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【R18】サウダージ

サウ武でDの愛人のみっちが組織に入ったばかりの寺野くんの面倒をみてあげる事になる話。

 

ディノ武注意。 

当方ブラジルに詳しくないため、いくつかのニュースや漫画等を参考にして書いています。元ネタに気付いたら僕と握手! 鍋弾はいいぞ!!

 

・・・

 

 

寺野南はブラジル・リオの貧民街 ファベーラで育った。

病弱な母と二人暮らし、娯楽は調律の狂ったピアノだけだった。母を気にかけていた“ディノ”と呼ばれる男は異国で生まれた南に街で生きる術を教えた。

 

初めての暴力は五歳の時、ディノの“敵”を殺した。

 

ディノは町の王。ギャングスターだった。

この日、南は貰った金で初めて良い靴を買い、“暴力”の価値を知った。

 

「あれ、南くん、その靴……」

「ディノに貰った金で買った」

「……そう」

 

その頃、南の家には一人の男がいた。

母と同じく日本人、つまり南と半分は同じ国の血が流れている男だ。この男は母を気に掛けるディノによって寺野家へと派遣されていた。特に何ができるというワケではないが、それでも母よりは動くこともできて五歳の南よりは背が高いため電球を変えたり料理を作ったりしていた。同郷の男女ではあるが南の母と男が何か関係を持つことはなく、むしろ歳の近い親子の様ですらあった。

 

南はこの男が何者なのか知らなかった。

なぜ、どうやってこの国にいるのかも分からない。恐らく、ディノが何かしているのだとは思う。ディノはこの男の“暴力”以外に価値を見出して、南と同じように金を渡しているのだろう。

 

男は南から見ても使えない男だった。

随分と前からこの国にいるが言葉は片言だし、買い物のために外に出れば高頻度で絡まれるしカモられる。南に日本語を教えてくれているがその教え方は拙いものだ。

 

ただ、母には優しい男だった。

異国情緒溢れる微妙に見た目の悪い料理を作ったり、調律のされていないピアノで故郷の童謡だと言う音楽を奏でたり、まるで寂しさを紛らわしている様だ。それは男と母の両方に言えることで、口数が少なく、表情の乏しい母が穏やかに笑う瞬間はいつもこの男が作っていた。

 

ディノに命じられて寺野家におり、母や南の身の回りの世話を焼いて金をもらっている。

南と同じくディノに世話になっているという状況だ。

 

しかし南とは違い、男はディノを慕っているというワケでもないらしい。

母と同じく、庇護され、生きることを許された生き物だ。何となく、こういうのがディノの好みなのだろうと理解する。母は直接ディノに侍られない身体だから気にしていなかったが、この男は違う。

毎週、何日か、男のいない夜があった。その夜の後の男は酷く疲れた顔をしている。

 

きっとこの夜が、男がディノを慕わない理由なのだろう。

 

 

この得体の知れない男の名を花垣武道と言った。

 

・・・

 

南が“仕事”をするようになっても、武道は変わらなかった。

武道の片言のポルトガル語が上達するよりも、自分が日本語を覚える方が早いだろうとすら思う。漢字と、ひらがなとカタカナ。南がそれぞれで自分の名前を書けるようになると武道は嬉しそうにはしゃぐ。

子どもの成長を喜ぶ親とはこういう感じだろうか、とはしゃぐ姿など一度も見た事の無い母親の横顔を思い出す。はしゃぐ体力も惜しいのだと、そこまで弱っているのだと幼い南にも分かる。身体も弱っていれば心も弱っているのだろう。南が何をしていても、母親が関心を示すことはほとんどなくなっていた。

武道が流暢な日本語で母親を慰める言葉を盗み聞いて、南は難しい日本語を覚えた。易しい日本語は武道が直接教えてくれた。

 

武道はよく母の手を握っていた。

男女間の事であるのに、一切の猛った感情などは見せず、同病相憐れむ様に、それでもって穏やかな憐憫と郷愁がそこにはあった。

 

母の手を握る様に、武道は南の事を抱きしめた。

親が子どもを抱きしめる様に、祈る様に、武道はそっと、あるいはぎゅっと、南を抱きしめる。その暖かな抱擁は確かに男の身体のものなのに、妙な柔らかさを感じさせ、身体を預ければ不思議な満足感を南に与えた。

 

武道の前では、母はただの日本人で、南はただの子どもだった。

ギャングに囲われた哀れな女と、良い様に使われるその子供。まともな未来など無ければ過去だって碌な物ではない。それなのに、武道は二人をまるで宝物であるかのように扱った。

 

武道の過去を、二人は知らない。ただその与えられる温もりさえあれば、他はどうでも良かった。

 

 

・・・

 

武道は南を膝に乗せて日本語を教える。

この広いような狭い様な部屋で、一緒にいるためにソレが効率的なのだと武道は信じていたし、南はその背中に感じる武道の体温が嫌いではなかった。

そろそろ重くなってきたであろう南を膝に乗せて、勉強が終われば抱き上げてベッドまで運んでくれる。かの国の五歳児とはこのように甘やかされるものなのだろうか。

 

ディノに渡された拳銃はズシリと重く、しかし想像よりも軽い音を立てて人の命を奪った。

武道の考える5歳の子どもと、自分は違う生き物だろうと南は思う。

 

自分がこの温もりを得るのは分不相応というものだ。自分の手で仕事をして、その稼ぎで欲しいものを得る。南は大人と同じことができるのだから、こんな子どもらしい扱いはされるべきではないと思っていた。

そういう点で言えば、武道よりも自分はしっかりした大人なのだ、と。

 

しかし、背中に感じる体温が暖かく、柔らかな声色が心地良くてくすぐったい。それを享受していたくて、南は子どものフリをした。

 

「ん? 飽きちゃった?」

「んぅ……」

 

文字を勉強するためのペンで、字を練習するための紙に意味の無い落書きをする。この筆も紙も、武道が自分の取り分を割いて南に与えてくれているものだ。それなのに教えてくれる文字ではなく落書きをするなんていけない事だと分かっていた。

武道に教わる日本の文字を練習するのに本当に飽きたワケではない。しかし、適当な所でこうして甘えると武道はちゃんと南を甘やかしてくれた。

 

ペンを置いてクタリともたれ掛かっても武道は怒らない。抱き抱えて、ゆらゆらと揺れながら文字の練習をやめて歌を歌ってくれる。赤ん坊扱いなどされたくはないハズなのに、嫌ではなく、どこかくすぐったい。

歌は日本語の童謡で、武道が少しヘタクソに歌うソレが始まるとベッドの母が少しだけ口元を緩めるのが好きだった。

 

武道が歌うソレに少しだけ小声で被せて歌う。

異国への郷愁は南には分からないが、いつの日かその光景を見てみたいと思う。自分にこの貧民街以外の居場所ができるとはあまり思えなかったが、夢を見るくらいは許されるだろう。

 

ガラスの張られていない窓から差し込む夕日が眩しいのか、南の母はすぐにカーテンをひいてしまう。武道の歌う夕日こそが、二人にとっての夕日なのだろうと南は思う。この国の照り付ける太陽と、かの国の降り注ぐ陽光はどれほど違うのか。

 

南と共に仕事をする大人は、この国の夕日を眺めビールを飲むことが最高だと言った。この瞬間にこそ、サウダージを感じる、と。

夕日とは、その男にとっての幼き日の思い出であり、多くの人間にとってもそうなのであろうと武道の歌を聞いて思う。この歌とカーテン越しの夕日に、母と武道はサウダージを感じるのだろうか。

 

南にはまだ分からないことだった。

いつか、二人が帰りたいと思っているのだろうそこを南には夢想することしかできない。

 

小声で歌いながらも、優しい暖かさに瞼が重くなってしまう。

 

いつか、自分もここへ帰りたくなる日が来るのだろうか。

 

いつか……。

 

 

・・・ 

 

 

時は経ち、成長しつつある南の身長はいつの間にか武道を超えていた。

相変わらずディノの元で“敵”を殺して生活していたが、最近は単純な殺しだけではなく危険なナニカの販売や売春の斡旋、ヤンチャした客を殺さない程度に痛めつけたりなんかもするようになった。

