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なかったことになる話


最初の世界で、その男は皆を置いて逃げて、電車に轢かれて死んだ。
次の世界では、何故か恋人の弟だけが助かっていた。
副総長が死んだ世界では、親友が目の前で飛び降りた。

「……」

男はそんな未来をなかったことにするために武道の身体を勝手に使う。
自分が出来ない様な事をして、怖くて足が竦んでしまう様な場面で、男は死ぬ気で立ち向かった。何もかも、未来を変えるためだった。

では、コレはどうなんだろうと武道はぼんやりと目の前の凄惨な場面を眺めていた。

東卍から離反した一番隊隊長を、敵対する族の男が刺殺した。その男はどうやら総長の因縁の相手だったらしく、キレた総長によって撲殺されつつあるのが今だった。

コレはきっとまた無かったことにされるんだろうなぁ、と武道は周りの他の人間と同じ様にただただ恐ろしい総長を眺めていた。



卍 卍 卍



結局、男を撲殺した総長は逮捕されず、替え玉が出頭した。新しい三番隊の隊長がそういう方面に強いらしいと聞いたが、正直に言うとしっかりと逮捕されて更生した方が本人のためなんじゃないかと武道は思っていた。
その三番隊隊長は時々武道を憎むような眼で見た。武道はその男のことなど知らないがもしかしたら未来から来た男は何か知っているのかもしれないとも思う。自分の知らない因縁を付けられても困る、と内心思いつつも口に出す勇気は武道には無かった。

人殺しがトップの暴走族に身を置くことになった事に、武道は心底あの未来人を恨む。例え未来を良い方向に変えるためと言えど、じゃあ残された自分はどうすればいいのだと嘆くことしかできなかった。

夢を視る。
断片的なものだけれども、ソレは武道の身体を使う男のものだった。

武道の恋人である橘日向が死ぬ未来を変えるために過去にタイムリープする男の夢だ。男は未来の武道だった。
一度死んでみたらこんなにも人が変わるのだろうか、それとも12年と言う歳月が武道を変えるのか14歳の武道には分からなかった。少なくとも武道はそれでも死んでみたいとは思わない。
夢で見た自信の死ですら武道には受け入れがたいものだった。

久しぶりに見た夢で、橘日向は生きていた。
タケミチくんはいつも急に来るね、とどこか複雑そうな顔を見せる彼女。あぁ、きっと未来では橘と自分は別れていて、あの男が橘と寄りを戻してハッピーエンドにでもなるのだろう。
悔しいと思わなくも無いが今の所彼女の彼氏らしいこともできていないので仕方が無い。

彼女との思い出は今のところほとんどあの男越しの映画の様なものだった。一緒に花火を見た時は途中で自分に戻ったが、夏祭りデートは最後まで他人事のようなものだった。
結局途中で族の抗争に首突っ込んで橘を危険な目に合わせたりもしていたが、あの男は副総長を守り切って総長や隊長達から一目置かれる存在になった。
そんな状態であの男は未来へと帰ってしまって、何もできない自分が今ここにいる。

一体、橘は自分の何を好きになったのだろうと疑問にすら思う。
キヨマサに敗けてから、武道の心は一歩も前に進むことができないままだった。あの男がしたリベンジでキヨマサに勝っていてもソレは自分ではないのだと武道は自覚している。

海沿いの夜の公園を二人で歩く、夜景が水に反射してキラキラと輝いていた。
大人になった彼女は美しくて、アイツのあげた玩具みたいなネックレスですら彼女が付けるとそういう流行りの様ですらあった。

「なんで振られたの? 今だに分かんないよ」

振り返る彼女の瞳には涙が滲んでいた。

「教えてよ…タケミチくん」


嗚呼。彼女を泣かせたのは自分だ。



卍 卍 卍



そこで目が覚めた。悪い目覚めだった。
自分の女を泣かせて、他の男に慰めさせる夢なんて最低だ。

しかも、ただの夢ではない。
これから来る未来に確定で起こる胸糞悪い現実だ。

しかし、その未来に逆らう術を武道は持っていなかった。自分はただの14歳の子どもで、タイムリープなんてできないし、過去どころか未来を変える力だって持っていない。

あの男が帰った後も武道の人生は続いているのに、既にどこか他人事の様に思えてしまっていた。

副総長はあの男が助けたけれど、総長の元から三番隊元隊長はいなくなったし、一番隊隊長は死んだ。撲殺した因縁の相手も創設メンバーだったと聞く、残っているのは二番隊隊長と副総長のみ。

