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誰が為のオム・ファタール 前編


「お゛っ、あ゛ぁぁあああっ……!!」

無理矢理胎の中に突き立てられた剛直が内臓をゴリゴリとこそぐように壁面を擦り上げた。
雄を受け入れるための器官となり果てたそこはドロリと濡れ、分泌される愛液がその抽挿を助けた。暴力的な律動が恐ろしくボロボロと涙が零れるのに、恥知らずな子宮が孕みたいのだと雄を搾り取る動きをする。
キュウキュウと胎で抱き締められた肉棒がまた膨らみ射精が近いのだと武道にも分かった。

「い゛あっ、あ゛ッ……あ、やだぁ」
「嫌じゃねぇよ。テメェは俺の雌だ。ちゃんと孕めよ?」
「ひっ、ぎ……やだっ! 膨らんでっ…!?」

最奥で放たれた精が内臓を蹂躙する。限界まで高められた身体にヒトの物とは思えない質量が暴力的な快楽を叩きこんだ。
胎から溢れてしまいそうなソレがそうならないのは、番を確実に孕ませる様に発達した性器についた亀頭球のせいだった。

「ふふ。武道の卵子、オレの精子に輪姦されてんの分かる?」
「っ」

うつ伏せにシーツに押さえつけられて尻だけ高く上げられた獣の様な態勢で、耳もとの獣の様な男が獰猛に嗤う。息と髪が耳殻と首筋を擽る。ソレをくすぐったいと思っても次の瞬間には強く噛み付かれて痛みに震え、涙が滲む。
12年ぶりに触れられた項は噛み痕だらけにされて、鏡でも見ればきっとグロテスクなことになっているだろう。

少し前まで武道は冴えないフリーターで、万年アルファ日照りの干物オメガだった。
ソレがこんな、どことも分からないただひたすら高級なことだけが分かるホテルのスイートの様な部屋で、ふかふかの布団が体液でカピカピになるまで犯されるなんて思ってもいなかった。

どうしてこうなってしまったのか。

恐らく、人生最大の誤りはあの日だろう。

アルファの長い射精に意識が飛びそうになっている中、武道はぼんやりと遠い昔を思い出していた。


・・・


2005年7月。イキがったクソガキだった俺たちは喧嘩を売っちゃいけない奴に喧嘩を売った。それは恣意的なものではなく、俺のミスといえば俺のミスが原因だった。
その頃の俺たちはバカで、どうしようもなくガキだった。

喧嘩に負けた俺達はソイツ等の奴隷の様な存在に墜ちた。その頃唯一の救いは俺がオメガだということがバレていなくて、性的な暴力は受けてなかったことだろう。
でも、その期間もすぐに終わった。俺達が参加させられていた喧嘩賭博の会場にソイツはやってきた。
ソイツを見た瞬間俺の頭に衝撃がはしった。もしかしたら頭だけではなく心臓とかどこかの内臓とかにもかもしれないけれど、とにかく周りの何もかもが分からなくなって、グラグラと視界が揺らいだ。血が沸騰してるかのように全身が熱くて、ソレが何なのか分かってしまったせいで胃の腑だけは冷たかった。

“運命の番”。オメガとアルファの間に極稀に、都市伝説と言われるほど稀に、存在すると言われている絶対的に相性の良い相手。見た瞬間に恋に落ち、発情し、相手を求めずにはいられない運命の人。
そんなバカげた相手に出会うだなんて、その頃の俺は思ってもみなかった。
俺にはベータの彼女がいて、アルファと番うことすら考えていなかった。発情期も薬でやり過ごせる程度で、平均的な中学生男子程度には彼女とエッチなこともしたいと思ってはいたけれど、それでも雄にブチ犯されたいとは思っていなかった。

なのに、出会ってしまった。

ソイツを見た瞬間に予定に無いヒートが来た。腰が抜けて、立てなくて、地面がグラグラと揺れる様に頭が揺れる。発情する自分なんて気持ち悪くて一目に晒したくなくて、逃げたいのに身体が動かない。
ソイツ……佐野万次郎も俺が運命なのだと分かったのだろう。周りにはいろんな人がいたのに、真っ黒な瞳が俺だけを射貫いていた。