自分が何をやらされているのか、南はしっかりと分かっていたし、ソレが違法であったり倫理的にいけないことであること、その後誰がどうなるのかなども理解していた。それは武道というまともな男の教育の成果であり、分かった上でソレを行っている時点で武道の情操教育は失敗しているのかもしれない。

それでも、今の南にはこの生き方しかできないし、武道や母をここに置いてどこかへ行く気にもならなかった。

 

ディノに生かされている二人の日本人は、きっとここを出ても行くあてなど無いだろう。

 

「……は?」

 

そんな停滞した日々の中で、南はディノに呼び出された。

それ自体はいつもの事で、仕事を与えられたり親子の様な会話をしてみたり。しかし事務所ではなく寝室に呼び出されるのは初めてだった。

 

何の用事だろうかと部屋の前に着くと中から声と物音がする。

南がその声が誰のものかすぐに分かった。分かってしまった。

 

「タケミチ……?」

 

悲鳴の様なソレは切実な色を見せるがけして苦しみだけではないもので、急遽助けに入らなければいけないようなものではない。ソレが何なのか分からなくて、南は一瞬だけ思考停止し、次の瞬間にソレが嬌声であると気付く。

南はまだ女を抱いた事は無いが、売春の斡旋や用心棒はしてきたためソレがどんなことなのかは知っていた。

 

頭が真っ白になって、ハク、と浅い呼吸をする。

 

何となく、武道が何をさせられているのかは分かっていた。しかし、優しい兄の様な、母の様な男とその淫靡な仕事のイメージが合わなくて目を逸らしてきた。

ソレが急に目の前、扉一枚隔てただけの場所にあって、南はどうしたらいいのか分からなくなった。

 

ドアの前でどうしようかと固まっていると不意に中から声がかけられた。それは武道のではなくディノのものだった。

武道の声は変わらずに甘い呻きだけだった。

 

ディノの声に従い、室内へと入ると想像していた通りの光景がそこにあった。

 

「ディノ……」

 

父の様に慕う男が、兄の様に恋焦がれた男を辱めていた。

一つだけ予想と違っていたのは武道の秘所にはディノの性器ではなく、外の悪趣味な富裕層の男が持ち込んで娼婦に咥えさせる様な張型があった。

 

仕事で見た事のある光景ではあるが、ずっと傍にいてくれた身内のその姿は他人でしかない娼婦のソレとはまた違うものであり、まだ12の南にとっても酷く煽情的なものに見えた。

助けを求める様にディノを見ればニヤニヤと笑って見返される。何かを企んでいるのだとすぐに分かった。

 

ディノは虚ろな目で虚空を眺める武道の身体を南によく見える様に開いた。

 

「ぁ……♡」

 

少し動かされるだけで咥えこんだ物がナカを刺激するのか武道は甘く声を上げる。その白い喉や乱暴にされてきたのか痛々しいまでに腫れた真っ赤な乳首、硬さ無くだらんと垂れつつも白濁をダラダラと零す性器、物を咥えこんで尚そのふちからトロトロと溢れ出る液体が南の前に晒された。

ズクリ、と腹の下の辺りに血液が巡るのを感じる。貧民窟(ファベーラ)の子どもにしては発育の良い南は自身の性徴を理解していた。しかし、狭い部屋で母と二人暮らし、ほとんどの時間を仕事に費やしそうでない時間は武道と過ごしていたため発散する時間も無ければする必要も感じてはいなかった。

仕事仲間にオンナ遊びに誘われる事もあったがあまり魅力を感じなかったためそういったことに自分は興味が無いのだと思っていた。

 

しかし、今の武道の姿を見て理解する。

自分はこの男が良いのだ、と。

 

武道は母の様に華奢ではないがこの国の男と比べればたいそう小さく、幼気に見えた。そういうモノが好きな男はいたし、ディノもそういった手合いの者なのだと分かる。

しかし、南は武道のそういう所が好きなワケではないのだと思う。その小さな体も赤ん坊の様な大きな瞳も、武道の良さを引き立てる飾りに過ぎない。

 

自分を慈しむその柔らかな表情や優しい手が好きだった。

そして、その全てが壊された今の武道もまた悪くはなく、元の正気の武道とのギャップの様なものに興奮していた。初めからただの娼夫としてこの男が出てきてもけして南はそそられなかっただろう。

 

ディノは南の股間が膨らむのを満足気に見ると武道を抱いてみろと言った。

 

降って湧いた機会に南はゴクリと喉を鳴らした。

 

ディノに支えられた武道の身体に乗り上げる様に近寄る。

そして、南のふっくらとした唇に武道の少し乾いたソレが重なった。

 

しっとりと唾液で濡れているというのにささくれの目立つ唇は水仕事をする武道の手を思い出させた。武道の作る不格好な異国の料理が、南は存外嫌いではない。母を喜ばせるソレは最初は馴染みが無かった南にとって暖かな記憶だった。

目の前の冷たくも艶やかな男と、まるで別人の様だった。

クスリにより正体を無くし、神経を伝達する物質、あるいは電気信号の様なものに囚われたソレを、南は武道だとは思えなかった。しかし、目の前のソレはどう見ても武道であり、この数年、母と南を支えてくれた男だった。

 

「ふ、ぅ……っ」

「あ♡ んぅ♡♡」

 

唇を割って、舌を差し込んで、夢中になってその口内を荒らした。

混乱する心を置いて、目の前のソレは癖になっているのか口付ける南の首に手を回し、くにゃりと猫の様しな垂れ掛かって南を受け入れる。

頭が沸騰しそうでクラクラする。掻き抱きたいのに武道の後ろで椅子になっているディノが邪魔だった。

 

そのディノはというと面白いものでも見るかのようにニヤニヤとして、父親面で南に“オンナ”の悦ばせ方を指南した。

ベロベロと犬の様に舐めるだけだった南に口内のどこを擽ればこの男が反応するのか、絡められた舌をどうすればいいのか。本当の父親ならそんなことを実の息子に教えたりなどしないであろう淫靡な指導をディノはサウスにしていく。

将来的にオンナを悦ばせる方法を知っておいた方が良いと思ったのか、ただ武道を辱める延長線上に南がいたのか。恐らく両方なのだろうと南は考える。

 

教わるがままに、南は口付けし、肌を摩り、硬くなった乳首を柔らかくこねた。言われるまでもなく、情熱的に顔中にキスの雨を降らせ、首筋や胸に吸い付いて痕を付けた。

ディノは南の勝手な行動を咎めなかった。自分のモノに所有印を付けるなどギャングスターのボスが許す行為ではないが、南の事もディノは所有しているつもりだったのだろう。自分のモノが自分のモノとじゃれている、どちらにしても何をしても、自分のものなのだと思っていた。

 

どこに触れても過敏な反応を見せる武道だったが、秘所にずっぷりと咥えこまされた張型を慎重に引き抜く際は特に大きく背筋を仰け反らせ、赤い印のたくさんつけられた白い喉を晒して酷い嬌声を上げていた。

その慎重すぎる手つきをディノは笑う。もっと乱暴に扱っても武道は壊れないとディノは言ったが、南はどうしてもこの男を大切に扱いたかった。

それでは示しがつかないのだろうかとも考えたが、誰に見せるワケでもないと思えば気にする必要もないと判断する。武道のこんな姿を自分以外に見せたくはない。

 

「……」

 

では、今武道が背もたれにしている父親モドキの男はどうすべきなのだろう、とふと考える。

この男は南よりも先に武道を手に入れた。柔い肌を思うが儘に辱め、そのナカへと押し入ったのだ。どこか冷静に、しかし苛烈に、南は思う。自分はこの男を越えねばならないのだと。

 

子が父を超えるのは必然の事だろう。武道が寝物語に語った道徳的な物語ですら、そうであった。子はいずれ親元から巣立つ。

 

