人殺したちの話
ポルトガル語はグーグル翻訳です。
千ちゃんとデート後、七夕までの期間のイメージ。その時点で知らないハズの事を知ってたりやっぱり知らなかったりしますがふわっとした感じでお願いします。
この話のマイ武はブロマンスです。サウスくんのおばあちゃん捏造。
・・・
蒸し暑い夏の日の事だ。
その日は雨が降っていた。
凶悪な太陽は厚い雲によってその姿を隠され、それでも味方ではないらしい雨雲から大粒の雨が降り注ぐ。天気予報など見ておらず、折り畳み傘も持たない男子高校生……花垣武道はずぶ濡れになる前にと一番近くの喫茶店へと避難した。
カラン、と高く鈍い音をドアベルが鳴らす。
何も考えずに一番近くの店へと入ったが初めて入る店に今更少しだけ緊張する。少しだけゴチャゴチャとした店内はいかにも個人経営という雰囲気で、店主の趣味なのであろうCDやレコード、レーザーディスクが壁沿いに飾られていたり無造作に積み上がっていたりしていた。
木目調のシックな店内はオレンジ色の暖かいライトに照らされている。
「おわぁ……」
レトロ喫茶と言うヤツだろうか、とそのお洒落な雰囲気に圧倒され花垣は間抜け面で入口に立っていた。
数秒そうして、どこの席が空いているだろうかと周りを見回す。そして目が合った。
「サウスくん……?」
鋭く剣呑な視線は恐らく持ち前のものであり、自分を睨んでいるワケでは無い、と武道は思いたい。その巨体を前にするとお洒落なソファもテーブルもどうにもミニチュアの様に感じてしまう。まるで女児向けの可愛らしいドールハウスのお人形のお茶の相手に選ばれてしまった男児向けソフトビニール製の怪獣の様なミスマッチさだ。
声を掛ける気など無かった。
自分は梵に所属したばかりで、あの雨の日に六破羅への加入は断った。つまりは敵同士というヤツなのだ、と武道は固まる。こんな所で乱闘などしたくないし、一般人に迷惑をかけるワケにはいかない。
これは自分が回れ右をして濡れネズミになって帰るのが正解かと鈍い思考で数秒かけて思い至る。
しかし、それを行動に移す前に店の奥から声を掛けられた。
「あら、南くんの知り合い?」
「へ、え……?」
南くん、という名前が一瞬分からずに反応が遅れる。
店の奥から出てきたのは小柄な老女であり、人の良さそうな笑みを浮かべエプロンで手を拭いていた。
「あぁ、外は凄い雨ね。今タオルとお冷を持ってくるわ」
「え、あの……?」
「良ければ南くんと一緒の席に座ってあげて。あの子ぜんぜんお友達紹介してくれないんだもの、日本に馴染めてないんじゃないかって心配してたのよぉ」
うふふ、と笑うその女性が店の店員であることは間違いない。しかし、サウスとの繋がりが分からずにどうしようかと武道は戸惑う。
「え、え……?」
「花垣、来い」
キョロキョロと女性の背中と窓際の席に座るサウスを見ているうちに低い声が自分を呼んだ。サウスだった。
「はい!」
ビビりながらも呼ばれたからにはとそちらへ向かうと顎で向かいへ座れと指される。
自分の流されやすさを恨めしく思いつつ素直に座れば溜息を吐かれた。
「……祖母だ」
「へ?」
恐らく外国語だと思われるその言葉はうまく聞き取れず、恐らく親戚か知り合いかなのだろうと勝手に納得する。あまり素性は知らない相手であるが、六破羅の首領も人の子であるのだなぁ、と武道は勝手にほっこりした。
「はい、コレどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
そんなことを考えていると先ほどの言葉通りにタオルと水を持った老女がパタパタとやってくる。他に客もいないため急ぐ必要も無いが、少し埃を立てても問題が無いと言えばそうなのだろう。
「冷房寒くない? コーヒーは飲める?」
「あ、ハイ。大丈夫です」
少しはしゃいだ様子に戸惑いつつ返事をするとサウスが呆れたように二人を見て口を挟む。