総長の大切なものはもう半分も残っていなかった。
ソレが寂しいのか、総長はたびたび武道を遊びに誘った。遊びと言っても、そんな状況で当然楽しい気持ちになどなれないらしくただ傍にいることを武道に望んだ。

何を考えているのか分からない真っ黒な瞳がぼんやりと前を向いていて、隣でその体温を感じる事に恐怖を感じないことも無いが、甘えられているのだろうと武道も理解していた。
今の武道は14歳でしかないけれど、時々視せられる未来の情報が少しだけ武道を大人にしていた。

もしかしたら、彼女とよりも恋人みたいな時間を過ごしてしまっているかもしれない、とぼんやりと武道も思う。
橘には申し訳が無かったが、自分と別れて他の男のモノになる事が確定している彼女とどう接すればいいか14歳の少年には分からなかった。

しかし、そんな穏やかな日々はすぐに終わりを告げた。

12月に入ってすぐ、その日は総長との約束なども無い日で恋人の日向とボーリングデートの日だった。
そこで出会った二番隊の副隊長とその姉。何となく仲良くなった二人の家へと向かうと白い特攻服の暴走族に絡まれた。ソレは副隊長の兄が総長を務める黒龍と言う暴走族だった。暴走族というよりも既に半グレ集団と言った方がただしい集団だった。
ナイフを突きつける傷の男や突然殴り掛かってくる巨漢に怯えつつ、日向だけは何とか無傷で事が済んだが、武道と日向を人質に副隊長は東卍を抜けて黒龍へと引き抜かれてしまった。

武道は二番隊所属の下っ端隊員だ。
副総長の命の恩人と言えど、そんなものを守るために副隊長が引き抜かれることに当然他の隊員から武道は非難された。
総長は武道の弱さを認め、それでも仲間だと言ってくれたし二番隊隊長も仕方の無いことだと嘯いたが武道は自分の弱さがいけないのだと分かっていた。結局、隊長が黒龍との和平協定を結んでくれたが、副隊長の脱退は覆らなかった。

それから東卍にも居づらくなり、橘とどう付き合っていけばいいのか分からない武道は佐野と一緒にいる時間が増えていった。
辛い気持ちを抱えて、ただ傍にいるだけの関係をまるで傷を舐めあうだけの様に感じつつもやめることはできなかった。

そんな日々の中で、クリスマスが来るのが恐ろしかった。
何故自分が橘日向を振るのか、何となく分かっていた。きっと自分は橘に相応しくない。自分と一緒にいるだけで、既に二回は危険な目に遭わせた。一回目はあの男が守った、けれど二回目に守ったのは副隊長だ。

自分に橘日向は守れない。
クリスマスまでに、自分は橘を振る決心をしよう。

そう決めても、実際に橘の笑顔を見るとなかなか別れを切り出せなかった。
夢で見た橘の涙を現実で見る勇気が湧かなかった。12年後でアレなのだからきっともっと泣くのだろう。