この男をできるだけ早めに超えて、自分は武道を奪う。

目標としては今年のうちくらいがいい。武道に使われているセックスドラッグがどんなものかは分からないが、これを抜こうとするならその情報を得て、できるだけ早めに実行したい。目の前の正体を失った武道も悪くは無いが、ちゃんと意識がある、自分の事を認識する武道を抱きたい。

 

「んあぁあああっ♡♡♡」

「ふ、は……ァ…」

 

そのぬかるみにいきり立つ怒張を押し込むと武道は甘い悲鳴をあげる。享楽的で、気持ちが良さそうで、きっと何も思ってはいないのだろう。ずっと、弟の様に、息子の様に、育ててきた南が自分を抱いているのだと分かっていたらこの男はどんな顔をしたのだろうと夢想する。きっと、もっと違う表情を見せるに違いない。

正気に戻れば、武道はきっと南が自分を抱いたのだと気付くだろう。気付かなったとしてもディノはソレを教えるに決まっていた。

 

武道と自分のハジメテがこんな形になってしまった事を酷く残念に思った。

拒絶されたとしても、その拒絶すら愛せると南は思う。目の前の快楽信号の奴隷ではない、武道と早くセックスをしたかった。

 

武道のナカはディノを何度も咥えこんだであろうに狭く、まだ子どもの南の生殖器をキュウキュウと舐める様に締め付ける。ソレが自分を気持ち悦くしてくれるのだと分かっているのだろう。そうすればその硬いモノが自分のナカをかき回してくれるのだと知っていて媚びているのだ。

ソレがただの張型ではなく、南の生殖器だと分かっていたら、もっと拒絶したのだろうか。それとも口では拒絶しつつも男を迎え入れる淫乱な自分の体に涙をながしたのだろうか。

 

ジュボジュボと滑った水音を立てて、武道の胎のナカを擦っていく。その身体を痛めない様に、できるだけ優しく、しかし長引かせて泣かせない様に終始一貫したリズムで自分と武道を追い詰める。

甘い呻きを上げる武道を、ソファ役のディノが愛しそうに髪を梳いてキスをした。ペットでも愛でる様な有様で、しかしただのペットに対してはあまりにも重い処遇だ。

衝動的に、目の前の父親モドキを殺してやろうかとも思った。

 

しかし、ソレをすることはいけないことだと冷静な脳みそがストップをかけた。

今そんなことをすれば、恐らく武道を自分のものにする手立てが無くなってしまう。この男を殺してその地位を奪ったとしても、それを継続していくノウハウが足りない。

 

いずれ殺す。しかし、今じゃない。

 

武道の痙攣に合わせて射精し、南は熱く息を漏らす。興奮冷めやらぬ息が熱く、上下する胸に汗が伝った。ハジメテのセックスを終えた息子にディノは手を伸ばしてクシャリと髪を崩す様に頭を撫でた。

その手はあの日、幼い南に拳銃を渡して“仕事”を覚えさせた時のものと変わらない。ディノを父と慕う南に気持ちに変わりはなく、その手を嬉しいと思う。それと同時に、この手が武道に触れたのだと思うと骨を砕いてしまいたかった。

 

相反する心を抱え、ただ目的のために南はディノに師事する。

 

その数か月後、武道抜きで寝室へと呼ばれた日、南はディノを殺した。

 

 

・・・ 

 

 

ディノを殺す前に理解したことだったが、この国のギャングと政治は酷く密着した関係だ。まだ幼いと言える南が決めた事の一つに、自分はディノの様に政治に深入りはしないという事があった。

南が殺した“敵”の中には南には分からない様な複雑な政治的背景を持った者がいて、ソレを殺すことでディノに金が入り、そこから何割かが南に渡されていた。暴力とは、ただ奪うだけの単純なものではなかった。行動自体は命を奪う事だったが、その先に得るものがある人間からすればそうではない。暴力の価値とは、南が貰える金額よりももっと上のものだった。

 

ディノの様にどんどんそこに食い込んでいけば稼ぎは莫大に膨れ上がるが、リスクも上がる。

 

病床の母と最近やっと薬抜きの終わった武道の事を考えると敵を増やしすぎる事は避けたい事だ。武道が臥せっている間、母もつられる様に状態を悪くしていった。精彩の掛けた日々に慟哭する様に“仕事”をしていく。

暴力的な衝動もこの稼業なら使いようだった。ギャング達には圧倒的な暴力にカリスマ性を見出すものがいる。南はそういった人間をうまく使うことにした。

南は実質的なボスであったが年齢でいえばまだ幼い子どもだった。物乞いをすれば憐れんでもらえる年頃だ。そうするにはもう南の見た目は大人過ぎたが、政治家を相手取るには時期尚早に過ぎる。

 

南の手の甲、あるいは足に口付けしたがる大人はごまんといた。

そうすることで南を担ぎ上げ、ディノを超える利をあげようという魂胆だ。

 

その点で言えば、今の取引先は良い相手だった。

南が政治に深入りしたくないという現状の希望と年齢を鑑みて、将来的には自分の後援者になってもらう腹積もりの青田買いだ。確かに、状況が落ち着いて自身の弱点である母と武道の安全を確立させれば、自分はディノ以上の成果を出すことができると南は確信していた。

かの御大は南の持つ暴力のカリスマ性を酷く買っていて、南に対して第三の父の様に振舞った。

 

あの日、南はディノを殺してトップに立った。しかし、実際はトップとしての下積みが始まったに過ぎない。もっと長くディノに師事すれば良かったと何人にも言われてきた。

 

しかし、南は一刻も早くディノから武道を奪いたかった。

あのハジメテの日にディノを殺さなかっただけマシというものだろう。

そうしてこの2年、短い様で長い日々だった。

 

・・・

 

ギャングチーム『ディノ・サウス』の事務所は貧民窟の奥まった所にある。南の母や武道が暮らす場所も安全とは言い難いが、まだ一般的な居住区との境界に近しい場所だ。しかし、当然ながらギャングチームの事務所をそんな場所におくワケにはいかず、ディノがボスだった頃からこの陽の当たらない場所が本拠地だった。

クスリが抜けた武道は南を責めることなく、下剋上おめでとう、と笑い、すぐに南の母の安否を尋ねた。

クスリが完全に抜けるまでは母とも会わせない様にさせ、南の仕事中以外はほとんどつきっきりと言って良い状態だった。事務所の別室に監禁状態だったためほとんどの南の傍にいる様なものだ。

 

身体の弱い母よりも武道を優先する事に少し戸惑いもあったが、南の母も武道の事が好きだったため、「あの子のヘタクソな歌をもう一度聴くまではくたばらないから安心しなさい」と珍しく長い言葉を聞いた。実際、南が金を入れれば母はある程度の事は自分で出来た。南が“仕事”を始めるまではこの人は女手一つで南を育ててきたのだから当然と言えば当然だったのかもしれない。母のポルトガル語は武道のソレよりもよほど上手だった。

 

クスリが抜けた武道は以前と同じように母と一緒に暮らさせようかと思っていたが、その頃には南が大事にしている東洋人の男という情報が出回ってしまっていたためそのまま事務所暮らしにさせた。

あまり武道の仕事に期待はしていなかったが、事務所内での武道は案外しっかりと働いてくれた。曰く、何年ギャングの愛人生活やってると思ってんスか、と。

確かに、南が拳銃を持つよりも前からこの男はディノの愛人をしていた。多少ではなくそれなりの動きができるのだろう。そんな武道が何故南たちと暮らしていた時はあんなにもポンコツだったのかと疑問に思ったが、もしかしたら南たちの家は武道にとっても職場ではなくホームだと思って気を抜いていたのかもしれないと思い至る。

 

南の腕の中で肌を晒して眠るこの男が、どれだけ他の男に汚されてきたのか南は知らない。

 

もう自分が最後だからと冷静な自分と、許しがたいと怒り狂う自分がいる。結局、決着がつく前に武道が目覚めてうやむやになる。それが朝のルーティーンだった。

眠るのにも体力がいるのだと、最近朝が早くなった武道が言う。南と同じぐらいの年齢にすら見えるその童顔が歳をとったと言うのがなんだか不思議で、それでも確かにこの男は南よりも遥かに年上だった。