「ココアにしてやれ、子どもだぞ」
「なッ……!」
「うふふ、分かったわぁ」
急にされた子ども扱いに武道は少しだけ悔しく思う。
身長も体重も何もかも敗けているが、サウスが規格外なのである、と。武道の周りには龍宮寺など大柄な男性が多いが、武道だって女の子や子どもと比べればそれなりに男らしい体つきをしているハズだ。
そんなことを考えていたのがバレたのだろうか、サウスは老女がカウンターの中へと引っ込むのを見届けてから武道の方を見た。
「悪いな、怖いだろうがしばらくは知り合いのフリをしてくれ」
「怖いって何スか。そりゃあ敵対組織の一番上のに出会っちゃったら多少はビビりますけど、俺も一端の不良っスよ」
「……」
橘日向の死の運命を変えるために、本来ならずっと逃げるだけだった人生を変えた。一般的には世間の鼻つまみ者であると分かっているが、武道にとって不良であることは矜持にも等しかった。
しかし、そんな武道をサウスは仕方の無い幼子の様に扱う。
「……佐野万次郎をぶっ飛ばしたい、だったか。やめておけ、お前が何をした所でアレはただのお綺麗な不良の総長に戻るような奴じゃあない」
「……お前に何が分かる」
ポッと出の男に万次郎の何が分かる、と武道はサウスを睨みつけた。
万次郎の孤独も後悔も、未来で見て来た自分だけが知っているのだと分かっている。ソレがズルい答え合わせの結果だとも分かっているが、万次郎の事を知った様に語られるのは我慢がならなかった。
そんな武道の怒りを前にしても、サウスの態度は変わらない。
抗争の時にはギラついていた金色の瞳はそのナリを潜めていた。それでも、興奮を隠すことの出来ない少し開き気味の瞳孔が武道を捉える。
「分かるさ。俺やアイツにあるのは暴力的な衝動(ビート)だけだ。お前みたいに誰かを想って拳を振るっているワケじゃない。俺達は突き動かされてるだけだ。疼く身体が全て破壊しろと叫んでいる。それに従うしか俺達には無ぇんだ」
「……」
サウスの言葉、その真意は武道には分からない。
しかし、未来で見た万次郎からのビデオレターにも似た言葉は会った。黒い衝動、ソレが何なのかもやはり武道には分からない。
しかし、破壊衝動というのか、万次郎の危うい所は羽宮一虎を殺そうとした時にも見たな、と思い出す。あの時は場地の想いがあったために止まることができた。
衝動に身を任せたサウスと抗い耐えた万次郎を一緒にしないでほしいと武道は不満に思う。
衝動性なんぞに敗けるなど、無敵のマイキーにあるまじき事だと武道は勝手に思う。
万次郎とサウスの違いを探し、武道は第一に外国でギャングをやっていたというサウスの生い立ちを考えた。
「薬物の使用は……?」
複数あった未来の中で、一度だけ武道は反社会勢力である東京卍會の幹部だったことがある。それを実際に経験した事であるとは言えないが、それでも多少の知識くらいはあった。
人が自分をコントロールできなくなる要因はたくさんあると武道は知っていた。脳みそが正常な役割を果たさなくなる薬を売りさばいていた事も確かにあったのだ。
ソレが自分であるという実感は薄いが、流されるままに悪い道を歩む自分がいた事は事実だと認めるしかない。あの世界の自分は非合法の薬を売り、人を売り、人を殺し、橘日向を殺したのだ、と。
外国のギャングスタがなんぼのもんじゃい、と半ばやけくそで考える。
精神年齢で言えば自分の方がよほど大人であり、ティーンエイジャーに危険から遠ざけられる謂れは無いのだ、と。
そんな武道の考えを知る事もなく、サウスは聞き分けの無い子どもの相手をしているという姿勢を崩さない。
「……薬(ヤク)抜きは病院でされたさ。祖母(アゥボ)は俺が母(マンイ)と一緒にギャングの抗争に巻き込まれたんだと思ってやがる。俺がそのギャングスタの親玉だとも知らずにな。可愛らしいことだ」