決心がつかずにズルズルと佐野と過ごしていたある日、背中を押してくれる人が現れた。
橘の父親だった。

不良と付き合っている事で大事な娘が危険な目に遭うことが恐ろしいのだと大の大人が中坊の自分に頭を下げた。武道にとって、ソレは衝撃的な出来事だった。

東卍に入ってから、皆と比べて自分は恵まれていると思っていた。両親は健在だし、喧嘩してボロボロで帰ったら心配もしてくれるし叱られる。
けれど、武道の親は怪我を心配すれども夜遅くに帰っても少し小言を言うに留まるし、武道がどんな相手と一緒にいるのか気にも留めない。その証拠に暴走族の抗争に巻き込まれて入院しても族を抜けろとは言われなかった。
総長や副総長が家に来ても気にしない辺りただ呑気な人たちなのかもしれないけれど、親なんてそんなものなのだと武道は思っていた。自分が男だからかもしれない、ちょっと乱暴だったりヤンチャでも男の子とはそんなものだと。
しかし、愛美愛主との抗争の種になった三番隊元隊長の親友カップルだって深夜に外にいた。そして事件に巻き込まれた。どうして娘がこんな目にと嘆く両親を未来人のスクリーン越しに見た時はその両親に同情もした。でも、そうなる原因である子どもの行動をその両親も許していたのだ。

しかし、橘の父親のソレは武道の知っている親という生き物とは全く別だった。
夜遅くに外にいさせることなど絶対に良しとしないし、娘が危険に巻き込まれる可能性を考えて不良の自分に頭を下げた。

橘日向は大切にされて育った女の子だった。

ソレが分かって、武道はついに決心がついた。



卍 卍 卍



「俺、橘と別れます」
「……何で?」

佐野家の縁側で、のんびりと日向ぼっこをしている時に武道は佐野にそう告げた。自分たちを応援してくれていた佐野には伝えておくべきだと思ったからだった。

「橘のお父さんに頭下げられました。大事な娘を不良と付き合わせたくないそうです」
「そんなん……」
「はい、俺も当事者の問題で親が出てくるのはおかしいと思ってました。でも、俺、アイツを守れないんです」
「……」
「副隊長だって俺があの場で足手まといにならなきゃあんなことにならなかったし、あの人がいなきゃ橘は怪我を負わされていたかもしれない……」

総長は自分に甘い。
武道は佐野が自分側に付いてくれることが何となく分かっていた。その上で、自分の決意を優しく受け止めてくれるという打算があった。

「俺じゃダメなんです」
「……」

二人で過ごした5カ月弱、ひと夏だけいた未来人を佐野は求めているであろうことは分かっていた。それでもこの5カ月で弱い自分とただ寄り添った佐野を、武道なりに理解したつもりだった。
寂しさを誤魔化すために何も言わずに寄り添って、弱くてもいい場所。ソレが今の武道と佐野の関係だった。

本当に傍にいてほしいのは総長がダメになりそうな時に肯定してしまう自分ではなく、彼を頼りにしつつも彼が総長として肩ひじ張っていられるように叱咤激励してくれるあの未来人だという事は分かっていた。

それでも、あの未来人は今ここにはおらず、今頃は未来の橘とよろしくやっているのだろうと思うとアレを求める大勢のうち誰か一人くらい自分の傍にいてくれてもいいのではないだろうかとも思うのだった。



卍 卍 卍



その日の夢は炎と血に塗れていた。
後方から追突されたのであろう乗用車が潰れ、ひしゃげ、炎を上げている。その運転席に橘はいた。頭と腹から血を流して朦朧とした目で何かを呟くように言っている。その声は武道には聞こえないが恐らく未来にいる男にはその内容が聞こえているのだろう。
男が橘を抱き締める。きっともう救助は望めないから心中でもするつもりだったのだろう。

しかし、橘が男を突き飛ばした。
その直後に車が爆発、炎上した。

男だけがその場に残される。

そうして場面が暗転して、男が橘の弟と握手をしていた。

嗚呼、未来がダメだったから、あの男がまた過去を変えにくるのだと武道は理解する。

日付は分からないけれど、きっと変える過去は1番隊隊長達の死なのだろうとあの凄惨な場面を武道は思い出した。
ソレはつまり、武道が佐野と過ごした時間の消失を意味する。

「ハハ、ひでぇ奴」

一人ぐらい、俺にくれても良いのに。
そう思わずにはいられなかった。でもきっと、あの男は橘を救うために佐野も救ってくれる。

二人でダメになってしまいたいなどと現実から逃げる武道ではなく、きっとあの男はダメになりそうな総長を救いあげてくれる。


「俺からあの人を奪うんだから、ちゃんと助けてくれよ。ヒーロー」






 