床での手練手管が凄いというワケではなく、この男はこんな関係になってしまっても南を子ども扱いして転がしてしまう。無茶をしようとなどしないし、させたいとも思わないが、たとえ肌を合わせていようともソレはギャングのボスと愛人の関係では無いだろう、と南は思う。

老獪と言うにはあまりに可愛らしいこの生き物が愛人などというポジションをやってきたのは天性の誑し能力か何かなのだろう。結局、ディノには後任育成の道具にされてしまったがその後任にこうして囲われているのだからなかなかに侮れない存在だ。

 

何を競っているワケでもないため侮るも何もないな、とフワフワの黒髪の隙間から覗く白いおでこにキスを落とすと眠り姫が待っていたかの様に目を覚ます。そう長くもない睫毛が震えて本来は大きいはずの瞳が薄っすら姿を現す。珍しく、むずかる様にもう一度ギュウっと瞼が閉じられたせいでクシャクシャになった顔が不細工で、こんなのを姫だと思うなんてと自嘲する。それでも目の前で表情を変える存在への愛しさが溢れてしまうのだから、愛というものは厄介で読めない。

そんなことを口にしたら「子どもが何を言っているの」とまた呆れた顔で頭を撫でられるのだろう。そんなことを考えてにやけているうちにゆっくりと武道が覚醒してのそりと起き上がり伸びをした。

 

「ボン・ヂーア」

「うん、おはよう」

 

南のシャツを勝手に羽織って武道はとっとと顔を洗いに行ってしまう。毎朝武道が起きるまで待っている南の事などお構いなしだった。

そのあとを追う様にシャワールームへと向かい、顔を洗い歯を磨く。鏡に映る南と武道は親子程の背丈の差があって、年齢は真逆なのだから妙におかしかった。

 

気の抜けた幸せな朝に不安になる。南は人殺しであり、武道はその愛人なのだ。

父と慕う男を殺した事を後悔したことはない。涙こそ流したが当然の帰結の様なものだったと南は思っている。

ディノは王で、当時も現役だったが南に敗ける程度に弱っていた。忠誠心を試す様に、あるいは激昂で自身を殺させる様に、武道に危害を加えたのはこの先の判断を南にさせたのだ。

未来がどうなるのか、どうするのか。ディノのいなくなったギャングチーム『ディノ・サウス』が滅びを迎えるのかこのまま上り続けるのか。

 

歯磨きの最中にえづく武道の背中をさすりながら、南は思う。

アウトローの末路など碌な物ではないハズだ、と。

 

 

・・・

 

朝早くから事務所に部下を集め、今日の支持を出す。

今日はサウスの事を買ってチームを支援してくれている御大が市街地での演説を予定している。その警護を任されており今回は南本人がすぐ傍に控える事となった。

下剋上から2年経ったが、まだ南はディノの様にギャングスタとして市井には顔が割れていないためできる荒業だろう。まだ14の南を青田買いする御大が、その暴力の使い方を南に示そうとしている様でもあった。

 

ディノも御大も、父性を、道を、南に示そうとする。

そんなにも自分はまだ幼いのかと思わなくも無いが、彼等から受けられる恩恵は馬鹿にできないものだ。しばらくはまだソレに乗っておこうと南は考えている。行き場の無い外道の父性を受け取るだけで物事がうまく進むのなら悪い事ではないだろう。

 

配置やルートについて部下に指示を出し、自分も身支度を整える。

普段の様なアウトロー丸出しの姿では御大の株が下がってしまう。必要な服は御大が揃えて贈ってくれた。こういう時に武道はセンスが無いので使えない。

 

ボタンを上まできっちり留めてジャケットを羽織れば、南の様な荒くれものでもそれなりに見える。ナイフ、拳銃を見えない所にしまい、事務所を後にしようとすると外に待機していた部下に声を掛けられる。

 

「サウスさん!」

「あ?」

 

腹心とまではいかないが、それなりに見覚えのある部下に南は足を止めた。

 

「あの、今日の政治家の……」

「あぁ、御大がどうかしたのか?」

「サウスさんが表に出るって事は本格的にあの党に肩入れしてくんスか……?」

「さぁな、俺達はアウトローだ。今の所はアイツの実入りが良いから尻尾振ってるがソレが傾きゃそん時だ」

「……スか」

 

共倒れになるくらいならいつでも切り捨てる心づもりはあった。

南はブラジルで生まれたため国籍はこの国であるが18になれば参政権がある。武道や母はあくまでも日本人であるためこの国の政治に参加はできないがそもそもする気もないだろう。南だって票を入れられるのは4年後の事だった。

その時までに御大が生きている保証もない。そうでなければ今日の様に南が警護をする必要もないのだ。自分がいる限り安泰だと言う程、南はのぼせ上ってはいないつもりだった。

 

「何だ、気に入らないのか?」

「いや、そうじゃねぇ」

「……」

 

何か言いたげな部下を南はジロリと見る。

 

「言いたい事がありゃすぐに言え」

「……ウス」

 

部下の進言を南が無下にしたことはない。よほど馬鹿な事を言えば別であるが、自分よりも長く生きている生物の単純な経験値が無駄であるとは南は思っていなかった。

部下が別の政党を推すならソレはソレで一考の余地があり、その中の誰かが羽振り良く支援してくれるならオトモダチにだってなれるだろう。

しかし部下の口から代替案が告げられることはなく、南は今度こそ事務所を後にした。

 

 

 

・・・

 

 

陽が完全に昇り、熱さの厳しい時間に武道は露天の総菜パンの入った袋を片手に貧民窟を歩いていた。貧民窟と一般住宅街の狭間にあり、近所でも人気のパンはこの時間になるといつも長蛇の列ができるほどだった。

普段の武道ならこの時間に買い物などできない事が多いが今日は戦力として組み込まれていないため近所の主婦に混ざって列に並び、おいしいパンを購入して南の母へとおすそ分けに行く途中だった。

 

明らかに東洋人だが迷いなく貧民窟を歩く姿はこなれていて、この町に長い人間はこのホワホワした男がどんなものなのかも知っていた。多少カモにするくらいなら問題も無いが、大怪我などさせた日にはソイツの居場所はこの町には無くなっている、と。

 

この男を巡ってこの町の王が入れ替わった事をアウトロー達は知っていた。

 

しかし、実際の傾城と言うにはあまりに色気の無い買い食い姿を見れば誰しもが毒気を抜かれる。普段ならスリや物乞いで生計を立てているストリートチルドレンに混ざってサッカーなんかをしてコテンパンにやられている事すらあった。

いつまで経っても上達しない舌足らずなポルトガル語をからかわれ、子どもにじゃれつかれヘラヘラしている姿は成人男性には見えなかった。

恩を売っておけば王からの覚えも良くなるかと下手に近付くのすら怖いが、下心や悪意さえ持たなければとても安全な外国人だ。

 

その日も道すがら近所の子どもにからかい交じりの挨拶をされて手を振っていた。

一時は危なかったが、自分もこの町に大分馴染んできたのだと武道は上機嫌になる。

ディノの事は嫌いではなかったが自分をヤク漬けにした男を100パーセント許すことは流石の武道にもできることではなかった。しかし、幼い頃から世話をしてきた南の事は家族同然に愛していた。だからこそ、今もこの町でこうして笑っていられる。

そんな南と肉体関係を持つことは少し憚られたが、求められると断れないのが武道の性質であった。

 

期待されると応えたくなる。

中学で人生に挫折してから転がり落ちる様に底辺の暮らしをして、いつの間にかこんな所(外国のスラム)まで来てしまっていた。そんな武道からしたら例え性的なことだとしても求められると何だか嬉しくなってしまって、ソレが可愛く思ってきた年下の子からなのだからたまらない。

こんなオジサンとえっちがしたいだななんて一時の気の迷いかつ、親愛と性愛の区別が曖昧なのだろうと思う。もっと可愛い女の子とした方が良いのではないかと老婆心が湧くが、ギャングのボスになってしまっては今更カタギの可愛いお嬢さんとなど望めはしない。妙な売女にかすめ盗られるくらいならしばらくはこのままで良いのではないかとすら思ってしまう。

