危害を加えるのは得策ではないと分かっているためグッと耐える。

 

「頭の良いアンタならもう俺の使い方分かってるかもしれないけどさ。複数の未来の選択肢を持って、どれを選ぶべきかをシミュレーションする方が有意義だと思うよ。俺は明日までは会えるから、よく考えてからもう一回おいで。今のままじゃ失敗して終わるよ」

「……分かった」

 

神子の言葉が自分のプライドに傷を付けていると思うが、実際、そうやって使うのが正解だと能力の持ち主が数年かけてたどり着いたのだろう。

自信のあった未来にケチをつけられた気分であったが、神子が精密なシミュレーターでしかないのならコレはプライドを傷付ける様な事でもないハズだと自分に言い聞かせる。

 

遠見の神子の噂を聞いて、稀咲は重大な決断をする前に願掛けのつもりで会いたいと思った訳ではなかった。

自分の決定に責任を持つのは自分であり、自分が間違わなければ良いのだと分かっている。そのうえで、もしそんな非現実的な存在がいるのであれば一度目にして出来ればその能力を試してみたいと軽い気持ちで思っただけだった。

そして、未来が視えるのであれば株や賭博でかなり有用であろうと考え、その能力を神とやらに返還するのであれば自分が奪ってやりたい、とも。

 

非合法な事にも片足を突っ込んでいる会社の役員をしている稀咲にとって、片田舎の青年一人を攫うことなど大した労力ではなく、実行犯はお付きの半間になるが、難しいことではないハズだった。

 

しかし、実際に神子と出会い話をした途端に出鼻を挫かれた。

自信のあった未来を失敗すると宣言され、稀咲の人生そのものに苦言を呈されたのだ。

 

事前に調査した時点で花垣武道という男は戸籍すら存在しない、この村に抹消された存在だった。出生記録すらも無く、当然義務教育も受けてはいない。ただこの村の神子としてのみ存在し、特に大きな事業を持つという事も無いつまらない田舎村の存続のための神託を告げるためだけのものだ。

そんな都合のいい存在なら攫った所で訴えられないし、犯罪組織でもない田舎の村人に何ができると甘く見ていた。

神子だって自分が用済みになる未来が視えているのならば稀咲達に有効に使われる方が良いだろう、と。

 

ソレが冷静に否定され、尚且つ他の未来でさえも上手くいかないと宣言されては業腹としか言えない。お前に何が分かる、と激高しなかったのを褒めて欲しいくらいだった。

 

しかし、未来がダメになるのが視えたのならプランを練り直さなければいけないと冷静に対処できるのも稀咲の長所だった。切り替えが早くなければやっていけない業界でもある。

 

 

そうして翌日、複数プランを練り直して神子への謁見に向かった。

 

面倒な禊ももう一度して、本殿へと向かう。今日の謁見は夕方までで、昨日以上の客は増えないという事だった。

橘姉弟と喪部島とか言う男はこの村の人間と繋がっていて此処へと来たらしいのであまり気にしなくても良いが、気がかりなのは寺野だった。

稀咲は噂程度に聞いた超能力者の情報を金と暴力の力で手に入れ、此処まで漕ぎ着けたが寺野だけ正体が分からない。恐らくは自分と同じ非合法の類を扱う何者かなのだろう。

だとしたら詰めが甘かった。まさかこんな眉唾ものの話を信じて人を攫いにくる奴が他にいるとは思わなかった。こちらの戦力は用心棒兼の半間のみ。寺野という男の力は未知数であるが見るからに武闘派だろう。

もしも直接対決することになったら勝率は五分五分と言った所だろうか。もともと稀咲の能力は策を巡らせる所にある。本当に超能力を持った男がいるかどうかも不確定な状況で大人数を使えば自分の信頼の失墜にも繋がってしまうため、軽い気持ちで半間だけを連れてきてしまった。

 

寺野の事を調べようにも手段も伝手も無い。

村民に金を握らせて色々と調べたりもしてみたがこうも情報が出てこないのであれば向こうも同じような手段でこの村に来たのだろう。

 