 

♡♡♡



クリスマスイヴ。
橘とのデートの最後で武道は橘に別れを告げた。

「他に好きな子ができた」

そう告げると武道の予想通り大泣きされ、平手で張り飛ばされた。
馬乗りで顔面をグーで殴られたけれど、女の子の力だった。もしかしたら手加減してくれていたのかもしれない。

半ば本当でもあった心変わりに言い訳は無く、武道は甘んじてその拳を無抵抗で受けた。

「だいっきらい!」

最後にそう告げて橘は去った。
その場に残された武道はボロボロと涙を零しながら歯を食いしばった。

「ごめん、橘……」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を袖で拭う。少し回復したら帰ろう、と思った矢先、見知った影が現れた。

「頑張ったじゃん、タケミっち」

佐野万次郎だった。
佐野は武道の手を勝手に掴むとグイッと引き上げた。

「まだ痛いっスよ」
「別にこのくらい何ともねぇだろ? キヨマサ達の拳のが重いだろうし」
「いやまぁそうなんスけど……」

痛いのは心だと言ってこの男に分かるのだろうか、と武道は口を噤む。
佐野は妹がいる以外は女っ気のない男だった。顔はカッコいいけれど性格や立場は難があると言える。彼と付き合える女の子などこの世にいるのかすら怪しいと武道は思っている。

「バブで来たから後ろ乗ってけよ」
「ありがとうございます」

佐野に促され武道は素直にその背中へと身を預ける。流石に佐野の背中を涙でグチャグチャにするワケにはいかないため何とか涙だけは止めたが帰ったら存分に泣こうと決めた。
しかし武道の思いに反して佐野は武道を花垣家へ送り届けることは無かった。

「あれ? マイキーくん?」

辿り着いた先は佐野家だった。
何度も連れ込まれているため今更そこに思う所は無いがまさか今日自宅に連れ込まれるとは武道も思っていなかった。

「あの、マイキーくん? 何を……」

母屋ではなく直接離れの佐野の部屋へと連れ込まれる。
佐野は機嫌良さそうに武道の手を引いてソファに座らせた。

「ヒナちゃんに振られたんだろ? 慰めてやるよ」
「えぇ!?」

圧し掛かる様に佐野は武道に迫る。
思ってもいなかった展開に武道はパニックになりつつも上手く抵抗が出来なかった。

今の武道には何も無かった。
もちろん、中学の友達はいるし家族だっている。しかし、それも無かったことにされることを武道は知っていた。

どの時点がこの世界が終わってしまうのかは分からない。もしかしたらソレは12年後にやってくるのかもしれないし1時間後にやってくるのかもしれない。
世界の終焉を認識できるのかも分からないけれども確実に12年以内にはくるのだろうと武道は分かっていた。

だから、佐野と何をしてもなかったことになる。
傷の舐めあいくらいなんだと言うのだ。

最悪な気持ちで帰宅して、大泣きして、いつかくる終わりを待つだけの人生で一発くらい他人と関係を持っても許されるだろうと武道は開き直る。

「んぅっ」

ソファの背もたれに追い詰められて唇を合わせられる。
冬の乾燥した時期だと言うのに案外荒れていない薄い肌が合わさってふにっと柔らかい感触がした。

キスから始めるなんて案外紳士的だとどこかれ冷静な自分が思いつつも、ファーストキスに少しだけ心臓がときめく。祭りの日に橘としたキスは武道のものではなかった。アレは未来人と日向のものだったと武道は認識していた。

「ふ、ぅん……あっ…」

ゆっくりと舌で割り開かれた唇からヌルリと舌が侵入してくる。抵抗もせずに武道はソレを受け入れた。
ゾクリと性感が背筋を伝い、甘えた様な鼻に掛かった声が出た。こんな声も出せるのだと自分に驚きつつ、男のそんな声に佐野が萎えてしまわないだろうかと心配した。