 

そんな南の実の母と会うのが気まずくないかと言えば、無いことは無いが南の母の方が全く気にしていないため武道も気にしない事にした。

彼女の身体がもう少し強ければディノを介して竿姉妹にされてたのだろうと思えば現状は何倍もマシだろう。この儚くも強い女性を武道は人として好いていた。

 

「ただいまー。パン買ってきたけど食べます?」

「あぁ、ありがとね。ちょうどお湯が沸いたところだからコーヒーでも入れようか」

「お願いしまーす」

 

久方ぶりの彼女との日本語での会話に安心してしまう。南と日本語で会話する時は人に聞かれたくない話をする時であるためあまり心が安らがない。可愛い南の日本語の上達は嬉しいが、会話内容が圧倒的に可愛くなかった。

 

手を洗って、テーブルの上の皿に買ってきたパンを広げるうちに、コーヒーの良い匂いが漂ってくる。昔は飲めなかったブラックも今はおいしいと感じるのだから不思議だった。

例え粉でもこの国のコーヒーは上手いのか、それとも自分の舌が歳をとったのか。昔は良さの分からなかったビールも、暑い日には条件反射の様に飲みたくなってくる。

煙草も一時期は嗜んだが南の成長を害するかもしれないと思えば、寺野家に顔を出す様になった時にそちらはあっさりとやめてしまった。

ファッションヤンキーのファッションでしかなかった煙草に未練はない。今の自分は不良どころかヤクザの愛人である。

 

コーヒーとパンの良い匂いにうっとりしつつ手を合わせていただきますをすれば、母は微笑ましいとでも言いたげな表情で武道を見て同じように手を合わせる。南と比べれば母とは歳の差などあって無いようなものであるが、この女性は武道の事も自分の子どもの様に扱う事が多かった。

 

肉汁たっぷりの餡の入った揚げパンの様なソレの名前は知らなかったが近所で評判の総菜パンとさえ分かれば良かった。コーヒーをハフハフしながら飲み、ゆっくりとした休日の午後を満喫する。

比較的一般の市街地にも近いこの場所は外の喧騒もよく聞こえるが煩いという程ではない。流石に見えはしないがあの辺りで南は仕事をしているのだろうかと思えば少しだけ嬉しくなる。

 

南がディノから仕事を教えられた時はどうしようかと思ったが、案外南そのものは以前の南と大きく変わるという事は無かった。

人殺しになってしまった事に変わりないが、彼の本質が変わるような事はないのだと武道は思う。南の母や武道を思う心はそのままで、他人に対しては多少残忍にもなるが、優しい子だ、と。

南が愛の何たるかを分かってくれている様で武道は心底嬉しく思う。

こればかりは幼い子どもが育つ間に親や周りの人間からもらわなければ得られないものなのだと学の無い武道も何となく分かっていた。

 

故郷の母に再び会えることはないかもしれないが、武道が彼女から受けたものを、南に渡せたのならこの国で生きてきた意味があるというものだ。

 

そして南だけではく、南の母を少しでも支える事ができていたなら、彼女が南に愛情を与える手助けができたのではないかとも思う。

目の前で穏やかにコーヒーを飲む女性が、母親として南と共に在れる手伝いが出来て良かった、と。

 

 

 

・・・

 

 

薄暗い路地に、男はいた。

陽の光から隠れるように、裏街道に身を置く者らしい黒服のその男はどこからか掛かってきた着信にすぐに反応する。

 

「はい。……えぇ。はい……。そのように……」

 

落ち着いた低い声音で男が話をする。

しかし、そのギラついた瞳だけは路地の暗がりですら隠せはしなかった。

 

「はい、これでサウスの時代も終わりです。あの腰抜けの代わりに、この俺がディノの悲願を達成しますから」

 

 

 

・・・

 

 

人通りの多い休日、市街地にてその人だかりはひと際の声援をかの政治家に送っていた。当然なかにはヤジを飛ばすものもいたがソレにすら笑顔で、しかし毅然と対応する姿が更に場を盛り上げる。

 

人気のある男なのだと南はその姿を眺めながら思う。このまま行けば来期も当選を果たし、しばらくは南たちにも安寧がもたらされるだろう。

 

御大はディノが繋がっていた政治家とは違う人物だ。ディノがボスをしていた頃は政敵を事故に見せかせて殺したり、怪我をさせたりなどもしていたが御大からその手の依頼が来ることはほとんどない。

しかし、お綺麗なだけの男ではなく、南たちの稼業の事も黙認し、持ちつ持たれつの関係にある。

 

真昼間の市街地でこれだけ人がいれば恐らく問題は起こらないだろうと思いつつも警戒は怠らずに演説を聞き流す。この支援者たちの何人が南たちの素性を知っているのか。恐らく誰も知らないのだろうと思うと少しだけ愉快な気分になる。

 

「……」

 

御大を中心とした人垣のすぐ傍を有象無象の人々が歩いて行く。その流れの更に向こうにキラリと光るナニカが見えた。恐らくカメラだろと油断する程、南は平和ボケしてはいなかった。

 

「……2時の方向」

 

インカムだけが拾う小声で指示をだせば各所に待機している南の部下たちが手筈通りに動いてくれる。まだ2年と言うべきかもう2年と言うべきか、ディノを頭とした組織から今の組織へと変わる中で部下たちはよく適応してくれていた。

 

懸念事項と言えば今朝の部下くらいだろう。

あの男は南のやり方についてきてはくれているが、ディノの旧体制の頃の方が羽振り良くやっていた。増えた仕事と減らした仕事の兼ね合いでそうなってしまったのは自分の力不足だと南も理解している。その分ほかの仕事を回してみたりもしたが、あまり上手くはいっていない様だった。

この選挙シーズンに護衛で比較的楽に稼ぎ終わったら組織の拡大についても本格的に考えていかねばならないだろう。武道の様態も完全に安定し、母もディノに囲われていた以前よりも動けるようになってきた。このまま行けばあの二人を貧民窟の外へと逃がすこともできるだろう。

自分のすぐ傍に置いておきたい気持ちはあるが、ソレがより安全ならば合理的な方法を取りたいと南は考える。

 

時刻を確認し、そろそろ予定通り演説も終わるだろうと次の予定を考える。次の場所への移動方法、部下の配置、一般人の動き、その場で考えるべき事はたくさんあった。

 

「……」

 

盛大な拍手で送りだされる御大を壇上からエスコートしつつ、配車の位置を確認する。あまり生身での移動はさせたくなかったが急ぎ過ぎても不審だろう。

笑顔で民衆に手を振り、悠然と歩く姿は大物らしさがありこの男にコソコソなどさせてはいけないと南にも分かる。そのために南たちがいるのだから報酬分の仕事はしなければならない。

 

緊張感のある道すがら、南はソレを目にする。

 

「御大ッ」

 

パンッと乾いた音が響く。その音が分からないものはこの町にはいないだろう。

 

銃声だった。

 

御大を庇った南の腕を掠めた弾丸は建物のコンクリートにめり込んで止まる。高い悲鳴が上がり場がパニックになりかけるが、南の目にはしっかりと犯人の位置が見えていた。後は指示通りに部下が賊を捉えるだろう。南は周囲を十分に警戒し、庇いながら御大を車へと押し込め、すぐに走らせた。

 

窓の外に騒ぐ民衆と捕まる犯人の男、そして駆けつける警察機動隊が見える。止血をしながら、警察から男を受け取った後の手筈を考える。御大の事だから通常の逮捕とはならず、政敵の情報を吐かせるべく南たちに仕事を任せてくれるだろうという確信があった。

すでにどこかへと連絡を取っている壮年の隣で、南は拷問部屋の支度を指示した。

 

 

・・・

 

 

「……?」

 

お片付けじゃんけんに敗けた武道はヘタクソな鼻歌を歌いながら皿洗いをしていたが、異変を感じて視線を上げた。

泡だらけの手を水で流し、壁沿いにゆっくりと窓の傍に近付く。

 

「……」

 

