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夏の暑さのせいにしておこう

『お題  夏』

6月4日の黒龍ワンライに捧げた一本。
真一郎くんがショタみっちにドキドキしてる描写があるので注意。

 

・・・

 
梅雨に入りかけた頃。じっとりとした空気を纏いつつも、まだクーラーを起動させるには早い頃。地球温暖化、オゾン層の破壊、そんな言葉が叫ばれている夏だった。
扇風機の駆動音を聞きながら、佐野真一郎は自分の営むバイク屋の窓からひょっこりと除く黒いくせ毛を眺めた。
どこの子かも分からない子どもだった。その子はくりくりとした大きな青い目を輝かせてバイクを見ていた。
 
「よぉチビスケ。中で見てくか?」
「!」

 声を掛ければ驚いて肩をビクつかせ、恐る恐る真一郎を見る。そしておずおずと中へと入ってきた。

「お邪魔しまぁす」

少し怖がっているのか小声で、しかししっかりと挨拶をする。年の頃は真一郎の弟や妹と同じくらいだろうか。真一郎の周りには周りの迷惑を省みない様な騒がしいタイプが多いためその少年の様子は目新しく、どこか小動物的で可愛らしく感じた。

「あの、こんにちは」
「おう、俺はこのバイク屋の店長。気軽にシンイチローくん、って呼んでくれ」
「花垣武道、です」

まだ少しキョドキョドとしているが名前を名乗って頭を撫でれば少年、武道は少しだけ安心した様に笑った。人懐こい性格なのだろう。好きに見ていいと言えば楽しそうに店内を見て回っていた。
普段であればこの店は真一郎がヤンチャしていた頃の後輩たちが入れ替わり立ち代わり遊びに来るような賑やかな店である。しかし、今日は珍しく来客予定の無い日だった。いれば暑苦しい奴等ではあるが、いなければいないで店が繁盛していない様で少しだけ物寂しい気もする。
そんな中にやってきた小さなお客さんに真一郎はヘラリと笑いかけた。

「バイク好きなのか?」
「あんまり詳しくは無いですけども……」
「ふぅん?」

自信無さげに少年は真一郎から視線を逸らす。興味はあるが触れる機会は無かったといった所だろうか。小学生くらいの少年だ。憧れはあっても身近にバイカーがいなければバイクがどういうものかも知る機会は無いだろう。

「ま、見た目カッコいいのが一番だよな! まずはそっからだ。俺はこれから整備すっから、好きに見てな」
「はい!」

ヘニャリと笑う武道の頭を再び撫でて、真一郎は独り占めしていた扇風機を首を振る設定へと変えた。
 
卍卍卍
 
真一郎のもとに武道が何度も遊びに来るようになると、すぐに他の客や後輩たちにも馴染む様になった。子どもが珍しくて構っている者も、そうでない者もこの素直で柔らかい生物をすぐに気に入った。
武道は不思議な子どもだった。大人びていると言えば大人びているのかもしれない。それは大人しいとか、利発的であるとか、そういった感じのものではなく、どちらかと言えば皮肉を解したり、どこかから仕入れて生きたのかも分からない知識を持っていたりとかだ。
本人も勉強ができる方だとか塾へ通っているとかという話は一切しないし、真面目クンの様な所は一切ない。だからこそ真一郎のの店に馴染んだのだとも言える。

「……」

来客用のソファに座り、興味深気にバイク雑誌を見ている小さな体躯はやはりただの子どもでしかない。しかし、その伏せ気味の瞼にどこか色気の様なものを感じるのは夏の熱さに頭をヤられているからだろうか、と真一郎はそろそろクーラーのフィルター掃除をしなければいけないと心に誓う。

告白20連敗の武勇伝は伊達では無い。
いつも、脈の無い相手や好きになってはいけない人を好きになった。
クラスのマドンナ、一途な片想いをしていたあの子、年上のお姉さま、学校の先生、近所の人妻。もっと手近な相手を好きになれといろんな奴に言われて来た。そしたら人並みに恋人ぐらいできるだろう、と。

恋人がほしくないワケじゃない。ただ、ソレ以上に好きになった人に好かれたいという気持ちが強かった。

いけない事だとは分かっている。
じわじわと上がる気温と共に真一郎の気持ちも膨らんでいく様だった。相手は10歳年下の弟よりも更に下の子どもだ。こんな感情はまともじゃない。今までの様な高根の花を好きになるのとはワケが違う。
しかし、首筋に流れる汗を服が吸ってしまうのすら勿体ないと感じてしまう。熱に上気した肌に触れたいなどと思うのはいけないことだった。

そんな真一郎に、武道はどこか蠱惑的な表情で笑いかける。

「そんなに見てちゃダメっスよ?」
「へ?」
「さっきから手ェ止まってんじゃないっスか」
「あ、あぁ……」

気付かれた、と真一郎は内心焦る。この妙な子どもが不埒な視線に気付かないワケが無い。
コレは終わったかもしれない、と色々な意味で絶望する。流石に子ども相手に何かするつもりも無いが、コレは想うだけでも行いけない事だと真一郎はしっかりと自覚している。
じっとりと嫌な汗をかく。夏の熱さのせいだけではないソレが不快で、もうリカバリーの出来ない事態に鉛を飲み込んだ様に胃が重くなる。

そんな真一郎を眺めながら武道はヘラリと笑った。

「オレが大人になるまで待っててくださいね」
「は?」

冗談めかして、シナを作りながら伝えられたその言葉に真一郎は言葉が返せずに間抜け面を返す。そしてその顔を見て武道はクスクスと笑う。

「だって、死にそーな顔してんスもん」
「いや、あの……だって、なぁ?」
「ちゃんと待っててくれたら怒りませんよ、オレ」
「あ、お……おぅ」

ヘラヘラと笑いながら伝えられた言葉に真一郎は情けないくらい小声で返した。その様子にまた武道はクスクスと笑った。
 
「ちゃんとオレが大人になるまで生きててくださいね」
 
笑いに紛れたその言葉が真一郎に届くことは無かった。
そして、武道が大人になる頃には、黒龍10代目総長、東京卍會2代目総長、元壱番隊隊長、複数人の命の恩人などの数多くの肩書を背負い、数多の恋敵を作り、十二分に高根の花と化してしまう事も今の真一郎には知る由も無かった。