「んっ、ぁ……っ」

しかし、佐野は武道の心配など知らずに口内を柔らかく犯していく。舌を絡ませ、歯列をなぞり、上顎をくすぐる。その度に武道は初めての感覚に甘い悲鳴を上げた。
ソレがお気に召したのだろう。佐野は頭を支えながらソファにゆっくりと武道を押し倒した。
武道もソレを受け入れて、片手で自分の体重を支えつつもう片方の手で佐野の胸に縋りつく。

「あっ、んぅ……っ」

ソファに完全に身を預ければ佐野の手が服の中へと侵入してきた。
佐野と比べるとささやかな腹筋がなぞられ、胸元へと到達する。女の様に柔らかくはないのに佐野は丁寧にそこを揉みしだいた。

男の胸など揉んで楽しいのか武道には分からないけれど、佐野が求めるのなら差し出しても良いと武道は思っていた。実際に触れられると何だか倒錯的な気分にすらなってきて、案外気持ちが良いものだと少しだけビックリする。

「あ……」

ゆっくりと絡んでいた舌が口から抜かれ、酸欠気味の頭が名残惜しさを感じていた。

「いい?」
「は、ぃ……」

此処まで従順に受け入れているのにちゃんと確認をしてくれるのだと武道は女々しくもその優しさを嬉しく思う。大事にされているのだと錯覚したかった。
傷心に付け込まれていると自覚もあったがソレも今更どうでも良かった。

「ん、かわいい」
「ふへ……」

柔らかく頬を撫でられ額にキスが送られる。
ソレが嬉しくて変な笑いが漏れたけれど、自嘲でもあった。その言葉は自分に向けられたものなのか、未来人に向けられたものなのか武道には判別がつかなかった。

Tシャツが捲られて腹から胸まで露出する。
それなりに鍛えていたつもりだったが佐野達と比べると貧相な気がして少しだけ恥ずかしかった。
そこへキスを落とされ、その柔らかな感触がくすぐったくて、どこかゾワゾワして、少しずつ萌した下半身が緩く揺れる。
リップ音を聞かせる様に吸いつかれた肌に赤い花が散って、そのマーキングを見て佐野は満足気に笑った。

所有欲、独占欲が強い人なのだろう。
もしも手に入れたものが偽物だと気付いたらどんな顔をするのだろうかと武道は恐ろしく思いつつも少しだけ楽しい気持ちになる。自分に価値など無いけれど、価値を見出してくれない人に一泡ふかせることが出来たならきっとスッとするのだろう、と。

「ひぁっ」

そんなことを考えていたのを見透かされたようなタイミングで佐野が武道の胸の頂に吸い付いた。ビリッとした感覚と共にひときわ甘い声が漏れた。

「考え事?」
「マイキーくんのことを」
「ふぅん?」

まるで映画かドラマのセリフの様なやりとりだった。

「生意気」
「きゃぅんっ」

気に障った様な物言いで佐野は少し強めに武道の頂を引っ張った。強めの快感に武道はビックリして悲鳴を上げたが、感じきったソレはその刺激が悦かったことを隠しきれていない。

「あれ? タケミっちってちょっと痛いくらいのが好き?」
「んっ、そん…なことは……ぁ」
「いやいやいや、めっちゃ声かわいくなってんじゃん」
「ひんっ、あっ…だめっ……」
「ダメじゃねぇって、気持ちいいんじゃん」

グニグニと少し強く揉みつぶすように刺激すると武道は面白いくらいに乱れた。武道自身そんな場所が自分の性感帯だと思ってはおらず戸惑っていたが、ひっきりなしに上がる嬌声と佐野の足に当たる下半身は明らかにソレが武道にとって強い快感になっている事を佐野に伝えていた。

「あ゛っ…だめっ……、だめれすっ、ひっ、あ゛、あ゛ぁああっ」
「えろ……」

濡れた瞳を見開いて、腰を逸らして武道は悲鳴を上げた。胸だけでイッてしまったらしい。

「初めてでコレとかタケミっち才能あんね。メスになった方が良かったんじゃん?」
「ちがっ…そん、なの…」

えぐえぐと泣き出した武道に流石に虐め過ぎたかと少しだけ思わないことも無い佐野だったが、一度イッたのにも関わらず萌したままの下半身と声の甘さからこのまま続けて大丈夫だと判断する。