オメガのヒートに周りが当てられることなく俺が無事だったのは佐野から発せられる威嚇フェロモンが俺の誘引フェロモンを打ち消したからだろう。
俺達の接近を見守る周囲は何をすることもなくただ唖然としていたのだろう。佐野は俺に近付くと自分が羽織っていた服を俺に投げるように被せた。

「被ってろ多少はマシだろ」
「だめ、俺には恋人が……っ」
「……」

辛うじて、彼女である橘の名前は出さなかった。その程度には俺も男だったのだろう。しかし、そう言った瞬間、佐野の威嚇フェロモンが膨れ上がった。怒ったのだろう。

「お前さぁ、立場分かってる?」

低く、唸るような声だった。

「俺が威嚇フェロモンやめたらすぐに此処にいる全員から輪姦されるんだぜ、お前」

スルリと首筋を撫でた指が俺の項に爪を立てる。
項に噛み付かれたらオメガとして、下手をしたら人として終わる。それほどまでに危機的な状況だった。

「ヒッ」
「カラーも付けずに暢気だなぁ? いっちょまえに操立ててる場合じゃねぇんだよ」

項に立てられた爪がもしも歯だったら。そんな恐ろしい想像はきっと簡単に現実になってしまう。
震えて動かない身体を佐野は雑に抱き上げた。

「じゃ、コイツもらってくから」
「時間もねぇしお咎め無しにしてやるけど、うちの名前使うなら上納金が発生するぜ? よく考えとけよ?」

側近の男……配下の奴らにはドラケンと呼ばれてたソイツがそう締め括って、それからの事はあまりよく覚えていない。佐野の家へと連れていかれた気がする。心も身体もぐちゃぐちゃにされて、気がついた時には首には消えない痕が残されていた。

もうコレで自分は佐野以外とは番えない身体にされたのだとオレは理解する。
そのことについては俺はそんなに気にしていなかった。発情期に他の相手にフェロモンが通じなくなるのはむしろありがたいことだった。

問題は佐野からどう逃げるかだけで、ボロボロに犯された事実と共にオレの心に暗雲が立ち込める。
身体はどこもかしこも痛くて、使った事の無い腰の筋肉と蹂躙された内臓が特に鋭い痛みを主張していた。いくらオメガが孕ませられる性別だからといって初めて使う内臓を容赦なく穿たれたら具合も悪くなるものだし、状況に追いつけない心の方が悲鳴を上げていた。
オレはオメガだけれど、男だし、彼女もいた。もちろん処女だし、この言い方すら嫌だけれども、子どもを生みたいとも思っていない。

「……」

そうだ。子どもだ。
何度もナカに精を放たれて、発情期のオメガが妊娠しないワケが無い。
どういうワケがこの場に佐野はいないし早く逃げてアフターピルでもなんでも飲んで着床を防がないといけない。
痛くて苦しくて辛いけど、このままだと本当に取返しのつかないことになる。

幸い服は着せられていて、此処はどこかのプレハブ小屋……ガレージの様な場所だ。きっと外にさえ出てしまえば何とかなる。

「ぐっ、あ……」

言う事を聞かない身体に鞭打って、這いずる様に外へ出る。
この小屋はどこか大きな平屋の屋敷の一部なのだろう。塀に囲まれた敷地から誰にも見つからずに逃げる自信はないけれども壁沿いに歩けば出口はあるハズだ。

一体ここはどこなんだろうと思いながら壁に縋りつきつつ歩き続ける。
佐野の家には間違いないのだろう。東京卍會総長、佐野万次郎。一つ上の学年でまだ中学生だと聞いていた。ただの不良だと思っていたけれど、もしかしたらヤクザの息子とかなのかもしれない。
だとしたら、自分の家に逃げても追いつかれるし橘や家族に危害が及ぶかもしれない。

警察の文字が頭に浮かび、消える。
警察に保護してもらうのが一番安全なのかもしれないと考えるもオメガの人権の無さは散々聞き及んでいる。門前払いを受けた話やセカンドレイプ的にオメガが悪いと断じられたという話も聞く。

今一番逃げ込むべき場所はどこか。
他に思い浮かぶのは病院やバースの研究機関。そちらの方が秘匿性が高く、緊急の処置も施してもらえるだろう。

佐野の家と思われる屋敷から幸運にも誰にも見つからずに逃げ出して、俺はその場所を目指した。



・・・


チカチカとぼんやりしていた武道の視界が瞬く。
久しぶりの性交に少しの間気絶してしまっていたらしい。アルファ特有の長い射精が終わって、溢れ出てしまいそうなほどの精液に胎が圧迫されているのが分かる。そこにまだ佐野のモノが入っているため苦しさは変わらない。しっかりと蓋をされて抜けないソレを武道は苦々しく思う。
気絶している間に少しは楽な態勢にされたが背中から抱き着かれ常にガリガリと項を噛まれたままだった。