市街地の方から銃声のような音と歓声なのか悲鳴なのか分からない声が聞こえた。良い事にせよ悪い事にせよ何かがあったらしい。

どちらにせよ南が無事ならば良いと武道は思う。

 

何だかザワザワと落ち着かない気持ちになって、武道はあまり姿を表に出さない様にしつつ外を確認する。

貧民窟の景色はいつもとあまり変わりはない。しかし、先ほどのパン屋の辺り、市街地との境界に停まっている車が妙に目についた。

スモークを貼っているため中は見えず、どんな人物が何人乗っているのかも分からない。しかしパンを買いに来た家族連れではなさそうだった。

 

そこから辿り、路地を注視していく。

何も無ければ良いが、警戒はすればするほど良いものだとこの国に来てから学んだ。

 

中卒フリーターだった自分に声を掛けて来たのは身綺麗な、しかしやくざだとすぐに分かる目つきの男だった。

最初は逃げようとしたが、楽に稼げると言われ誘いに乗ったのは安易だったと今も思う。尻の中まで洗われ何かを入れられた後、それなりに見える様に身なりを整えられた。中身は知らされなかったが何かの運び屋にされたのだろう。

もしバレれば人生が終わるとドキドキした事を今も覚えている。まだ20前後の、真っ当にしていれば大学生くらいの頃だった。緊張のあまり空港で「自分探しの旅に!」なんて言ったのが功を奏したのか、暢気でアホな観光客に見えたのだろう。案外あっさりと入国

できてしまった。

結局、何を運ばされたのかも分からないままディノのという男と出会い、尻の荷物を引き抜かれるついでに処女も奪われ、気が付けば帰国もできなくなっていた。

ディノは武道に良くしてくれたがソレは彼の欲を満たすためのものだったのだろう。都合の良い肉オナホを手放したくなかったのか、平和な国の暢気でアホな男に、この貧民窟での生き方を叩きこんで守ってくれた。感謝すべきなのか怒るべきなのか、彼が死んだ今となっては分からない。

 

しかし、その時に教え込まれた生存術が今、役にたっているのだと思う。

 

「……」

 

陽から隠れるように、見覚えのある男が誰かと連絡を取っていた。南の部下だ。

今日の仕事に関わっていたハズの男がこんな所にいるわけがないと警鐘が鳴らされる。武道の様子に何かを察して警戒する様子を見せる南の母にどう説明すべきか。母を連れてどこかへ逃げるのが良いとは思うが、敵の人数も顔も分からない状態でソレは無謀だと分かる。籠城が吉かと思考を巡らせている時、男と目があった。

 

「母さん、不味いかも」

「何かあったのかい」

「此処にいるはずの無い南くんの部下がこっちの様子を伺っていた。今、目が合ったからすぐ仕掛けてくるかも」

「……逃げるにも敵の顔がわからないわね」

 

母が自分と同じ結論にすぐに至ったのに安心する。ギャングの愛人なんてポジションにいればある程度は危険への対応も似通ってくるのだろう。

 

「うん、オレは籠城する方が良いと思う。あんまり気乗りはしないけど、南くんたちに連絡を取ればそう時間を掛けずに来てくれるだろうし」

「大口の仕事だってのにねぇ……」

「まぁそろそろ終わる頃だろうし大丈夫じゃない?」

 

南にメッセージを送るために触っていた携帯をポケットにしまい、母が億劫そうに腰を上げる。

戸棚から電動ドライバーと板を取り出し容赦なく表のドアを封鎖した。こういう時の事を想定していたのだろう。普段は事務所に住む武道とは違いしっかりしている、と思うと同時に一瞬だけ敷金という言葉が頭をよぎってしまうのは小心者だからか暢気だからか。もともと廃墟の様な場所に住んでいるのだから気にしても仕方がないことであるし、そもそもこの国に敷金という制度があるかも武道は知らない。

その辺の管理はディノや南にまかせっきりだった。

 

戸口の閉鎖が終われば家具での簡易的なバリケードを作る。

コレで多少の時間は稼げるだろう。多少であるが。

 

「よし。じゃあ、母さんは戸棚に隠れてて」

「は?」

「俺の方が若いし、男だから。女の人守らせてよ」

「……」

 

思い切り睨まれたが武道は負けじと笑い返した。

 

「大丈夫。オレ、何だかんだ丈夫なのが取り柄なんだから」

 

 

 

・・・

 

 

「ッ」

 

母から来たメッセージを見て、南は顔色を変えた。

裏切り者がやってくれたらしい。

 

先ほどの襲撃犯が捕まったと言う報告を聞きながら、南は考える。この場から急いでも貧民窟に戻るには少し時間が掛かるだろう。遠い場所ではないが事態の緊急性と比較すると手遅れになりかねない距離だった。

 

すぐに事務所に待機させた部下たちを向かわせたが、それもどこまで信用できるかは分からない。

 

「サウスくん、どうかしたのかね」

「あぁ、御大申し訳ありません。内輪で裏切り者が出た様で、母が襲撃されました」

「……」

「今回の襲撃と関係があるかもしれません。今、部下を向かわせております」

 

冷静な言葉を紡ぎながら、恐らく動揺はバレてしまっているだろうと南は理解する。この男は政治家であり、対人においては南の何倍も分がある事は明白だった。

 

しかし、慈悲深い男でもあった。

 

「そうかい。でも、心配だねぇ。私もあの襲撃のせいで今日の他の予定はキャンセルだから、君を病院に連れて行ってあげようかと思ってたけど今日はもう行きなさい。事が終わったら、この病院へおいで。そしたら、何とでもしてあげよう」

「……ありがとうございます」

 

ジクジクと痛む腕を押さえながら、南は返事をした。

 

 

・・・

 

バキバキと音を立てて戸口が壊されていく。

南に連絡を入れてからしばらく経ったので、恐らく応援がこちらに向かってきてくれているだろうと言う希望はありつつも間に合わないだろうという確信が武道にはあった。

 

「……」

 

小型の銃を両手で構えて、深く息を吐く。

相手が何人いるかも分からないが、殺す気で来る相手に手気減などしていられないし、そんな余裕も無い。

 

初動が大事だ。できるだけ敵を減らせ。

 

バクバクと鳴り続ける心臓を叱咤する様に、自分の呼吸と敵の位置、音に集中する。

戸口が開き、バリケードが壊されるまでが勝負だ。

 

「……」

 

じっとりと汗が流れる。

手が滑らない様にグリップをしっかりと握る。呼吸をする。ガシャリと最後の板が床に落ちた。ギィと錆びた音を立てて、扉が開く。銃口がこちらを向いている。引き金を引く。乾いた爆発音が手元でして、その衝撃が指、腕、肩へと伝わる。同時に、脚へとソレとは違う衝撃が来て、激痛よりも先に一瞬だけ熱さを感じた。崩れ落ちるのを我慢して、射線から横へと逃れる。相手は二人組だった。悲鳴が聞こえた。武道の撃った弾はしっかりと一人に当たっていた。殺せたかどうかは分からない。またガシャンと音がする。バリケードが壊されているのだろう。弾数はまだある。狙う余裕があるかは分からないが撃つしかない。呼吸をする。まだ立っていられる。銃を構える。戸棚にだけは当たらない様、当てられない様、考える。考えろ。どうする。どうしようもない。ガシャンと音がする。呼吸をする。自分の鼓動が煩い。足が痛い。

 

敵がバリケードに気を取られている間に、殺せ。

 

乾いた音がする。

初撃程踏ん張れずに後ろへと態勢を崩した。二撃目は当たらなかった。跳弾が壁と天井を傷付けた。敵は二人、殺せていなかった様だ。一人がバリケードを壊し、一人が銃を構えていた。その銃口から発射された弾丸が武道の腕に当たる。それじゃ当てられるはずだとどこか他人事の様に思う。南の母には気付かないでくれ。

ガシャンとバリケードが壊された。呻く武道に男たちが寄ってくる。南の部下の男と、もう一人は知らない男だった。撃たないのかと不審に思いつつ、霞みかけた目で睨んだ。

 

「やってくれるじゃんカマ野郎が」

「……」

 