「大丈夫大丈夫、気持ちいいだけだから」
「ひっ」

ズルリとズボンを引き下げて下半身を露出させる。
精液でドロドロになった他人の男性器など見れたもんじゃないと思っていたが武道のソレは未使用であると主張する様なピンクとベージュで、毛もまだ薄いせいか佐野は嫌悪感を感じなかった。

「あぁっ」

イッたばかりの敏感なソレを佐野は容赦なく扱く。
先ほどの精液と交ざってカウパーが竿を伝ってその下まで垂れていた。

「……」

本当は、こんなことをするつもりは無かった。
武道が橘と分かれることを知っていて、衝動的にデート先に赴いてしまった。それでも、言葉だけで慰めて、安全に家まで送り届けるつもりだった。
けれど、背中に武道の体温を感じたら帰せなくなってしまったのだ。

「こっちも、触るね」
「ひっ……」

計画性も無い無茶なことをしているという自覚はあった。
初めての男相手にローションもなしにアナルセックスをするなんて加害行為といっても差支えの無いことだ。暴力沙汰なんて不良をやっていれば日常で、それでもコレはそれとは絶対的に違う行為なのだと佐野も分かっていた。

「うぅ……」

耐える様に呻く武道の額にキスを落として、精液を纏わせた指をナカへと侵入させた。滑りで案外楽に入った指をフチを広げる様にゆるゆると動かすと武道は少しだけ不快そうに眉間に皺を寄せた。

「ごめんな」
「え、あっ…ひ……んっ」

聞きかじった知識で前立腺とやらを探してみると浅い場所にあったソレは簡単に見つけられた。

「あっ、あっ、あぁっ!」
「ん、気持ちいいとこあったね」

胸を弄った時の様に甘い声を上げ始めた武道に佐野は少しだけ安堵する。怖がらせたり傷つけたいワケではないのだ。
半ば無理やりみたいな合意の行為でもお互いに求め合えたら良いと本気で思っていた。

「指、増やすよ」
「は、い……」

佐野は武道が何を思っているのか分からない。
キヨマサに楯突いた時や龍宮寺を助けた時の様な正義感とガッツに突き動かされたヒーロー然とした姿と、ただ傍にいるだけで何もしないだけの最近の武道。以前の武道が何故あんな行動をとったのかも分からなければ、今の武道が佐野を受け入れる理由も分からない。

それでも、この男は人殺しの自分の傍にいてくれたのだ。
それだけでいいじゃないかと自分を納得させた。

指を2本3本と増やして、佐野自身を挿れる準備をする。
最後までしてしまえば満足するかもしれない、と理由の分からない飢餓感で未熟な身体に無体を働く。慰めると言う名目を忘れないために優しくしていたが、確かに佐野は武道を求め興奮していた。

「うわぁ……」

佐野が前をくつろげて硬くなったモノを取り出すと武道はヒクリと口元をひきつらせた。銭湯で萎えたモノを見たことはあったが臨戦態勢の他人のモノを見るのは初めてだった。

「え、コレはいるんですか?」
「まぁ挿れてみるしかねぇな」
「ひっ……」

ズリズリとぬかるんだフチに先っぽを当てられ武道は小さく悲鳴を上げた。今更逃げる気はないけれども、怖くないという事は無かった。

「んぅ……っ」

腰を掴まれていつの間にか付けられたゴムの感触が割れ目に当てられるとゾクリと背筋に悪寒が奔る。その怯えを察した佐野が腰から手を離し、武道と手を繋いだ。

「え? ぁ、あ゛ぁぁああっ!?」

手の感触に気を取られた一瞬で、ゴムの滑りも手伝って佐野は武道のナカへと侵入した。
ズルリと挿ってきたソレの圧迫感に悲鳴を上げたが痛みはほとんど無かった。

「んぅ……」

少し苦しくてうめき声が漏れたが、佐野はそんな武道が落ち着くまで見つめ、ただジッと待った。そうして白黒していた目が落ち着き、ゆっくりと呼吸ができるようになるとゆっくりと緩やかに揺らし始めた。