「ん? 起きたの?」
「……」

少しだけ口を離して声を掛けてきた佐野に武道は何を言うべきなのか分からなかった。何も言いたくなかったのかもしれない。
佐野も武道の思う所が全く分からないワケでも無いらしく嘆息して勝手に言葉を続けた。

「ま、別にいーけど。そーいやさぁ、お前が逃げたあと、オレちょー怒られたんだよねぇ。あん時一緒にいた背の高い男覚えてる? ケンチンっていうんだけどー」
「……」

覚えている。ドラケンと呼ばれていた東卍のナンバーツーだ。

「相手の了承も無く無理矢理噛み付くのは犯罪だとかさー。俺たち暴走族で無免許運転とか喧嘩とか散々やってきてんのにオメガの首に噛み付くのはダメなんだってさ。意味分かんねぇよな」

思い出話をしているというよりは、ついこないだの事を話している様な素振りに武道は違和感を感じる。頭のおかしい男だとは知っている。そうでなければ犯罪組織のボスになどならないだろう。
それにしてもおかしい。この男はこんな柔らかい話し方をするものなのだろうか。まるで聞き分けの無い子どもの様な物言いだ。気分の浮き沈みが激しいのだろうか、武道を犯していた時の嗜虐を滲ませた柔らかさでも無かった。

「しかもあの後どこ探してもお前いねぇじゃん? じいちゃんがお前の家族に謝るって騒いでたんだけどお前の家族も友達も、学校すらお前が存在したことが無い様に振る舞うしさぁ」

バースの研究機関のお陰だろう。
未成年同士。しかも双方義務教育の只中の子どもだ。フェロモン事故の後は双方の意見を取り入れつつ普通に生きられる様にしてくれるとあの後辿り着いた病院で教えてもらった。
武道はもう佐野には会いたくなかったし、番の契約を解除してもらいたいとも思っていなかった。とにかく、逃げ出したかった。

だから、元々武道などいなかったという体にしてもらったのだ。
バースの研究機関は国家所属であるためそれなりに強い拘束力を持つ組織だ。オメガの子どもを保護するために学校や家族に手を回してくれたのだろう。
アルファから逃げたいオメガの要望と、双方が子どもであるという観点から何も無かったことにしたのだった。開発中の交信かく乱剤のテスト運用にもされたと武道も報告は受けている。
オメガのフェロモンは個体によって化学構造などが微妙に違うらしい。アルファがフェロモンを辿れない様にするために似た化学物質を作り出す研究がされている、とのことだ。何度かフェロモンの採取には協力したし、現在の武道はその礼金で生きていると言っても過言ではない状況だった。
定期的に通勤できなくなる中卒アルバイトでは食べていけないのが現実だ。

あれから12年。貧しくも平和に生きていたハズだ。
なのに、何故今更佐野は武道を攫ったのか。

「そうそう、お前の彼女にも会ったよ」
「っ!」
「お、ちょっと反応したな」

ビクリと身体が動いてしまった。
あの後、武道は橘には会わなかった。合わせる顔も無かった。
一人、恐ろしい男から逃げて奴隷のままの友人たちがどうなったのかも、恋人がどうなったのかも知らないままだった。

「お前の事は知らないって言われたよ。でもさ、殺したいって目で見られた」

面白がる様に、佐野は語る。

「良いオンナだったな。お前の事本当に好きだったんだろな。あの子のあの目が、あの目だけがお前が確かに存在したってことを証明してた」
「橘……」

他の誰もが佐野を恐れ、だからと言って武道のことを喋るワケにもいかずただただ知らないと繰り返すだけだった。事実、あの後の武道がどうなったのかは誰も知らなかったため答えられなかったというのもあるだろう。
武道の両親には佐野は接近禁止命令が出されていたため、祖父だけが謝りに行ったそうだ。