思いのほか面倒なことになってしまったとこの件から手を引こうか悩む。

神子に言われた通りにいくつかの代替案を持って既に確定している取引の詳細を相談だけしてとっととトンズラするのが一番かもしれない。

 

能力を神へと返還するなどと言っているが、神子ごと人身御供にする儀式が今夜行われるのだ。

 

そんなものに関わっても良いことなど無いし、現場に居合わせることの無いというアリバイがあれば最悪あらぬ疑いを掛けられても知らぬ存ぜぬで通す自信もある。

 

この先の算段を立てながら本殿へと入れば既に先客が神子と謁見していた。

 

「ハハハハッ! 何だかんだと使い勝手の良い能力だなぁ!」

「わ、ちょ、もー」

 

謁見と言うのも馬鹿らしくなる距離感で寺野が神子に絡んでいた。

規格外と言える寺野にガッチリと肩を組まれて頭をグシャグシャに撫でられている神子はまるで高校生か、下手すると中学生くらいに見える。自分に疚しい所など無いとでも言うかの様に御簾を上げたままで寺野と神子は親しい友人か何かの様にじゃれていた。

 

「……」

 

警戒するのも馬鹿らしくなるような様子に一瞬米神に青筋が立ったが、どうにか堪えて深く息を吐く。

 

コイツが何者なのか分からない以上、警戒するに越したことはない。

 

それでも神子とただただ楽しそうに遊ぶ男をどうすべきなのか。となりで半間が肩を震わせている気配を感じながら、稀咲は乱暴に床に腰を下ろした。

 

遊んでないでとっとと交代しろ。

怒鳴りつけたい気持ちを抑え、和気藹々とお喋りをする神子と外国人を苦々しい気持ちで見つめた。

 

 

・・・

 

 

「あー、稀咲さんやっぱりヤのつくタイプのインテリだったんですね」

「見た目でバレてるの面白いですね」

「てか、あの人そんなことよく話しましたね」

 

自分が橘弟と話している間に稀咲はそんな感じだったのかと知り少しだけ面白い気持ちになる。

 

「もちろん向こうのテリトリーで手荷物検査させられての聴取でしたよ」

「聴取、とは……」

「まぁ俺がそんな事知ってても別にあの人検挙するワケでもないからねぇ」

「そういえば、今更ですがこの聴取って誰を検挙するためのなんです?」

「あー、村人達ですね。ほとんど死んでるけど、報告書は上に上げないといけないし。とりあえず神子が実在したって証言を集めてる感じかな」

「へー」

「まずは神子が存在してるって事を確定させないと失踪者として探すのもできないしね」

「え!?」

 

刑事の言葉に俺は顔を上げた。

あの事件の日から会ってはいないがてっきり保護されているものだと思っていた。

 

「あの人いなくなっちゃったんですか?」

「うん、少なくともあの村の神子らしき遺体は無かったよ」

「えぇ……」

 

死んでいないというのは安心したが、失踪というのはあまり良くない響きだった。

てっきり橘姉弟たちと一緒にいるのだと思っていたがそうでは無いらしい。神子に言われた通りに俺は友人を連れてとっとと逃げ出したため、あの後どうなったのかは知らない。

 

「神子を逃がすって話になってから何かすごいゴタゴタした気がするんですが、結局何があったんですか?」

「取り合えず君の聴取を先に済ませてしまおうか。話を聞き終わったら此方からもある程度の事は教えますよ」

「そうですか……では…」

 

 

 

・・・

 

 

橘直人に話を聞いた事をまとめるとこうだった。

先見の能力を神へと返還するというのは神子ごと人身御供にすることであり、ソレは

明日の明朝に行われる。場所は本殿の更に奥へと入った場所であり、神域と呼ばれる所だそうだ。神子は今夜禊を行い、明朝まで祝詞の様なものを唱えて生贄になるための準備をする。その間は神子一人になるが、逃げられない様に見張りが立てられるらしい。