俺がまだ普通の真っ当な人間になれると思っているんだ。
自嘲する様に吐き捨てられた言葉は後悔なのだろうか、と武道はサウスを観察する。家族を想う心があるのならば、サウスもまた衝動を抑え真っ当に生きる事ができるのではないか、という期待があった。
「お前もそうだ、花垣武道。佐野を連れ戻したいんだろう? 殴って、どうなる? 暴力で言う事をきかせるほど殴れるワケじゃないだろうお前は」
「それは……」
「手をひけ。暴力を生業にする俺達とお前は別の生き物だ」
サウスの言う事も一理あると分かっていた。
万次郎が幸せに生きる世界でなければ嫌だというエゴで再びタイムリープをしたものの、どうすればいいのか算段は立っていなかった。無理して笑う万次郎に心の底から笑ってほしい、格好つけずに自分の前で泣いてほしい、慰めさせてほしい、寄り添わせてほしい。そんなエゴを叶えるために万次郎が嫌がったとしても絶対に泣かしてやると決めていた。
しかし、どうすれば万次郎の心を癒せるのかはまだ分からない。
亡くなった人たちの代わりを自分が出来るなどとは思っていないが、それでも自分が支えなければその人たちに申し訳が立たないとは思っていた。
「もしもそこへ行かなければ、マイキーくんが助けられないって言うなら、俺はどこにだって行くし、なんだってやる。マイキーくんの手を絶対に掴むって俺は決めてるから」
ローテーブルに乗せられた大きな手にゆっくりと触れてみた。
人を殺したことのある手だ。節くれだっていて、関節二つ分くらいは大きさが違う。この手で殴られればいくら頑丈な武道と言えど死んでしまうのだろうと思えた。
きっと、万次郎の手もそうなのだろう。あの日、握った手は細く白く、サウスのものとは全然違う形をしていた。それでも、あの手が何人もの命を奪ったハズだ。
そして、武道の手も実感は湧かずとも人殺しの手だ。
そうならないために、そうさせないために掴めるものがあるのならば何でも掴む気概があった。
すぐに振り払われるかと思った手は意外にもそのままにされている。
自分の手に触れる武道の手を感情の読めない瞳が見つめていた。
「……」
「アンタだってそうだ。こうやって手をとってくれた人がいたから今、生きてる」
詳しい事は知らない。それでもきっと病院に運んでくれた誰かがいて、治療をした医者がいて、治療費を誰かが払って、日本へ連れて来てくれた親戚がいたのだ。
「俺は絶対に手を離さない。ずっと暗がりに一人でいるあの人を引き上げる。そんであの人に“生きてて良かった”って絶対に言わせる」
コレは自分のエゴだと分かっている。
あの日、万次郎に無理矢理言わせた「助けてくれ」はまだ自分の中にしかない。万次郎を助けて、再び手を取り、未来へと帰って、そこでやっとあの言葉は万次郎のものになる。
今の万次郎にはまだ必要の無い言葉なのかもしれないし、皆を守るためにしている事の邪魔をしているのだと分かっている。
それでも、他の道を一緒に探したかった。
手を繋ぎたいと願ってしまった。
「俺だけじゃ無理かもしれない。本当は、場地くんやエマちゃん、マイキーくんのお兄さんが必要なんだと思う。きっとドラケンくんにも手伝ってもらうことになる」
この場にはいない万次郎の手を掴むつもりで、武道はサウスの手を握る。
誰かを重ねてくれればいいと思った。今まで散々真一郎に重ねられてきた。大切な誰かを想うのに一役買う事ができるのならそれで良いと武道は思う。
「道徳的なお説教をするつもりはありません。でも、きっとこの手は誰かに掴まれて、今ここにあるんです。きっとソレが事実なんです」
祈るような気持ちだった。
手をとってくれる誰かを想ってほしい。未来で会った万次郎の様に孤独に死のうとしないでほしい。
「……そうか」
その祈りが届いたかは分からない。
サウスのソレは変わらず、聞き分けの無い子どもを見る目の様な気もする。