殺すよりも先に嬲るつもりかと理解する。

 

「恨むならサウスを恨め。あの腰抜けのガキがいつまでも家族ごっこなんかしてるからこうなるんだとよぉ」

「ぐ、ゥ……ッ」

 

ポケットから取り出したナイフで、部下はわざと皮膚を傷付けつつ武道の着ていたシャツを切り裂いていく。レイプ目的かと分かればまだ勝機はあるはずだと考える。この男達も死体とファックするつもりはないだろう。

 

「おい、ディノさんのオンナはどこやった」

「……」

 

ディノのオンナ、恐らく母の事だろう。しばらく自分がそのポジションだったので一瞬分からなかった。

 

「答えろ」

「気付いた時点で逃がしたに決まってるじゃん」

「ふぅん?」

 

信じているかは分からないが、武道だけでも殺せたら十分なのだろう。レイプするのなら女の方が良いと言うだけかもしれない。

 

「……」

 

ナイフの峰で嬲る様に頬から首筋をなぞる。コレが刃の方だったらどうなるのか、想像に難くない。部下が武道に馬乗りになっているのに安心したのだろう拳銃を置いて武道の前にしゃがみ込んだ。

 

「痛ェじゃねぇかよ。オトコには逆らうなって教わらなかったのかカマがよぉ」

「……」

 

腕に布を巻いて止血はしていたが当然まだ痛いのだろう腕をわざとらしく摩る。武道の方は止血もできていない怪我が2つであるためこっちの方が痛いのだが、と文句を言う代わりに男を睨みつけた。

 

「……生意気な雌だな。オラッ、テメェのせいで痛ぇんだからしっかり慰安しろや」

「ッ……」

 

既に膨らみかけの生殖器を取り出し、男は武道に握らせる。悍ましいソレに悲鳴を上げかけたが寸での所で飲み込んだ。怯えた様子なんて見せたくなかった。

 

「気ィ早ェなぁ。そういうのはもっと痛めつけて脅してからがいいんだよ」

「アニキはサドだからだろ。オレァ男の身体触る趣味はねェや」

「けッ、ツマラネェ男だな」

 

自分の上でされる気分の悪い会話を聞き流しながら武道はどうにかこの男たちが戸棚を気にすることなく自分に集中するかを考える。あって無きに等しい自分の貞操などどうでもいい。

南以外に触れられるなど許しがたい事であったが、そんなことを言っていられる状態ではない。

 

「見てみろよこの乳、こりゃあのガキに相当遊ばれてるぜ?」

「おー」

 

峰で鎖骨から乳首までをツゥとなぞられ、先端をグリグリと押される。

 

「ハハ、やっぱガキはママのおっぱいが恋しいんでちゅかねぇ」

「ほーん、男の乳でも吸われてるとこうなるのか」

 

好き勝手言いやがって、と言い返してやりたい気持ちを抑え、武道は悔しそうな表情で顔を背ける。反抗的過ぎるのはいけないが、ある程度嫌な顔をした方がこの手の男なら時間を稼げるだろう。面白半分に男が部下に嬲られていない方に手を伸ばすのを見てわざとビクリと身体を強張らせた。

 

「ひッ……」

「お、ナイフより指のが好みかァ?」

「あぁッ」

 

ギュウと痛いほどソコを抓られ、武道は大げさに悲鳴を上げた。ナイフと指なら気持ちとしてはナイフの方がマシであるが、凶器を敵に持たせて置くのは嫌だった。せっかく馬鹿が拳銃は手放したのだからもう一押しという所だ。

 

「案外オトコもイケんな……」

「はッ、どうせ殺すんだハマんなよ」

 

丸腰の方は武道の反応にその気になったらしいが、部下の方はなかなかうまく行かない。

乳首を男に任せてズボンを切り裂いていく。

 

「うぅ……ッ」

「よしよーし、良い子にできたらアニキに俺のモンにしてやるようとりなしてやるからなぁ。中古マンコでも名器だから生き残ってんだもんなぁ?」

「は、ぁ……やぁ…ッ」

 

怯えて涙目になる演技に男はすっかり騙されてくれたらしい。乳首を撫でる様に刺激しながら脂下がった目で武道を見る。

 

「たく、んじゃあマジで名器か確かめてやるよ。オラッ、ケツ向けろや」

「ひぁッ……⁉」

 

乱暴にひっくり返され四つん這いにされる。部下の男に尻を見られるよりも、母の隠れる戸棚に背を向ける形になってしまう事の方が不安だった。

 

「ハッ、歳のわりに綺麗なケツじゃねぇか、よっ」

「あ゛ぁぁああっ!?」

 

戸棚に気をとられている間に、男がナイフの柄を濡れても慣らしてもいない秘部に突き立て、武道は激痛に本気の悲鳴を上げた。

 

「ハハッ良い声だせんじゃねぇか」

「げ、血ィ出てやがる。そりゃねぇよアニキィ」

「ばぁか、オンナと違って濡れねぇんだからこんくらいで良いんだよ」

 

痛みで崩れ落ちた武道を気遣う様に男が上半身を抱き上げる。

 

「可愛そうになぁ、ちゅーしてやるからなぁ」

「んぶっ、んッぐぅ……ッ」

 

激痛に呻く武道の唇を強引に奪い、口内を舌で蹂躙する。下っ端らしいシンナー臭い息とボロボロの歯に嫌悪感で涙が出てくるが、勝機でもあった。

少なくとも、このままならば戸棚に目を向ける事はないだろう。戸に背を向けたままフェラさせられるのが一番まずい。今は興奮して気にも留めていないが、賢者になった瞬間に戸棚に目が向いてしまったら母が危ない。

 

「ん゛んぅーッ」

 

ガツガツと突き挿れたナイフを抽挿される痛みに悲鳴を上げながら、武道は甘える様に男に縋りつく。わざと胸をこすりつければ、再び指が伸びてくる。

 

「痛いのやらぁ……ッ」

「じゃあ舐めてやるよ」

「あぁんっ」

 

グニグニと力任せに押し潰される乳首に泣き言を漏らせば男は武道の予想通りにキスをやめて武道の胸元に頭を寄せた。ジュルジュルと吸われる乳首が気持ち悪いがキスよりはマシであるとそのまま頭部を抱きしめた。

このまま絞め殺してやろうかと思うが一発で殺せる自身もイマイチだったので他に策を考えようとした瞬間、パンッと大きな破裂音が室内に響いた。

 

「え?」

 

バッと抱き抱えていた男が武道から離れ、その瞬間にまた破裂音が響く。ドサリと地面に重い物が落ちる音が二つ分してさらにそこに何発かの弾丸が撃ち込まれた。何が起きたのかを把握し、武道は恐る恐る振り返る。

 

「大丈夫……じゃなさそうだね」

「……処女喪失した時より痛ぇです」

「だろうね。腕と足だけ先に止血するよ」

「はい……」

 

見事に額を撃ち抜かれた男達の死体よりも、血だらけの尻穴が母に晒されたことの方が気になってしまい、返事をしつつも武道は生娘の様に頬を染めた。

ファンファンと近づいてくるパトカーのサイレンに気が抜けて、南に心配をさせてしまうなぁと頭の片隅で考えながら、ゆっくりと武道の瞼が落ちた。

 

 

・・・

 

 

嫌な予感がして、南は帰路を急いでいた。

先ほどの襲撃事件のせいで道が込み合っていて、南は途中で車を降りて貧民窟へと向かう。こういう時に、バイクが乗れていたら良かったと後悔をする。そうすれば車の脇でも歩道でも走ってすぐに母と武道の元へとたどり着けただろうに、と。

 

「サウスさん!」

「おい、どうなっている」

 

貧民窟に近付いた瞬間に、部下の男が南を呼んだ。

部下たちには拷問の準備をさせていたが、連絡が入ってすぐに二人の元へと派遣したハズだった。

 

「サウスさん、お二人ですが……今頃もう死んでるんじゃないスかねぇ」

「あ?」

 

パンッと想像していなかった音がして、腹部に衝撃が奔る。熱さと痛みに呻きかけるがそんな暇はなかった。

 

