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悪霊・番外

武受け人外webオンリー「今宵、花導く夜会で愛を囁く」様企画
#花愛_60min で書かせていただきました。
お題【秘密】【温もり】【君の手を取る】
 
・・・

母親に連れられて、武道は住んでいる渋谷から遠く離れた山の方の神社へとやってきた。
夏頃から急に身の回りでおかしなことが起こるようになって周囲から孤立し始めたことを心配しての行動だった。
親戚に相談したり、インターネットで情報を集めた結果ホンモノの霊能者であろうその神主に行き着いた母親は藁にも縋る思いだった。当人の息子の前では気丈に振舞っていたが、息子に手を出そうとした不審者が急に苦しみだし気絶したのを目にしては暢気にはしていられなかった。
 
ソレは息子本人や幼馴染には一切の危害を加えることはなく、一部のクラスメイトにのみ妙な影として牽制のようなことをしているらしい。こっそりと息子の幼馴染と話をすると、その頃に他クラスで流行っているゲームをやろうという形で武道がイジメのターゲットになりかけていたから丁度良かった、と宣われた。基本的にいい子な幼馴染なのに、妙に落ち着いていてドライな所のある子だった。
結局、その牽制のせいで武道は周りから遠巻きにされててウケる、と無邪気な顔で笑う幼馴染を息子の“いい友達”と称するには微妙だと思いつつも仲良くしてくれてるうちはまぁいいわという結論に母親は至った。
 
そして問題は息子に憑いているナニカだった。今は大丈夫でもいつか息子に牙をむかれたらたまったものではない、と。
普通の子どもとして育ててやりたいと願う母親は金に糸目をつけずにその神主に相談する。ものすごく金持ちというわけではないがそれなりに裕福な家庭を築いてきて良かったと母親は思う。
社務所の応接間に通されると人の良さそうな神主が迎え入れてくれた。母親にはお茶を、武道にはリンゴジュースを出してくれた神主は繁々と武道を見ていた。その鋭いとは言えない目に不安が無いと言えば嘘になるが既に入金した金額程度には働いてもらいたいと思う。

「あの、息子は……」
「はい、憑りつかれてますねぇ」
「……いったいどういうモノにどのように憑りつかれているのですか?」

完全に信用はまだしていないが、此処でテキトーなことを言われたた何もせずに帰るということも考えている。観光に来たわけではないのだ、と。

「分かりやすく言えば幽霊ですね。強い未練を持った幽霊が息子さんの影の中に入っています。子どもの有り余る活力を糧にこの世に留まっているといった所でしょうか」
「……祓えますか?」
「今は無理ですね。対象が小さすぎる上に息子さんがソレをあまり嫌っていないせいで隠されてます。もう少し大きくなったら無理やり祓うこともできますが」
「……」

逃げのような神主の言葉を訝し気に聞きつつ、息子がソレを嫌ってはいないということも確かだと母親は思う。息子にとってソレは“秘密のお友達”みたいなものなのだろうと母親は理解していた。

「武道、アンタ本当にそれでいいの?」
「だーかーらー、俺は呪われてなんてねぇもん」
「……はぁ」

大げさに溜息を吐けばビクリと肩を震わせてソロリと様子を伺う様に武道は母親を見た。素直だけれど頑固なのはいったい誰に似たのか、と父親の顔を思い出す。

「仕方ありませんね。とりあえず応急処置としてこのお守りを肌身離さずに持たせていてください。何かあった時に分かるようになってますので」
「……いくらですか」
「このくらいなら入金いただいた範囲内ですよ。現状祓えてもいないですしね。あと5年以内に話が進展しなかったら振り込んでいただいた分全額お返しします」
「分かりました」

完全に納得はしていないが本当にできることは無いのだろうと母親は理解する。
既に息子はナニカの手を取ってしまったのだから、こうなってしまっているのだろう。昔から危なっかしい子どもだった。情に厚く、懐に入れた相手に甘い所がある。
まさかソレが幽霊にまで適用されるなどとは思ってもいなかった。イヌネコ拾うのとはワケが違うのよ、としかりつけてやりたいが本人が頑なに秘密にしているつもりだからどうしようもない。
 
神主一人で切り盛りしているにしてはやたら綺麗な神社を後にして、手を繋いだ息子の体温の暖かさに溜息を吐きたくなった。
きっとこの温もりを誰かに分け与えることを息子は何とも思っていないのだろう。たとえソレが得体のしれないナニカであっても。そういう気質なのだ。
お菓子を買う時に当たり前の様に家族で食べられる類のものを選んでくる様な、そんな優しい子ども。
 
この子がいつか悲しい思いをしなければいい。
母親はただそう思ったのだった。