「けどさ、こないだあの子死んだよ」
「は?」
「ニュースでは交通事故だってさ。暴走車両が祭りの屋台に突っ込んで周囲丸ごと死傷者多数」
「そん、な……」

最後に会ってから12年も経っている。
もう顔も思い出せない元カノに未練があるワケでも無かったけれども、幸せになっていれば良いと思っていた。
自分には過ぎた、イイオンナだった。

絶望が闇から顔を覗かせる。

「でも、ソレは嘘だぜ」

そんな武道の様子を無感動に眺めながら佐野は言葉を続けた。

「やったのは俺たち東京卍會のメンバー。稀咲鉄太」
「お前が、命令したのか……」
「ちげぇよ。アイツの独断。私怨。だから、稀咲も殺した」
「……」

佐野の暗い瞳は何も映していない様で、その言葉も全て淡々としたものだった。

「なぁ、聞いてくれよ。お前がいなくなった後も、本当に最低だった。」

聞かされたのは彼の凄惨な過去だった。自分を慕う友人によって殺された兄。ちょっとした仲違いから大事に発展し、喪った親友。幼馴染み、妹、部下。親しく連れ添った者から死ぬのだと言う。そうして、失えば失うだけ組織が大きくなっていった。

昔、武道を噛んだ頃も十分に名の通った不良集団であったが、今はソレどころではない日本最大の犯罪組織だ。逃げ出した時にはまだ彼の側に親友が控えていたためその後の出来事なのだろう。唯一、兄のことだけはもっと昔の話らしいが。

側にいても、いなくても、自分の周りは死んでいく。自分は死神の様なものだと佐野は嗤った。なら何故、今さら自分を捕まえたのか。一度逃がして、それから12年泳がされた。不良集団から犯罪組織になった時点で自分などいつでも殺せただろう。ソレをしなかったのはまだヒトとしての情があったかららしい。
運命の番に逃げられて、思う処はあったらしい。噛んだ時点で他の誰かに奪われることは無いだけ余裕もあった。遠くから監視をして、死なない程度に生きている様を見て安心していた。
しかし、ある日。部下……信頼していた側近が武道を殺そうとしていることに気付いた。

橘日向を殺した男だった。

その部下を拷問して全てを吐かせて全貌が分かった。全ては組織を大きくし、自分を日本一にするためにしたことだと言う。親友も、幼馴染みも妹も、自分のせいで死んだのだ。
まただ、と男は思う。また、自分を慕う者が俺のためだと俺の大切な人を殺した。

兄の時と同じように。

「オレの人生は苦しみだけだ」

佐野の語る過去を聞きながらも、武道の頭の中には死んだ女のことでいっぱいだった。

「何で、橘……。誰だよ、稀咲って……。何で……」
「……」

自分に興味を抱かないその様子をどこか満足気に眺めて、更に佐野は口を開いた。

「せっかくだから教えてやるよ。橘日向と稀咲は幼馴染だった」

その内容は武道を更に追い詰めるためのもので、それでも佐野の声は平坦なものだった。

「でも、橘が選んだのはお前だった」
「っ」

ヒュッ、と喉が鳴る。
何故、橘が殺されたのか。武道は分かってしまった。だからこそ続きは聞きたくなかった。膜を張るに留まっていた涙が頬を伝う。

「オレの、せい……?」
「あぁ。お前にその気が無くても、お前を好いたせいで、お前の女が死んだんだ」
「そん、な……」

目の前が真っ暗になる。
何も考えられなかった。

「俺たちはさ、似た者同士だよ。さすが運命の番ってヤツだな」

軽薄な笑みを口許に張り付けて、佐野は絶望する武道に満足する。

「お前はさぁ、オレのこと好きになんねぇじゃん?」
「……」
「なるワケないよなぁ? 奴隷として理不尽に殴られてたお前を助けるどころか、恋人がいる事知ったうえで無理矢理噛んで番にしてレイプした男だぜ?」

そうだ。そのせいで今だって声も出せないほど疲弊している。叩きつける様に刺激された子宮口が痛いし、栓をされた入り口も膨れた腹も異物感を訴え続けている。
知りたくも無い事実を突きつけて、絶望へと墜とそうとする最悪な男だ。

「オレの為、って言う奴をオレはもう信用しねぇ。どうせ奪われるだけの人生だ。けどさ、お前だけは……」

ソレ以上の言葉は無かった。
背中に感じる体温はどこか低くて、男の不健康さの表れの様だった。





続。