「だいたい! テメェみたいなガキがッ……ウゴッ!!」

「テメェも敵か」

 

至近距離にあった顔面を容赦なく陥没させ、南は睨みつける。

今は部下の裏切りよりも母と武道の安否の方が気になった。一発でのした部下を無視して、南は止血もせずに歩を進め、パン、パン、と少し離れた所から銃声がした。

 

「……」

 

前方に、銃を構えた別の部下がいた。次に撃たれたのは肩だった。

もう何も思う所などなく、ソレは部下ではなく南の行く手を塞ぐ障害物だった。ソレを排除すべく、南は走り出す。

 

「化け物がぁあああああッ!!」

 

パンッ、パンッと再び銃声がしたが3発弾丸を浴びても揺らがない男にパニックになった男の照準は合わない。勢いを付けた掌打に脳みそを揺らされ、男は白目を剥いて倒れた。

 

それと同時に、南もグラリと揺れる。

 

進まなくては。

 

母を、武道を……。

 

守らなくては。

 

そう思うのに身体は動かず、ヒューヒューと妙な呼吸音がした。

 

ソレが自分のものだと理解するまえに、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた気がした。

 

 

・・・

 

 

「では、本当にこの少年はギャングではないのだね?」

「まさか! 息子はまだ14歳なんですよ!? そんなハズがあるワケないじゃないですか!!」

「いやでもねぇ」

 

落ち着いた男の声と、母の悲痛な声に目が覚める。この人はこんな声も出せるのかと少しだけ驚いた。

 

「息子は警備のアルバイトに行って、その間に襲われた私たちを助けに来たのに……ッ」

「いやねぇ、奥さん」

「私たちはこの国に旅行に来たのに、脅されて、犯罪者に酷い事をされました! 帰国したくてもできなくて、ビザの手続きだって自分でやっていません! 管理はどうなっているんですか!? コレは国際問題ですよ!?」

「あー……」

「その上、息子がそのギャングの親玉ですって!? ふざけないでください!!」

 

ヒステリックなソレは母親の声をしているのに馴染みが無さ過ぎてコレは夢でも見ているのではないか、もしくは今わの際の妄想が見せた幻覚なのではないかと南に思わせた。

 

「さて、ここまで言われたら貴方方だって分かったでしょう?」

 

今度は御大の声だった。母とは対照的に静かな怒りを滲ませた、威厳のある政治家の声だった。

 

「それとも、私がギャングと繋がっていて、周辺の警護をさせたのだと、本気で思っているのですか?」

「それは……」

「あまり侮辱しないでいただきたい。私は神に誓って、そのような事はしない」

 

どの口が言っているのだろうと思わなくも無かったが、今は起きない方が得策だろうと南は狸寝入りをした。

 

「さて、分かったら君達の仕事はこの哀れな被害者を祖国へと帰してあげるための手筈を整える事ではないのかね?」

「……失礼します」

 

悔しさを滲ませた警察か何かであろう知らない男の声と同時にバタンと乱暴にドアが閉められる音がした。

 

「さて、目が覚めたね。南くん」

「……はい」

 

ゆっくりと瞼を上げ、身体が動かない事を確認する。包帯で固定された腕に点滴が刺さっていた。自分はどれくらい寝ていたのだろうとぼんやり考える。

 

「事件からまだ1週間ちょっとだよ。まったく身体を動かせないからそれだけでもかなり衰えた様に感じるだろうけどね」

「……はい」

「すまないが、『ディノ・サウス』は壊滅状態だよ。演説後に襲撃した男も裏切り者だった。寝返っていた部下たちはほとんど捕まるか死んでいる」

「……」

 

そうだろうな、と南は思う。中途半端なままにしておけば危ないのは御大の政治家生命だ。不穏分子はとっとと口封じするに限る。

 

「君たちはギャングに慰み者にされた外国人と、哀れなその子どもという事になった」

「……」

 

何一つ間違ってはいないが全く正しくない情報操作に南はコレが大人かと南は呆れた気持ちになった。

 

「すまないが、国際問題は避けられそうにない。君たちは日本に送り返されることになったよ」

「武道は生きているのか……?」

「あぁ、彼は生きているよ。無事ではないし、君よりも重傷だが……彼は驚異的だね。君よりも先に目を覚まして早くリハビリをしたいと文句を言っていたよ。足を撃たれているから最悪歩けなくなるかもしれないのに」

「……そうか」

 

生きているのならそれでいい。

回復したら、日本に行ったら、今度はもっと穏やかに彼を愛せるのだろうかと夢想する。歩けなくなったのなら、どこへでも抱き抱えて連れて行ってやりたい。

あまりに自分に都合の良い展開にやはり幻覚かもしれないと思いつつ、安心と同時に瞼の重さを感じた。

 

「君もまだ回復はしていない。ゆっくり休むと良い」

「……」

「後の事は私たちが何とでもしておくよ。おやすみ」

「おやすみ、なさい……」

 

自分でも驚くほど甘ったれた様な声が出たが気にする間もなく意識が沈む。

今は回復に専念しなければならないのだろうと南は理解していた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「いやぁ、日本とか何年振りだろ! 東京しか分かんないけど色々案内してあげるね!!」

「……おう」

 

数週間後、退院した武道の隣で南は憮然とした表情を浮かべていた。

回復したことは絶対に喜ばしいことであるのに、ここまで早いと狐につままれたような気持ちになる。この男は本当に人間なのだろうか。

 

そういえば薬物を抜く時もすぐだった気がするし、今回の入院でその手の反応が一切出なかったのも不思議で仕方がない。御大が手を回してくれたのは別で、実際に問題なく傷跡以外は綺麗に回復しているらしい。

 

「……」

 

そんな南の胡乱気な視線を武道は気にもしていない。

そして、岩肌に茂る様な貧民窟を見て、武道は少し眩しそうにする。

 

「フジツボみたい」

「フジツボ?」

「船のそこに寄生する貝みたいなヤツだよ。今度見せてあげる」

「……うん」

 

武道はこの町の王だった南を、まるでただの少年の様に扱う。ソレは昔から変わらない。

 

南と母の怪我の治療費は南の貯蓄と母の両親、そして南の祖父母によって賄われた。病院を使ったせいで、日本の祖父母に自分と母の存在が知られたらしい。被害者として強制送還(あるいは保護)される母と武道、そしてそれについてく形になる南。

今更自分が子ども扱いされると思っていなかったために酷く驚いた。

しかし、ソレが当たり前なのだと言う武道はいつまで経ってもこの町(ファベーラ)に染まらなかった。

 

南にとってソレが良い事だったのか、自分(ギャング)に染められなかった事を悔しがればいいのか分からなかった

 

暴力以外の生き方を知らない南には、子どもとして招かれる母と武道の故郷でどう生きれば良いのか分からない。どうやってこの二人を養っていくのかという不安もある。それを武道は困った様に笑った。

 

「今度は君が養われる番だから気にしないで」

 

握ってくれる手は暖かく、幼い頃に故郷の歌を歌って寝かしつけてくれた時とこの男は変わらない。

今の南にはまだ分からないが、もしも、懐かしく、恋しく思う(サウダージを感じる日)が来るのなら、ソレはこの男の温もりなのだろう。

 

この町の夕日を南は嫌いじゃなかった。

それは、此処にこの男がいたからこそなのだろう。

 

 

 

 

 

 【おまけ】

  

とある不良の抗争にて

「日本語がうめぇじゃねぇか外人」

「子どもの頃、世話を焼いてくれていた男がいた。ソイツが教えてくれた」

「……ふうん。どんな奴だったんだ?」

「オレが14の時に抗争に巻き込まれ、俺の母を庇って刺され、銃弾3発撃たれた」

「あ……悪い」

「そして今そこでビール片手にこの喧嘩を観戦している」

「いやどんな耐久値だよ」「あの童顔のおっさんそんなスゲェ過去持ちかよ」「授業参観か」

 

 

 

ちなみにこの後の武道はポルトガル語のできる教師として子供向け塾講師みたいなことやってます。