「んっ、ぁ、あぁっ」

ゆるゆると揺れているだけだった腰がだんだんとしっかりとした抽挿を始める。

「ひっ、あぁっ……あっあぁっ」

始めは違和感しか無かった胎のナカで、少しずつ指で触れられた時のような甘い感覚が育っていく。悲鳴が嬌声に変わって、揺さぶられる胎の感触を快感だと認められるようになると手を繋いでいるのにひらいた距離が寂しくなってくる。

「マ、ィキーくっ」
「ん? どうしたの? タケミっち」
「ちゅう、して……?」

何を甘えた事を言っているのだろうかと自分でも呆れてしまう。まるで恋人に甘える様なセリフだ。
自分は先ほど女の子を泣かせたばかりだと言うのに。

罪悪感が無いワケが無かった。

それでも、どうせコレも無かったことになるのだからと思うと今だけは目の前の男に甘えたかった。

「タケミっち、かわいい」
「んっ、んぅ……んぅうううっ」

グッと佐野が奥に入り込んで、ぎゅうっと押しつぶされる様に、一つになる様に、口づけられた。

「ぐっ、ぅ」

その瞬間に、武道はナカだけで達してしまう。その衝撃でナカが痙攣して佐野を締め付けてしまったらしい。ほぼ同時に佐野も武道のナカで果てた。

「ぁ……」

多幸感と虚脱感と罪悪感がない交ぜになって武道を襲う。
こんなことをしても意味など無いのに、ただただ不道徳的で自分に甘い選択をしてしまったのだと今さら後悔する。

普段なら賢者モードだと笑ってしまう様な感覚だけれども、今回に限っては茶化すことが出来なかった。
武道がそんなことを考えているとズルリと佐野が武道のナカから出ていく。その感触にまた萌しかけるがコトを続ける気になる程では無かった。

「……」

ぼんやりと佐野を眺めて、武道は気付く。

あぁ、佐野くんも後悔しているな、と。

している最中は盛り上がったし気持ち良かったがやっぱりコレじゃないとバレてしまったらしい。微妙な顔で武道を見る佐野の目に熱は無い。マイキーの求めるタケミっちじゃないのだとバレてしまったのだろう。
何かが違うと感じている顔だった。

「マイキー、くん」
「なに? タケミっち」
「大丈夫ですよ」

武道は笑う。コレは仕方の無いことなのだ、と。

「なかったことにできます」
「は?」
「思ったのと違ったんでしょう? 大丈夫です。一夜の間違いなんて誰にでもあることです」
「たけみ……」

見透かされた事に驚いたのか佐野は顔を歪めた。

「明日からまた総長とイチ隊員に戻れます。でも、最後に、できれば名前で呼んでもらえませんか?」
「名前……?」
「はい、あだ名じゃなくて俺の名前を」

その意図を佐野が分かることはないだろう。
それでも、今日、佐野に抱かれたのは自分なのだと武道は覚えていたかった。

「ごめん、武道」
「はい、万次郎くん。俺こそすみません、慰めさせちゃって」
「たけみっ……」
「ありがとうございました」

もしかしたら、コレはこの世界が終わるまで万次郎くんの傷になるかもしれない。
そう思うとどこか心の奥底で仄暗い喜びがざわめいた。

痛む腰を抑えて自宅へと向かう。
ベッドに入れば疲れていたのかすぐに眠りにつくことでできた。

このまま世界が終わってしまえばいいのに。

そんなことを考える。

翌朝、あの日、自分を助けれくれた副隊長が兄を殺して警察に捕まったと連絡が入った。
再びの逮捕者に東卍は荒れて、だんだんと佐野と過ごす時間は減っていった。

早く、世界が滅んでくれ。
何もかもをなかったことにしてくれよ、ヒーロー。



END