つまり、神子を攫うなら禊を行う前か、夜中の準備中だろう。

 

見張りが立てられるとは言え抜け道の様なものが無いワケでもなく、さらに言えば見張りなどド素人の村人だ、と直人は宣った。ニッコリと笑って直人は俺にスタンガンを握らせた。

周りを警戒しながらカバンから取り出された小型のソレを俺はビビりながらポケットにしまう。これは人に向けて大丈夫なのものなのか。

 

「しかし問題は当のタケミチくんに断られている事なんですよ」

「え、あの人死ぬつもりなんですか?」

「恐らくは」

 

直人の神妙な返事に俺は絶句する。

あのニコニコと笑っていた気の良い兄ちゃんが明日の明朝には死ぬ気でいるだなんて信じられなかった。

 

「そんな……」

「昨日の謁見の時に打診したんですが、今さら外で生きられる気がしない、と」

 

直人の言葉にまぁそうだろうな、とは思う。

大学も出てそこそこ上手く社会人をやっていた自分ですら、たった一度の事故、一つの怪我で躓いて、こんな限界集落の神子に未来を視てもらいに来たのだ。村から出たことが無く、義務教育も行ったか怪しい30手前の男が外の世界でどう生きるのか。

初めの頃は橘姉弟に世話を掛けても良いかもしれないがいつまでもそのままではいられないだろう。女の子や年下の男のヒモとして生きるのは普通の感性を持つ人間には難しい。好かれ続ける事はあの青年にはそこまで難しくないかもしれないが、その状態でい続ければきっと自分が嫌になってしまう。

普通に生きる事は誰にも難しい事なのに、あんな特殊な環境で育てられた人からしたら不安しかないだろう。

 

しかし、だからと言って死んだ方が良いという程の悲壮感はあの人には無かった気がする。

もしかしたら生贄として死ぬことが当たり前であり、この村のためになることが自分にとって一番いいことなのだと本当に思っているのかもしれない。幼い頃からそう思う様に洗脳して育てれば、そんな考えに育てる事も不可能ではないだろう。

 

「しかし、だからと言って人が殺されるのを黙って見過ごすことは僕にはできません」

「橘さん……」

「だから、問答無用で攫うことにしました」

「橘さん??」

 

しんみりした気分になりつつ、この村の闇に触れて恐ろしい気持ちになっていたのに、目の前の男は急に思い切った方へと舵を切った。

そういえば俺はこの男にスタンガンを渡されたのだった……。

 

「今、姉がタケミチくんを攫う経路を探っている所です。僕よりも長い間この村にいましたし、神子の本殿周辺の事も僕よりもずっと覚えてますから」

「ほぉ……」

「あぁ見えてそこそこ腕の立つ探偵なので大丈夫ですよ。時々すごいポンコツを発揮しますが」

 

本当に探偵だったのか……。

というかポンコツで大丈夫なのか……。

 

「とにかく、貴方をまともな人間と見込んで協力をお願いしているんです。本当は姉と二人で遂行するハズでしたが、もしも神子がいなくなってあらぬ嫌疑をかけられた時に貴方がここに残っていてはこの未開の野蛮人たちに何をされるか分からない」

「未開の野蛮人……」

「えぇ、そうです。まったく、人の命をなんだと思っているのか」

 

確かに、話を聞く限り村の共有財産か何かな扱いな気はする。ヒトだと思われているのだろうか。

何となく自分の性分で暢気な気持ちでいたが、なかなかに此処は不味い場所である様だった。場所を知られない様に睡眠薬を盛られた時点でヤバいとは思っていたがそれでも何となく何とかなるだろう、と。

 

特別親切にされたとか、歓迎されたとかではない。一般的なお客様対応をされたと思う。

それがまたこの村のおかしさを薄れさせた。

 

その蒼い目以外は平凡な容姿の神子を、村人が敬っている尊敬しているという風には感じなかった。謁見だって形式上は謁見と言う形を取っていたが偉い人と会うのだという警戒は村人に無かった。