「お前の覚悟は分かった。好きにすればいい。だが、碌な結果にならねぇだろうがな」
「……」
呆れているのだろう。
お前に何ができるのか、と。サウスと比べれば武道はあまりにも弱く小さい。
「あと、不用意に男にこういうことをするな」
「へ……?」
自分の弱さを悔しく思っていると、予想していない言葉がサウスから放たれ武道はきょとんとした表情でサウスを見た。
振り払われこそしなかったがやっぱり男に手を握られるなど気持ち悪かっただろうか、と心配になったがサウスは嫌悪の表情を浮かべてはいなかった。よく分からずに手とサウスの顔を見返すと今度こそ完全に呆れた表情を浮かべた。
「男同士と言えど勘違いする奴がでるぞ。相手も、周りも」
「へ、えっ……わっ!?」
言葉にされ、やっと武道は自分がしている事が“そういう”意味で受け取られかねないのだと理解する。
急に恥ずかしくなりパッと手を離せばクスクスと笑われる。
こういう表情もできる男なのかと少し驚いていると店の奥から今度はゆっくりと老女がやってくる。
トレーには白いカップが二つ乗っていた。
「お待たせしました」
コトン、と小さな音を立ててソーサーごとテーブルに置かれるソレは武道の知っているココアでは無かった。
ホイップクリームか何かがふんわりと乗っていて、ココアパウダーとチョコレートの欠片がトッピングされていた。
「わぁ! 美味しそう!」
思わず口をついて出た言葉に老女がクスクスと笑う。ソレが先ほどのサウスの笑い方と似ている気がしてやっぱり親戚なんだろうなぁ、と武道は思った。
「ふふ、ありがとう」
「あ、いえ……。あ゛、コレおいくらですか?」
そう言えばテキトーに店に入ってしまったがそんなに持ち合わせが無かった事を思い出す。学校帰りの貧乏学生なんてそんなものだろうと思うが無銭飲食はいけない。
「いいのよ、南くんのお友達ですもの。歳の近い子がいて良かったわぁ。この子、こっちにきてからすぐに少年鑑別所なんて入っちゃって周りから浮いてるんじゃないかってずっと心配だったの」
「あ、えと……いえ、まぁ、ハハ」
元気に暴走族の首領やってます、などとは言えずに言葉を濁す武道をサウスは変わらず呆れた目で見つめた。もう少しうまくやれないのか、と。
「雨が上がるまでゆっくりしてってね」
「すみません、ありがとうございます」
武道がヘラリと笑うと老女もニコリと笑った。
こんなに素敵なご家族がいるのに、それでも衝動に蝕まれるのかと思うと自分がしようとしている事の難しさに眩暈がする気分になるが、今はそれよりもおいしそうなココアに気を取られていた。
老女が再びカウンター奥へと引っ込むと武道はカップに口を付けた。
冷房は丁度良い温度だった雨に濡れた分少しだけ冷えていたらしい。取っ手まで暖かいソレに安心感の様なものを覚えホゥと息を吐いた。
フワフワのクリームは甘さ控えめでココアと喧嘩しないでしっかりとまろやかさを足している。パウダーの苦みもトッピングのチョコレートもアクセントになっていて、甘い物が好きな武道は向かいに座る人物が誰なのかも忘れてココアに夢中になった。
けっこう長話をしたつもりだったけれども、こんなに手の込んだココアならそりゃ時間もかかると納得の大満足だった。
「また、コレ飲みに来てもいいですか……?」
次はちゃんとお金を払うぞ、と心に決め、そもそも来ても怒られないかと思い至り武道はカップを持ったままサウスにお伺いを立てた。
「好きにしろ」
「はい!」
ぶっきらぼうであるが拒絶はしないサウスに武道は少しだけ嬉しくなる。
そう言えば、初めて会った時も雨が降っていた。
次もまた、雨降りの日に来たら会えるだろうか、と会う必要も無いと分かりつつも少しだけ楽しみに思った。
終
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