特別に大切に尊ばれてはいない神子を、村人はどう思っているのか。

 

まともに育ては“人”をそういう風には扱わないのではないか、と俺は思う。

いくらそういう風習であるとは言え、まともな道徳教育をされていれば“風習”で人を殺すなどあり得ないだろう。

 

「僕も幼い頃に此処で育ったから少しは分かります。この村の人は神子を人だとは思っていない。神子も自分を人だと思わない様に育てられます」

「……」

「外に出て、姉と同年代の他の子どもを見て愕然としましたよ。タケミチくんは一体なんだったのか、と」

 

眉間に皺を寄せ、嫌悪を隠しもせずに直人は歯噛みする。

 

「“神子”とはそういうモノだと何となく受け入れていた幼い頃の自分が恥ずかしいです。しかし、そう思えるだけ幸せなんでしょうね。村民として大人になれば、そう思う事すらきっとできなかったでしょう」

 

外に出れば洗脳は解ける、そんな簡単なものではないと直人は言う。

長く村にいればいるだけ、自分たちが行っている事から目を背けたくなる。自分の罪から目をそらすために神子を犠牲にし続けるのだ、と。

 

「此処にたどり着けて良かったです。幼い頃の薄い記憶を頼りに此処を見つけられたのは本当に僥倖です。姉が探偵になった理由が分かりました」

「ずっと、気にしてたんですか」

「はい、特に姉はタケミチくんを忘れられなかった。僕は薄情なので、きっと姉がいなかったらあの人の事は忘れていたでしょうね」

「……」

 

何となく、きっとソレは事実なのだろうなと思った。

この場にいない、あの快活で肝の据わった女性がその情から幼い頃に会っただけの男の子を見つけ出した。そして、攫おうとしているのだ。

人を人とも思わないそんな恐ろしい相手から、普通の女性でしかないあの人が。

 

「お姉さん、凄い人ですね……」

「はい。正直、向こう見ずというか無鉄砲というか。無謀な所があるので心配が尽きない姉なんですけどね」

「ハハハ」

 

弟としてはそうなのだろう。

自分にもしも姉か妹がいて、犯罪者集団に喧嘩を売ろうとしていたら自分だったら絶対に止める。止められなかったら自分だけ逃げるかもしれない。

 

「そのお姉さんを守りに付いてきた貴方も凄いですけどね」

「いえ……。ただ、記憶も朧げな昔、あの人に姉を守れって言われたのが頭から離れないんです」

「あの人?」

「タケミチくんですよ。一体どんな未来を視たのかは分かりませんが、少し年上の、村の皆から特別扱いされている彼に手を握られ、真剣な顔でそう言われたのが幼いながらに嬉しかったのかもしれないです」

「へぇ……」

 

確かに、幼い頃の体験としてはあの瞳に見つめられるのはなかなかに強烈かもしれない、とあの蒼を思い出して思う。

 

「憧れのお兄さんだったんです?」

「当時は多少はですね」

「今は?」

「姉さんがここまで頑張ったんだからこっちについて来いよあの臆病者の頑固者」

「ふふ、なるほど」

 

良くも悪くも神子を特別扱いしない辺り、本当に洗脳が解けているんだなぁと思う。

友人は俺に儀式の詳細を教えなかった。大人になって村の異常性に気付きつつも後ろめたさが勝ったのだろう。神子を犠牲にすることを厭わないという程ではないが、村の風習には逆らえない。

神子は特別なモノであり、神へと還すのが当たり前であると思い込まなければやってられないのかもしれない。

ヒトの命を何だと思っているのかとも思うが、古い慣習を捨てられずに流されるのはきっと誰にでもあることだ。自分も会社勤めの頃に馬鹿らしいと思いつつもそのままにしていた事がいくらでもあった。悪い事じゃないかと思いつつも見過ごしていたことも。

 

集団に所属しているうちはどうしてもそういうのはあるのだろう、と外から見ていると思うものがある。そういう所から外れてしまった今は先の不安と清々しさと半々と言った所だろうか。

 

「そういえば、俺をまともな人間と見込んでと言ってましたが、あのインテリやくざ風の二人と寺野はどうなんです?」

「やくざは知りません。外人は……よく分からないから放っておきましょう」

「さいですか」

 

 

 

・・・

 

 

橘姉と合流し、連絡先を交換して今後の予定を立てる。

 

やはり決行は神子が禊を終えて儀式へ向かう前の準備段階になった。

どのみち正面突破に近い形になるため、見張りが手薄な時期に行くのが一番だろう。神子を大切には思っていない村民たちでも儀式の形式は守るらしい。明朝になれば人が増えるため、深夜に動くこととなった。

 

俺がまず先に手を上げたのは友人だった。とは言え夕飯に睡眠薬を仕込んで、眠った所を縛って車に乗せただけであるので俺がここに連れてこられた時とそう変わらない扱いだろう。

友人と荷物を車に乗せて、俺は大きく息を吐いた。

 

大丈夫だ、と大暴れする心臓を落ち着かせ、呼吸を整える。退散ルートはいくつか考えており、神子を攫えば後は逃げるだけだった。ほとんどの事は橘姉弟が行い、俺がすることと言えば軽い陽動のみ。

もしも追手が掛かった時に分散できれば良いくらいだ。しかも、本来の作戦通りならそもそも追手など掛からないハズである。

 

慎重に本殿へと歩みを進める。

道には灯籠が転々と置かれ、蠟燭に火が灯っている。消すべきか消すまいか迷い、俺はそれをそのままにしておいた。

 

不自然な程に誰にも会わない。

もう少し見張りがいると思っていたのに辺りはシンと静まっていた。橘姉の情報では見張りの数はもっといたハズであるのにどうしたのだろうと不安になる。ただ神子の安否を気にしていないだけなら良いが、何となく、嫌な予感があった。

 

周囲を警戒しながら急ぎ足で山を登っていく。

妙な焦燥感を抱え、揺れる炎の影を横切り、森の暗がりを見ないふりをする。何かが起こっているという確信があった。別ルートの橘姉弟と、本殿にいる神子が心配だった。

 

無事でいればいい。この予感が取り越し苦労であればいい。

鳥居を潜り、俺は小さく悲鳴を上げた。人が倒れている。もともと自分が何とかして縛って転がしておく予定だったが、こうなってしまうと小心者の自分はまず安否を気にしてしまう。

 

「ッ!」

 

うつ伏せに倒れていた男は血の気の失せた顔で、胸元は真っ赤に染まっていた。既にこと切れている男を前に嫌な汗が背中を伝う。バクバクと鳴る心臓がうるさかった。

どうしてこんな酷いことを、一体だれが、これからどうすれば良い、混乱した頭にどうしようもない考えが巡る。これが知り合いでなくて良かったという考えが頭の片隅にあり、少しだけ自分に落胆もする。

とにかく、直人と連絡を取らなければならない。そう思い、携帯を取り出し通話しようとした時、プシュンと空気の抜ける様な音がした。

 

「ひッ⁉」

 

音とほぼ同時に、手に持っていた携帯が粉々に砕けた。思わず取り落としてしまい、びっくりした拍子にバランスを崩し尻もちをつく。

撃たれたのだと気付いたのは自分が握っていた携帯の下半分を見てからだった。どこから撃たれたのかも分からず周囲を見回しても何もない。手に持った携帯を持ち主を傷付けずに撃ち抜くなどどんな射撃の腕だとも思うが、狙われたのが自分の頭部でなくて良かったと後から思った。

 

橘姉弟を探さなければいけない。神子は無事なのか。どうすればいい。逃げるべきか。

色々な考えが浮かんで、そして神子の言葉を思いだした。

 

決断を迫られる、迷わず、振り返らずに逃げろ

 

嗚呼、あの男が視たのはこれだったのかと分かる。

村から逃げるのに同意しなかったのもきっとこっちが原因なのだろう。何が起きているのかは分からない。それでも、何者かに攻撃された。

未来を視える超能力を持つ男など欲しがる奴はいくらでもいるのだろう。この村の全貌も、訪れていた人の素性も分からない。もしかしたら直人の言っていたことも本当ではないのかもしれない。

しょせん自分はただの観光客で、何となく流されるままに何も知らないまま誘拐に加担しようとしていたに過ぎない。

 

ただ一つ、信じれるのは神子の言葉だけだった。

きっとあの人が言ったことは本当で、自分を陥れるメリットも無いハズだ。

 

決断は早かった。

 

俺は橘姉弟も、神子も見捨てて逃げることにした。先に車に友人を乗せていて良かったと思う。

走って、車に飛び乗って、何も見ないまま知らないまま、ナビと来た時の記憶だけを頼りに逃げ帰った。途中で友人が起きて、何事かと詰め寄られたが事の次第を話せばどこか納得したかの様にしていた。

 

いつかこうなるのではないかと分かっていたのだろう。

 

交代で運転して、帰り道で仮眠をとったせいであの村への行き方はいまだに分からない。

別にそれでも良いと思った。振り返るな、と神子に言われていたからだ。

 

 

 

・・・

 

 

「というのが俺が知っているあの村で起こったことですね。あの村出身の友人がその後、どうなるかとかは分からないし、他の滞在者の事も分からない」

「いえ、ご協力に感謝します。あの村で起こったことについて生き残りの村民は何も喋りませんからね。少しでも情報があるのはありがたいことです」

「そんなもんか」

 

警察の取り調べ室で参考人として話をする。

こんなドラマの様な事があるんだなぁとぼんやりと思う。あの夏に起きたあの出来事を、俺は一生忘れることができないと思うし、忘れたいとは思えなかった。

凄惨な光景だって見たハズなのに、あの神子の男と話をできたのはきっと得難い経験だと思う。

結局、自分はあの村で何が起きたのか何も知らない。完全な部外者だった。それを少し残念に思う気持ちや知りたいという好奇心もあったが、知らない方が幸せなのだろうと言う確信もあった。

 

そんな俺の思いに気付いてか気付いてないのか、刑事は少し声を潜めて話をした。

 

「あまり大きな声では言えないんですがね」

「はい?」

「元村民の……橘直人ってヤツなんだが、俺の同僚でな。神子を助けるために潜入捜査をしてたんだ。そんで、俺たち一部警官があの村を包囲して村民の現行犯逮捕を狙っていたんだ」

「へぇ……」

 

それこそドラマか映画の様な話だった。

 

「そしたらまさか別の犯罪組織がちょうどあの村にカチコミかけてなぁ。どこの国の、とかは分からんが外人っぽい奴らとドンパチやってるうちに神子がいなくなってしまったみたいです」

「……」

「貴方は、なんか覚えありますかね?」

「いや、一人外人がいたって話はしたが詳しくは知らねぇわ」

「……そうですか」

 

橘直人。あの男、姉が探偵だとは言っていたが自分の素性は明かしてなかった。

やられたなぁ、と思う。

 

「橘さん姉弟は無事だったんですか? あの時、俺は友人だけ助けて逃げちまったけど、他の滞在者はどうなったんだ?」

「あぁ、橘は元気だよ。お姉さんの方も。稀咲と用心棒はそこそこ怪我して入院中。貴方が言ってた外国人は見つかっていない。死体の中から探し出そうにもバックパックの中にはパスポートとかも入っていなかったしな。本人確認とれるもんなんか持っていなかったさ」

「あー、なるほど」

 

自分以外、みんな用意周到なヤツだったんだなぁ、と騙されたことを思う。あんな気の良い変な兄ちゃん風の男がまさか人を殺して神子を攫うなんて思ってもいなかった。

 

取調室から出て帰路へと着く。

 

警察署から十分に離れたところで、俺は上手く話せていただろうかと溜息を吐いた。

あの場所で話したことは全てではない。壊され、新しく買った携帯の画面を見る。着信は橘直人からだった。

 

「……」

 

折り返しを掛けて、コールの音を聞く。

そう待たないうちに直人は電話に出た。

 

「もしもし、取り調べ終わりましたよ」

『お疲れ様です。上手く話せましたが?』

「まぁ、それなりに。俺が知ってることなんてほとんどありませんからね」

 

嘘ではなかった。

実際、直人が警察だとすら知らなかった。

 

「貴方の同僚さんお喋りですね。稀咲さんの話したことやアンタが警察だって事も喋りましたよ」

『巻き込まれた一般市民へのケアのつもりなんですよ、きっと』

「まぁ良いですけど。これで終わりなんですね」

『はい、喪部島さんとあの村の関りはコレで終わりです。ご友人も実行犯とかでも無いですからね。服から貴方の指紋が検出されてしまった時はびっくりしましたよ』

「まぁ俺も迂闊でした」

『まぁ貴方の無実は僕が証言しますし、妙な矛盾さえなければこれで終わりです』

「さいですか」

 

電話越しの直人の声は冷静で、何となく本当にこれで終わるのだろうと思わせられた。

 

「アンタがスタンガン持たせてくれたの、護身用だったんでしょ?」

『まぁ、一般市民に危険な事させられませんし。逃げてくれるのはタケミチ君から聞かされてましたので。ただまぁ僕が警戒していたのは稀咲たちだったんですがね』

「やっぱアンタもあの外人が神子をどうこうするとは思って無かったんですね』

『あんなの分かりませんよ。流石の僕も予測不可能です』

「ですよねぇ。分かったとしたら……」

『えぇ、タケミチくんだけです』

「今頃もう海外ですかね」

『まだ国内に潜伏してるかもしれませんよ』

「はは、ちょっとソレは怖いですね」

 

まるで世間話の様に、人が死んだ事件の事を話す自分に少しだけ違和感があった。

あの村から帰ってきた自分が大きく変わったとは思わないけれど、ちょっと肝が据わった人間になれた気がする。

再就職も目途が立ちそうでソレを直人に伝えれば素直に応援された。

 

この電話を切ればもうあの村で出会った人たちと関わることも無いのだろうという確信もあり、少しだけ別れがたい気持ちになる。しかし、あの事はきっと忘れた方が良いのだと分かっていた。

軽い挨拶をして、通話を終える。

 

少しだけ寂しいと思いながらも、忘れられない光景を思い出す。

誰にも言えない光景だった。

 

白い着物を崩され横抱きにされた神子と、その男を抱えた大男。

死体の転がる廊下から現れたその二人に俺はあの時、死を覚悟した。携帯が壊され、どうすべきか決断できないでいた俺は完全に逃げ遅れた。

 

神子を片手で抱え直し、男の持つ拳銃の照準が俺に向けられる。

引き金を引く前に、神子がその手を軽く引っ張り、止めた。

 

男は少しつまらなそうにしたが、なだめる様に頬を撫でられ拳銃を下ろす。

既に乱された紅を更に汚す様に口づける様はまるで捕食の様で、非現実的な光景に俺は目を見開いた。瞼を下ろし、その唇を貪る男に対して、神子は流し目でこちらを見た。

 

その蒼い瞳を見てやっと、神子の言葉を思い出した。

 

逃げる背中を撃たれなかったのは神子のおかげなのだろう。

 

後は車に飛び乗って、刑事に話した通り。

どこから知ったのか新しい携帯に橘直人から連絡が来て、事の顛末を話す。神子を助けようとしていたのに、失望させてしまっただろうかと心配したが直人は案外冷静に俺の話を聞いた。姉よりも外人の男を選んだことには怒っていたが、ソレが最善なのだと理解もできた。

 

この事は誰にも口外しないと二人で話をして、俺の奇妙な旅行体験は終わりを迎えた。